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いよいよカスロへ


 ニューデンバーを後にした。今日の夕方にカスロへ入らなければならなかった。もっとゆっくり見てまわりたかったけど、時間がない。再び、山間のくねくねした道路を行く。カスロという町に到着したのは暗くなり始めた時だった。

 クリスは徐行し、メインストリートと思われる道をキョロキョロしながら運転していた。

「あ、ここ」

 かなり大きなホテルだ。湖畔に車を止めた。


 カバンを持ってフロントへ。

『クリス・田中と申します。二泊の予定で、メリーさんからここに予約を入れてもらっているんですけど』

 フロントの女性はクリスと僕を見て、すぐに電話をしていた。

 そうして現れた女性が今回のイベントを取り仕切るメリーだった。年の頃、八十歳近いと思う。でも気のよさそうな白人の女性だ。

 メリーはすぐに今夜のイベントのことを話している。僕はなんとなく手持ち無沙汰で、その辺においてあるカスロの地図なんかを手に取っていた。

『前夜祭は6時半からよ。それまで部屋でリラックスしてね。リフレッシュメント(軽食)は用意してあります。じゃあ、のちほど』

 メリーは忙しいらしい。僕の方をちらっと見て、二っと笑いかけてくれた。彼氏って思われたかな。

 しかし、クリスが渡されたカードキーを見て佇んでいた。

 あ、部屋。

「もう一つ部屋を予約してないけど大丈夫だよね」

 クリスが首を振る。

「ここ、招待客ばかりなの。それで満員だって。どうしよう」

「じゃあ、他のホテルへ僕、泊るよ」

 湖畔の向こうに、大きな別のホテルが見えていた。ちょっと不便だけどしかたがない。女友達と同じ部屋には泊まれない。そんなこと、妃呂美にばれたらなにもなくても首、絞められる。

 クリスはちょっとの間、黙り込んでいた。そして決意したように、言う。

「ツーベッドだから、いい」

「え? それって同じ部屋に泊まるってこと?」

 まさか、まさかだろう。

「たった二日だけだし、あっちのホテル、ちょっと遠いし」

 クリスは先に廊下を歩きだした。

 ねえ、本当にいいの、と問いかけようとしたけど、その言葉を飲み込んだ。それはボクがきちんとしていれば大丈夫なんだって気づいた。向こうとしては複雑な気持ちだろう。一応、僕は人畜無害そうな顔をしている草食男子。今は肉食女子の妃呂美に飼われている。一応、飢えてはいない。けど、クリスの元カレによく似てるって言ってた。もしかしてちょっとした期待してるのかなんてことも考える。それはないか。


 僕たちの部屋は二階に中央にあった。飲み物、スナック菓子の自動販売機と共にご自由にどうぞという添え書きされた山盛りのリンゴのバスケット。クリスはそれをヒョイと一個手に取り、部屋の鍵を開ける。僕も同じようにリンゴを一個手にしてその部屋に入った。

 今まで泊まったホテルの中で、この部屋が一番大きいと思う。入ってすぐ右手に洗面所・トイレ、風呂がある。左手には手洗いができるシンク。クローゼット。丸いテーブルがあり、椅子が二つ。


 大きなクイーンサイズベッドが二つ、かなり離れたところに並べられている。そしてパソコンデスク。これってワンルームマンションよりずっと広い。それに外に出られるバルコニーがあった。大きな窓からコートニーレイクがよく見えた。


 クリスもそのベッドの距離に安心したみたいだ。当然のように奥のベッドの上にスーツケースを置いた。

「ごめん、着替えるね。支度しなきゃ」

 小さなカバンを抱えて、浴室へ入った。


 僕はその間にティシャツから青いコットンシャツに着替えた。この程度で大丈夫だろう。クリスの支度ができるまで暗闇に溶け込んでいる湖を眺めていた。

 ここがカスロだ。戦争中、おっきい祖母ちゃんが住んでいたところ。おそらく同じ湖を眺めていたんだろう。75年の歳月が過ぎたけど、同じ景色の土地にいるんだ。そう思うと感無量だった。


 クリスが出てきた。明るいオレンジ色のセーターに黒いぴったりしたパンツだ。かっこいい。化粧もしているから別人のよう。こうしてみるとサリーとよく似ている。さすが姉妹だと思った。


 イベントの場所、ランハム(Langham)カルチャーセンターはホテルを出て、五分も歩かないところにあった。日系記念センターだ。入ってすぐ、受付があった。メリーの客だと言うとすぐに通してくれた。狭い空間に大勢のカナダ人(白人)たちが集まっていた。そしてこの町の市長やこのセンターの責任者メリーが挨拶をする。僕の英語能力では完璧に理解できなかったけど、この地に滞在した日系人のための催しだと繰り返していた。古い白黒の写真を引き伸ばしたパネルが数枚、飾られていた。もしかするとこの中におっきい祖母ちゃんがいるかもしれないと思って、目を凝らしてみる。けど、晩年の顔しかわからないのだ。あの無口な祖父ちゃんや親父がその血を引き継いでいる。若い頃のおっきい祖母ちゃんも物静かで内気な人だったと思う。日系人はこの町に1942年から49年までいたという。



 挨拶が終わると皆、大きなテーブルに用意されていたリフレッシュメントに手をだし、雑談を始めた。クリスは一通りの人に挨拶している。招待された身も大変だと思う。見るとビール片手に飲みながら話している人もいる。小さなカウンターの向こうでアルコールを売っている。ワインを買っている女性の後ろに並んだ。


『ハ~イ、なにがいい?』

 僕はまだカナダのビール、飲んだことがないからちょっと考える。


『一番人気のビールはどれですか』と訊く。

 カウンター内の女性は笑って、イチオシはこれ、と勧めてくれた。コカニ―っていうビール。5ドル払った。クリスを思い出して、もう一本買う。

 飲むと日本のビールみたいで飲みやすい。クリスを探してビールを差し出すとにっこり笑った。

「ありがとう。いろんな人と話したから喉が渇いてた」

 気の利く男子、妃呂美なら、これこそよく飼いならされた男子とばかりに抱きしめてくれるかもしれない。

「じゃあ、改めてカスロに乾杯」

 そういうとクリスも「はるばるやってきたカスロに乾杯」と返した。


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