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途中、谷の合間のようなところで車を止めた。ここで小休止ってとこだろう。けど、僕は車から出なかった。クリスは出てこない僕を見て、怪訝そうな顔を向けた。せっかく話ができるようになった。またクリスの機嫌が悪くなっても困るかな。かなり迷ったけど、しかたない。
車からでる。クリスが笑顔を向けてきた。彼女の髪が風に舞う。高い山の中腹、谷の上だった。車からもどれだけ高いところなのかがわかる。
「気持ちいいでしょ、ここを通るといつもここで一休みするの」
「うん、そうだね」
そう答えても、僕は車から出ても離れることができなかった。歩けない。脚がすくむ。
クリスの立つフェンスから数メートルは離れているのに、僕はめまいがしそうなくらい頭がくらくらしていた。
「ごめん、高所恐怖症なんだ。これ以上そっち、いけないから」
クリスが「えっ、嘘でしょ」とつぶやき、あははと笑った。
「ねえ、これって笑うとこじゃないんだけど」
「ごめんなさい。想定外だったから」
「誰にでも苦手はあるし」
ちょっとむっとして、また車の中へ戻った。そんな僕のふくれっ面を外から写真を撮るクリス。まあ、笑ってくれるんだからいいか。クリスも車に戻ってまた出発。長い道のりだ。その当時、日系人たちは汽車に乗せられて、収容所へ送られたという。行けども行けども山ばかりの所を、どんな思いで日系人はいたんだろう。不安しかなかったはず。
「戦後、東部へ移動した日系人の話なんだけど、何十年ぶりかに戦前まで住んでいた家を見に行ったんだって。孫をつれて、この家に住んでいたんだよって話していたら、すごいことが起こったの」
クリスがうれしそうに笑う。その笑顔がかわいい。いつもこうして笑っていればいいのに。
「昔のままだったってことかな?」
政府に勝手に売られていて、他人が住んでいたとしても、懐かしいその家がそのままだったらうれしいと思う。
「その隣に住んでいた人が出てきて、再会できたんだって。そして、その隣の人は突然いなくなった日系人の家具を保管してくれていたって、何十年もよ」
「私、この話を聞いて涙が出たの」
少し恥ずかしそうにクリスはつけ足した。
その話にも感動する。急に移動しなければならなくなったけど、いつかは戻ってくると信じていたそうだ。
*****
当時は、日系人は低賃金で働かされていた。真面目な日系人はそれでもどんな肉体労働でもやった。炭鉱の場では、危険な作業を日系人や中国人がやっていた。
さらに日系人は休日に関係なく働いた。子供も学校に行かせないで働かせたこともあるそうだ。その働きぶりに当時の白人たちに恐怖を与えたらしい。日曜日にフェリーで畑の野菜を車に積んで運んでいるところを白人たちが訴えることもあった。「日曜日なのに日系人は働いている」と。白人たちは日曜日は安息日で働かない日。後にカナダ政府は出稼ぎ労働者を受け入れないことにし、移民として受け入れるようになった。そして子供たちをきちんと学校へ通わせ、教会にも行くように定めた。
日系人は器用だし、教えればすぐにこなせる。もし、日系人たちが白人たちと同じ仕事をしたら、自分たちの仕事を奪われてしまうだろうと考えるのも無理はなかった。それだけ日系人は勤勉で真面目に働く驚異の人種とうつっていた。そして子だくさんの家族が多かった。産めよ、増やせよの時代。白人の家族では平均二人か三人の子供なのに、日系人は五人から六人以上子供がいる家族もいた。このまま日系人が増えたら、自分たちの居場所がなくなる、仕事も奪われると考えた白人も多かったと思う。




