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ここはちょっと違う町・不思議な少女



 ふと、誰かの足音で我に返った。もう何時になるんだろう。スマホを手にする。

 しまった。もう十二時を過ぎていた。ホテルへ戻れなくなった。普段ならどうしようってパニックを起こしそうになるかもしれない。けど、今は明日、どうするわけでもないから、不思議なほど落ち着いていた。いいや、この船の陰に座って朝までいよう。ちょっと寒いけど、凍えるほどじゃない。ジャケット持ってきてよかった。明日の朝、コーヒーショップが開いたら暖かい飲み物を買えばいいだろう。そうだ。クリスにメッセージを送らないと戻ってこないって心配されるかもしれない。


《散歩してる。朝になったら戻るから心配しないで》とだけ送っていた。


 湖畔の砂浜がちょっと騒がしくなっていた。ティーンエイジャーたちらしい。誰かが走っている。それを追いかける複数の足音。耳を澄ませると英語で、『待てよ』と少年の声。『放っておいて、かまわないで』という少女の声。そして、ちょっとざわめく他の少年少女の声。


 彼らがこっちへやってくる。こんな船の陰に座っていると隠れていると思われそうだから、向こうを脅かさないように立ち上がった。けど、それは返って、その人物を驚かせることになった。

 すぐ目の前にその少女がいた。クリスみたいに腰のあたりまである長い黒髪の少女が目を丸くして僕を見ていた。まさか、こんなところに日本人・・・・じゃなくて、人がいるとは思ってもみなかったらしい。まあ、普通はそうなんだけどね。あれ、でもこの少女、日本人みたいだ。ああ、今夜のパフォーマンスには日本人のゲストもいた。その中の一人だったかもしれない。


『待てよ、マギー。じゃあ、誰が好きなのか言ってくれ。そうすればあきらめる』

 そう言って近づいてきたには白人の少年だった。彼もまた、僕に気づいて息を飲み、足を止めていた。その周辺にいる二人の少年は白人で、日本人っぽい少年が一人、少女が二人いた。ティーンエイジャーの揉め事みたいだ。もめ事はこのくらいにして夜も遅いから家へ帰りなさいと言うのが大人としての務めだろうな。けど、そんなこと英語で言えるのか。

 皆が揉め事よりもここにいる奇妙な日本人は誰だと探っているのがわかった。ここは正直に、ホテルへ帰り損ねた哀れな日本人だと打ち明ける方がいい。

「あ、僕は・・・・」

 そう言いかけた僕の腕にその少女が絡みつく。


 え? なに、なんだ、どうした。警察に連行されるとか?

『この人なの。私の決まった人。父さんが決めた婚約者』

 その言葉に皆が押し黙った。僕がそれを理解するのにちょっと時間がかかった。

 数秒遅れて驚き、なんで、と声をあげそうになる。

『ねっ、明日の試合観戦、一緒に行くの。だからわざわざ他のキャンプからきてくれたのよ。紹介するね、ええと・・・・」

 紹介? 僕を紹介するって? 名も知らぬ少女が僕を・・・・。

『僕は宮崎翔って言います。よろしく』

 機転を利かせてそう言っていた。ここはこの子のためにもこう言うしかないだろう。

 けど、白人たちは値踏みをするように僕を見た。

『本当か? 年取ってみえる。兄ちゃんよりも年上かも・・・・』

 おいおい、大人に対して失礼だろう。


『そう、翔さんは二十一、あなたたちよりずっと大人なのよ』

 僕は二十歳だけどね。

『RCMP(カナダ国家警察)に言うぞっ』

『いいわよ。その代り、あなたが私をずっと付け廻していたこと、全部あなたのお母さんに言うから』

 ヒイという声にならない悲鳴を上げた。このボクちゃんはよほど母親が怖いらしい。

『覚えてろよ』

 映画ではチンピラが悔しい時に言う決まり切った台詞。白人の少年たちがその場を去っていった。

 彼らが闇に消えていった。その場に残った少年少女が腹を抱えて笑う。


「見た? ボブの顔。笑っちゃう」

「見た見た。これでしばらくおとなしくしてるでしょ」

 その髪の長い少女がそんなことを言う。

 僕はなにがなんだかわからなくて立ち尽くしていた。


「あのう・・・・突然、失礼しました。ごめんなさい」

「いえ、事情は知りませんが、お役にたててなによりです」

 高校生くらいの少女に何を言ってんだろう、僕って。

「あの人、クラスメイトなんですけど、すごくしつこくって困っていたんです。これでもうつきまとったりしないと思います」


 ぺこりと頭を下げてきた。黒髪がサラサラと流れた。その顔が月明かりに照らされた。改めて見るその少女。すごくかわいい。その姿はまるでかぐや姫みたいだ。


「翔さんって、明日のことで来たんでしょ」

 少女たちより背が低い少年が話しかけてくる。

「明日? ああ、そうです」

 今夜が前夜祭、明日が本イベント。クリスがパネラーとして出演。


「ボクはロン。野球好き?」

「野球? あ、見るのはね」

 一応、そう答えておく。

 他の少女はスミエとレイコ。皆十六歳だった。かぐや姫はマギーという。


「こんなところに人がいるとは思わなかった。なにしてたの?」

 ごもっとも。

「ちょっとぼうっとしてたらホテル、帰れなくなっちゃった。朝までここにいようと思ってね」

 ぼうっとしていたというところで、少年少女たちは遠慮もなく、げらげらと笑った。そんなに笑われるとおじさん、傷つく。

「じゃあ、ボクたちのところへ来ればいいよ。ねっ、たぶん、他の人もいるはずだよ」

「ああ、サンドンのマイクね。明日一緒に行くって」

 人見知りをしないらしいロンが僕の手を引っ張った。一緒に来いと。大丈夫なんだろうか。見知らぬ人を連れて行っても叱られないだろうか。


 下ったメインストリートを登っていく。さっきとなにかが違う、そんな気がした。でもなにがどう違うのか、きちんと説明できない。大体、初めてきた町だった。夜だし。なんだろう、なにかが決定的に違う。きっと一人でいたら気づいていたと思う。けど、僕は今、少年少女たちに囲まれて夜中、町を歩いていた。


「今度は勝てるかな」とロン。

「勝ってほしいよね。みんなすごく練習してるもん」

 気の強そうな澄恵が言う。

「これが今年最後の試合だもんね」

 マギーが名残惜しそうにそうつぶやいた。

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