羅十と阿弥陀如来(ショートショート39)
豊後の国、その東の地――仏の里に一人の老翁がいた。
この老翁、名を羅十という。
寺の仏像は過ぎる年月とともに風化し、さらには劣化してゆく。それらの修理修復をしていたのが仏像の修理職人、羅十である。
この羅十だが。
職人としての腕の良さはさることながら、仏像と会話――心を通わせることができた。
それゆえ修理は、住職の注文はもちろん、仏像の心の声――どこそこが傷んでいるので直してくれ――そういったことも聞きながらやる。
からにして……。
彼の仕事のできばえは、依頼主と仏像の双方に満足されるものだった。
ある日。
古寺の住職と小僧たちにより、一体の古い仏像が羅十のもとへと運びこまれた。それはいにしえに造られた、人の背丈ほどもある阿弥陀如来像であった。
住職が問う。
「羅十殿。この阿弥陀様は、うちの寺では一番の仏様でして。元の立派なお姿にもどしてさしあげたいのですが、はたしてかないますでしょうか?」
「かならずや」
羅十は阿弥陀如来像を前にして、大きくうなずいてみせた。
羅十はさっそく修理にとりかかった。
まず仏像を解体し、傷んだ部分を取り替え、虫喰いには砥の粉を塗りこんでゆく。
この工程だけで一週間ほどかかった。
ほかの職人であれば、あとは顔料を塗るなり、金箔を貼ってしまいとなる。だが羅十は、ここで阿弥陀如来像に向かって話しかける。
「阿弥陀如来様、ほかにご希望があれば、今のうちになんなりとお申しつけください。わたくしめにできますことであれば、この羅十、手を尽くしますので」
すぐさま阿弥陀如来から返事がある。
「では、この細い目を、もう少し開けてくれぬか」
「今の方が仏様らしいのでは?」
「そうかもしれぬ。だがな、いつも娘っ子たちから、眠ったような目だと笑われておるのでな」
仏様のお顔を変える。
それは羅十の意にそわぬことであったが、それが仏様の頼みとあらば受けざるをえない。
「承知いたしました」
羅十は小刀を巧みに使い、仏らしさがくずれぬほどに目を大きくした。
「それとだな、この団子鼻を小さくしてほしい。やはり娘っ子らが……」
「仏様は、やはりお鼻は大きい方がよろしいのでは」
「娘っ子は小鼻が好きなのだよ」
「受けたまわりました」
羅十は細心の注意を払い、ノミで鼻を品よくけずっていった。
「おう、なかなかいいぞ。では、くちびるもだ。もっと薄くしてくれぬか」
「それも娘っ子たちが?」
「ああ、そうなんじゃ」
「ですが、あまりお顔をさわりますと、仏様らしくなくなります。今のままで十分だと思われますが」
「いや、ぜひやってほしいのだ。今どき、厚いくちびるはモテないそうだからな」
「では、少しばかり」
羅十は、くちびるをわずかに細くした。
「のう、ついでに垂れたあごもやってくれぬか。細くとがらせてほしいのだ」
「まことに申しわけございませんが、さすがにこれ以上はできませぬ」
羅十は首を横に振ってみせた。
「なぜだ? 千手観音のヤツは、いくらでも直してもらった、そう申しておったぞ」
「千手観音様は手がたくさんおありです。ですから直すべきところも少なからずあった。そういうことでございます」
「同じではないか。ワシにも不満なところがたくさんあるのだからな」
「そういうことではないのです。阿弥陀如来様はお顔でございますから」
「なに、顔だとできぬと申すのか?」
「さようでございます」
「なぜだ、どうしてできぬのだ?」
「仏の顔も三度まで、そう申すではございませぬか」
羅十はこともなげに返したのだった。