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子供が沢山働けば先生の収入が増えるのです!お銚子一本付けられる位には!

 「――という訳で明日はみんなに任務に出て貰います」

 

 先生が教壇に立ち、翌日の「お仕事」について話していた。

 ここフィッツガルド王立学園は単なる学業の為の学校でもなく、子供達の労働力を提供する場ともなっている。子供とはいえただ勉学に励めるだけの国の支援もなければ人手を余らせておける程人々の暮らしは楽ではない。一部の貴族であれば可能ではあるだろうが学園では平等に皆任務、依頼をこなして行く。

 

 と、そんな先生の説明を聞きながら最早定位置となったみかん箱の卓上でメモを取るユーリ。


 「みんな4人一組5班に分かれて薬草の採取に行きますからみんな相手を決めて先生に報告してください。後、明日は先生も引率について行きますけど危険が全くない訳ではありませんから皆さんは武装して来てくださいね。まだ武装のない子は貸し出していますから申し出てください」


 「分かりました!」とみなが声をだして頷くユーリもそれに倣っている。

 

 「はい、みんなに何かあると先生減給されて週に一回楽しみにしてるお酒も飲めなくなってしまうので防具は特に念入りにしてくださいね」

 

 相変わらずお給料の鬼と化している先生は真剣だ。よっぽど実入りがすくないのだろう。眼鏡を取りはんかちで涙をぬぐっている。

 

 「それじゃあ皆さん、班が出来たら職員室に来てください、報告が終わった班からそのまま帰っていいですよ」

 

 先生が退室し皆が騒ぎながらチームを作っている。

 だが残念な事に、皆実技最下位のユーリに声をかける事はなくチームを作り始めている。

 

 完全に一人取り残されて寂寥感が胸を満たすのだが、


 「ユーリ君組もう」

 

 神は見捨てていなかったようだ。ユーリに取って神の様なその人物、レオとフィーナを見る。

 手を組み祈るように二人を拝み倒すユーリ。

 

 人が良いと分っているこの二人から、後光が差しているように見える。

 万年最下位となってしまっているユーリと仲良くしてくれるのは最早この二人だけであった。

 

 「あ……ありがとう」


 ほろりと涙がでてくる。

 

 「うん、それじゃあ後一人は」

 

 レオが周囲を見渡すとユーリと同じような事になってる子が一人。緋色の髪を肩ほどまで伸ばし、前髪も顔を覆うかように伸ばしたその少女――アルカナだ。

 

 彼女は成績は中程なのだがどうも俯きがちで前髪で隠すようにして人目を避けている。

 

 結果、ユーリと似たように周りと取り残されてしまっていた。

 

 「アルカナさん、組まない?」

 

 ――うんレオは漢だな。

 とユーリも今のような状況でなければそうするのだが皆のつまはじきものにされているようなユーリには出来ない事だった。

 

 「私なんかで……いいの?」

 

 「勿論。一人足りないし良かったら入ってよ」

 

 レオが快活にそう告げる。レオは大勢の注目こそ緊張して狼狽してしまうが実に面倒見の良い子なのだ。

 

 「ありがとう」

 

 伏せ目がちで髪が目に掛かり表情は伺えないが相手が決まらないものはつらいものがあるのだろう。感謝の言葉が返ってくる。

 

 「それじゃあこれで班を申請してくるね」

 

 フィーネ班の報告に向かい、皆は帰路につく。

 

 家に帰ったユーリが明日のお仕事について話すのだが――


 「何! ユーリの防具は私に任せなさい」


 とルケインが走り去り。


 「これは魔法主体で行くべきね」

 

 エルザとシャロンが耳打ちした後、駆けていった。


 「私も坊ちゃまの防具を」

 

 興奮した面持ちでターシャが部屋へと戻っていくと、


 「私もお兄ちゃんの服を選ぶ~」


 アリスまで何処かへ走り去っていった。

 

 取り残されたマルフォイがユーリに一言。


 「今日は大変だな弟よ」

 

 と家族の温もりを感じつつもこれから起こる惨劇を予想してため息をつくのだった。


 

 「で結局そうなったんだ?」

 

 ユーリ着せ替え大会のようになり豪奢な鎧から禍々しいオーラを放つような鎧を身につけさせられた上さらに何故かシャロンやターシャやアリスからドレスまで着せされてついには化粧までされそうになって爆発して、と言った一連の騒動が終わり。

 結果、軽装がいいです……と心苦しくユーリが告げ、ジャケットに両手に籠手だけという格好になった。ターシャ直伝の体術も操るユーリには身を制限するような防備はあまり必要がなかった。

 

 そして手には野太刀を持っている。

 未だ自らの身長より頭一つ分ほど長いのだが自分の武装と言うのならこの武器以外は考えられない。

 

 ユーリは一度もこの刀を抜いた事はなかった。

 未だ身長よりも高いこの武器は自分の身にはまだ早いように思えたが少なからず危険があるのなら野太刀を持っていきたかった。

 

 他の者も反対していないので良いと思って貰えているのだろう。

 

 抜けないように何十にも鞘と鐔に巻かれた紐を解いて行く。

 

 そのユーリが紐解く姿を皆神妙な面持ちで皆が見つめている。今日まで一度も抜いた事の無い野太刀を前に皆興味津々だ。

 

 恐らくはユーリの実母が用意したもの、ユーリ専用に鍛えられたそれを皆に見つめられながらユーリが野太刀を抜いた。

 

 その製造過程によるものか、他の剣とは一線を画すかのように、その刀身は重厚な金属の光沢を映し出す。

 波紋と呼ばれるその異世界の勇者が伝えた刀という武器特有の紋様を浮かべユーリを含め見詰めるもの全てを魅了するかのように視線を釘付けにする。

 

 そしてその野太刀には異世界の勇者が使っていた刀を知る大人達には見慣れないものがあった。


 ()と呼ばれる剣先までかかる溝に黒塗りが施されている。

 

 「この黒い部分は?」

 

 ユーリもいつか連れて言って貰った展覧会で見た刀にはなかった溝にある黒い筋を見てそう告げた。

 

 「それはマナ伝達物質と呼ばれている金属だね」

 

 養父、ルケインが疑問に答える。

 

 「マナ伝達物質を使った武器や防具はマナを流す事ができる。通したマナを使って強化したり、魔法を纏わせる事ができるようになるんだ」


 応えるルケインの声には少々驚きが混じる。

 マナ伝達物質とは貴重なもので滅多に手に入るものではなく、それを使った武器となると魔剣と呼ばれ、物によれば一国が丸ごと買えるような値段である。

 そして刀を使っていた沙羅は魔膚を持っていなかった為、マナなど使わない。当然彼女の刀にはマナ伝達物質等使われてはいなかった。

 魔力伝達物質を使った刀等恐らく世界で只一本だろう。

 この野太刀はたった一人の息子へ。その想いが詰まっているように思えた。

 

 だがルケインがその彼女の想いを伝える事は無かった。未だユーリは実母を良く思っていない。反発するのは目に見えている。

 

 (いつか彼女の想いがユーリに伝われば……)

 

 願わくば彼女に対する悪感情をいつか乗り越えて欲しい。

 両者を知るルケインは人知れずそう思っていた。

 

 

 

 翌日軽装に籠手と野太刀を背負い学園へと赴き、一時グラウンドへと向かったユーリにチームメイトが声を掛けてくる。

 

 「おはよう、ユーリ」

 

 手を振りながらこちらへ来るのはレオ、隣にはフィーネが付き添っている。

 幼なじみのこの二人は登下校も同じだ。レオは革製の胸当てに子供サイズに合わせられた長剣を持っている。 フィーネも同じく皮の胸当てに腰にナイフを差している。

 

 「おはよう、レオ、フィーネ、後はアルカナさんだけだね」

 

 ユーリの声に二人がキョトンとした表情で目を丸くしている。

 

 「アルカナさんならユーリの後ろにいるじゃないか」 

 おいおい、何言ってるんだ?とばかりにレオが告げる。

 

 「え?」

 

 振り返れば奴がいた。

 

 「でぇっ!」

 

 驚き後ろへ飛びづさるユーリ。無理はなかったのだろう。すぐ背後に赤い髪で目元を多い、声もなく背後に立つ少女がいたのだ。

 

 ――け……気配がなかったんですけど……?

 

 バクバクと心臓が鳴り驚くユーリ。

 これは恋?等と勘違いする筈も無くアルカナを見て心を落ち着けた後に挨拶した。

 

 「お……おはよう、アルカナさん」

 

 若干言葉に詰まったのは仕方がなかったのだろう、アルカナもそれに応える。

 

 「おはよう……」

 

 俯き、顔の表情が髪に隠れ見えないままアルカナも挨拶をするのだが天気の良い早朝、爽やかな朝に不釣り合いな程どんよりとしたその声。

 

 「おはようアルカナさん、今日は武装してくるようにって事だったけどそれで大丈夫?」

 

 どんよりとするアルカナに対比するようにレオが爽やかに告げる。レオにはアルカナの暗さは効かないらしい。

 

 「お……おはよう……うん……大丈夫……」

 

 おや?っとユーリはアルカナを見る、目元は髪で隠れて分からないが何か顔が赤いような気がする。

 

 「ユーリ君の背中にあるのって槍?」

 

 指をさしてフィーネが背中に背負う包みを見る。ユーリの身長よりもそれは長く頭一つ分ほど飛び出ているのだから槍だと思っても無理はないのだろう。


 「ううん、これも刀だよ。僕には全然使いこなせないけど養父さん達が持ってろって」

 

 過保護だよね~、等と漏らしながらユーリは(うそぶ )く。

 

 でっか~いとレオとフィーネがまじまじと見る。アルカナはどうやら興味がないようだレオの方ばかり見てるように思う。

 

 「は~い、みんな集まりましたね。それじゃあ今から山に行きますよ~」

 

 先生が来て各自点呼を取った後、出発する事になる。

 山に入り、薬草の採取。採取した薬草は王立学園の売店や学園が経営する店に並ぶのだから子供の労働力とて馬鹿にならない。

 

 そうして先生が引率する20人程の子供達が山へ入り、皆チーム毎に別れ、山の茂みに入っていく。

 

 道中は安全で皆おしゃべりも弾んでいた。三人と話す一時は楽しい、落ちこぼれ組のさらに落ちこぼれの烙印を押されているユーリだがレオやフィーネは気にしない。アルカナはどう思ってるかは知らないが、あまりしゃべらずレオの問答に「うん……」と相づちばかりである。

 

 「じゃあここらで僕らは採取しよう」

 

 レオが先導を取り、4人が互いを確認できる範囲で二手に別れ薬草を採取していく。

 

 「あ、これだ」

 「良く分るねユーリ君、さすが博士?」

 「うん、その呼ばれ方はあまり好きじゃないけど」

 

 博士というのはユーリの渾名。実技は万年最下位、筆記テストは満点のユーリはいつのまにかそんな渾名がついていた。

 

 ユーリは薬草を間違える事無く採取していく、ついでに食べられそうな野草やキノコを採取していく。この2年、ルケイン達にさまざまな場所へ連れていかれた、極力思考を手放さないで恐怖に打ち勝つ、その一貫として色々な経験を付けておく為と中には本当に身の危険を感じるような事もあり薬草にお世話になる事もサバイバルをこなす事もあったのだ。食料を見つければつい採取してしまう。

 

 採取に没頭してさくさくと摘んでいくユーリ。と、くいくいと服の裾を引っ張られ我に返り後ろを振り向く。

 「あ……フィーネ? どうしたの?」

 

 「二人が居ないの……」

 

 声には心配の色。

 二人とはレオとアルカナ。採取に没頭して気がつかなかったが二人の姿が見えない。

 

 比較的安全な場所ではあるがここから先へと進めば森は深くなり、鬱蒼と生い茂る。誤って踏み居れば子供が迷子になってもおかしくはない。

 

 「二人が採取していたのはこっちの方だよね?」

 「うん」

 

 心配するフィーネを余所にユーリが二人の居た先へと歩いて行く。そのまま少し草をかき分けて入って行くのだが、その先には――

 

 

 「フィーネ、先生に報告して、二人が崖に落ちたかもしれない」

 

 草をかき分けたすぐ足下。

 その先は崖。

 そして崖に生える短い草木が崖に沿って倒れていた。 

 「う……うん」

 

 フィーネが慌てて来た道を戻りだした。

 

 ――レオ、アルカナさん。

 

 

 フィーネの報告で薬草の採取が中断となり、学園へと連れられると家へ帰るように告げられ、そのまま先生達が捜索隊を組み再び山へと赴いた。

 

 「ユーリ君……」


 フィーネの顔には不安がありありと浮かんでいる。

 

 「大丈夫だよ、深くは合ったけど斜面は緩やかだったから怪我はないよ。草が生い茂っていたせいで確認できなかったけどすぐに見つかるよ」

 

 心配させまいとユーリがフィーネを励ます。

 

 「うん……」

 

 尚も不安げな顔をするフィーネだが、ユーリが「明日には元気な顔で登校してるよ」と告げ家に帰らせた。

 

 Cクラスの皆が帰路につくも。だがしかしユーリは一人別の道を歩きだす。

 

 ――待ってて二人共。

 

 もうじき日が沈み夜となる。

 そして山には少ないが身を脅かす魔物がいる。

 さらに魔物達は夜になると活性化するのだ。

 子供二人には少々荷が重い。

 

 すぐに見つかれば良いが、ユーリも一人彼らを探す事を決意したのであった。

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 「大丈夫?」


 声を掛けられ、短い金髪を立てた少年を見る。

 

 「うん……大丈夫……」

 

 心配そうにその少年――レオが告げて来た。

 

 「ほ……ほんとに……大丈夫……だから」

 

 捻った左足を押さえ、尋ねられた少女――アルカナがそう返した。

 

 転げるように崖から落ちてしまった二人は生い茂った深い森の中に居た。

 転げ落ちている時であろう、アルカナは足を捻ってしまったようで歩く度に痛みを感じていた。

 

 森が鬱蒼と茂り転げ回ったせいか方向感覚もままならず、かといってそこでじっとしようとも思っていないレオの声に従ってこうして歩いていた。

 

 「もし本当に無理だったら言ってくれよな?」

 

 「だから……大丈夫だって……」

 

 実の所アルカナはレオを少し苦手としていた、レオには少し強引な部分があり、奥手なアルカナには少し苦手だったのだ。クラスでの成績と彼のその強引さが良いと言う子も話しを聞いてる限りではいるのだがアルカナは逆にそれが苦手なのだ。


 これ以上心配されたくはないと元気な姿を見せるべく、アルカナは先を歩く、捻った左足を引きずるようにではあるがこれ以上レオが心配すれば無理矢理にでもおんぶでもされそうな気がしていた。

 

 そうして草をかき分け、二人が歩いていると水場が見えて来た。

 

 既に日は沈み掛け、歩きづめで喉もからからであった二人は一直線にその渓流まで歩くと顔を付けて水を飲む。

 

 ようやく乾きが潤い呆然と座り込むなかレオが告げた。 

 「ここで誰かが来るのを待とう、ここなら見つけて貰いやすいかもしれない」

 

 「……うん」

 

 アルカナとしてもこれ以上歩くのは辛く、ずきずきと痛む左足首は熱を持っていた。

 靴を脱ぎ確認してみると赤く腫れ上がっている。流水へと足を付け冷やす事にする。

 

 「う……ん」

 

 「足、大丈夫かい?」


 「大丈夫、冷やしていれば……痛みも引くと思う」

 

 会話がそこで止まり二人は無言で時間だけが進む。

 子供二人で崖から落ちてからずっと歩き通しだった、足が棒になったように疲労していたし、お腹も空く、思えば今朝から何も食べていなかった。

 

 ――家に帰りたい……

 

 一人そう思うも帰り道も分らない。家に帰れば暖かい食事が待っている筈だった。

 アルカナの帰りを待つ母、父は生まれた頃に亡くなったらしく顔も知らないが脳裏には母の顔がちらつき寂しい気持ちが募る。

 

 片膝を抱えアルカナは一人じっとしていると日も完全に沈み辺りは暗くなる。疲れのせいか睡魔が襲い微睡みかけていると、

 

 突然茂みの奥ががさがさと音が聞こえた。

 

 「な……何?」

 

 咄嗟の音に驚き近くで同じく休んでいただろうレオを見る。

 

 「分らない。僕が見てくるよ」

 

 レオが立ち上がり長剣を前に構え茂みの方へと恐る恐る近づいて行くとそれがひょこっと顔を出す。

 

 イタチであった。


 少しだけ顔を覗かせたその顔は愛らしくすんすんと鼻をならしレオを見る。

 

 ――可愛い。

 

 その愛らしい顔を見てほっと安心し、レオを見てみると彼も安心したようだ。

 

 だが二人は警戒を緩めてはいけなかったのだ。

 

 次の瞬間にはイタチが威嚇しレオが驚くと、

 

 ヒュン、っと何かの風切り音が成るとレオの構えた剣から金属音、レオが体事飛ばされ木にぶつかる。

 

 ――え?

 

 吹き飛ばされたレオを見るが意識を手放してしまったのか立ち上がる様子はない。


 気づけばイタチは前にでて全貌が露わになる。

 

 人の子供ほどの体、そしてその体よりも大きいその尻尾は鎌のように曲り黒光りしている。

 

 カマイタチ。

 

 イタチが魔物となった姿と言われているがその愛らしい顔とは裏腹に凶暴と言われている。

 まだ子供である二人にはカマイタチ等みた事は無く魔物だと警戒する事ができなかったのだ。


 足の痛みすら忘れアルカナが立ち上がる。

 その顔には恐怖が張り付いている。

 

 僅かに後ずさるアルカナ。

 

 瞬間、カマイタチの尾が掻き消えたと思うと、再びひゅんっと風切り音。

 何かが目前を通ると、アルカナの顔を覆う髪が半ばからパサリと落ちた。

 

 恐怖した。

 

 後ずさっていなければアルカナの顔も切られていただろう。

 

 それは想像するだけで恐ろしかった。

 子供とはいえレオを吹き飛ばす程の威力。そんなものが生身の自分へと当たれば、そしてアルカナの前髪が切れた事を想えば自らが二つに分かれる姿を想像するのは容易かった。

 

 「いや……いや……来ないで」

 

 首を振り、うわずった声で懇願するも魔物が聞いてくれる筈も無く魔物が駆け、距離を縮める。

 

 「いやぁああああ!」

 

 あまりの恐怖に悲鳴を上げた。

 

 そして三度その鎌を振るうつもりなのか。尾をひゅんひゅんと振り回し速度を増すと、尾が視界から消えた。 

 ――私死ぬんだ……

 

 段々目の前が白くなってくる。あまりの恐怖から頭が受け付けてくれず、恐怖が限界を飛び越えて一回転でもしてきたのか冷静に自分の死の間際を観察している気がする。

 

 景色がゆっくりと動いているような気がし、自分へと迫る鎌が見える。

 

 ――お母さん……

 

 だが鎌が首へ届く寸前。

 何かが鎌を弾いた気がした。

 

 そして子供の背が目の前に広がる。

 そして右手には長い刀。


 「――ナさん!」

 

 だがアルカナの精神は持たず、薄れゆく意識の中ごく身近に感じた事のある気がする声と背中を最後に意識を失った。


 

 ◇◆◇



 

 「アルカナさん!」

 

 ユーリが叫ぶ。

 

 日も落ちた頃探索へと出たユーリは渓流を見つけその伝いを歩いていたのだが、近くで物音が聞こえ急ぎ走ってきたのだ。

 そして目の前に合ったのは倒れたレオとカマイタチと対峙するアルカナの姿。

 

 肝が冷える光景だった。

 

 ユーリのツヴァイの魔法、刀術における縮地法、身体能力、そして野太刀の間合いの長さ。どれが欠けてもアルカナに迫る鎌の一撃を防ぐ事はできなかったであろう。

 咄嗟に割り込み、野太刀で鎌を弾き返しながらアルカナの前に踊り出たのだ。

 

 ユーリとしても間に合うか定かで無かったが鎌を弾く事ができてほっとしている。

 チームメイトが目の前で二つに分かれるシーンなどみたくはない。

 

 そうしてユーリが背後にいるアルカナの名を叫んだのだが返答はない。変わりにどさっと何か大きな音が聞こえた。

 

 気になったが今は目を離せる状況ではない。


 カマイタチ。

 

 鋭利なその尾を持つ魔物の尾は薄く研ぎ澄まされ、今のような夜ではさらに捌くのが難しい。

 

 ひゅんひゅん、と尾を回転させ遠心力をつけ速度を増す尾、その尾の最高速度は人の動体視力を上回る。

 

 見えない斬撃と恐れられるそれは風切り音と共に見えない速度で繰り出された。

 

 瞬間、ユーリが野太刀を脇構えから袈裟切りに振る。 

 夜の深い森の中、剣戟の響きが木霊した。

 

 一度ではない、二度、三度。連続でギィンと続けて音がなる。

 

 重ねてカマイタチの尾による攻撃は人の目に捉えられるものではない。

 だがユーリには見えていた。

 時空魔法が一つ、ツヴァイの魔法がユーリの視覚情報すら超人へと変える。


 カマイタチの連撃を全て野太刀でいなす。

 

 防ぎ、弾き、流す。

 

 危なげ無く全てを防ぐユーリ。実の所躱し様懐に入ればすぐに決着がつくのだが後ろにはアルカナが居る。だが躱せばアルカナが真っ二つになってしまうだろう。

 

 ――う~んどうしよう。

 

 人の動体視力をゆうに超える尾の連撃を防いでいるにも関わらずユーリは頭の中で呑気に考えていた。

 

 油断をしているつもりは無いがカマイタチの攻撃をいなしながらゆっくりと手を考える程度には余裕があった。

 「よし」

 

 考えが纏まりました!とばかりにユーリが声に出すとカマイタチの尾を強めに弾く。

 強く弾かれたカマイタチがその吹き飛ばされる尾に引っ張られ体勢を崩す。


 その間にユーリは両手で野太刀を握ると八相の構えを取り、マナを通す。そしてイメージを持つ。鋭く、よく切れる。細く薄く。マナを研ぎ澄ます。


 マナが野太刀を覆い、青白く光る。

 

 ツヴァイを使ったユーリの目にはカマイタチが体勢を整え、再び鎌からの斬撃が襲いくるも、明確に見えている。

 

 近づく鎌。


 ――今だ。

 

 荒凪流刀術:剛剣、顎

 

 鎌へと袈裟切りの一撃、ユーリの込めたマナが野太刀の切れ味を強化し、一刀の元に鎌を切断した。

 と同時、縮地によりカマイタチの目前まで踊りでると振り切った反動をそのまま反転、バネのように今度は逆袈裟切りにカマイタチへ。

 

 まるで巨大な獣が噛みつくように、上下に二度振るわれた野太刀はそこに合った尾、カマイタチ本体に牙を突き立てそしてその命をかみ砕いた。

 

 絶命の雄叫びを上げ、カマイタチが血を吹き出し倒れると、その命の鼓動が徐々に弱まりやがて事切れる。

 

 ぶん、と野太刀を袈裟に振り血を払うと格好良く背中の鞘へと収めるようとするユーリ。


 が、ユーリの身長よりも長いその野太刀をそのまま戻せる筈がなかった。


 「あ……あれ?」

 

 一度鞘を下ろし手の幅よりも長いその野太刀をどうにか納めるユーリ。

 

 その姿は先ほど戦ってる姿と違いとても情けないものだった。

 

 カチン、っと鐔鳴り音を響かせ。きょろきょろと辺りを見る。と言うより役二名。レオとアルカナだ。

 

 どうやら二人とも気絶していた。先ほど背後から聞こえた音はアルカナが倒れる音だったようだ。

 格好悪い所を見せずに済んだと、そして戦う姿を見られずに済んだとほっと一息つく。 残念な事に普段万年最下位でいる姿が格好悪いとは気がついていない辺り可哀想ではあるのだが。


 それはさておき、ユーリが次の手を打つ。

 カマイタチの死骸を人目の着かない森の中へと運ぶと血の流れた地面をならして散らす。

 

 その後、おもむろにユーリは天に手を伸ばした。

 

 そして体にマナを取り込むと天へと向けてアオス・ブルフを放った。

 

 耳を塞ぎたくなるような轟音が連続で鳴り響き夜の森に木霊する。

 爆発による光り、周囲に吹き荒れる爆風が森の木々を揺らすと辺りの鳥達が一斉に飛び立ち周囲にいる獣が爆心地から離れていく。

 

 ――これでレオ達を見つけてくれる筈。

 

 そう爆音で直に目覚めるかもしれないと先生達が来るまで身を隠すユーリ。


 その後二人が目覚め、先生達が二人を見つけるまで時間は掛からず、二人の救出を見届けた後、森の闇に溶けるようにその場から姿を消したのだった。 

 

 

 ◇◆◇

 

 やっぱりあれ、ユーリ君だったよね……?

 

 助け出された翌日、大事を取って思わぬ休みとなったアルカナは母によって髪を切って貰っていた。

 

 顔を見られるのが恥ずかしく、ずっと伸ばして顔を覆っていたのだが、鼻下辺りですっぱりと横一文字に切られてしまってた為ついにカットする羽目になっていた。

 そもそもアルカナの母は前々から切りたいと思っていたのだが今回の事が功を奏したと嬉々として髪を切っている。


 「折角美人に生んでやったのに顔が分らない位伸ばしちゃってもう」

 

 母がため息をつきながら告げてくる。

 

 「だって恥ずかしいんだもん……」

 

 実際の所アルカナは暗い訳ではない、極度の恥ずかしがり屋であり、目を合わせる事すら恥ずかしいのであった。

 

 明日からは顔が丸見えになったまま登校するのはどうしようかとも、昨日の事をユーリに聞きたいとも思っていた。

 

 ――絶対あれはユーリ君だよ。でもそれならどうして?


 万年最下位でいるんだろう。

 Cクラスの中では実力が抜きんでているであろうレオが太刀打ちもできなかった相手。

 

 だが目が覚めた時そこにユーリはいなかった。最初は幻でもみたのか、とも思ったが現にカマイタチはいた。

 上手く死体も処理して血が見つからないようにしたかも知れないが何よりも前髪を切られているのだ。

 

 ――実力を隠してる?何か理由があるのかな?

 

 「どうしたの変な顔して? 分かった、男の子の事でも考えてるんでしょ?」

 

 「え?」

 

 まさに、だった為かビクっと体が反応してしまう。

 

 「あらあら、図星だね、昨日謝りに来たレオ君かい?」


 「違う」

 

 「あら、本当に違うみたいだね、じゃあ他の生徒さんだね。なら尚更に思いっきり綺麗にしないとね」

 

 と、母がいやらしい顔で笑うと、その手に握られたハサミは鋭さを増したように軽快なリズムで髪が切られていく。

 

 やめて、と言う嘆願も空しく、母渾身の一作とばかり髪を切られるアルカナであった。


 翌日いよいよ登校となり教室へ入ると案の定ぎょっとした顔で皆がアルカナを見る。

 皆がぱちくりとこちらを見てきて恥ずかしくて今にも逃げたかった。

 

 視線が絡み早くも逃げ出したくなるアルカナだったが髪伸びるのを待つのはまだ大分先である。

 カチコチに固まっていると後ろから声を掛けられた。

 「おはよう」

 

 振り向くとユーリがいた。

 

 「え……あ……おはよう……」


 「あれ? アルカナさん髪切ったんだ? アルカナさん美人さんだったんだね、そっちの方が可愛いくていいよ」

 

 両手を頭の後ろで組み事も無げに告げられた。


 「え……う……うん……ありがとう」

 

 何故かその言葉は胸が弾んだ。

 

 ――じゃない、今は森の事を聞かないと。

 

 「ユ……ユーリ君あのね、夜の森での事なんだけど」

 

 「え? 何の事?」

 

 「ほら、森で、カマイタチから……守ってくれたよね?」

 

 「う~ん」

 

 首をこてっと横に倒しうんうん唸るユーリ。

 

 「夢でもみたんじゃないかな?」

 

 「そ……そんな筈――」

 「ほら、僕、クラスで最下位だしカマイタチからアルカナさんを守るなんて出来ないと思うよ」


 あはは、と笑いながらユーリが告げる言葉を遮り述べた。

 

 「カマイタチの強さは知ってるの?」

 「うん、これでもほら、僕って博士なんて渾名がついてるくらいだし」


 

 そうやって隠してるんだね。


 

 「そうなんだ……じゃあ、誰が助けてくれたんだと思う?」


 

 あなたは命の恩人だもの。


 

 「先生達か一緒にいたレオ君じゃないのかな?」


 

 だから誰にも言わないよ。


 

 「そうだったかもしれない……私寝ぼけちゃってたのかな?」


 

 でもいつか、もっと仲良くなったら。


 

 「はは、そうかもね。じゃあほら、中に入ろうよ」


 

 あなたの秘密を教えてくれますか?


 

 「うん」

 

 

 そういってユーリが先に教室へと入っていく。

 その背中は意識を失う前にみた物と同じ。

 ほんの少し、同学年の子達よりは背が高く、大きい背中。

 

 

 「助けてくれてありがとう」


 

 ぼそりと誰にも聞こえる事の無い声で、アルカナがその背中に感謝した。







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