いけ!行くんだユーリ!マルフォイは弟を使う事に目覚めたようです。
冷や汗が背中を伝う。
いつも柔らかい目を向けてくるその女性は冷ややかにユーリを見ていた。
「ユーリ坊ちゃま? 分かっているのですか?」
水色の髪を後ろで結んだメイド――アナスタシアが木刀と呼ばれる訓練用の得物をもってそう告げた。
「えっと……はい。ごめんなさいです」
今からアナスタシアに剣術の稽古をつけて貰うと言うのにアナスタシアを怒らせてしまった。だが怒りながらもその顔は赤い。それは当然だろうか。恥ずかしい思いをさせてしまったのだから。
「良いですか? みだりに女性にあのような事をしては行けません。さもないと……」
ゴクリ……とつばを飲み込み答える。
「さもない……と?」
「ああなります」
そういってアナスタシアが指を差した先には。
庭の木にぐるぐる巻きにされ。逆さに吊し上げられているマルフォイがいた。
「はい……本当にごめんなさい」」
事の発端はマルフォイが言い始めた事だった。
◇◆◇
「いいかユーリ!」
鼻息荒くマルフォイが告げて来た。
「女性の体は神秘らしい!」
「神秘ですか兄さん?」
「そうだ。男を惑わせずには居られないと。特にあの尻と胸を触ると幸せな気持ちになれるらしい」
なんだって!
思わず聞いてしまうユーリ。そういえばマリア先生に抱きしめられた時幸せだったような気がする。
そうマルフォイに尋ねると。
「お前そんな美味しい……いや幸せな体験をしていたのか! そうだ。女性の体は幸せ製造機なのだ」
実の所単に学校の友人の入知恵なのだがマルフォイは真実であると憚らない。
その言葉は力強い。かつてない程興奮し周りが見えない程弁舌を振るっている。
「分かりました兄さん!」
メモを取るユーリ。読み書きの練習でもあり。またマルフォイの表情から大事な事だと考えていた。
「そうだ! だから今日はどれ位幸せになれるか試してみよう」
「はい! 兄さん!」
ビシっと敬礼をするユーリ。
「いいか作戦はこうだ。今の時間、メイドのアナスタシアはユーリの部屋を掃除する時間だ」
「はい!」
「その時に部屋へと入ってスカートをめくるのだ!」
「スカートですか!? 兄さん!」
「そうだ、因みにこれができないと学校で他の男子に馬鹿にされるから気をつけろ!」
メモメモ。とユーリは一字一句漏らさないように書き連ねていく。
「よし。それでは作戦を決行する!」
「はい! 兄さん!」
「違う! 俺の事は隊長と呼べ!」
「はい! 隊長!」
そうしてユーリが部屋へと歩いていこうとすると。
「馬鹿! ユーリ聞かれたらどうする? アナスタシアは気配に敏感だ、ひっそりとこっそりと移動するのだ!」
「わ……わかりました隊長!」
指示に従い今度はマルフォイがこそこそっと先導する。それに続くユーリ。傍から見れば誰がどう見ても怪しい。
だが無事誰にも見られる事なく(と思っている二人)はユーリの部屋の前へと立つとこそっとドアノブを捻り中を伺う。
中には水色の髪を持つ美女。アナスタシアだ。因みにこの家のメイドは皆美人。父ルケインの趣味であろうか。
それはさておき、二人は様子をじっと見る。
(よし、まずは俺が行く、スカートをめくったらお前も続くのだ。いいな?)
(分かりました、隊長!)
こそこそと目配せし合い小声で話す二人。
と、がばっとドアを開けたと思えばマルフォイが駆ける。その魅惑のスカートをめくろうと。
アナスタシアは武術に優れる。勝負は一瞬だ。気がつかれれば簡単にあしらわれてしまう。だからこその好機。アナスタシアの両手が塞がっている今をおいて他にはない!
瞬間。マルフォイが飛込みざま手を上へと跳ね上がる。
狙うはスカート。ヒラヒラのメイドスカートだ。
すぱっと手がスカートの下へ潜り込み。跳ね上げた!
白。純白だ。
時間の流れが緩やかになったような気がした。
マルフォイは親指を立ててユーリへと合図した。その目は満足そうだ。と言うより鼻の下が伸びている。
「な! マルフォイ坊ちゃま!」
スカートをめくられ、手に持っていたシーツを振り向き様落としてしまうアナスタシア。
はっとアナスタシアが気づきシーツへ手を伸ばす。
「いけ! ユーリ!」
兄の命令である。聞かねばなるまい。
ユーリが駆ける。
その脚力は疾風の如し。
そして彼女の懐に入り様腕を下から振り上げる。狙うはスカート。
しかしそこは武術を嗜むアナスタシア、ユーリに気がつきさっと一歩下がり躱そうとする。
だが。この時点で二人は分かっていなかったのだ。
自らの身体能力を把握していないユーリ。
そしてその身体能力を甘くみてしまったアナスタシア。
結果。
恐ろしい速度で振り上げられた腕が彼女の服を掠める。
スパっ
そんな綺麗な音が聞こえた。
そして次の瞬間には彼女の着る服が二つに割れ。
ぱらりとメイド服がゆっくりと地へと落ちた。
ユーリとマルフォイの目にはその美しい裸体を惜しげもなく晒したアナスタシアがいた。
「あ……あれ?」
ユーリは自分が何をしたのか分かってない。目をぱちくりしている。
そして隣でマルフォイがまじまじと彼女の裸体を凝視している。目が飛び出るほど釘付けだ。
(今の動きは?)
呆然となったアナスタシアが考え込む。だがはっと落ちたメイド服を見ると自分が裸だと気づき体をその両手で隠す。
「ユ……ユーリ坊ちゃま?」
ぴくぴくと眉がつり上がっている。
「え……え~っと」
「これは一体どういうことですか?」
彼女からかなりの怒気を感じる。
「えっとですね。兄さんがスカートをめくれば幸せになれると言うので……」
馬鹿言うなよ!とマルフォイが非難がましくユーリを見る。
ギロリ。
彼女の視線がマルフォイへと注がれる。
慌て出すマルフォイ。
「い……いや……これは」
「ふ……ふふふ、ユーリ坊ちゃまに悪い事を教えようとしたようですねマルフォイ坊ちゃま」
「違うぞ……断じて違う。聞いてくれ」
「問答無用!」
スパンっとアナスタシアが体を隠したままマルフォイへと回し蹴りを放った。
ユーリは蹴りで吹っ飛ぶマルフォイを見ながらも。彼女の放つ美脚を見て。
綺麗だなー
等と人知れず思っていた。
◇◆◇
「いいですか坊ちゃま?」
「は! はい!」
アナスタシアの美脚を思い返していたユーリを現実に戻すかのように彼女がそう告げた。
「人のお話を素直に聞くのは良いことです。ですがマルフォイ坊ちゃまの様なエロガ――いえ、女性に不埒な行為を働くような言動を鵜呑みにしては行けません」
「は……はい……ごめんなさい」
「しかもこのように事細かくメモを取る必要もありません」
マルフォイに言われた事を一語一句書き連ねた紙を読みながらアナスタシアがそう述べる。
「そんな事では勇――、いえ我がエルサレム家の男子として立派になれませんよ」
アナスタシアは言葉を選び直しユーリにそう告げた。ユーリが勇者であった母を良く思っていないのは家の者は聞かされている。だからこそであろう。
「はい。本当にごめんなさい。もうしません」
素直に頭を下げるユーリ。
「分かってくだされば良いのです、それでは今日の訓練を始めますよ?」
剣術の稽古。それは主にルケインかアナスタシアが担当することになっていた。何でも二人は勇者であった沙羅から刀を使った剣術を教わっていたそうだ。
「はい、お願いします、あっ!でも」
「なんですか坊ちゃま?」
「さっき見た蹴り。凄く綺麗でした」
「なっ!」
6歳児に綺麗と言われ照れてしまうアナスタシア。
「僕もあんな蹴りができるようになりたいです。勿論剣術も上手くなりたいです」
アナスタシアは一つ咳払いをする。
「そうですか。分かりました。剣術と体術を組み合わせるのも確かに有効な戦法ではあります。今後体術も含めて覚えていきましょう坊ちゃま」
アナスタシアの脳裏に部屋でのユーリの動きがちらつく。
(今から両方を身につけば飛んでも無い武術家になるかもしれませんね)
油断はしていなかった。少なくともユーリは異邦人の身体能力だと想定をして動いていたつもりだ。
だが予想は裏切られた。かつて勇者であった沙羅と訓練を行った事もあるのにだ。
(先が楽しみですね)
勿論その力は日の目を見ることはないかもしれない。だが弟子とも呼べるような子がどこまで強くなるのか見てみたいと言う気持ちは持っていた。
その日の夜。
「マルフォイ、ユーリ。アナスタシアの服を裂いて裸体を鑑賞したと言うのは本当かしら?」
母エルザが鬼気迫る笑顔で告げて来た。
そして48のお仕置き技の一つ。
地獄の反省文1万回が言い渡されたのだった。