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母たちの奇襲攻撃に克服

 次の日曜日、福岡の空港へ降り立った。親父が車で迎えにきてくれた。

「悪いね。せっかくの休みなのに」

「いいさ。久しぶりだな」

「うん」


 親父は銀行マンだ。真面目で寡黙な父にぴったりの仕事だと思う。一日中、書類とにらめっこしていられる。母はその正反対の性格。一応、専業主婦だが、人と係わり合うことが好きで、地域のボランティアをしたり、カルチャーセンターへ通ったりしている。

 車が高速へ入った。

「おっきい祖母ちゃんの・・・・って、ホント?」

「うん」


「それってこんなに大騒ぎすること?」

 この質問は母には言えない。

「ん・・・・まあな」

 親父は親父で必要最低限の返事しかしてこない。これじゃ、なにもわからない。


「孝弘叔父ちゃんとか、幸弥叔父ちゃん達も来てるぞ」

 父の弟たちだ。やはり口数が少ない。けど、やさしくて大好きな叔父たち。

「なんか他にあった?」

 そうとしか考えられなかった。恋文くらいで親戚が集まるなんてありえないから。

「いや、俺の口からは何も言えない。これ以上言ったら母さんに叱られる」

 あ、そっちか。母は自分が重大ニュースを言いたいのだ。


「大学はどうだ」

「一応真面目な優等生、やってます」

 親父が前方から目を放さずに顔をほころばせた。

「そうか、よかった」

 そんな簡単な会話で満足してくれたらしい。

 車は高速を降り、ぐんぐん田舎の方面へ向かう。それから家に着くまで、僕たちは一言も話さなかった。男同士、こんなもんだ。祖父ちゃんも似たようなもの。みんな、物静かなおっきい祖母ちゃんの血を受け継いでいるらしい。

 

 実家の庭には、二台の車が止まっていた。叔父たちの車。母屋に向かおうとすると、母が離れから顔を出す。

「翔、こっち。あんたにはここで見せたいの」

 手招きする。

 僕は親父と一緒に離れへ入った。懐かしい。おっきい祖母ちゃんが住んでいた家だ。簡単な調理もできるコンロと流し、風呂もあるけど一度も湯を沸かしたことがない。物置と化していた。テレビの部屋と祖母ちゃんが寝ていた部屋。もちろん今はもうすっかり片づけられている。


「これよ、見て」

 母が手にした物を見た。それはおっきい祖母ちゃんと関係がない物に見える。けど、それを見て、僕の胸がチリリと焦げつくような痛みを覚える。それは昔の記憶。

「えっ、なに?」

 母が含み笑いをした。

「あんたって、ホントに語彙が少ないのよね。驚くといっつも、えっなに? ってしか言わないの」

 帰って早々、なんで僕の語彙の乏しさを指摘され、笑われなきゃいけないんだろう。けど、そんなことより、こっちの方が興味がある。母からそれを渡され、手に取った。懐かしい感触、そしてその匂い。そんな感情の反面には記憶の一ページがよみがえりそうになった。慌ててその記憶をシャットダウンする。今はだめだ。

 

「前から知り合いの娘さんが習字教室を開きたいからいい場所ないかって言われてたの。急にうちの離れなんかいいかもって思って。この際だから私も手芸教室を開いちゃおうって閃いたの」

 うちの母の場合、そういう名目で人を集めてもおしゃべりクラブと化すだろう。

「それでいろいろ片づけてたの。押入れも全部開けてね。そうしたら、天井の板が少しずれてて、直そうとしたら、これが上から落ちて来たってわけ」

「これが?」

「そう、この木箱に入ってたの」

 母の足元には古めかしい小さな木箱があった。そして僕は今、年季の入った野球のグローブを手にしていた。かなり使いこまれているってわかる。

「曽祖父ちゃんのじゃないの? おっきい祖母ちゃんがこんなの、持ってるはずない」

 そうだ、おっきい祖母ちゃんが野球のグローブなんて、持っているはずないよ。

「この手紙、読んでよ。このグローブの中に入ってたの。隠すようにね」

 母は一枚の折りたたまれた紙を見せた。


 ああ、これか。恋文だって騒いでいたのは。

 その手紙を開いた。そう、それを開いてから僕はまた驚いた。

「え・・・・」

 なに?って言うとまた母を喜ばせるから、その言葉をぐっと飲み込む。

 でも、これは誰だって驚くだろう。だって、英文で書かれていたんだから。

「これが? おっきい祖母ちゃんの恋文?」

「そうよ」

「なんで英語なんだよ」

「あら、知らなかった? おっきい祖母ちゃんって、バンクーバー生まれなのよ。戦前まで向こうに住んでいたんだって」

 知らない。そんなこと。誰も教えてくれなかった。

「バンクーバーって、海を渡った外国のカナダ?」

 僕が考えている場所と違っているかもしれないとしつこく訊いてみた。母がはじけるように笑った。

「外国のカナダって言い方、変じゃない。まったくもう」

 そんなこと、どうでもいい。


「知らなかったよ。誰もそんなこと、言わなかったよね。それとも聞いていたけど僕が聞いてなかったのかな」

 そうだ。当の本人からも聞いてはいないし、おっきい祖母ちゃんから英語なんて飛び出してこなかったぞ。もし知っていたなら、英語の勉強を手伝ってもらっていたと思う。だって、僕は昔から英語教室に通っていたし、英語に興味があった。

 いや、待てよ。今思うとちょっと納得がいくかもしれない。祖母ちゃんはよく洋画を見ていた。吹き替えよりも字幕にして見るのが好きだった祖母ちゃん。全然面白くもない場面で一人、笑っていたことを思いだしていた。それは字幕の日本語と俳優が話した英語との違いがあったのかもしれない。日本語では笑えないところを英語だとおもしろかったとか?


「じゃあ、あっちへ行こうか。みんな待ってんの。あっちで詳しく説明する」

 母はウキウキしていた。ちょっと無責任じゃないかって思う。もし、おっきい祖母ちゃんの秘密の恋が暴露されたとしてもその夫である曽祖父さんはもうとっくに亡くなっている。誰も傷ついたりしない。今は芸能ニュースに目を輝かせるような気分の母だった。

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