また会えたね・受け入れられていた日系人
僕たちはそのセンター自体が、その昔、廃業になっていたホテルだったと知った。そして、カスロホテルと同じように日系人の生活の場に提供されていたそうだ。じゃあ、あの幻はやっぱりあの当時に戻っていたのか。マギーたちはこの二階へ上がっていった。
けっこう角度のきつい階段を上がる。その壁には日系の写真や言葉、この地に残したことなどが描かれていた。
「生け花? すごい、どんなふうに生ければいいか図面で描かれてる」
「ねえ、こっちは手先の器用だった日系人がこの町の人たちに木工細工なんかを教えたって、書道、折り紙、剣道、ここには俳句も地元の人たちと楽しんだって書いてある」
「俳句? 英語の俳句?」
なんか、どきどきしてくる。
上へあがる。ここにもたくさんの写真があった。そして、その中にカスロで結成された野球チームの円陣写真が残されていた。見覚えのある顔。真ん中の二人は朝日チームのユニフォームを着ていた。そう、ケンとダグだ。まさかと思っていたけど、やはり夕べは戦時中のカスロにいたんだ。
地元の人の言葉がある。
《僕たち(地元白人たち)の野球はかなり上手だと思っていた。けれど、朝日のメンバーたちがここに来て野球をやった。彼らのレベルはけた外れだった。》
僕にはその気持ち、わかる。自分たちで練習しているとすごく上達した気がする。
クリスがさらに上へ行く。三階もある。その三階の部屋割りの名前に鈴木があった。二部屋を使っていた。これが高祖父だ。やっぱり、この町に、このホテルに寝泊まりしていたんだ。
日系人が寝泊まりしていた客室は閉鎖されていたが、一室だけ開放されて中が見られるようになっていた。狭い空間に親たちが寝るベッドと子供用の二段ベッド。靴、帽子、ジャケットなども並んでいる。神棚のような物も見える。
すると、クリスが一枚の写真を見て僕を呼んだ。
「ねえ、ここに鈴木政吉って書いてある」
「えっ、ひいひい祖父さん?」
その写真には五人ほどの男性が写っていた。ちょっと洒落たコートを着て、紳士のよう。
僕は自分の高祖父を探し出すよりも先に見覚えのある顔を見つけていた。マギーの父親だ。中央に立っている。帽子がよく似合う。ってことは、もしかすると僕の高祖父と友達だったりして? なんて考えているとクリスがマギーの父親を指さした。
「この人が鈴木政吉さん」
僕が意外そうな顔をしたから、クリスが不思議そうな表情になった。
「ほら、ここに、右から並んでいる人の名前が書いてある。中央の人が鈴木政吉さん。ねっ、この人でしょ」
僕もその名前を確認して、並んでいる人を数えてみる。確かに・・・・、確かに・・・・。誰か、嘘だって言ってくれっ。
マギーのお父さんが僕の高祖父って・・・・、じゃあ、その娘のマギーは・・・・。
僕のおっきい祖母ちゃんってこと?
僕はあの可愛いマギーの顔を思い出す。長い黒髪、大きな黒い瞳。全然内気じゃないし、会ったばかりの僕に腕をからめ、婚約者だなんてことを言っちゃうんだ。僕、マギーにあいつのこと、話している。静かな目で聞いてくれた。心落ち着ける、なんていい子なんだろうって思った。帰りのトラックで、父親が一緒に乗っているのにも気にしないで、僕にもたれかかって眠っていた。あの温もり、まだ覚えているぞ。あれが、あれが若い時のおっきい祖母ちゃん?
僕は、ウオーと叫びたくなった。この事実をどう受け止めていいかわからなかったからだ。グローブは? グローブはどうなったんだろう。僕、マイクに弟さんの形見をもらったんだ。それがあのグローブだってわかってた。それをマギーと一緒に座っていたトラックに置いてきたんだ。
「ねえ、どうしたの。なにかとんでもないことを思いだしたような、そんな顔してるけど」
クリスの声で我に返った。
まさか、さっきまでタイムスリップして自分の曾祖母に会っていたなんてこと、信じてもらえないだろうから。
「あ、うん。すごくダンディーな感じの素敵な高祖父だなって嬉しかったんだ」
「そうね。本当に。いい暮らしをしていたんでしょうね」
「あ、ここに、このゴーストタウンだったところ、若い女性がすごく少なかったんですって。そこへ大勢の日系人女性が来たから地元の人たちは大歓迎だったみたいよ。それに白人たちの学校に、日系人の子供たちも通わせてくれたみたい」
うん、知ってる。マギーはボブにつきまとわれていた。
「すごいわよ。この町。全然人種差別なんてしていないの。それどころか、歓迎しているようね。活気づいたし、日系人から数々のことを教わったし。だから、今でもこんなふうにこの場所を博物館にして、イベントをしてくれている」
「そうか。他の収容所は全て自給自足だったけど、ここは敵性外国人ってことじゃなく、歓迎してくれていたんだね」
そう思うと、あのしつこいボブもかわいく見える。
「だって、このイベントを催されたメリーたち、皆、日系人のナニー(子守り)に面倒をみてもらってたらしいの。子守歌を覚えている人もいる。敵性外国人だって思っていたら、大事な子供を預けないでしょ」
「うん、そうだよね」
それだけ日系人が信用され、受け入れてもらえたんだ。
それから僕は、たくさんの写真を見てまわった。そのうちの一つ、大勢の若者が笑って写っていた写真にマギーらしい女性を見つけていた。もちろん、名前なんか書いてない。けど、これはおっきい祖母ちゃんなんだ。さっきは驚いて受け入れられなかったけど、今は嬉しく思う。
その夜は、クリスと僕はホテル内のパフで食事をした。地元のビールとチキンウイング、サツマイモのフライズ(ポテトフライと同じようにサツマイモのフライも大人気)、ガーリックブレッドとシザーズ・サラダを二人でシェアすると注文した。そしたら、気の利くシェフが普通なら大皿に一品づつの料理だけど、それをきれいに二人分の皿に分けてくれた。
「すごい、チップはずまなきゃね」
とりあえず、ビールで乾杯。一気に半分ほど飲むとほどよいアルコールが胃にしみわたるのがわかった。
「お疲れさまでした、どうだった? この町」
「来てよかった。高祖父や曾祖母は戦争で、本来の平穏な生活を失ったけど、ここではそれほど惨めな思いをしないで地元の人たちと一緒にうまくやっていたことがわかった。安心したよ」
「よかった」
「もし、高祖父たちがこのままカナダにいたら、僕、カナダ人として生まれてきたかもしれないって考えた。母は別の人と結婚するから僕は生まれてこないって笑ったけど」
「そうね。どうなったでしょうね。姿形は今と別人でも、翔さんの魂はひいひいお祖父さんの子孫として生まれてきたと思う」
クリスって良いこというなあ。カナダにとどまったとしても、英語を話す別の僕がおっきい祖母ちゃんを偲んで、やっぱりここへ来たような気がする。
そこでふと気づいた。カナダにいる日系人って日本語があまり話せないんだって。
「日系人は戦争で日本語学校へ行けなかったから日本語、話せないの?」
そんな素朴な質問が浮かんだ。
クリスはちょっと真顔になった。
あれ? そんなにシリアスなことだった?
「私もそう思ってた。でもね、今日、他の日系のパネラーと話したの。戦争当時はティーンエイジャーだった人、そして戦後はオンタリオ州に移住した。その当時は日本語を話していたらしいけど、もう日本語を話さなくなったって」
「話さなくなった? 話せないんじゃなくて、話さないってことを選んだってこと?」
「そんなふうに考えられる」
クリスは悲しそうな表情で語った。
戦後、カナダに残った日系人たちは東の方へ移動させられた。すべてを失い、新たな生活をしなければならなかった。東側では日系人は珍しくて、それほど差別されなかったらしい。近所の人たちもその多くがヨーロッパからの移民だったからだ。
けれど、日系人たちは白人社会に溶け込もうと必死だったらしい。なぜか? それはもうトラブルに巻き込まれたくなかったからだ。
日系だったから、強制収容所に入れられた。財産をすべて勝手に売却された。それらのトラウマが身に染みていた。皆がカナダ人になりきろうと努めたのだろう。
子供たちも、学校へ持っていくランチはおにぎりやお寿司ではなく、他の白人と同じサンドイッチを好んだそうだ。段々と日本語、日本の習慣を忘れていった。親たちが日本語を話さなければその子供が話せるわけがなかった。日系三世ではほとんどの人が日本語を話せない。日本からきた一世の祖父母が健在なら、少しは話すが、三世は外見は日本人だけど中身は白人と同じ。だから、バナナという言い方がある。外側は黄色だけど中身は白いということ。
ある日系三世が白人の奥さんと一緒に京都巡りをした。その時、彼は片言の日本語で言ったそうだ。「私はカナダ生まれの日本人です。でも日本語、話せません」と。日本人に見えるから店の人が日本語で話しかけてくる。日本語がわからないと伝えると日本人なのに? と理解不能な顔をするらしい。だから、先にそう言った。そうしたら、その店の人に叱られたらしい。「日本人ならなんで日本語を話そうとしなかったの」と。
でも、今なら僕にもわかる。
日本人だったからつらい過去がある。日本語を手放したんだって。だから、日本語を話さない日系人が日本にきても責めないで欲しい。ただ、勝手に風化してしまったわけじゃないってこと。日系人がカナダで生き延びていくには、こうしたつらい過去があったってことを頭に入れてほしい。
僕たちは、戦争の悲惨さは知っているつもりだ。でも、そうした戦争の裏側の本当のつらい心は知らない。そして、当時の人たちはそんなつらい過去を話したくないから、心の底に押し込めたままこの世を去っていく。でも、こうしたこと、誰かが勇気をもって、次世代に伝えていかなきゃいけないとも思う。
僕がいつか結婚して、子供ができたら、おっきい祖母ちゃんたちのことを話すつもり。その子供ももしかしたらこのカスロに興味を持って訪れてくれるかもしれない。
クリスと僕はそんな話を同じ部屋の別々のベッドで延々と話していた。男女の性別を意識することなく過ごした一晩だった。
後から判明したのは、おっきい祖母ちゃんの名前だ。鈴木真紀子、マギーは英語名だった。祖父ちゃんがそう記憶していた。それなら僕がカナダへ行く前に、そう教えといてくれればよかったのに。
でも、あの時マギーがおっきい祖母ちゃんとわかっていても、マギーのことをかわいいって思っただろう。本当におっきい祖母ちゃんはかぐや姫のようにかわいらしかった。
Into the moon light Off you go,I`missing you I think of your smile.




