サリアの任務
「サーラさん!止めるんだ!」
怒りと哀しみに支配されていた私の耳に飛び込んできた声に、ハッと我に返る。
(ユリク…さん…?あれ?何で私…泣いてるんだろ…)
急いで来たのであろうユリクさんの額には汗が滲んでいる。
ユリクさんの表情から読み取れたのは、恐怖でも憎しみでもなく、私を気遣うような感情だった。
それを『嬉しい』と感じたのは、私なのか始祖の記憶なのか…。
頬を濡らす涙に気付いた私は…そのまま意識を手放した。
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Side サリア
「サーラさん!」
危なげなくユリクさんに支えられたサーラちゃんを見て、私はホッと息を吐き出した。
マリアは…気を失っているわね。
それどころか周りにいた人たちまで。
当然だわ。あんな濃度の魔力の奔流の中で立っていられる人は少ないでしょうから。
それにしても…サーラちゃんがあんなに怒りを露にするなんて思ってもみなかったわ。
いつも比較的穏やかだったから…。
それに…さっきのサーラちゃんの瞳の色…金色だった…わよね?
「ナディア国の側妃殿!?何が起きたのです?この様は一体…」
ユリクさんの問い掛けで、思考の渦に飲まれかけていた私の意識が現実に戻る。
そうだったわ。まずはこの状況を説明しなければならないわね。
……どう言ったらいいものかしら?
「待って!騎士団長様!」
頭を悩ませていた私の耳に飛び込んできたのは男の子の声。
驚いたわ!あの魔力の中で倒れない子供が居たなんて!
「君は?見たところ白狼族の子供のようだが…」
ユリクさんも戸惑っているようね。
それはそうでしょうとも。
魔力耐性が無いに等しいと言われている獣人族の、しかも子供がこの場で倒れることなく発言してるのだから。
「僕は…ジン。銀狼族のジンっていう名前なんだ!あのね、そこに倒れているエルフの三人に道をあけろって蹴られていたところをそこのお姉ちゃんに助けて貰ったの…そしたらお姉ちゃんが…」
ジンと名乗った少年が視線を移したのは私の腕の中で気を失っている妹のマリア。
そう、そうだったのね。
マリアは正しい事をしたんだわ。
その証拠に少年の目には涙が溜まっているもの。
昔からマリアは正義感が強い子だったから…。
「そうか…すまなかったな、ジン。エルフが君に酷いことを…」
「ううん!僕は平気!でも…」
「お姉ちゃんの事は心配しなくていい。悪いようにはしないから。詰所で話を聞かせてもらえるか?」
「うんっ!」
屈んで少年に謝ったユリクさんの姿を見て衝撃が走った。
王族であるハイエルフが獣人族の少年に頭を下げるなんて!
この国にも、まだこんな人がいるのね。
サーラちゃんがユリクさんになつくのもわかる気がするわ。
だってこの人はとてもあたたかいもの。
そう、この国には珍しいくらいに…ね。
「ナディア国の側妃殿、済まないが城まで同行願えないだろうか?サーラさんもこのままにはしておけない。ここへは騎士団の連中を向かわせてある。直に着くはずだ」
「ええ、わかったわ。妹も連れていくけどいいかしら?」
「勿論だ。済まない。」
そうして私達は駆け付けた騎士達と入れ替わるようにその場を後にしたのだった。
城に着いた私はとりあえず用意して貰った部屋にマリアを寝かせ、結界を張って携帯用の魔導鏡を取り出す。
すぐに繋がった愛しい人の笑顔に頬がゆるむのがわかった。
『愛しきサリア、久し振りだな』
「ええ、あなたも元気そうで何よりだわ!そちらは?変わりない?」
『ああ、リーザが何やら画策していたようだが息子たちの働きによって今は牢に入っている事以外は変わりないといえるな』
「そう…リーザ様が…」
『愛しきサリア、悲しまないでくれ。お前が悪いわけではない』
「それでも悲しいわ。私も女だからリーザ様の気持ちがわかるもの。私だってあなたが他の女にとられると思ったら嫉妬で狂ってしまうわ!」
『おお怖い!それは気を付けねばな!』
「もう!本当にわかってるの?」
『ははっ、余がそんな男ではないことはお前が一番良く知っておろうに!…して、サイランはどうなっておる?』
「平和よ、表面上は…ね。民の心が平穏だとは言えないけれど」
『そうか、やはり…種族間でのいさかいは絶えぬのだな…』
「ええ、町中でも騒ぎが起きるくらいだから…」
『愚かなことよな。内乱は避けられぬと思うか?』
「ええ、このままでいけば。でも…」
『なんだ?』
「王族が必死に止めているのよ。それに始祖様なら何とかしてくれる…そんな気がするの」
『吸血鬼の始祖がか?』
「ええ、全てが変わる。そんな気がする」
『…そうか。お前にそこまで言わせる程の人物か…』
「そうよ。始祖様は吸血鬼にとっての希望だもの!きっと世界にとっても…ね」
『そうか。一度会ってみたいものだ。あのカルロスやアイザックまでも随分ご執心のようだしな!』
「ふふっ、そうね。あ、誰か来たみたいだわ!また連絡するわね!」
『済まぬな、愛しきサリア。お前に間謀のような真似を…』
「いいのよ、それじゃまたね。愛してるわ」
通信を切った私は、部屋へ近付いてくる足音に耳をすませる。
この事は誰にも知られてはいけない。
例え始祖様であるサーラちゃんにも。
Side Out
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サリアさん、ただの天然キャラじゃなかったようです…