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1.奴隷の奴隷(1)

 ウォモ・ウニヴェルサーレ王侯学園

 貴族的な、あまりに貴族的な校則


 Ⅰ.みだりに魔術を用いてはならない

 Ⅱ.いたずらに剣を抜いてはならない

 Ⅲ.決闘はこれを固く禁ずる

 Ⅳ.宣戦はこれを固く禁ずる

 Ⅴ.血脈交流(色恋沙汰)はこれを固く禁ずる

 Ⅵ.他国王の王位簒奪はこれを固く禁ずる

 Ⅶ.なお……一般的に、許されたる行いを行うよりも、禁じられたる行いを行うほうが倍の勇気を要するものである。勇気は貴族の、王者の徳であるからして、己の勇気を試し誇示する態度はまずもって立派と評され、ぜひとも推奨されなくてはならぬ。

 われわれウォモ・ウニヴェルサーレ学園は、学生による校則破りを歓迎する。


 戦争、決闘、おおいにやるべし!



 ウォモ・ウニヴェルサーレ王侯学園大講堂では、盛大な入学式が執り行われていた。

 入学式――人類中の選良エリートを学び舎に迎える、じつに喜ばしい儀式。

 毎年、おのずと祝祭のようなにぎわいを見せる。

 まず、会場も人も、見た目からして豪奢で美しい。

 列席する王、貴族、そして今回入学する支配者層の子弟たちは、おのおのの流儀で見事に着飾っている。

 講堂はそこいらの田舎城などよりもよっぽど巨大な建築物だったが、数多の出席者によって席は埋め尽くされていた。入場しきれない召使たちが、番兵の手によって会場から乱暴に追い出されるほどの盛況だ。

 そんな、大陸中の貴人の粋を集めたような式典に、ひとり。

 異様な目をした男がすまし顔で着席していた。


「クックック……狩りがいのある面子メンツばかりだ」


 剣奴ガラオール。

 ガラオールは低い声でつぶやくと、辺りにもう一度肉食獣の眼光を走らせる。


「いるいる。金も領土も城も奴隷も、たんまりもっていそうなのが」


 前方の席には、真っ赤なマントを羽織ったウェンスター国王子の姿があった。

 左手では、ガンゾグド国の姫と大貴族エストテランタ家の次男が談笑をしている。

 右方の壁際では、南方小国連邦の金持ち諸侯の子らが、壇上の演説にいちいちあいづちをうったり、拍手をしたりしてふざけあっている。

 右を見ても左を見ても、前を向いても後ろを振り向いても、全方位に貴人、貴人、貴人。

 まるでエメラルド色の海に浮かぶ岩礁のように、ガラオールの質素な礼服はむしろ地味すぎるという意味でよく目立ってしまっていた。



 ウォモ・ウニヴェルサーレ学園は王侯貴族にしか入学を許さない。

 学生全員が、いずれは郷里に帰還し支配者となる運命の男女なのだ。

 そもそも学園は、「支配者を教育するために」創設されたのである。大陸でも他に類を見ない、非常に特殊な教育機関だと言えよう。

 学園創設の歴史的経緯を簡単に語ると――


 時はいまから二百年前にさかのぼる。大陸歴五千三百三十五年のことだ。

 大陸のおおよそ中央に位置するマルドリオス王国は、王権の絶頂期から一転、富を蓄え豊かさを享受しはじめていた国民の、政治的な力の伸長に脅かされていた。

 マルドリオス王国。かつては「陸のマルドリオス」と呼ばれ、王国のなかの王国とたたえられた巨大軍事国家である。

 それがいまや市民たちの、卑しい民どもの圧力に屈しようとしていた。市民たちは商業で力をつけ、たしかに恐れるに足る実力を育ててきていた。

 当時のマルドリオス王は、その屈辱に耐えきれなかった。無謀な英断を下した。


 「市民たちの政治活動の禁止。無許可で集会を催した者は死罪に処す」


 市民は怒った。

 王はたかが平民とたかをくくっていた。時代の運のおかげで、少し良い麦を食べるようになったからといって、わずかに声がでかくなったに過ぎない。魔術を扱う、武装した兵を相当する保有する王宮と神聖なる王権にたてつこうなどとは、笑止。

 しかし、市民たちの実力は王の予想を上回った。

 革命の嵐が吹き荒れた。大地は津波のような膨大な血によって染められた。

 そうして、建国二千年の伝統を誇るマルドリオス王国は、滅びた。

 あとに残ったのは、市民たちによる自主的な政府「自由国民議会」。

 王と貴族の時代は終わった。平民の、平民による、平民のための時代が近づいていた。

 ……とうぜん、隣国の王や貴族たちは、マルドリオスの動乱に動揺した。

 明日は我が身。

 国を超えて兵が集められた。旧い支配者たちは己の栄光を、富を、名誉を守るために、勇気を奮い起こして立ち上がった。

 マルドリオスの新たな「自由国民議会」はすぐに打倒された。

 そうして旧マルドリオス王宮、旧国民議会跡地は、諸国王の学園として再興される運びとなったのである。

 つまり。

 子弟を一か所に集めて教育を施し、次代の強力な王侯貴族を養成することで、もう二度と平民どもに後れをとるような事態にはならないようにしようではないか、と。

 国や民族は違えど、同じ支配者同士結束を深め、協力して卑しい民を永遠に隷従させてやろうではないか、と、彼らの意見、利害が、一致したのである。

 ウォモ・ウニヴェルサーレ学園。

 支配者を養成する学園。平民どもから、王侯の利益を守るための砦。

 事実、学園創立後二百年間、大陸で市民革命は起きていない。歴史上類を見ないほど、各国は穏やかな外交関係を結んでいる。

 学園は確実に成果をあげていた。



 壇上では中年の貴族、デモデ伯爵の朗々とした声が響いている。


「……というわけであるからして、われわれ選ばれし民、神々の血をひく高貴の者たちは、決して平民などと同じ生物であるはずがないのです。われわれは人間。平民や奴隷は犬や猫と同じ仲間。畜生なのです。われわれは畜生に噛まれるような、無様なことがあってはいけません。この学園で存分に学び、鍛え、勝利と支配の術を身につけてくださいますよう。平民どもを飼いならし、利用し、使いつくすことこそ、神々から与えらえたわれわれの神聖なる役柄なのです」


 学園理事会員のひとりである伯爵の演説に、大きな拍手が送られる。

 学園の歴史と、いかに自分たち支配者層が貴い存在であるかということと、平民たちがいかにつまらない存在であるかを雄弁に語り、会場に感動をもたらしたのだった。


「なかなかおもしろいことを言ってくれる」


 ガラオールは自分の席で静かに笑っていた。


「勝利と支配の術。そうだ。おれはそれを手に入れるために、ここに来たんだからな。存分に学ばせてもらおう」


 デモデ伯爵がにこやかに理事席へ戻る。次なる演説者が壇にのぼっていく。

 式はまだ先が長そうだ。

 ガラオールは会場を見回る魔術兵のひとりが、こちらへゆっくり近づいてくるのに気づいた。

 それに、先ほどから周囲の貴族たちが、こちらを見てはなにかこそこそ話をしている。

 明らかに貴族ではない風体のガラオールが、どうして会場を追い出されないのか不思議で仕方ないのだろう。

 不信感をありありと顔に浮かべた兵が、ついにガラオールに話しかけてくる。


「ここは入学者席だ。あんた、誰の召使か知らないが、さっさと消えな。殴られたくなければな。外で式が終わるのを待て。それからあんたのご主人と合流することだ」

「見ろ」


 一言。ガラオールは懐から書面を取り出して、兵に突きつける。

 それは入学許可証だった。

 ガラオール直筆の署名、学園理事会員たちの署名、有力国王たちの印。書式はまったく正式なもので、まぎれもなく本物だ。


『当学園は、当学園臨時規則百八十七条に基づき、爵位および王位の類をもたない貴殿の入学を特別に許可する』


 金文字で特別に加筆された箇所を目にして、兵はこめかみをぴくりと動かした。


「な……ではお前が、『平民枠』の入学者か!」

「いかにも」


 兵はそのまま硬直して動けないでいる。まるで幽霊か珍獣を前にしたみたいな反応だ。

 いまのやりとりを耳にした貴族たちは、いよいよもってガラオールをじろじろ無遠慮に眺めやりながら、好奇心と嫌悪の入り混じった表情を浮かべた。


「あいつが、そうか。『平民枠』で入学した男か!」

「見た目通り、話し方も粗野。気品というものがない。やはり平民は平民……」

「だいたい王者の学園に、あのような者を入れていいはずがないのだ――」

「平民というより、むしろ奴隷みたいなやつだぞ」


 ガラオールの四方には味方などいない。この状況を見れば子供にでもわかる事実だ。

 敵意のこもった視線が集まる。会場に紛れ込んだ「平民」に気づいた者たちは、壇上の演説などには耳もくれず、視線に殺気を込めることに躍起になっているようだった。

 それほどガラオールの「入学」はイレギュラーであり、歓迎されざる事態なのだ。

 それもそのはず、学園は王侯のためのものである。

 平民が入りこむ余地などない。

 しかしガラオールが手にしている、入学を許可する旨の文書は本物だ。権威ある貴顕らの署名がしっかりと記入されている。

 いったいなぜ?

 なぜガラオールは入学を許可されているのか? 


「お。さっそくヘイト集めてるね~。くすくす」


 少女の声がガラオールの耳をくすぐる。突然のことだ。敵意と警戒心に満ちた空間が、いっきにその緊張を失う程度には間の抜けた声だった。


「これも計算のうちなの? 作戦なのー? ……それとも予期せぬ事態? もしそうならアタシが解決してあげよっか、腕づくで?」

「お前……、来るなと言ったはずだがな」


 ガラオールは気だるげに振り向く。

 はたせるかな、背後には見知った少女の顔があった。

 あまりにも場違いな、野性味を感じさせる笑み。


「やっ」

「……」

「来ちゃった。てへ」


 少女はおどけて、こつんと拳で自分の頭を叩く。

 活動的なショートカットの銀髪。引き締まってはいるが愛嬌のある顔の骨格。豹を思わせるしなやかな体躯は、露出の多い革の軽鎧に包まれている。

 なんと場違いな少女か。目にした誰もがそう思うことだろう。

 式典に似つかわしくないのは、とうぜんその無邪気な笑顔だけではない。露出の多い恰好も、洒落っ気のない髪形も、肉食の小動物めいた隙のない雰囲気もなにもかも、少女のすべてがまったくもって式とは不調和なのだ。

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