弱い弟、強い兄(ユリク視点)
動けなかった。
糸がプツリと切れたように倒れるサーラさんがスローモーションのように見える。
「サーラ!」
「サーラお姉ちゃん!」
叫ぶように声をあげ、側へ駆け寄っていくマリアさんとジンを焦点の合っていない目で見詰める。
(これは何だ?あの魔力は…)
さっきまで放出されていた膨大な魔力に呼応されたかのように森の精霊達がサーラさんのまわりに漂っている。
こんな光景は今まで見たことがない。
それどころか…聞いたことも…。
ハイエルフをはじめ、この国に住まう人々は豊かな森の恩恵を受けている。
精霊は神の愛し子。
自然を司り、私たちに恩恵を授けてくれる。
そんな力を持つ存在だが、精霊の姿が見えるのはエルフでも最上位に位置する魔術師か、ハイエルフのみ。
だが、何千年も生きる中で精霊に出会える事は一度あればいいと言われている。
それほどに精霊とは警戒心が強く、人前には姿を現さない。
それなのに…
(精霊達がこんなに集まるなんて…サーラさん、あなたは一体…)
「ユリク殿?どうしたのじゃ?早く騎士団に連絡を」
「あ、ああ、そうだな。ジン!」
リズナベット殿の声で我に返る。
身動きもせずにただサーラさんを見ていた俺は、慌ててジンを呼ぶ。
「なぁに?ユリク様」
「悪いが直ぐに騎士団にこの事を伝えてもらえるか?お前が行った方が速いだろう」
「はい、わかりました!」
獣人、しかも狼族であるジンは足が速い。
俺が急いで町へ戻るよりも早くこの状況を伝えてくれるだろう。
走り去っていくジンの後ろ姿を見送り、視線をサーラさんへと戻す。
精霊達の光に照らされているサーラさんは幻想的な美しさだった。
俺みたいな者が側に居ていいのか?と考えてしまう程に…
「隊長!これは一体…」
「なぜエルフが倒れているのです?」
「まさか同胞を手に掛けたのですか!?」
団員が到着した途端、矢継ぎ早に繰り出される問い掛けに「縛って連れていけ」とだけ命じた俺はその場を離れ、町へ急いだ。
「リズナベット殿、マリアさん、ジン、サーラさんを頼む!」
そう言い残し、逃げるように…
城へ戻った俺は急ぎ目当ての場所へ向かう。
兄上が居るであろう執務室だ。
『我が君』
そう言ったエルフの顔が頭から離れない。
心酔しきったようなあの表情に俺は見覚えがある。
エルフ至高主義者がハイエルフを見る時と同じ表情だ。
ならばこの事件の黒幕は…
「兄上!」
乱暴に執務室の扉を開ける。
そこに居た兄は驚いたように目を見開いた後、静かに言った。
「やはりあの魔力はサーラ殿のものだったか…」
「はい。俺達は結界の中でエルフ至高主義者だと思われる10名に襲撃されました!」
「なんだと?!」
「今、騎士団員に連行させてますが、その中には牢から逃げた3名も…」
「…そうか。この国ももう…」
「兄上!諦めるのは早いです!まだ救いは…」
「…ユリク」
「襲撃者は色々話してくれましたよ。それこそ勝手にペラペラと。どうやらエルフ至高主義者を束ねる者が陰に居るようです。『我が君』と呼ばれる者が…」
聡い兄上ならこれで気付く筈だ。
そう。強固な王城の牢から3名を逃がし、エルフ至高主義者を束ねる人物が我々と同じハイエルフだということに。
「そうか。ならば…膿は早く出さねば。なぁ?ユリク?」
久しく見ていなかった兄上の怒気、そしてニヤリと笑うその表情は捕食者のそれだった。
まるで…そうまるで…かつて最強と謳われた父上の様な…
…兄上、やはり貴方は強い。自分に自信のない俺なんかよりずっと…それが少し羨ましいです。
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