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 僕たちは再びハイウェイへ戻る。おっきい祖母ちゃんたちはものすごい経験をしたってわかった。

 あれ、ちょっと待てよ。気になることがある。


「皆、一人一個だけのスーツケースしか許されなかったって聞いたけど、家に残された物はすべて政府に処分されたんだよね」

「そうよ、全部処分された」


 1942年の春、おっきい祖母ちゃんは14歳か15歳くらいの年齢だったはず。持って行けるものが限られているのに、グローブなんて持っていくかという疑問がわいた。それだけ大事だったってことだろうけど、そんな中学生くらいの少女がグローブを優先にして持っていくほど、相手に恋焦がれるのか。もしかするとこのグローブは、強制収容所で手に入れたものなのかもしれない。そう推理した。


 クリスは自分の調べた情報、弁舌をふるう。


「キリ―のピアノって歌があるの。カナダ人のシンガーソングライターなんだけど、彼は歴史上で心に残った出来事を歌にする人。911(アメリカ同時多発テロ)の消防隊員たちの悲劇も歌ってる。この人が彼女のことを歌っているんだけど、」

「いや、ごめん。知らないや」


 本当に僕は、カナダのことを何も知らなかった。おっきい祖母ちゃんがカナダ生まれって知ってたら、もっとずっと前から興味が湧いていろいろ調べていたと思う。本当はこんなに急じゃなくて、じっくりと調べてから来たかったな。


 クリスが説明してくれた。嬉々として話してくれる。まるで別人。

 キリーは日系二世でピアノが得意だった。フィシャーマンの優しい夫と二人の子供たちに恵まれて幸せに暮らしていた。夕食後には必ずキリーがピアノを弾く。その音色は近所にも聴こえていて、人々の心を和ませていた。キリーのピアノはそれだけ有名だった。


 そんな生活が一変した。日本軍による真珠湾攻撃のため、たちまち日系人は敵性外国人になった。夫たちはロードキャンプへ(道路を作る強制労働をさせる)連れられていった。キリーは一人で子供たちを守らなければならなかった。隣町の日系人に移動命令が出た。すると近所の白人たちが、誰もいなくなったその家に押し入り、めぼしい家具や値打ちのありそうな物を強奪したと耳にする。そしていよいよキリーたちも家を出て行く日が近づいてきた。キリーの無念はピアノだった。毎日手入れをして、どんなに大切にしていたか。それでもピアノを持っていくことはできない。それはわかっていた。

 

「キリーはね、もし自分たちがこの家を出たら、近所の白人たちが真っ先にこのピアノを奪っていくってわかってた」

「その当時、ピアノは貴重だったと思うし」


 今だって、どこの家にもピアノがあるわけじゃない。


 家を出る前夜、キリーは別れを惜しむかのようにピアノを弾いた。

「翌日、キリーは子供たちを連れて、輸送用のトラックの荷台に乗った。家を出て行ったの。そのすぐ後、大勢の白人がその家に入り込んだ。みんな、キリーのピアノが目当てだったんでしょうね。でも、近所の人たちは家の中で立ち尽くすことになった。あるはずのピアノがなかったから」

「ピアノがない? だって、その前夜までキリーはピアノを弾いてたんだよね」


「そうよ。けど、よく見ると床にピアノを引きずった後があった。それを辿ると裏口から外へ抜けている。そのまま裏の崖下の海まで、それでピアノがどこへ消えたのかわかった。キリーの大事なピアノは海に沈んでしまったの」

 僕の頭に、女性が一人でピアノを押して海へ突き落す光景が見えた。いや、ものすごく大事だったはず。そんなことをピアノを愛する人がするだろうか。


「大切にしてたピアノだよね」

「そうよ。大切だったから自分の手でそうしたの。美しい音色で自分たち家族を癒してくれた大切なピアノを心ない人たちに穢されたくなかった。見知らぬ人に売られ、傷つけられるなら、自分で始末してしまおうと思ったのね」

 その想いを察した。鳥肌がたっていた。なんか、その気持ち、痛いほどわかる。

「それって侍の精神みたいだね」

「私もそう思う。潔さが感じられる」


「それを歌にしたってこと?」

「そうよ。他にもその話に感動した女性が十五分くらいのショートムービーを作ってる。そしてその光景を絵に描いた人もいるの」


*****

ロードキャンプ:真珠湾攻撃の後、18歳から45歳の日系男子は山間部の道路開発という名目で、強制労働をさせられた。日本とのスパイ行為をさせないためだろう。逆らうと拘束されたらしい。時給25セントしかもらえない。州の保安委員会はその給料の中からさらに住居費と食費を差し引いた。仕事着の支給もなし。道具は斧、つるはし、スコップ等。気持ちのすさんだ日系人を働かせることに無理があると判断され、5か月で終了。男たちはそれぞれの家族が送られた強制収容所へ移されている。


ショートムービー  Kiri`s Piano 

  France Benoit イエローナイフ在住 フィルムメーカー


 *最後のシーンで、ピアノが水中に沈んでいく様子は何とも物悲しい光景だった。


歌  Kiri`s Piano 

  James Keelaghan  カナダのフォークシンガー


*世の中の出来事を歌にして歌っている。カナダ各地を公演。知人がキリーのピアノの絵を持っていて、その絵にサインをしてもらった。話を聞くと、シンガーのジェームスも同じ絵を持っているとのこと。


その絵は、アップライトのピアノを懸命に押して、海に投げ込もうとしている日系人女性、キリーの後ろ姿が描かれている。力を込めて押すその後姿に必死さが伝わってくる。その姿はまるで敵の手に渡るなら我が子も殺すと決意した母親のよう。

*****


 なんて言っていいかわからないけど、一人の日系女性がとった行動は大勢の人の心も打ったということだ。

「いい? ここが重要なの。カナダ政府や隣近所の白人たちは、戦争にかこつけて人の財産を奪おうとしたから責められてもおかしくない。でもね、キリーの話を元に画像を作った人、絵を描いた人、歌まで作って歌っている人たちも同じカナダ人なの」


 カナダ人すべてが日系人を敵として見ていたわけじゃなかったんだ。


 車はどんどん険しい山のハイウェイを登っていく。ここがコカハラハイウェイっていうらしい。ここを通って、バンフとかロッキー山脈へ行く。こんなに険しい山の高速道路、トラックも多い。



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