賽は投げられた
「だぁー!!それがどうしたー!?」
叫びながら私は日記帳を放り投げた。
用意して貰った朝食を有り難くいただいて、真っ白なワンピースに着替えた私は、嫌々ながら日記を読もうとしたわけです。大事なこととか書いてあるかもしれないし、ショタっ子との約束もあるしね。
だから廊下を歩いていた人に『ショタ…じゃなくて教皇様に私の部屋へは入らないように言っておいていただけますか?あと、ナギサ?っていう吸血鬼の人に夜に部屋へ来るようにとも』ってお願いしたんだよ。
これで部屋には一人きり、もう逃げられないって環境を整えて日記を開いた…んだけどさ、約二時間掛けて読んだ内容が『見たこともないお花を見つけた♪』とか『魔法にビックリした』とか『イケメンと挨拶しちゃった♪』とか…なにこれ?ふざけてんの?
いや、確かに、人様の日記を勝手に読んでる訳だから怒る筋合いないんだろうけどさ。
それにしてもひどくない?って思うわけですよ。
「はぁ…これ読むのあと何日掛かるんだろ…てか、もしかしてこれ読み終えるまで帰れない!?そうだよ!ショタっ子に内容教えるって言っちゃったし…はぁ、帰れるのはいつになるやら…」
床に転がっている日記帳を渋々拾い上げ、読み終えたページを確かめてから再び視線を落とす。
これは勝負だ!私の精神力が勝つか負けるかの!
サリアさんの怒りを受けた時の事を思いだして、背筋に悪寒を感じながら、私は読む作業に没頭することにした。
コンコン
ノックの音で顔を上げて窓を見ると、外はすっかり暗くなっていた。
「やば!もう夜!?あ、はい、どうぞー」
「失礼いたす。某、始祖殿に呼ばれて参上つかまつった次第でござる」
部屋の入り口で長々となんか言ってるけど、もう突っ込む気力もない。
なぜ着流しが真っ赤なのかとか、あんたどこの人?とかそんなことはどうでもいい。
「ハッ!始祖殿、どうかしたのでござるか!?顔色がすぐれぬようにお見受けいたすが…」
「ハハッ!ダイジョウブデス。ハイッテクダサイ」
乾いた笑いが漏れたのも、カタコトになってしまったのも全部日記のせいなので気にしないでください。ええ、ヤツはかなりの強敵です。
「では失礼して…始祖殿?」
「あ、あぁ、ごめんね。ちょっと頭飛んでたわ。あ!そうだ。血を与えたくて呼んだんだけど…ッッ!これ飲んでくれる?」
私が自らの手首にキバを立てて侍崩れに差し出す。
それを侍崩れが緊張した面持ちで舐めるのを見た瞬間、頭の中で声が聞こえた。
『賽は投げられた』
幻聴?違う。
一言だけ言ったその声が苦しそうで辛そうで、なぜだか無性に悲しくなったのは事実。
だって私の頬を流れる雫は本物だから。
「え?何で涙なんて…おかしいな…」
「…始祖殿?」
「大丈夫。ちょっと疲れたみたい。もう戻っていいよ」
心配そうに私を見ながら退室していく侍崩れの背中を見送りながら、聞こえた言葉を思い出す。
私の知らないところで何かが始まろうとしているのはきっと間違いないだろう。
それは何なのか?私はなぜかテーブルの上にある日記帳が全てを知っているような気がしてそこから視線を逸らせなかった。




