憩いの一時(ザイーク国王視点)
「国王様、そんなに根詰めてはお身体に障ります。少し休まれてはいかがですか?」
我が国の宰相であるバスカールの言葉に顔を上げる。
目の前には書類の山。
民からの不満文書や捕らえていたエルフの脱走に関する報告書。
睡眠や食事もろくにとらず、それの処理におわれていた私はチラリとバスカールを見やる。
バスカールは何が起きようと顔色、それどころか表情さえも変えぬ冷静な家臣だ。
そんな男に心配そうな顔をされるとは思ってもみなかった。
(そんなに心配させるほど働いていたのか…)
どうやら冷静なバスカールが表情を崩すくらい私は根詰めていたらしい。
「済まぬなバスカール。心配を掛けた。少し休む。」
「はい。それでしたら丁度皆様が食堂へお集まりになっております。食事をとられてはいかがでしょうか?」
私はその提案にのり、執務室を出て食堂へ向かった。
歩き慣れた廊下を進み、辿り着いた食堂の扉を開ける。
そこには既に先客がいた。
我が弟であるユリク、ナディアの側妃殿、その妹君、そして吸血鬼始祖であるサーラ殿。
皆が私の登場に驚いて目を丸くしている様子はとても面白い。
まさか私がここへ来るとは思ってもみなかったのだろう。
椅子から立ち上がり挨拶をしようとする皆を手で制した私は空いている椅子へ腰かけた。
「兄上、なぜここに?」
「皆と食事をとってこいとバスカールに言われてな…」
「成る程」
納得しながらもどこか嬉しそうなユリクの様子に自然と頬が緩む。
その反面、ここ最近は忙しく唯一の肉親であるユリクと共に過ごす時間をとれなかったことに胸が痛んだ。
出された食事に手をつける。
いつも食べている慣れ親しんだ味。
それなのに一人で食べる時より数段美味しく感じるのだから不思議だ。
「兄上、今日はサーラさんとジン、マリアでワイルドベアの討伐をしてきたのです。」
「ほう!それは!昔を思い出すな!」
「ええ、あの頃は兄上に振り回されて…」
「あら?国王様はそんなにやんちゃでしたの?」
「側妃殿。それはもう兄上はやんちゃでよく母上に二人で怒られたものです」
「…ユリク、それは言わない約束だろう?」
和やかに時間が過ぎていく。
そんな会話はデザートを食べ終わるまで続き、楽しい時間を過ごすことが出来た。
だが…
「サーラ殿、如何された?」
サーラ殿が殆ど話をしていなかったことに気付き声を掛ける。
楽しい晩餐を私が邪魔してしまったのだろうか?
そんな思いが頭をよぎったその時、緊張の面持ちでサーラ殿が口を開いた。
「あ、あの!皆さんに渡したいものがあるんです!日頃の感謝の気持ちというか…その好意で滞在させて貰ってるだけなのも気が重くて…大したものじゃ無いんですけど…」
そういいながらサーラ殿がウエストポーチから出した物に一同息をのんだ。
そんなことはお構いなしに魔道具を一人一人に手渡していくサーラ殿。
「国王様にはこれです。あの、要らなかったら捨てても良いので…」
そう言って渡された腕輪を震える手で受け取る。
捨てるだと?とんでもない!この少女はこれの価値に気付いていないのか!?
こんな…魔力が溢れる素晴らしい物を捨てることが出来る者が居るならばそいつは大馬鹿者だ。
元々の魔道具に備わっていたであろう守護の力もさることながら、サーラ殿の魔力で結界と強化の力まで…。
「サーラさん?これは先程買ってきたものですよね?」
「あ、はい。そうですけど?」
ユリクの問いかけに何でもないように答えるサーラ殿。
この少女の潜在能力は一体どれ程なのだろうか?
先程買った魔道具に結界と強化の力を付加するなど、亡き父でさえ無理であろう。
それでも不思議と畏怖は感じない。
それどころか、この少女は守らなければと理屈ではなく私の中の何かが訴えるのだ。
(この少女なら…何かを変えてくれるかもしれぬ。願わくばこの優しく無垢な少女に幸あらんことを…)
そう思いながら政務に戻るため食堂を後にする。
腕に新しい腕輪を付けて執務室へ戻る私の心はなぜか希望に満ちていた。
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Side ???
私の前では三人のエルフが頭を下げている。
当たり前よね。
見せしめとして処刑されるのを牢から出して救ってあげたのだから。
「ねぇ、あなたたち、私のお願い聞いてくれるかしら?」
「はっ、何でもお申し付けください」
「必ずや叶えさせていただきます」
「我が君の願いとあらば喜んで」
こいつらは捨て駒だけど、もしかしたら私の願いを叶えてくれるかもしれないわ。
牢に入れられるようなへまをしたやつらに期待してなんていないけど.…
「…そう。ならサーラとかいう吸血鬼を殺しなさい。これが最後のチャンスよ。わかってるわね?」
部屋から出ていくエルフたちを見送って私は一人微笑んだ。
あの汚らわしい吸血鬼が死すところを想像しただけで自然と笑顔になれるのよ。
あの吸血鬼さえいなければ…私は‥…あなたと…。
Side Out
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