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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

百舌鳥天狗

ある日、美奈子ちゃんは友達と山登りへ行きました。美奈子ちゃん達は途中でとても立派なタケノコがたくさん生えている場所を見つけました。


美奈子「そういえばこの辺は昔から、とても美味しい幻の高級タケノコがあると有名だそうよ」


その言葉を聞くと友達は目の色を変えてタケノコをポキポキと折ってはカバンの中にしまいました。美奈子ちゃんもタケノコ集めに夢中になっているといつの間にか友達とはぐれてしまいました。辺りがだんだんと暗くなり、美奈子ちゃんは怖くなりました。


美奈子「誰か助けて!」


泣きながら叫んでいると、どこからか若い男の人が現れました。


男「こんな時間にこんな場所でどうしたんですか?」


美奈子「タケノコを集めているうちに迷ってしまったんです。」


男「そうですか、この辺は道も険しいし、もうすぐ日が暮れてしまう。なにより今日は満月だ。百舌鳥天狗が現れるといけない。今から下山は無理でしょう。近くに私の小屋があるから今日は泊まっていきなさい。」


とても美しい顔の男の人だったので美奈子ちゃんは嬉しくなりました。そしてこの男の人と二人きりになりたかったので、友達の事は黙っていました。


美奈子(あの子がタケノコに欲を出すからはぐれてしまったのよ。それにあの子は私より山登りが達者だわ。きっともう下山しているに違いないわ。それにしてもこの人、こんなにも美しい顔を持ちながら、体つきもとても立派だわ。きっとずっと山で暮らしているのね)


美奈子ちゃんは男の逞しく盛り上がった背中をうっとりと見つめながら歩いていると、男の人がいいました


男「タケノコを採っているとおっしゃっていましたが、そのタケノコをこの山から持ち出してはいけませんよ。」


美奈子「まあ、どうしてなの?」


男「この山の決まりなのです。そして赤い竹を見つけても近づいてはいけません。また決して満月を見上げてはいけません。それも決まりなのです。」


美奈子(すこしおかしなことを言うのね。でも満月なんか見上げてるくらいならあなたの事を見つめている方がよっぽど有意義だわ)


そう思っているうちに、男の住む小屋に着きました。中に入ると大きな机と男一人が寝るベッド以外に家具は無く、簡単な調理場と暖炉がありました。おそらくどれも男の手作りでしょうが、美奈子ちゃんはとてもまとまった綺麗な部屋だと思いました。


男「さっき採ってしまったタケノコを捨てるのはもったいない。今晩のおかずにしましょう。知ってますか?タケノコは一晩で一メートルも成長するんです。ここら辺のタケノコはもっと早い。きっと特別な養分を吸っているのでしょう。だから美味しいのだと思います。」


そう言いながら男はタケノコの煮物を作ってくれました。美奈子ちゃんは料理が得意なので、男の料理が上手でないのがわかりました。しかし素材が良いのでしょう。その煮物はとても美味しかったのでした。


美奈子(きっと私が作ってあげればもっとおいしくなるわ。あぁこんな素晴らしいタケノコを山の外に持ち出せないなんて。やっぱり乱獲を防ぐためかしら。そういえば他にも気になることを言っていたわね)


美奈子「ねえ、さっき天狗がどうのとか言ってなかったかしら?」


男「ええ、昔からこのあたりに伝わる言い伝えです。満月の夜になると、百舌鳥天狗が現れて、近くの村の若い娘を連れ去ってしまうのです。」


美奈子「連れ去られた娘はどうなってしまうの?」


男「可哀相な事ですが、手籠めにされた後、百舌鳥天狗の食べごろになるまで木の枝に串刺しにされてしまうのです。」


美奈子「まるで百舌鳥の早贄はやにえね。だから百舌鳥天狗というのね」


男「そうです、あと百舌鳥天狗は赤い竹を大切に育てていると言われています。タケノコはまだ赤い竹に育つか青い竹に育つかわかりません。だからうっかり赤い竹を抜いてしまい、百舌鳥天狗を怒らせないように、この山からタケノコを持ち出してはいけないと言われているのです。」


美奈子「でも今食べているわ。このタケノコがもし赤い竹になるタケノコだったらどうするの?」


男「はは、所詮は言い伝えですよ。それに貴重な食べ物を無駄にしてはいけないでしょ?さあ今日は疲れたでしょう。そろそろ寝ましょう」


よく朝、男に案内してもらい、美奈子ちゃんは無事下山しました。確かに夜は一人では下山できないであろう複雑な道でしたが、美奈子ちゃんはその道を覚えておくことにしました。

友達とはあれ以来連絡を取っていません。そしてそれ以来毎日男の事を考えるようになっていました。


美奈子(せっかくあんないい男に出会えたんだもの。あいつに教えたらきっと会わせてくれと言いだすに違いないわ。邪魔されてたまるもんですか。あぁもう一度会いたいわ。そうだ、今度の休みに会いに行きましょう。この間助けてもらったお礼を渡しに行くのよ。手料理がいいかしら。)


次の休み、美奈子ちゃんは腕を振るった手料理を持って山へ登りました。日が暮れる直前に男の家を訪ねました。


男「やあ、驚きましたよ。また貴女にあえるなんて。」


美奈子「私、この前助けていただいたのに何のお礼もできていなかったので、手料理を作ってきました。ですが今回は少しだけ道に迷ってしまい、こんな時間になってしまいました」


男「そうですか、そんなに気にかけていただかなくても。しかし嬉しいです。今日も下山は無理でしょう。上がってください。」


美奈子「失礼します。こんな山の中の生活なので、きっと調味料やお肉が不足していると思いまして、ビーフシチューを作ってきました。暖炉で温めて食べましょう。」


男「あぁ申し訳ない。今日はすでに夕食を済ませてしまいました。それに私はあまり獣の肉を食べないのです」


美奈子「まぁそうですの?では置いておくのでまた明日お肉以外を食べてください。お鍋はまた来週来た時に引き取りますわ。でもなぜお肉を食べないの?」


男「こんな風に森の中で暮らしていると、鹿やイノシシなど獣は大切な友達なのです。そう思うと肉を食べるのが心苦しくて。」


美奈子「そんなことを本当に言う人に初めて出会いました。とても優しいのですね。」


美奈子ちゃんは、ゆったりと語るたびに少しだけ動く男の細い顎をうっとりと見つめ、そう言いました。そして肉を食べていないとは思えないほど屈強な腕の中、疲れて薄れゆく意識で思いました。


美奈子(なんて白く美しい顔なの。彼の横顔はまるで欠けた月の様だわ。特にこの細い顎。きっと固い肉を食べないからこんなにも顎が細いんだわ。私ったら何も知らずに勝手にビーフシチューなんて作って。そうだ、次はとびっきり可愛いパンを作りましょう。きっと気に入ってくれるわ。)


その次の週、美奈子ちゃんはたくさんの可愛い甘いパンを持って行きましたが、男は小麦アレルギーで食べることはできませんでした。

その次の週も、さらにその次の週も、男は美奈子ちゃんの手料理を食べることはありませんでした。美奈子ちゃんは料理にとても自信があったので、食べてもらえないことに少し苛立ちましたが、その度に男に夢中になっていきました。その夜、美奈子ちゃんは男の三白眼に映る火照った自分を見ながら、こう思いました。


美奈子(今の彼氏も、これまでの男もお子様に思えるわ。そう、ただの猿よ。彼もケダモノの様な荒々しさを感じさせるけど、猿とは違う。もっと崇高な獣よ。きっと沢山の経験を経てきたのね。喜ばせ方を知っているわ。私はまだ彼を本当に喜ばせられていない。そういえば、彼の満面の笑みをまだ見ていないわ。きっと彼がにっこり笑えば満月のように真ん丸な輪郭になるわ。私が彼を満たしてあげるの。山の中の欠けた生活を埋めてあげるわ。でもどうすれば満たせるのかしら。そうだ・・・)



その次の週、美奈子ちゃんは男の小屋へ行く前日に山からこっそり盗んだタケノコで作った手料理を持って、山を登っていました。


美奈子「彼はこの山のタケノコなら食べられる。そして幻のタケノコを、この私が料理したんですもの。必ず彼は喜んでくれるはずだわ。早く彼に会いたい。急がなきゃ日も暮れちゃうわ。・・・あら、何かしら?あの竹は」


美奈子ちゃんの視線の先には、鈍くぬらりと光り輝く赤黒い竹があった。近づいて見てみると、滑らかな竹の表面が満月を反射して光り輝いていたのだ。それは胸の奥がぞわっとする妖しい赤でした。


男「こんなところにいたのかい。心配して探しに来たよ。」


美奈子ちゃんはハッと振り返ったがそこには誰もいない。辺りを見わたしても、男の姿はなかった。


美奈子「どこにいるの?私早くあなたに会いたくて、早くあなたの喜ぶ顔を見たくて、気が狂いそうなの。隠れてないで姿を見せて」


男「それはできない。今日は君には会えないんだ」


美奈子「どうしてなの?いじわる言わないで。あなたの為に、この山のタケノコで作ったとっても美味しいタケノコ料理を持ってきたのよ。ねえどこにいるの?」


男「気が狂いそうだから決まりを破ったのかい?大切にしていたタケノコが掘り返されていると思ったら、キミだったんだね。それに赤い竹を見つけても近づいてはいけないと言ったはずだよ」


美奈子「そんな事どうでもいいじゃない!昔の言い伝えでしょう!?・・・上?なぜ上にいるの?上からあなたの声が聞こえるわ!」


美奈子ちゃんは声のする方向を見上げた。そこには満月を背後に従えるように巨大な翼を広げた『何か』が赤い竹の上に止まっていた。


男「最後の決まりも破ってしまったね。満月を見上げてはいけないと言ったのに。」


『何か』はそう言うと、ばさりと竹の上から飛び降り、美奈子ちゃん目掛けてまっすぐに滑空してきた。

美奈子ちゃんは男の顔を見た。その顔は満月のように白く透き通る美しさで、そして口を大きく広げニッタリと笑い、輪郭も満月のように真ん丸だった。その表情はあの夜、男の三白眼に映った美奈子ちゃんの、快楽の絶頂に達する時の顔のように、欲望を満たしきった顔をしていた。


美奈子「あっ」


そう言うと同時に、男の鋭い鈎爪が美奈子ちゃんの肩に突き刺さり、美奈子ちゃんはふわりと宙に放り投げられた。美奈子ちゃんは落下していく中で、助けてと声を上げようとした。その瞬間、美奈子ちゃんの身体を、真下にあった、成長しすぎたタケノコが真っ直ぐに貫いた。


美奈子「たずうぅぅぐひゅうぅ・・ぉぼっが」


美奈子ちゃんを貫いたタケノコは、彼女の体から滴る血を全体に染みわたらせ、グングン伸びてゆきます。美奈子ちゃんは声を上げることなく、時々ピクピクと動くだけですが、ぐったりともたげた頭は眼をカッと見開き恍惚な表情を浮かべていました。そしてその瞳には、隣の赤い竹の上で同じように串刺しになり、ちょうど良い頃合いまで放置された死体を、白い顔を血で赤く染めながら美味しそうに貪る、百舌鳥天狗の姿が映っていました。百舌鳥天狗の細い顎でも噛み切れるように、とろけ落ちそうなほどやわらかく腐ったその死体が、一か月前にはぐれた友達だということに、美奈子ちゃんは気づくまで生きていたのか。


それはもうわかりません。


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