世界の支配者
Side ???
『神の庭園』
そこは幻想的で美しい場所である。
沢山の花が咲き乱れ、鳥達がさえずる。
楽園と言っても過言ではないその場所で、二人の女性が優雅なティータイムを楽しんでいた。
一人は老女。
とは言っても、眼光は鋭く、背はしっかりと伸びている。
ただの老人であるとは誰もが思わないだろう。
もう一人は黒髪黒目の20代半ばに見える女性。
この世界には黒髪黒目の人間は居ない。
おっとりした顔立ちではあるが、こちらもただ者ではない雰囲気を醸し出している。
それもそのはず、ここは名の通り、神の庭園なのだから。
「ほう?あの娘、闇に堕ちそうになっていた者を救ったか。面白い娘じゃのう!」
老女が愉快そうにそう言えば、女は笑みを深める。
まるで自分が誉められたかのように得意気に。
「ええ、最近は『始祖の記憶』も映像として見れるようになったのよ?まだ夢の中だけみたいだけれどね!」
その様子を微笑まし気に見る老女の目は慈しみに溢れていた。
そう、子を見る母のような。
「そうか、して桃香、お主、覚悟は出来ておろうな?もう審判の時は近い。あの娘とて無事で済むとはわからんのだぞ?」
「…ええ、覚悟はとうに出来ているわ。あの子がこの世界に降り立ったその日から…」
ゆっくりとティーカップを傾けながら桃香と呼ばれた女性がそう答える。
せつなげで、そしてどこか心配するようなその声音は、老女の胸を抉った。
「…ならばよい。これは定めだったのじゃ。あの娘がこの世界に降り立った事も…吸血鬼の始祖となったことも…」
「ええ、そうね。オフィーリアのいう通りだわ…」
カチャリとティーカップが音をたて、静寂が支配したその場に、訪問者が現れる。
銀色の長い髪に金の瞳の美しい男性である。
桃香はその姿を目に捉えると、弾かれたように席を立ち、男性へ駆け寄った。
「ゼフ!来てくれたのね!お仕事は?忙しいんじゃないの?」
心配するような言葉を口にしながらも、嬉しくて堪らないといった様子の桃香に、ゼフと呼ばれた男性は笑顔を向け、桃香の髪を愛しげに撫でる。
「桃香、会いたかった。仕事が一段落ついたのでな、ここへ寄ったのだ。オフィーリアも元気そうだな」
「わたしゃ、ついでかい。まぁいいけどね。それより仕事が一段落ついたってのはあのハイエルフの事かい?」
苦笑しながらオフィーリアが言った言葉に桃香はピクリと体を震わせた。
それに気付いたゼフは安心させるように桃香に微笑む。
「ああ、あのハイエルフが闇に堕ちていたら大変なことになっていただろうからな。動向から目が離せなかったのだ。でも娘のお陰でそれも杞憂に終わった」
ゼフがそう言えば、桃香は花も綻ぶような笑顔でこう答えた。
「当たり前よ!私とあなたの娘だもの!男神ゼフと元吸血鬼始祖の私の‥…ね?」
Side Out
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この世界のどこにも伝わっていない話がある。
それはこの世界唯一の神、男神ゼフが行った世界を維持する為の策。
この世界は今から三万年ほど前、戦乱の時代だった。
種族差別という悲しい火種から戦が起こり、それを唱えた人族は、多種族を葬り人族だけの世界にしようとした。
それに難色を示したのが男神ゼフである。
男神としてのゼフにとって全ての種族は我が子。
子供同士の争いなど見たくなかった。
それでも神は、地上で起きている事に干渉できない。
神力と呼ばれる力をもつゼフが地上に降りたならば、それこそ世界を破壊してしまう。
そこでゼフは考えた。
自分が地上に降りられないならば、代わりに誰かを行かせればよいのではないか…と。
そして白羽の矢がたったのが地球で命を終えた人間だ。
かねてから付き合いのあった地球の神々に頼み込み、了承を貰ったゼフは命尽きてもなお、光輝く魂を持つ者をこの世界に転生させた。
一番絶滅の危機にある吸血鬼、それの始祖として。
最初に呼び寄せた魂の持ち主はオフィーリア。
二人しか残っていなかった吸血鬼の男女に血を与えさせ、子供が産まれにくいとされる吸血鬼の特性を打ち消させ、病気にならない身体を作った。
二人目は桃香。
数が増えた吸血鬼達の莫大な力で戦乱の世を鎮める役目を与えた。
この企みは上手くいき、世界は平穏を取り戻したかに見えた。
だが…時代が変われど、一部の者は種族差別の意識を持ったままだった。
そこでまた新たな始祖を呼び寄せることとなった。
『藤崎 桜』
藤崎桃香と男神ゼフの娘である。
役目を終えた桃香と恋に落ち、愛し合ったゼフは、桃香の腹に命が芽生えている事に気付いたのだ。
桃香は我が子を地球で育てたいと言った。
自分の故郷で命の危機なく育って欲しいと。
だが、桃香は地球では死者だ。
悩んだ末に出した結論は…地球の神に頼み込んで10年だけ桃香の体を生者として維持してもらうことだった。
一万年も前に呼び寄せた魂だが、地球では100年ほどしかたっていない。
それに、桃香を知る人物は全員既に死亡している。
神であるゼフが世界を離れるわけにはいかないが、愛した女との子供を危険な世界で育てたくないとの桃香の言葉には賛成だった。
そして地球での10年後、桃香は死亡した。
表向きは過労死。
自分がいなくなってからも娘が生活出来るようにと働き続けた桃香の過労死を疑うものはいなかった。
それから一万年ほど過ぎ、呼び寄せた魂が自分の娘であると知ったゼフは驚愕した。
なぜ娘が死んでいるのか?
なぜ時間の進みが違うこの世界に娘の魂が呼び寄せられたのか?
なぜ?なぜ?
考えても答えは出てこない。
これが運命だというのか!
こんなことが…。
嘆き悲しむゼフに桃香はこう言った。
『私たちの娘ですもの。きっとこの世界を救ってくれるわ』と。
その時見せた桃香の笑顔は何よりも美しく、そして強い光を帯びていた。
『そうだな。我らの娘だ。きっと審判にも耐えうる。そしてこの世界を救ってくれるだろう』
審判。
それは桃香の魂を呼び寄せる前から決まっていた神の裁きといえる過酷な試練。
世界が崩壊しないようにと始祖に与えられた重要な役目。
失敗したならばこの世界は壊れる。
それを神の娘が受けることになるとは神ですら予測できなかった真実であった。