ドマエモンの謎!!
あなたが疲れて帰ってきて、さぁくつろごう、
ビールでも開けたとして、ふと振り向いたら見ず知らずのおっさんがいた!
どんな気持ちがする?
「お父さん!」
硬直するユキヒデにそのおっさんは呼びかけてきた
「お父さん・・?あ・・あなたは僕よりも明らかに年上ですが」
「46歳だよ」
「30歳の僕になんで46歳の息子がいるんですか!?
出て行ってください!警察呼びますよ!」
「話を聞いてほしい、お父さん!」
「お父さんじゃない!」
疲れているんだ・・
そして、悩んでいるんだ、あれから2ヶ月・・・
ユキヒデは目を閉じて眉間にシワを寄せ、落ち着こう、落ち着こう、
言い聞かせた
「お父さん!」
ああ、やっぱり夢でも幻覚でもないようだ
「僕は消えたいんだ」
「僕のほうこそ消えたいよ!今の僕の気持ちがわかるか!?
警察には言わないから出て行ってくれ!」
「お父さんは婚約破棄されたんだろ?」
「どうしてそれを!?」
「何度も聞かされたもん、ナツミさんってんだろ、
お父さんの職場に派遣されてきて、半年ほどで別の職場に行ったけど、
その後も連絡を取り続けて、つきあうようになって、
結婚の約束までしたのに、お父さんが契約社員だからって棄てたんだろ!」
確かにおっさんにはユキヒデの面影がある
他にも肌や髪の質だとか、確かに親戚と言われたら説得力はある
しかし息子とは・・
「ということは何か?あんたは僕と誰の子なんだ?消えたいとはなんでまた?」
おっさんは口をつぐんで俯いてしまう、
心底語りたくない、語れない事情がありそうな苦渋に満ちた顔だ
「バタフライ・エフェクトってやつかい?」
「かもしれないな、いや、というよりも、なんていうか……」
おっさんの深刻に青ざめた顔を見るとさすがに気の毒になる
悩むとアゴを触るクセ、ナツミに指摘されたこともある
「何しに来たんだ、息子さん」
「お父さんを救いに来た、これだけは本当だ」
「名前くらい教えてくれよ」
「それも・・言えない・・ドマエモン、とでも、しておいてほしい」
「ドマエモンさんよ、のび太はジャイ子を棄ててしずかちゃんと結婚するのに
なんで僕はナツミに捨てられるんだよ?向こうにもドラえもん・・
じゃなくてドマエモンが来てるのかよ?」
「契約社員だからとか関係ないよ、単純にナメられてるんだよ、
ナツミさんとその親に」
「ナメられるのは僕が非正規だからじゃないのか」
「非正規・・?正規の労働契約で働いてるのになんで非正規なんだ?
ゲリラでもあるまいし、正規の労働契約で働いてるから、お父さんは正規社員だよ」
「だけど・・・!」
「契約を切られたら辞めなきゃいけないって法もない」
「契約ではそうなってる!」
「お父さんの無知に付け込んでるだけだよ、8年もやってるお父さんを
勝手に雇い止めなんてできないよ」
「給料だって低いし!雇用保険も厚生年金も入ってない!」
「くれ!!って言わないからさ!黙ってるからさ!
保険や年金も入らなきゃいけないのにごまかされてるだけだよ、
マスコミもスルーしてきた、飼われてるからね」
「僕にどうしろって?いや、どうしたいんだよ・・・、ドマえもん」
「ナツミさん・・いや、ナツミに復讐したいとは思わない?」
「バカなことを言うな!ナツミは僕が一番愛した人だぞ!ずっと大事にしてきた」
ドマえもんはなんともいえない苦渋とともに表情を歪める
「その結果がこれだ」
ユキヒデは言葉に詰まる、しかしだからといって・・・
「復讐すべきなんだよ」
青ざめた顔、そこに光る窪んだ目が異様な輝きを放って訴えかけてくる
息子よ、ひとまずビールでも飲もうぜ
「酒なんか飲んでる時間はないよ!」
厳しい声だ、親に怒られているような気になる
「そうやって酒に逃げるから!!」
都内のPR会社に勤めて8年になるユキヒデには結婚したい女性がいる、
いや正確には「いた」、派遣社員の女性だった
プロポーズも受け入れてもらい、2人で頑張って働こうと決めたが、
彼女の両親はユキヒデが正社員ではないと知った途端
「娘が苦労するのが目に見えている」と反対した
「説得する」と言っていた彼女も、2カ月後、
「やっぱり親と縁は切れないから」と言い出した
「お父さんはメーカー中心に40社ほど受けたんだよね?
だけど全部ダメだった、そして新卒なら正社員に登用されやすいという口車に乗って
派遣会社に登録したんだよね?」
「そのとおりだ、3年経ってやっと契約社員になれた、それから5年・・・」
「主任の権田さんからも頑張れば正社員にしてやると言われてさ、
残業とか、休日出勤とか、断らずに笑顔でホイホイやってきたんだよね?
金曜にいきなり月曜までに企画書作って来いと言われたりもしたんだよね?」
「ああ、断ったことはないよ、
休日の予定もドタキャン続きで友人たちとも気まずくなった。
正社員以上に働いて、結果だって残しているのに、
給料はその7割程度でボーナスもナシ、
赤字脱却に貢献して、挙句の果てに婚約者には逃げられる」
「お父さんはさ、誰かが見ていてくれる、きっと伝わっているなどと言われて
信じてる、だけどさ、塩をかけられてもがき苦しむナメクジを見て可哀想だと思う?
ナメクジが許して欲しくて、仲間にして欲しくて一生懸命悶えてみせてるなんて思う?
面白いだけだろ?気持ち悪いだけだろ?
連中にとってはお父さんの苦しみなんてそんなもんだよ、人間と思っちゃいないんだ、
ナメられるってそういうことなんだよ!!」
・・数週間後・・
ユキヒデが憤怒、それでいて何かしら清々しさを漂わせた表情で帰ってきた、
決心したようだ
「ドマエモーン!ドマエモーン!」部屋中を呼ばわる
「ここにいるよ」
ぼうっと時空が乱れ、ドマエモンが姿を現した
「ドマえもん、理由はわからないけど、とにかくもこのままじゃ腹の虫が収まらない、
僕の愛をカネと測りにかけて蹴飛ばすなんて、あの女は人間とは思えない、
ブチ殺して解体してハムスターに食わせてやりたいんだ」
「やっと決心してくれたんだね!それでこそ僕のお父さんだ!」
「最近ではね、これは仕組まれていたとさえ思えているんだよ、
悪いキラーマシーン軍団が地球を支配する時に僕が邪魔になるからって、
女アンドロイドをタイムワープさせて、僕に接触させて・・」
「そういうことは僕には答えられないんだ」
「ナツミもきっとクローン人間とかキラーマシーンが化けているんだ!!
化けの皮をはいで見世物にしてやる!!」
ユキヒデは気炎を上げる
「ファック動画もいっぱいあるぞ!!」
「ともかくもお父さんが元気になってくれて嬉しいよ」
ドマえもんも嬉しそうだ
「だけどお父さん、殺すとかリベンジポルノはダメだよ、
お父さんを犯罪者にするわけにはいかない、僕も困っちゃうからね」
「じゃあ僕も自殺しなくていいってことか、でもどうやって?」
「お父さん、そこまで覚悟を決めていたのか・・大丈夫、死なせやしないよ」
これだよ!
ドマえもんが取り出したのは一枚の紙だ
「内容証明ー!」
「ないようしょうめい・・?」
「これを使えば相手を脅せるんだ」
「どういうこと?」
「相手を脅しても犯罪にならないんだよ」
次にこれだ!
「弁護士カムカムー!」
「サイト名?」
「売れない弁護士が無料で相談に乗ってくれるサイトなんだ、
低レベルでヤル気のない回答が多いけど気休めくらいにはなるよ」
「お金を払わないと真剣にやってくれないってこと?」
「あまり変わらないよ、情弱ビジネスなのさ、
それでも普通に相談に行くと30分5千円だの平気でとられてしまう。
だけどだいたいテンプレだから勝てる事件や道筋は最初から決まっているのさ」
うーん、でもこれは使えないなあ・・・
そういってドマえもんは弁護士カムカムを捨ててしまった
「ドドド、ドマエモーン!辯護士から!!」
「ああ、来たね」
ユキヒデの元にも内容証明郵便が届いた
差出人は辯護士ワカミヤ某などと書いてある
ナツミ側が辯護士を代理人としてユキヒデを脅し返してきたのである
「貴殿は不当な婚約破棄として慰藉料を請求されておられますが・・
当方には何らの違法および過失もなく・・」
今後は私・辯護士ワカミヤが相手しますから一切ナツミとその家族には連絡するな、
と言った意味のことがイカツイ言葉と言い回しで書いてある
「怖がることはないよ、辯護士とか慰藉料とか書けばビビると思ってるんだ、
権威があると思ったら負けだよ」
「なんかもう一通、これは普通郵便で届いたけど」
「なになに・・、早期円満解決のために5万円払いたい?
名前と口座番号を同封の書面に書いて、印鑑押して返送しろと?
あー、はいはい」
「和解書」なる書面が同封されており
『解決金として乙は甲に5万円を払います、これで当事者には
一切の債権債務が今後存在しません・・』といった趣旨のことが印字してある
甲は空欄、乙にはナツミ、ナツミの親の名前が書いてある
「名前書いて送り返したら5万円もらえるよ、どうする?」
7日以内に返送しなければ法的措置をとることも検討するなどとも書いてある
ユキヒデは顔が真っ青になっている
「ほ、法的措置・・、さ・・裁判沙汰・・」
もう5万円受け取って終わりにしようかとすら思えてきた
「どうしよう、ドマエモン・・」
「シカトシカト!」
・・7日後
「べ・・辯護士から着信がー!!」
「シカトシカト」
次の矢はこれだ!
「調停申立書ー!」
「ちょうていもうしたてしょ?」
「ああ、裁判所を使って脅すのさ」
「これでダメなら裁判かよ?」
「裁判なんかにしないさ」
これもナツミとナツミの親を相手方としたから
一通はナツミ宛にナツミの自宅住所へ、
もう一通はナツミの父親宛にその勤務会社を住所として送付された
家と会社に裁判所からの書類が送付されたのである
支店長昇進に王手をかけているナツミの父親は
役員の縁戚の息子を娘にあてがうことを以前から画策していた
なによりも婿が派遣社員では体裁が悪いと考え、
「娘が苦労するのは目に見えている」として婚約を破棄させたのである
その辺りの事情をユキヒデ陣営=ドマエモンは見抜いており、
ナツミとの共同不法行為だとして、
むしろ本丸といえる父親をターゲットにしているのである
ユキヒデ宅に突然の来客だ
ナツミ、そしてその親兄弟である
話し合いに来たという、辯護士も一緒のようだ
どうしよう、ドマエモン!?
「話し合いじゃないよ、脅しに来たんだ
これを渡して後はひたすらシカトだ」
ドマエモンは紙に何やら書いてユキヒデに渡した
チェーンをかけたまま玄関ドアを開いて
隙間から紙を渡した、それを読むと辯護士が何か指示して
ナツミ達は引き上げていった
紙には「言い分は法廷で話す。そちらの言い分も紙に書いて送付してほしい。
退去しない場合は警察に通報する。以上」
「なんだかモノモノしくなってきた」
「たいしたことじゃないよ、慣れてないだけさ」
ドマエモンが言うには相手も焦っているとのことだ
効いてる効いてる!ガッツリ飲み込んでる!
そう言って次の策を授ける
ユキヒデは「通告書」と題した書面を作成してナツミに送りつけた
『突然押しかけられて大変恐ろしい思いをした、
これは強要である、犯罪である、
先日より貴殿の辯護士のやり方はあまりに強圧的、威圧的、
不誠実で非常識、とても円満早期解決したいようには思えない、
弁護士会にも通報する、警察にも相談する
こちらとしても円満解決したいのは山々ではあるが
彼を連れてくるなら話はできない、このままでは裁判に移行せざるを得ない』
しばらくして書面が届き辯護士を解任したとのこと
どうか円満解決したいとのことである
100万円の請求を1000万円に釣り上げた
謝罪文を書くように付け加えた
まずナツミとナツミの親が謝罪文を送ってきた
ナツミからは別にユキヒデへの感謝と楽しかった日々の
思い出が綴られた直筆の手紙がポストに直接投函されていた
「なんだか胸が痛いよ」
「気にしない気にしない、それが奴らの手口なんだ」
それから880万に減額した
分割で払うというので突っぱねる
一括で支払え!でなければ裁判に移行せざるを得ない
「娘さんとのラブラブ画像やエッチ動画も法廷に提出できますよ!
僕達の愛の証をしっかりとみなさんに見てもらいましょうよ!!」
果たして指定期日にユキヒデの口座に全額が振り込まれた
親兄弟がクルマなどを売ったらしい
ユキヒデは入金を確認してから調停を取り下げた
「これが僕達の愛の日々の値段か」
「結婚してから別れるとなるとお父さんがこれくらい払わされてた、
無料ファックしまくれただろ?風俗代が節約できた分を考えれば・・・」
「それもそうだな、オレは男だし、まだ30だからチャンスはあるけど、
ナツミは女だし、あはは、なんといっても使い込まれた非処女だからな」
30近くなるほどに女の市場価値は急激に低下し、
過ぎる頃にはほぼゼロになるのだ
「処女なら30でも40でも人気があるけど、
非処女ビッチは女優でもない限り30過ぎたら終わり!
1人寂しく死ねばいい!!」
「あーはははは!!自由恋愛なんざはここ40年くらいのカルト思想!
非処女は無料風俗嬢、ざまあみろ!
金持ちはきっちり見合いで結婚してらあ!
男を年収で選ぶだあ!?バカ言っちゃいけない、女は選ばれる側なんだよ!!」
ユキヒデは笑いながら泣いている
泣きながら笑っているのである
勝ったのか?負けたのか?
そんなことは最初からどうでもいいことだ
「お父さん、気を引き締めて!ここからが本番だよ」
人買いノルマ達成のために正社員をエサにして派遣登録させたイカサマ派遣会社と、
8年もユキヒデを不当に安くこきつかっている今の会社を懲らしめるのだ
「労基署への申告ー!」
まずはプレッシャーを掛ける
「労働局のあっせーん!!」
派遣会社のほうは出席したものの、いま勤務している中堅企業は
出席してこない
派遣会社は弁護士と社労士を連れて脅してきたが、
結局幼稚な言い分をまくしたてるので不調になった
「想定の範囲内だよ、ほとんど出てこないし、
出てきたとしてもガキの言い訳みたいな嘘ばっかり言うんだ」
「『当方にはまったく違反がない、しかし早期解決のために2万円払いたい』
だってさ!」
「値切ることばっかり考えてる、
値切った分が弁護士やらのギャラに加算されるからね」
そう言っているうちにユキヒデは調停申立書を作成する
「労働問題に詳しい調停委員は殆どいないので、うざがられるけどね、
そんなことはどうでもいいんだ、
社労士やらも日頃は企業側の味方してるし、勉強不足のやつが多いから、
あんまりアテにしすぎないことさ」
次はこれだ
「労働審判ー!」
「お父さん、もう自分でできるよね?」
「ああ、なんだかコツがわかってきたよ」
「やけを起こして大量殺人ヤる前に、できることはたくさんあるんだ」
※悪用されないように手法はデフォルメしてあるよ
・・・・・・・・・・・・
ユキヒデはこうして正社員の座を勝ち取った
今までの「得べかりし利益」としての正社員との給与の差額分、
ボーナス分、雇用保険、厚生年金未加入分の損害相当額も払わせた
待遇は勝ち取るものなんだ
「おめでとう!お父さん」
「ドマエモン、ありがとう」
「僕の役目もここまでだ」
「また会いたいな」
「会えるよ、5年後に、今度は一緒に飲みたいね」
「20年待たなきゃいけないけどな」
「カッコいい名前付けてね」
ところで・・
「そういえばドマエモン、君は確か最初、消えたいと言ったよな?」
「うん、消えたい」
ドマえもんの表情にまた深く暗い苦悩の影が浮かぶ
よほどの事情があるのだろう
「なのになぜ僕を助けた?僕がいなくなれば、孤独に死ねば、
君だって苦しむことはないだろう」
「そうだろうね、だけど・・・」
「だけど?」
「それが親子というものだ」
そう言って46歳のドマえもんは涙を見せた
「どうやら今度は僕が君を助ける番のようだな」
「そう願うよ、お父さん」
そして無理やり笑った
ほどなくしてナツミから連絡があった
やり直したいのだという、親の説得に成功したのだという
今更かもしれないけど、本当の自分の心がわかった、
真に愛すべきヒトが誰かわかった、とのことである
ユキヒデはドマエモンとの最後の会話を思い出していた
ナツミ・・さん、が会いたいと言ってくるかもしれない
だけど・・
そう言ってからドマエモンは黙りこんでしまう
「ナツミが君のお母さんではないとしたら一体・・・?」
「僕のお母さんは・・いえない、けど・・・」
ドマエモンはユキヒデの本棚から雑誌を取り出すと
「この中にいる」
そういってモーミング娘。13期生の特集ページを指差した
それからドマえもんはニッと笑った
「お父さんに任せるよ」
時空が歪み、ドマえもんの姿も歪み、ドマえもんの笑顔も歪んで、
泣いているようにも見えた
その口元は「お父さん」と言ったようにも見えた
それからドマえもんがドマえもんとして現れることは二度となかった
ナツミは言った
「会えないかな?」
会って顔を見てしっかりと話がしたいとのことである
ユキヒデは言った
「アイム・ノット・パーフェクトヒューマン」
そしてナツミを着信拒否にした
収まらないナツミが『着信を拒否されながらも電話をしてきた』ことを確認し、
ストーカーとして警察に通報した