ユーリ君は爆発してしまった様です。
「お兄ちゃん起きて!」
「う……うぅん……」
声に導かれ目を薄く開いた後、周りを見渡す。石作りのどこかの一室。樽が積み上げられておりどこかの倉庫を伺わせた。
――あれ?ここはどこだろう?さっきまで串に刺さったお肉を食べていた筈なんだけどな。
振り向くとマルフォイとアリスが居た。
「お肉は?」
間の抜けた声を聞きマルフォイが「はっ?」と呆れた声を上げアリスがやや非難じみた目線でユーリを見る。
何いってんだこいつ?
そう思わずにはいられない。状況を見て欲しいものである。
「何寝ぼけているんだ状況を見てみろ」
じっと見てみるとマルフォイは縛られている。ロープでぐるぐる巻きにされている。アリスも同様に縛られている。
あれ?腕が上がらない。
ぱっと自分を見てみると自分も同じように縛られていた。
「分かったか? 多分俺達は誘拐された」
その言葉にアリスが泣きそうな顔になる。
こくんと頷くとやや呆れながらもユーリへと続けて話すマルフォイ。
「ユーリ、この縄引きちぎれるか?」
「やってみます」
ふん、っと力を入れるとギチギチとロープが音を立てる。顔が真っ赤になる程力んでみると少しだけ伸びた気がする。何度かやれば、そう思い顔を真っ赤にしては何度も力む。アリスが期待の目で見ている、頑張らねばと何度も続けるうち、幾度目に思いっきり力んだ時にブチとロープがちぎれとんだ。
「できた!」
おぉっと感嘆の目を向けるマルフォイ。アリスもここから逃げられると思い目を見開いていた。二人ともまさか本当に引きちぎれると思っていなかったのだろう。
ユーリの腕にはロープの跡がついて真っ赤にはなっていたがその分の見返りはあったようだ。
自由になった腕を使いアリスとマルフォイのロープを解いていく。
「えっと。誘拐した人は?」
「食事に行くと話していた。見たのは三人程だったな」
マルフォイが自由になった腕をぷらぷらと振りながら答える。
自由になったアリスがとてとて歩いき倉庫の扉を開けようとするのだがしっかりと施錠されているようでアリスが一生懸命開けようと引っ張るのだがうんともすんとも動かない。
期待の後の絶望感。アリスがう~っと唸ると泣きそうな顔になっている。
――あれなら開けられるかな?
「二人とも下がって」
マルフォイとアリスが後ろに下がりユーリがマナを取り込み手の平をドアへと向けると魔法を放つ。
以前邸内の壁を壊した爆発魔法――アオス・ブルフと名付けたそれを放つ。
手の先から耳をつんざくような轟音が鳴り響くと大気を伝うかのように爆発が伝っていきドアへと命中すると吹き飛んだ。
「おお~」
マルフォイが喜びの声をあげ、アリスもそれに追従するかのように笑顔が広がる。
「やったな。早く出ようぜ」
「お家に帰れる」
大喜びで倉庫から出る三人だが然うは問屋が卸さない。
ばたばたと足音が聞こえると入り口かと思われるドアが勢いよく開けられる。
ドアを壊す程の大きな爆発音。
近くに居れば気がついて当たり前だ。
「おい! ガキ共が外に出てるぞ! 早く来い!」
男の一人が外に向かって大声で叫ぶと後から人の走る音が幾つも聞こえてくる。
5人。内一人は女性。ユーリがトイレで話し駆けた女性であった。その女性は他の男を従えているのか女性を中心に男達が一歩引く。
そして逃げられないように立ちふさがるとユーリ達へと声を掛けた。
「どうやって抜け出したかは知らないけどドアまで壊したのね。でもここまでよ」
告げる声はしかし怒るような口調ではない。寧ろ申し訳ないかのように憐憫の目を向けられユーリは考える。
「俺達をどうするつもりなんだ?」
ユーリの隣に立つ兄が尋ねる。
「あなた達はエルサレムの子供達らしいね。エルサレム家は皆金髪と言う話しだし。君がエルサレム家の者だって聞いた者もいる。申し訳ないけど人質に成って貰います、そっちの黒髪の坊やは従者か何かでしょうけど他の人に助けを呼ばれるのは拙いの。身代金を貰うまでは解放できないわ」
その表情には愉悦、等と言った表情はない。だがユーリ達を脅す為か腰に忍ばせたナイフを抜くと周りを取り囲む男達も剣を抜く。
剣を突きつけられ、怯えるユーリ達。
実戦など経験もした事もない最も歳上のマルフォイだってたった9歳の子供にしか過ぎない。刃物を向けられて足がすくむ。
バクバクと心臓が鳴り響くがなんとか冷静さを保とうと頑張るユーリ。
「どうしてこんな事をするんだ!」
マルフォイも怖いのだろうその声は震えている。だが長男としての責任か。震える二人を守る為か、声を絞っている。
「あんた達貴族には分からないかもしれないけどね。このユーベリッヒ領は特に税が高くてね。表通りはあの通り栄えてるけど一歩裏を行けば食べるものにも困るような者が沢山いるんだよ……私達みたいにね……。悪いけど子供が飢えて苦しんでるんだ……子供を守る為にも仕方がないんだよ……観念して頂戴」
思い出しているのかその声は悲しい音色だ、他の男達も辛そうに顔を俯かせる。だが表を上げるとそのままこちらへと歩よってくる。
じりじりと近づいて来る中突然動き出したのはマルフォイだった。
勇敢なのか無謀なのか剣を持った男に向かって走るとそのまま体当たりをする。
「怪我はさせないように」
女が焦ったように口を告ぎ、指示された男はマルフォイをそのまま羽交い締めにする。
「こ……この!」
懸命に抜けだそうと暴れるが大人と子供、力の差は圧倒的だった。
アリスがその姿を見て泣き出す。必至に我慢していた様だが涙腺が決壊したかのように大声を上げて泣く。
咄嗟に女性がアリスの口を手で覆い。声が出ないようにする。
じたばたと手足を動かすが女性は決して手を離そうとはしない。
「そこの黒髪の子も早く捕まえて」
指示された男がこちらへ向かって来る。
足ががくがくと震えて恐怖が心を支配していた。
「う……うわぁあぁああああああ」
頭が白んじ何も考えられかった。
マルフォイがそうしたように。ユーリが体当たりをする。
だが起こす結果は違う。
跳ね飛ばされたように男が吹き飛ぶ。
「えっ?」
女性がこちらを見ている。でももう止まれない。
一瞬でマナを取り込むと最も使い成れた魔法――ツヴァイを放つ。
色を失った世界で。他の者の動きがゆっくりになったその世界で。
思考の纏まらぬままユーリが大人達に向かっていった。
子供といえど異邦人の身体は既に鍛えた大人に相当していた。それがさらに二倍の速度。
ユーリの小さな体が一直線に残る大人達へと向かい残る二人の男を吹き飛ばす。
次にマルフォイを羽交い締めにする大人。羽交い締めにしている男の頭まで飛び上がるとターシャから教わった回し蹴りを放つ。
速さと力。
その相乗効果が男の頭を跳ね飛ばし鈍い音を立てて男が吹き飛んだ。
そのまま着地すると同時。今度は女性とアリスの元へ。咄嗟にアリスの口を塞ぐ手を掴り曲げてはいけない方向へと……
鈍い骨の折れる音が響き渡り悲鳴を上げる女性。そしてそれは音だけではなかった。ユーリの手にもその骨の折れる感触が伝わる。
その感触がユーリを我に返らせる。
はっと気がついた時は既に遅かった。周りには横たわるのは大人と。傷つけてはいけない筈の女性。
「お兄ちゃん……」
「ユーリ……」
二人はその一瞬の出来事を見てあっけに取られている。
「あ……あぁ…………」
横たわる4人の大人と痛みで叫び声を上げる女性を見て自分のしでかした事の重大さを理解するユーリ。
――使っちゃ行けなかったのに……傷つけちゃ駄目なのに……
力を使う前によく考える事。そう言われていたのに何も考えられず力を振るってしまい、あろう事か女性まで怪我をさせてしまった。
足ががくがくと震えへたり込んでしまう。
定められた禁忌を犯してしまったように思え涙が止らなかった。
それはその場に騒ぎを聞きつけた大人が救出に入るまで続いた。
◇◆◇
「子供達はどうしてるんだい?」
「マルフォイ様とアリス様は眠っておいでです。ユーリ様は一人で自室に籠もって未だ泣いておられるようです」
養父であるルケインがメイドのターシャへとそう尋ねていた。
子供達が居ない。
その報告を聞いたルケインは捜索隊を出し安否の報告を神妙な面持ちで待っていたのだがこのような事になるとは思っていなかった。子供達を連れてきた大人は「誘拐されそうになっていた」と告げ子供達は泣きじゃくっていた。マルフォイとアリスがユーリの育った孤児院を見てみたくなりユーリを誘って連れだったと言う事だったが、誘拐現場には大人4人が意識を失い倒れ。腕や手が折れ曲がり悲鳴を上げる女性がいたと言う。
泣き続け子供達から話しを聞けなかったが恐らくユーリがやった事だろうとは想像がついた。
「私達は間違った事を教えてしまったんだろうか? 誘拐犯を逆に退治したんだ。マルフォイやアリスを守った事を考えると褒めて上げたいが……」
力を極力振るわないように。隠す様に。そう言いつけて来たがそれが裏目にでたのではないだろうか。そうルケインは思ってもいた。
「いえ……旦那様、ユーリ坊ちゃまが安易に力を振るわないようにする事は大事な事だと思います」
「そうか。少し様子を見てくるよ」
「はい。御願い致します」
ターシャにそう告げユーリの部屋へと赴くルケイン。 そっとドアノブへと手を掛けると未だに泣いているのかなきじゃくる声が聞こえてくる。
「ユーリ。入るよ」
そのままドアを開くと明かりも付けず一人部屋ですすり泣くユーリ。ずっと泣いているのか目が腫れている。
「……父さん」
言葉に詰まりながらもか細い声を出すユーリ。
「ユーリ、誘拐犯を倒すなんてお手柄じゃないか!」
努めて明るい声で。良くやったと褒めてやる。事実誘拐犯が身代金を要求してきてそれを払ったとしても子供達が安全だと言う保証は無かったのだ。
「……でも。僕いいつけを守れませんでした」
「うん、いいつけとは何だったかな? ユーリ」
「力を簡単に振るっちゃ駄目だって言われてたのに……僕怖くて……ちゃんと考えないまま……使ってしまいました……」
辿々しくしく過細い声、よっぽど後悔をしているのだろう声にも嗚咽が混じり。自分を責め続けて居るようにも見える。
「そうか……ユーリ良く聞くんだよ」
「はい……」
「ユーリの血の半分は異邦人だ。その異邦人の人達はね最初こっちの世界にやって来た時。怖くなる人が多いんだ」
「……怖く……ですか?」
「そう、武器を前にして自分を傷つけられようとする事に慣れていない者が多い、そう聞いている」
「……それが?」
「ユーリが恐くなったのは仕方が無かったんだよ。自分の身が危険になれば誰だって恐い。そして恐くなった人はね。考える事もできなくなって突拍子もない行動を取ったりもするんだ。ユーリは武芸や魔法を訓練していたから咄嗟にそれが出てしまったのかもしれないね」
「父さんもですか?」
「ああ、恐い。私も初めて戦いに赴いた時は足が震え何も考えられず無我夢中になったものだよ。でもねユーリ恐怖は御する事ができる。そして思考を手放さいようにもできる。うん、結果として良かったんだよ。これがユーリがもっと大きくなってからだったらもっと大変だったかもしれない」
その時は今回の様に隠せるような状況では無かったかもしれないのだ。助けた大人達は目撃しておらず。倒された大人達にも子供達への支援を名目に口止めした。さらに言えば6歳児程の子供が大人5人を叩きのめした。と言うのはホラ話にしかならないだろう。
ユーリがじっとルケインの目を見ている。一言も逃すまいと。
「だからユーリ、今後は恐怖を御する事を覚えていこう。どんな時でも思考を手放さず。力を使う時、使わない時。ちゃんと自分で考えて選べるようにね」
「はい!」
その目には二度とこんな事はしない。その意志が宿っていた。