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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

だから勇者を殺します

※この小説は、皆さんからの感想を聞いてまた練り直すことを前提で投稿します。また、その際はこの小説は残したまま新しく投稿しなおします。

だからと言って手抜きはしておりませんので、ご安心(?)下さい。


ツイッターです。よろしければ→https://twitter.com/#!/yonesumi

 こんにちは! 僕は勇者!! 今日もみんなを苦しめる悪い魔王をやっつけに行くために、剣を片手に旅をしているところさ。

 

「うわー!! 誰か助けてくれー!!」

 

「むっ! あんなところに魔物に襲われている男性が……急いで助けないと!!」

 

 僕はこんな山奥になぜ人が居るのかという当然の疑問をさっさと頭の隅に追いやると、魔物目がけて「エイヤッ!」と飛びかかる。どうやら木端魔物のようだ。先日魔王の腹心の一人を倒した僕にとっては、取るに足らない脆弱な相手。剣を使うまでも無く、素手で殴り飛ばしてやった。

 

「大丈夫ですか?」

 

 腰を抜かした男性に声をかける。

 

「あぁ、勇者様ありがとうございます。助かりました」

 

 男の人が、感激のあまり手を握ってくる。魔物の体液でベトベトなのに、まったく気にしないなんて……本当に嬉しかったんだね。なんだか僕も嬉しくなってきた。

 

「いえいえ、勇者として当たり前のことをしたまでです」

 

 しかし、この男性はふもとの村の住人だろうか? もうすぐ夕暮れ。このままでは、また魔物に襲われてしまう。どうしたものか……

 

「あなたは、麓の村の方ですか? もうすぐ日が暮れてしまいます。危険なので今日は僕と一緒に野宿をしませんか?」

 

 とりあえず、聞いてみる。すると男性が突然目を輝かせた。

 

「あぁ、勇者様! なんとお優しい。私は村のものではなく、この山奥に居を構えております。野宿をするのでしたら、ぜひ我が家に!!」

 

 男性は素晴らしい笑顔で僕を誘ってくれるのだが、さすがにこんな山奥に住んでいるなんて怪しすぎる。念のためだが、少し事情を聴いておこう。

 

「こんな山の奥に? それまたどうして?」

 

「はい。最近の山登りブームに乗っかって、昔からの夢であるコテージの経営を始めたのです。しかし、この山にも魔物がす住み着くようになってしまい……客足がとんと……」

 

 先ほどまでの笑顔はどこにいってしまったのか、しゅんと顔を俯かせるコテージの主人。

 

「なるほど、安易にブームに乗った挙句に、経営破綻の危機と。それはお気の毒ですね」

 

 僕は何とかフォローしようと思い、殊更気の毒そうに声をかける。

 

「いえ、もういいのです。命があるだけ儲けものというものでしょう。さっ、遠慮なさらず。ぜひ、うちのコテージにいらして下さい!! もちろん、お代はいただきません」

 

 主人は顔をあげると、半ば強引に宿泊勧めてきた。思ったよりも図太い人だな。そう思いながらも、僕はその申し出をありがたく受け取ることにした。まぁ、悪い人ではなさそうだし、硬くて冷たい地面の上より、暖かいベッドの方がいいに決まっている。

 

 それから主人に案内されて歩くこと数十分。木々が少し開けた場所に建つ、木製のコテージへとたどり着いた。

 

「お邪魔します」

 

 僕はきちんと挨拶をする。勇者たるもの基本を疎かにしてはいけないからね! 扉をくぐると目の前はダイニングだった。外から見るよりも、結構広い。奥行きがある設計で、ダイニングから続く廊下に沿うようにして、部屋が配置されている。それに掃除も行き届いており、とても綺麗だ。

 

「ん?」

 

 部屋まで案内されてる途中、真っ白な鳥の羽が落ちていた。僕はそれを拾って眺める。ここら辺に生息している鳥にしてはずいぶんと大きな羽だ。キョロキョロと周りを見渡す。

 

「勇者さま。こちらがお部屋でございます」

 

 主人が声をかけてくる。僕はサッと手に持った羽を胸ポケットに入れると、何食わぬ顔であてがわれた部屋へと入り、そのままベッドに腰掛ける。毛布もきちんと干してあるようでフカフカだ。食事ができたら呼ぶと言っていたので、それまでゆっくりしておこう。

 

 

■□■□■□■□


 

 ――コンコン。部屋に乾いた音が響くと、同時に主人の声が聞こえてきた。どうやら夕食ができたようだ。きっと山の幸がてんこ盛りなのだろう。僕は期待に胸を膨らませて部屋を出ていった。

 

「ぷは~。美味しかったです。ごちそうさまでした」

 

 僕はきちんとごちそうさまをする。勇者たるもの基本を疎かにしてはいけないからね! 大事なことなので本日2回言いました。しかし、豪勢な夕食だった。まさか、イノシシ肉が食べれるとは。ボタン鍋万歳!!

 

 主人が淹れてくれた紅茶を飲みながらホッと一息をつく。主人は食事の後片付けのために厨房へといっている。手伝を申し出たのだが、命の恩人なのだから座っていてくれと激しく拒否されてしまった。

 

 しかし、ここの主人は一人身なのだろうか。たしかにコテージの経営には失敗しているが、料理もできるし、人当たりもよさそうだ。誰かいい人ぐらい居てもよさそうだが……と、そこまで考えて僕はこの考えを頭から消去する。人には指摘されたくないこともあるものだ。例えば、一目でカツラだとわかるのに気づかれてないと思いこんでいる大臣とか。実は浮気されている王様とか。

 

 僕は勇者で気のきく人間なので、そこら辺のことはきちんと慮っている。さて、食後の紅茶も楽しんだし、主人にお礼を伝えて部屋に戻ろう。

 

「ご主人。美味しい食事と、紅茶をありがとうございました……ご主人?」

 

 僕が声をかけると、まるで死人を見たような顔で驚く主人。

 

「あっ、いえ。すいません。いつも一人なものですから、突然声をかけられて驚いてしまいました。お粗末さまでした」

 

 なるほど。やっぱり一人なのか……その言葉に、僕は変な質問をしなくてよかったと、ホッとしながら部屋に戻る。主人と会話を楽しんでもいいのだが、少し気になることもあるしね。

 


■□■□■□■□

 


 僕は部屋につくと、早速先ほど落ちていた鳥の羽をポケットから取り出す。廊下にもダイニングにも、この羽の元となるような剥製や彫刻などは無かった。枕と毛布も念のため確かめてみる。この感触からして、中に詰められているのは、羽毛ではない。きっと、羊毛とかそこら辺だろう。ずいぶんとお金をかけたものだ。

 

「******」

 

 羽に向けてそっと呪文を呟く。探知の魔法だ。この魔法を使えば、対象とした物体が元々はどこに在ったものなのかがわかる。まぁ、対象とした物体と元々在った場所との距離が離れすぎていなければ、という条件つきだけどね……

 

「よし……かかった」

 

 羽が淡く光り、独りでに宙に浮き始めた。探知の魔法が成功した証拠だ。しかもこの反応。これの元在った場所は、どうやらコテージの近辺のようだ。僕は主人に気づかれないようにそっと部屋を出る。主人を疑うわけではないが、注意するに越したことはないからね。問題は外に出ないと行けなくなったときか……どうしよう?

 

「ん。止まった……」

 

 外に出る言い訳を一生懸命考えていた僕をあざ笑うかのように、羽は2つ隣の部屋の前で止まった。クルクルと空中でバレリーナみたいに回る純白の羽。どうやらここで間違いないらしい。

 

「失礼しまーす」

 

 ちょっと声は小さいけど、きちんと挨拶をする僕。勇者たるもの基本を――以下略。

 

「うぐっ! この匂いは……」

 

 思わず口と鼻を押さえる。ドアを開けた瞬間漂ってきたこの匂い。間違いない。コレは肉が腐った香りだ。

 

「*****」

 

 吐き気を我慢しつつ、指先に小さな火をともす。ぼんやりと明るくなった部屋の奥には、ベッドがあり、そこに何かが横たわっているようだ。

 

 ――シャリ

 

 足を一歩踏み入れた途端。床と足の間で何かが擦れる音がする。正直、声と一緒に心臓まで飛び出すかと思ったが、そこは勇者の意地がある。まぁ。目玉はちょっと飛び出したかもしれないけど。

 

 息をゆっくり吐き出して、ベットの方を確認する。横たわっている何かはピクリとも反応しない。まぁ、当然だろう。これだけの腐臭だ。あれが生き物だとすれば、きっともう手遅れだろう。そう思いつつ、今度は足元を確認してみる。そこには、絨毯のように敷き詰められたおびただしい数の純白の羽……一体どこからこれだけの枚数の羽を持ってきたのか。

 

 床の羽を一枚拾ってみる。間違いない。先ほど魔法をかけた羽と全く同じものだ。僕は確認したあと、そっと羽から手を離す。羽は、指先の光を反射しながら闇の中へと舞い落ちていった……。

  

 その気味の悪さに、思わず息をのむ。魔王の側近と向かい合った時とは、また違った意味での恐怖を感じて、思わず腰が引けてしまう。しかし、僕は勇者だ。勇者とは“勇気ある者”。恐怖に負けてなどいられない。

 

 気合いを入れ直して、そっとベッドに近づく。どうやら全身を白い毛布で覆われているらしく、何なのかは、毛布を取ってみるまで分からない。

 

「しかし妙だ。これだけ腐臭を発しているのに、蠅の羽音一つしないなんて。まるで……」

 

 まるで、腐肉にたかる虫までもが、この毛布の下にある何かを忌諱しているようではないか。僕は独り言のように呟いたあと、一気に毛布を引きはがす。するとそこには……

 

「生き……てる」

 

 全身が純白の羽に覆い隠されてしまった人の形。どうやら、全身の皮膚が羽に変質してしまい、肉が裂けたところから腐って壊死してしまっているようだ。もう性別すらも定かでない、それでもなお、それは息をしていたのだ。

 

「これはもしや……天使病?」

 

「見てしまわれましたか」

 

 突然の声に後ろを振り向く。そこには蒼白な顔をしたコテージの主人が、ランプを片手に立っていた。しまった……! 心の中で僕は舌打ちをする。天使病は伝染すると言われている。本来なら発症が認められた時点で殺してしまうのがセオリーだ。それをこうなるまで家においておくということは、きっと大事な人なのだろう。

 

  見られたくなかったに違いない……

 

「すっ、すみません。少し気になってしまいまして……」

 

 しどろもどろになりつつ弁解する。それを見た主人は、疲れたように微笑むと、謝らなくていいというように頭を横に振った。

 

「はは。あなたはとてもお人よしですね。これが伝染病だと知っているのでしょう?普通ならそんな危険な宿に泊めたことに、激怒してもおかしくないというのに……」

 

 主人はそう言うと、ゆっくりベッドへと近づいていく。

 

「彼女……ここに横たわっているのは、彼女なのですがね。私の妻なのです。とても聡明で、美しくそして優しい人でしてね。ふもとの村の診療所で、病人のお世話をしていたのです」

 

 今は見る影もありませんが……主人はボソッとそう呟くと、シャリシャリと愛おしそうに、彼女の頬だったところをなでる。その感触が伝わるのか、僅かに開いた口らしき穴の周りの羽が揺れている。

 

「本当に、身を粉にして村のために尽くしたのですよ。でもね、そんな彼女があるとき天使病にかかったのです。理由は簡単。村人に何人か発症した人がいて、その家族に泣きつかれて彼女が世話していたのです」

 

「それで……今の状態に……」

 

 主人は頷く。表情は静かだが、その瞳の奥には、怨念の炎が渦巻いているのが見てとれる。

 

「そうです。彼女は天使病患者とて、治る可能性が無いわけではない、生きている限り見捨てるべきではないと言い張り、私が止めるのも聞かず看病を続けました。そして感染。その噂はすぐに村中に広がり……あとはわかるでしょう?」

 

 なるほど、それでこんな山奥に。って。ん?何か初めの説明と違……う……!?

  

 突然身体が痺れて床に片膝をつく。この感じは、まさか毒? 何時の間に……気づいた時にはもう遅い。身体の力が段々と抜けていく僕を、冷徹な瞳で見降ろしてくる主人。この目は……

 

「僕を殺すおつもりですか?」

 

「はい。殺します」

 

「なぜですか?」

 

「あなたを殺せば、魔王が彼女を助けてくれると約束しました」

 

 淡々とした声で答える主人。伝わってくるのは、自分と彼女を裏切った人々に対する、消しようのない怨嗟の念。暗く燃える炎のような視線だけが、その怒りを僕に伝えてくる。それ以外の感情は全て摩耗し尽くしてしまったかのような彼の姿は、正直、痛々し過ぎて見ていられない。

 

 しかし、しかし、僕は勇者だ。ここで死ぬわけにもいかなければ、主人がしていることを見過ごすわけにはいかない。苦しみを堪え、胸に手を当てて声を絞り出す。

 

「……魔族に魂を売ったのですか? 僕を殺せば次の勇者が育つまで、何10年とかかる。その間に多くの人の血が流れる。あなたのように悲しむ人もたくさん生まれるのですよ! あなたはの愛した女性は……彼女は、誰かを犠牲にしてまで、悪魔に魂を売ってまで助かりたいと望むような人だったのですか!!」

 

 勇者とは“勇気ある者”であると同時に“勇気を分け与える者”でもある。ぼくは、力を振り絞って彼に問いかける。頼む……心に届いてくれ! 気高い心を、勇気の火種を取り戻してくれ! そう、願いを込めながら。

 

 しかし――

 

「うるさい! そんなこと知ったことか!! 彼女を見捨てた連中など! 世の中など知ったことか!!! お前だって偉そうに勇者だの何だの言いながら、知った風な口をききながら、彼女を救えないじゃないか!! 助けてくれなかったじゃないか!! 勇者のくせに、勇者のくせに、勇者のくせにぃーーーー!!!!」

 

 説得はどうやら主人の逆鱗に触れてしまったらしい。狂乱する男に叩きつけられた言葉に、黙って唇を噛みしめるしかない。

 

「あぁ、かわいそうなわたしの愛しい人。でも、もうすぐだ。もうすぐ助けてあげられる。勇者殿。すいません。私は妻を助けたい……だから……」

 

 

 

 ――だからあなた(勇者)を殺します。

 

 

 

 主人は急に穏やかになると、静かにそう告げて懐からナイフを取り出す。

 

「紅茶に入れた毒は即効性のはずだったのですが……さすがは勇者。今頃効いてくるとは、丈夫な体をお持ちです」

 

 首筋にナイフがあてられ、ひんやりとした感触が脳みそまで伝わってくる。そして、主人の手の震えも……

 

「まだ間に合いますよ。もしかしたら、奥さんを助ける方法だって他にあるかもしれません」

 

 憶測でしかものを語れない自分への怒りを抑えつつ、努めて真剣に話しかける。これが悲しい選択をした主人を説得するための最後のチャンスかもしれない。そう思ったから……でも。

 

「……もうダメですよ。あぁ、あなたと食べた鍋は、とても美味しかった。久しぶりに笑いながら食事をすることができました……では、失礼」

 

 主人は一瞬、表情を緩ませるとナイフに力を込めて一気に動脈を切り裂いた。

 

 ――ザシュッ

 

 切り裂かれた場所から、まるでポンプで組み上げたかのような夥しい赤色が噴き出してくる。

  

 次いで、人が倒れこむ音とともに、床に散乱していた羽が宙に舞う。まるで糸が切れた人形のようにその場に倒れたのは……僕ではなく。主人だった。

 

「な……んで?」

 

 息も絶え絶えになりつつも、不思議そうに主人がたずねてくる。その瞳には、もう燃えるような怨念の炎も狂気の色も無い。

 

「毒ですか? これを使いました」

 

 僕は主人の方に掌を向ける。そこには、先端が赤く濡れている小さな針が一本。もしもの時のために常に胸ポケットに入れている、解毒の道具だ。


力が抜けた手から、主人のナイフが零れ落ちる。主人は羽の上に落ちたナイフをじっと見つめたあと、何も言わぬまま、静かに瞳を閉じた。

 

「ふぅ……魔王もえげつないことをする」

 

 血で濡れてしまった手と主人の亡骸を、半ば呆然と見つめながら呟く。今まで散々魔物の血と臓物で汚してきたこの両腕だが、人の血で濡らすのは今回が初めてだ。

 

 いくら自分が死ぬわけにはいかないとはいえ……どうしようか。頭がうまく回ってくれない。ボーッと、血に濡れた手を見つめていると、ふと声が聞こえた。

 

 驚いて主人の方を見る。まさかゾンビになる呪いがかけてあったのかと思い、構えるがその様子は無い。しかし、確かに聞こえた。小さいが確かに人の声……警戒しつつ周りを見渡す。すると、ベッドの上で何かが動いた。

 

 そうか……この部屋にはもう一人いたのだった。僕は主人の妻のことを思い出し、ベッドへと近づく。上からその顔を覗き込むと、口の周りの羽がウゴウゴとうごめいていた。

 

「あっ、あぁ」

 

 やはり何かを話そうとしている。剣を鞘から引き抜くと、口の周りの羽を全て切り取る。その間から見えたのは、形のいい、小さな唇だった……彼女に回復魔法をかける。スズメの涙ほどの効果しか無いだろうが、それでも話すくらいの体力は戻るはずだ。

 

「おっ、夫は死んだのですか?」

 

 可憐な、それでいて意思の強そうな声。

 

「はい。僕が殺しました」

 

 彼女の問いに率直に答える。謝ることはしない。自分のやったことが正しいこととは思えない。しかし、間違いだったとも思わない。仕方なかったとも言わない。ただ……今は事実として受け止める。謝るかどうかを決めるには、まだ早い。

 

「そうですか。勇者様。あなたは、これからも闘い続けるのですか?人は本当に命を賭けてでも守る価値があると思っていますか?……私は、私は裏切られました。その果ての末路が今の私と、夫の姿です」

 

 一瞬が永遠のように感じられる。彼女は僕を責めるのではなく、真っすぐに勇者という存在が持つ命題を問いただしてくる。その身を病に侵されるまで人々に尽くし、そして裏切られた彼女だからこそ、この問いかけの意味は重い……しかし、僕は勇者だ。

 

「闘います。勇者とは“勇気をもつ者”であり“勇気を分け与える者”。魔王に立ち向かうことが、人々をその身を賭して守ることだけが、勇者の役目ではありません」

 

 きっぱりと答えた僕に、彼女はさらに問いかけてくる。

 

「……では何が役目だと?」

 

「闇に負けない火種を、人々の心に灯すこと。それが勇者の役目です。人は弱いです。妬み、恐れ、欲し、そして恨む。勇者とは、自らの行動と心の光によって、闇に陥りやすい人々の心に勇気の光を差し込む者。僕は偶然腕っぷしも強かったので、魔王討伐も兼任しているにすぎません」

 

 そう、それが僕の持つ勇者としての矜持。勇者なんて誰でもいいのだ。誰かの心を救えるのなら、誰かの勇気の火種になることができるのなら、腕っぷしが弱くったってかまわない。人の心の闇に立ち向かうこと。それが真の勇者の役目。ただ、今回は主人の心の闇に対して、僕が火種になることができなかった。それだけの話だ……

 

 僕は静かに彼女の羽で覆われた瞳を見つめる。僕の答えを聞いた彼女は、しばらく何かを考えるように口を噤んだあと、今度はおもむろに口を開いた。

 

「夫を私の隣に寝かせて下さい」

 

 僕は黙って頷き、まだ温かい主人をそっと彼女の隣に寝かせる。全身を覆った純白の羽が主人の血を吸って見る見るうちに紅く染まっていく。

 

「勇者さま」

 

 今までになく優しい落ち着いた声が部屋に響く。僕は……それに、「はい」と短く返事をする。

 

「恨みます」

 

 それだけを言うと、彼女は全ての力を使い果たしたのだろう。呼吸がだんだん弱くなり、眠るように息を引き取る。自分のために命を捧げた最愛の夫の肩へと、そっと最後の口づけを残して……

 

 

■□■□■□■□

 

 

 朝。昨晩の出来事が嘘のように爽やかだ。僕はコテージから出ると、そっと入口に火をつける。魔力によって生み出された炎は、自然ではありえない動きでコテージを飲み込み、あっという間に全てを灰にしてしまった。

 

「恨みますか……殺人者ではなく、勇者として扱ってくれたんだなぁ」

 

 片膝をついて二人に祈りをささげたあと、彼女との会話を思い出す。彼女は最後まで僕を殺人者とは呼ばずに、勇者と呼んでくれた。優しい声で伝えられた「恨みます」の一言。あれは、僕の持つ、勇者としての矜持を理解した彼女なりの激励だったのだろう。

 

 あなたが勇者とはかくあるべしと言うのなら、自分達の心の闇も、人を殺した自身の闇も、全て勇者として背負って生きてみせろ。きっと、そういうことなのだ。

 

「……厳しい人だなぁ。でも、おかげで勇気がわいてきました」

 

 この二人は悲しい結末に終わってしまったけど、まだ助けられる人が居るかもしれない。主人に謝りに来るのは、そんな人々の手助けをしてからでも遅くない。

 

 立ち上がり、夫婦が横たわっていた場所を見つめる。

 

「僕は勇者だ! タフじゃないとやってられないってね!!」

 

 

 


前書きに書いたとおりです。感想下さると大喜びします。厳しめに突っ込んでいただいてOKです。よろしくお願いしますm(__)m


4月28日 誤字訂正しました。


5月3日 色々訂正しました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 勇者の定義が固められていて、芯の通った主人公に仕上がっていると思います。 物語が独特で、読者を引き込む力があると感じました。 [気になる点] 前半部分。特に物語に重要と感じない場面で「僕…
[良い点]  勇者の矜持、そして「恨みます」というやりとり。通った芯を感じて好きです。  ただ、あくまでも口に出してやりとりしているのですから、もう少し煮詰めて短くしてもよいと思います。まだ用語が硬く…
[良い点] 題名がインパクトがあっていいと思います。 短編の中でも、独特のストーリー展開があって、起承転結がきっちりしているので読んでいて面白かったです^^ [気になる点] 『――コンコン。部屋をノッ…
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