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1.奴隷の奴隷(4)

 決闘の条件は前代未聞の、信じがたいものだ。

 平民の、いや剣奴のガラオールが勝てば、ミラーフィールは「奴隷」になる。

 ミラーフィールが勝てば、『平民枠』を利用して入学したガラオールは、この学園をすぐにでも去る。ついでにアマリリスの身柄がミラーフィール王女のものになる。 



 「奴隷との決闘」と聞かされて、プロテジェール王女の顔に明らかな動揺が浮かんだ。

 そこに隙が生まれる。ガラオールは唯一の勝機を見逃さない。


「し、死になさい! 下民! ――雷迷球極ファランドール!」


 ミラーフィールの白い手から放たれた雷球。ガラオールめがけて浮遊しながら、触手のような電流を宙に躍らせる。しかしその魔力は微弱。心の動揺は即魔術の失敗につながるのだ。


「俺の奴隷になっちまいやがれ……貴族!」


 ガラオールは床を蹴り、剣を槍のように突き出す。その切っ先にぶつかった雷球は、そのまま雲散霧消する。

 喉に剣を突き立てれば勝ちだ。殺そうと思えばそれも可能だが、ガラオールは王女を殺そうとは考えていない。あくまでも衆人環視の決闘で「勝つ」ということがこれからの学園生活にとって、ひいてはガラオールの野望にとって重要なのだ。


「プロテジェールの王女が! 奴隷なんかになるものですか!」


 ミラーフィールはドレスに隠していた細身の剣を抜き放ち、ガラオールの心臓めがけて突きを繰り出す。殺意のこもった剣の軌道。


「こともあろうに、『平民枠』の入学者の正体が『奴隷』だったなんて! 学園と貴族社会の矜持を賭けて、ぜひともお前を殺さなくては!」

「奴隷は奴隷でも、剣奴グラディエーターの俺が、そう簡単に死ぬかよ!」


 王族と奴隷、二人の剣が交錯して火花を散らす。

 瞬間、ガラオールの全身に飛び上がるような激痛が走る。


「グッ……!」


 ガラオールはよろめきながらも、演壇を飛び降りてミラーフィールから距離をとった。

 強力なミラーフィールの雷の魔力が、剣を媒介にしてガラオールの腕に流れ込んできたのだ。激痛と麻痺。すんでのところで剣を取り落としそうになる。

 ミラーフィールは威厳たっぷりにガラオールを見下ろす。


「剣は金属、電気を通す。ゆえに、私の雷魔術は剣士にたいして必殺を誇る」


 もう王女の顔には動揺も驚きもない。ただ冷徹な勝利への確信があるのみだ。


「剣奴、と言ったわね? 剣しか能のない奴隷に、万に一つも勝ち目があると思う?」


 ガラオールは呼吸を整え、痛みを無視しながら姿勢を保つ。

 耳が遠い。目がかすむ。一瞬のこととはいえ、これほど純度の高い魔力を受けたのははじめてだった。さすがは父祖に神をもつ一族の魔術だ。下等な魔術兵のにわか魔力とはわけが違う。あと一秒飛び退くのが遅かったら死んでいた。


「次でとどめ。去りなさい、下民!」


 壇上で跳躍するミラーフィール。黄金に燃えさかる髪がクジャクの羽のように広がる。細身の剣の切っ先は、雷をまとってガラオールの眉間を狙っていた。

 美しい。

 古代の絵画に描かれる雷神バリアンドーの美麗な姿を、ミラーフィールはそのまま体現していた。

 が、


「醜い」


 ひとりガラオールだけは、必殺の剣を向けられながら、不敵な笑みを崩さない。


「醜く敗北してしまえ、驕れる王族がッ!」

「――ひゃっ!」


 宙に舞ったミラーフィルは、見えない網にとらわれるようにして、無様に床に叩きつけられた。


「勝ちを確信して油断したな、王女?」


 ガラオールはうつぶせに崩れ落ちたミラーフィールを、冷酷に見下ろす。

 蜘蛛に囚われた蝶。

 いつの間にかガラオールの袖に隠されていた籠手が展開し、幾条ものワイヤーが伸びてミラーフィールの四肢にからみついていた。

 隠し持っていた武器のひとつだ。この手のギミックで敵の意表をつくことなど、剣奴にとっては基本中の基本だった。


「このワイヤーは魔力を伝導しない素材でできている。お前の負けだ」

「……卑怯者!」


 頭だけをガラオールに向けて、ミラーフィルは怒りをぶつける。


「隠し武器だなんて、入学者のくせに貴族の風上にもおけない――」

「だから、俺は貴族じゃないって言っているだろうが。……奴隷なんだよ、奴隷。いや、いまだけは騎士ナイトだったかな。ククク……」


 ガラオールは地に堕ちた蝶に歩み寄り、敵の銀剣をブーツで踏み折った。


「奴隷のなかでも戦闘を専門にする奴隷。それが剣奴グラディエーター。おわかりか?」


 ひっ、とミラーフィールの口から悲鳴が漏れる。

 文句なしの形勢逆転だった。拘束されて身動きの取れない王女と、その傷一つない白い首に剣を向ける奴隷。


「負けを認めろ。さもなくば、容赦なく頸動脈をぶった斬るぞ」

「おい、貴様、よせ!」


 慌てて演壇から降りてきたネロが、ルビーの柄頭の剣を抜く。


「プロテジェール王女にそれ以上の無礼をしてみろ、命だけじゃ済まないぞ――!」

「手をだすな!」


 ガラオールは怒鳴った。ネロは地獄のようなその大音声に、思わず一歩たじろぐ。


「これは神聖な決闘だ。そうだろ? 誰にも文句はないはずだ。俺が決闘を申し込み、こいつはそれを承諾した。証人は会場の全員だ」

「なにをバカなことを」

「おい、いい加減にしろよ、赤髪野郎。王侯貴族に二言はないんだろ?」


 ネロは口をつぐんだ。ガラオールの言葉に反論ができない。

 講堂を沈黙が支配する。数名の勇敢な貴族が例外的に、剣を抜いてガラオールのほうへやってくるそぶりを見せたが、こちらはアマリリスに睨みつけられてその場に硬直した。


「よし。それでいい。きょうからプロテジェール王女は、俺の可愛い奴隷だ」


 ウォモ・ウニヴェルサーレ学園入学式。

 伝統ある支配者の祭典は、史上最悪の幕切れを迎えた。

 剣奴ガラオールと盗賊アマリリスの手により、「王女のなかの王女」ミラーフィールが『奴隷』の身分に貶められたことによって――。


「貴族ども! 俺が直々に、式典閉幕の言葉を述べてやる――――


 ――――お前たちの財産も、領土も、名誉も……ぜんぶ俺が奪い尽くす! 以上! 閉幕ッ!」

 


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