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プロローグ

 「ごめんね」


 その場に佇む女性がそう漏らした。


 「連れてはいけないの」


 夜も更け辺りの者が寝静まったその頃。

 その言葉を受けた赤ん坊もまた眠って居た。


 起きていたら。そこで笑いかけていたら。

 またその赤ん坊の人生は代わっていたかもしれない。

 「もう会えないけど。健やかに育ってね」


 だが残念ながらそうはならず。赤子の母はその場で最後にぽつりと赤ん坊の名を告げて。立ち去ってゆく。



 やがてその場から泣き声がする。

 母を失った為か、お腹が空いたのか。それは分からない。


 ただひたすら泣いていると、やがて赤ん坊が置き去りにされた家から人が出てくると赤ん坊を抱く。


 「あんた、捨てられたのかい?」


 赤ん坊を抱く女性の声はとても暖かい。


 そうして赤ん坊の入れられていた籠から手紙を取り出し読む。


 「ユーリ君か、ようこそシュッツベルト孤児院へ」

 異世界から来た勇者が魔王を打ち倒した翌年。


 その赤ん坊は孤児院へと預けられたのだった。





 ◇◆◇


 「ユーリ君? またここにいるの?」


 およそ三歳頃となり、物心もつき言葉を覚えたユーリへと孤児院の先生――マリアが話しかける。

 

 「見てると落ち着くんだ」

 

 孤児院の中にある物置部屋。そこに置いてある一本の剣をユーリはじっと見ていた。

 

 「確かユーリ君が預けられた時に一緒に置いて有った剣よね?」

 

 「うん、ノダチって呼ぶんだって」

 

 子供達が間違って抜いては行けないからとそのノダチと呼ばれる剣は鞘から抜けないように厳重に封印されている。その剣は異質でもあった。真っ直ぐではなく反りを持っている。柄もつばも通常の剣とは似ても似つかなかった。長さも150センチルと長大。実にこの世界の女性の平均身長程にもなる。


 一体誰が使うのであろうか、そんな事を考えながらそのユーリを探しに来た女性――マリアはユーリへと告げた。


 「でも駄目よユーリ君」

 

 言葉を受けユーリがしゅんっと項垂れて答えた。

 

 「ごめんなさい」

 

 ユーリにも分かっていた。だからと言ってあの場に居たかった訳ではないのだが。

 

 「ほら。ちゃんとみんなの所に戻りましょう?」

 「でも……僕みんなと一緒に遊べないよ?」

 

 孤児院の幼年組はこの時間外で遊ぶように言われている。沢山の子供達を少ない人数でちゃんと見てあげる為、また協調性を育てる為にも皆固まって遊ぶのだが。

 

 「おままごとなら出来るんじゃないかな?」

 「やだよおままごとなんて」

 

 僕は男だよ!そう主張するユーリ。ユーリはおままごとは女の子の遊びだと思っている。

 

 「ん~じゃあしょうが無いかなぁ、一人で遊ぶ?」 

 実際の所マリアはユーリのおままごとをする姿を見たいだけであったりもする。そんな彼女の裏の主張はひた隠しにユーリがおままごとをするように仕向けているのだ。実に彼女の趣味であった。

 

 「やだ……」

 

 みんなと混じって遊べない。それはユーリにとっても悲しい出来事だ。

 

 「この間みんなと一緒にオモチャで遊んでたらどうなったんだっけ?」


 「オモチャが壊れた……」

 

 ふてくされたような声でユーリが答えた。実に子供同士でオモチャを使って遊んでいた所力加減を間違えてしまったのだ。ついつい楽しくなって興奮して力んでしまった。そして気がついたら。


 グシャ。

 

 と、音を立てておもちゃを握りつぶしてしまっていた。それ以来子供達の間ではユーリにオモチャを持たせるな!あれは怪獣だ!ユーリ怪獣からオモチャを守れ!とユーリを除く子供達でオモチャ保護同盟を組まれてしまっていたのだ。

 

 それが悲しくなって心落ち着くここに来てしまっていたのだが。マリアにばれてしまった訳だ。


 「うん、じゃあ力加減のしやすいおままごとから始めましょう。それならユーリ君もみんなと遊べるでしょ?」

 

 そういって手を差し出してくれるマリア。

 

 ユーリはなぜか皆よりも力が強い。生まれつきだったようなのだが力加減を間違えると大人の骨でも折れてしまうのだ。それでも怖がらずに接してくれる彼女達をユーリは大好きであり、また感謝もしていた。


 一瞬だけ逡巡。

 

 だがマリアの笑顔を見ておずおずと差し出された手を取りマリアに連れられて外へとでた。

 

 「あ、ユーリ君どこにいたの?」

 

 同じ年頃の女の子エルンがマリアと手を繋いでお外へと出たユーリに声を掛けてきた。

 

 「寂しくなって一人で物置に居たのよ、あそこが落ち着くからって。だからエルンちゃんユーリ君と遊んであげてくれないかしら?」

 

 「いいよ! ユーリ君おままごとする?」

 

 ――おままごとなんて恥ずかしい。周りの男の子に馬鹿にされちゃうよ!

 

 一人ユーリはそう思うも。

 

 「おままごとするわよねユーリ君?」

 

 どうもマリアはおままごとどうしてもさせたいらしい。

 エルンを見る。


 期待の眼差しでいっぱいだった。おままごとをする男の子はいない。エルンや周りの少女だけでおままごとをすることはあるがお父さん役やお兄ちゃん役、弟役等がいないのだ。今回はユーリが!それが期待となり目が爛々と輝いている。


 「……うん」

 

 三歳にしてユーリは女性には勝てない事を学んだ様だ。断ればエルンやマリアに何を言われるか分かったものではない。

 

 「じゃあユーリ君は弟役ね」


 ――嫌だ!


 とは言えなかった。ユーリの中ではせめて兄かお父さんがよかった。弟等尻に引かれるだけではないのかと思うが最早エルンの告げる言葉は決定しているかのように告げられたからだ。加えて異常な力をもって生まれたユーリはマリア他、先生達に特に女性には優しく守ってあげないとだめなんだよ。と毎日のように言い含められていた。

 

 致し方なし。

 

 結果その場で弟役になってしまったユーリにエルンが声を駆ける。

 

 「ユーリ、ご飯が出来たわよ。沢山食べて大きくなるのよ」

 

 そういって渡してくるのは土で作った団子と木で作ったお箸。お箸と言うのは異世界から来た勇者が広めた食器だ。

 

 女の子に従うのがなんだか恥ずかしい。そう思いながもユーリは箸を受け取る。

 

 が。

 

 ボキ。

 

 箸が折れた。

 

 ユーリは箸を使うのが得意ではない。どうにも力加減が難しいのだ。ご飯を食べる時も箸は使っていない。

 

 「もう、しょうが無い子ね。気をつけないとだめよ」

 そういって別の箸を渡される。

 

 ボキ。

 

 今度は無言でまた箸を渡された。

 

 ボキ。

 

 渡される。

 

 ボキ。

 

 渡さ――

 

 ボキボキボキボキボキ。

 

 予備の箸はなくなってしまった。

 

 そーっとユーリはエルンの顔を見た。目尻に涙が浮いている。

 

 「うぅぅぅぅぅぅぅ」

 

 いかん!溜めている!それが発射されればユーリは何も出来ない。

 

 慌てふためくユーリ。だが奮闘空しく。

 

 「うわーーーーーーん!」

 

 大声で泣かれてしまった。

 

 「ユーリがぐれたーーーーーーーー!」

 

 ぐれた訳ではないのだが『君』がつかない所を見るとまだおままごとは続いているらしい。

 

 「ちょっとお姉ちゃん。ぐれてない。ぐれてないよ僕は!」

 

 女の子が泣くのは怖い。酷く慌ててしまい手をばたばたさせながらユーリが声を出す。


 ぴくっとユーリの言葉に反応する。

 

 「もう一回いって」

 

 ――何を?


 「ぐれてないよ」

 

 「違う」

 

 「お姉ちゃん?」

 

 エルンの顔が一転喜色に代わった。なんて分かりやすいんだろう。ここは畳みかけるべきだ。

 

 「お姉ちゃん」

 

 今度は恍惚の表情となり手を頬に当て身をくねらせている。エルンは姉というものに憧れでもあるのだろうか。

 

 「お姉ちゃん」

 

 攻めるは今。好機を逃すわけには行かない。言葉の力をここぞとばかりに使うユーリ。


 「しつこい」

 

 駄目だったらしい。怒られてしまった。

 

 だが機嫌は直ってくれたようだ。心中でほっとした。 

 「でももうおはしも無いからユーリ君お話しよ」

 

 そういっておままごとは中止となり。ほっとしつつエルンとお話をするのだった。




 ◇◆◇

 

 「ユーリ君、ちょっとこっちに来てくれる?」

 

 6歳の年頃になったユーリへとマリアがそう尋ねて手招きしている。

 ユーリは体の成長が人より早いのか。同じ年頃の子達よりも頭一つ大きくなっていた。

 

 「はい。分かりました」

 

 丁寧な言葉使いも覚えだし、ユーリは言われるままについて行く。

 

 言われるままについていった先には見たこともない男が一人。三十後半と言った頃だろうか。ビシっと黒の礼服を着こなし伸びた背筋が精悍さを伺わせる。

 

 もしかして。そうユーリは思っていた。

 

 「この子がその例の子ですか?」

 「そうです。ユーリ君です」

 

 そうマリアと礼服の男がやりとりすると男が膝を折りユーリと目線の高さを合わせ尋ねる。

 

 「ユーリ君だったね。歳は?」

 「多分6歳頃です」

 「ふむ。お願いがあるのけどね。君の魔膚をみせてくれないかい?」

 

 ユーリがマリアに目配せするとマリアはゆっくりと一つ大きく頷く。


 「分かりました」

 

 そういってユーリは上着をたくし上げた。

 魔膚、それは心臓のある左胸に位置し人によってその形、大きさは違う。

 

 「これは……」

 

 男が目を見開き、驚愕の顔を浮かべている。

 ユーリはそれを見せるのを好きではなく、あまり人に見せないようにも言われていた。


 そこにあったのは胸を中心としてそこから大きく左肩や首元まで伸びる大きな紋様。通常の魔膚はそのように大きくはない。精々大きくとも胸に拳大ほどの大きさと言った所だった。

 

 驚愕の様相を浮かべた男はしばし呆然とみた後、一呼吸を置いて落ち着いた後続けて尋ねた。

 

 「君は力が強いと聞いたけど本当かい?」

 

 「はい。力が入りすぎてしまうと物が壊れてしまうんです」

 

 そういってユーリが一枚のコインを取り出す。銅貨である。

 それを指で挟むと何の抵抗も感じていないかのようにぐにゃりと二枚に押しつぶされた。

 体を鍛えた大人であればそれを行えるものはいる。だが6歳の少年がそれを行う事は普通できないであろう。

 

 「やはり……でもこの魔膚はなんだ? 彼女は魔膚を持っていなかった筈……」

 

 ぶつぶつと男が一人独白している。

 

 「あの……それで僕になんの用なんでしょうか?」

 

 「あ、あぁすまない」

 

 そういって男がマリアと目を合わせる。マリアは男の顔を見て頷く。ほんの少し寂しそうな顔で。


 「君を身請けしたくてね。どうだろうか?私の家に来ないかい?」

 

 「僕をですか……?」

 

 予想はしていた。ここに居る子供達は戦災、あるいは捨てられ集まっている。子供を失った親が引き取りたいと尋ねてくる事はあった。ユーリと仲のよかったエルンも既に一年前に引き取られていた。

 

 「そうだよ。私は君のお母さんとは友人だったんだ、できれば私の息子にならないかい?」

 

 驚いた。母と知り合い。全く覚えてはいないが6歳となったユーリには少し確執があった。そのせいか少し口調が荒くなってしまった。

 

 「好きにすればいいでしょう。どうせ僕に選択しなんてない」

 

 孤児院の経営は国から援助が出ているが微々たるものだ。にも関わらず預けられる子供は増える。必然孤児院の大人達も経営を立ち回らせるために引き取り手が現れれば頷かずには居られない。引き取ろうとするもの自体がさほど多くないのもある。そのためほぼ引き取りたいと言う事は半ば決定しているようなものであった。

 

 「いや、君の意志を尊重したいんだよ」

 

 その目は真剣だった。たかだか6歳の子供に意志を尊重する。そんな事を告げる大人がいるのだろうか。


 ユーリはマリアを見る。

 

 「ユーリ君の好きに決めたらいいのよ?」

 

 その目と声は慈愛にあふれていた。

 

 「僕が貴方の子になれば。母の事を教えて貰えますか?」

 「勿論だとも。君が望むのなら」


 その笑顔に嘘は無いように見える。最も6歳のユーリに嘘を見抜けと言うのは難しい話しだが。

 

 「分かりました。あなたの子になります」

 「ありがとう。申し遅れたね。私の名前はルケイン。ルケイン=エルサレムだ」

 

 ――貴族だったのか。

 

 名字を持つのは貴族や王族に限られる。貴族が子供を探す事をあるがおよそ子供の相手の為や使用人にという名目が多い。ユーリは貴族を何度かは目にした事はあるがルケインの立ち振る舞いは子供の目から見ても優雅に見える。

 

 「分かりました。宜しくお願いします。ルケイン様」 

 「君は私の息子になるんだ。様はいらないよユーリ」

 

 父。生まれてから呼んだ事の無い言葉を求められて戸惑う。すこしハードルが高かった。

 

 「あ……よろしくおねがいします……父さん……」

 戸惑いたどたどしくそう告げた。

 

 「あぁ。こちらこそ宜しく。ユーリ」

 淀みなく。嬉しさを声に出してルケインがそう答えた。

 

 「今からでもいいけど準備やお別れもあるだろうからね。明日迎えに来る事にしましょうか?」

 

 話しが決まり。ルケインがマリアにそう尋ねた。

 

 「ええ、お願いします。ユーリ君は年少組みのリーダーでしたから」

 

 「そうか、それは将来が楽しみだね」

 

 早速の親ばか振りなのか。ルケインが笑顔を浮かべてそう告げた。


 

 

 その日の晩。ユーリのお別れ会となり。ささやかながらもパーティとなった。

 

 「ユーリ君私の事忘れないでねぇ~」

 

 そう告げるのは子供達……

 

 「いつでも私の所に戻って来ていいのよ」

 

 では無くマリアだった。

 マリアは酔っているのかその豊満な胸をユーリに押しつけ。ぎゅっと抱きしめてくる。傍から見ればそういう趣味ではないのか?そう思われる可能性すらありそうな程にユーリに頬ずりしている。周りの子供達も若干引いているのだがマリアは気づいていない。


 「はい、大丈夫です。忘れないですよマリア先生」

 

 ――母さん。

 

 決して口に出した事はない。だがユーリは心の中でマリアの事を何度かそう呼んでいた。

 

 マリアから解放されると今度は子供達が泣きついてくる。力のコントロールはできず一緒に遊べなかったユーリだったが。その分遠くから子供達を見守り、何度か危なくなりそうな場面を救ってる内にいつのまにか少年組のお兄さん的立場になっていた。ひたすら弟扱いしようとしていたエルン等も昔は居たが。

 

 ユーリは子供達からの沢山のプレゼントを受け取っていた。中にはその子がとても大切にしていた宝物などもある。その好意に胸が暖かくなるユーリ。

 

 ささやかなパーティが終わり。ユーリは翌日の為の準備をする。

 

 さして多くない荷物を詰め込む。だがユーリにとって一番大事なものを物置へと取りに行かねばならなかった。

 

 ノダチ。

 

 他の子供よりも身長が高いと言ってもその剣は今だユーリよりも大きい。何しろ大人の女性と同じ程の長さなのだから。

 

 見上げる形でその剣を見る。

 生まれた時に一緒に置かれていた剣。恐らくは母が与えたものなのだろう。

 母に対してはあまり良い印象は持っていない。自分を捨てたのだからと。しかしこの剣を見ている事は好きだった。幼いユーリは気がつかないがその心の奥底では母を求めていたのかもしれない。

 

 ノダチを手に持つ。

 

 その剣は重い。だがユーリには心地よい重さだった。 

 

 ◇◆◆

 

 「準備は出来たかいユーリ?」

 

 孤児院のみんなが集まる中。やってきた礼服の男、ルケインがそう尋ねてきた。


 「できました。父さん」


 肩にリュックを背負い。リュックの上に長い一本の剣を横向きにくくりつられている。

 

 「そうか、みんなにお別れは言ったのかい?」

 「はい、昨日みんなにお別れをいいました」


 そういってユーリはルケインの傍まで歩き振り返る。

 孤児院の子供達、マリア。他の先生達がこちらを見ている。子供達やマリアの顔には涙が浮かんでいる。


 「また会いに来ます。それまでお元気で」

 

 そう告げ。前を歩くルケインについてユーリは歩いて行く。新たな生活へと。


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