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インプリンティング

翔、小六の春。

インプリンティング―――― 刷り込みの事。

鳥のひなが卵からかえる時、真っ先に見たものを親と思う現象。


初めて理科の授業でこの事を知った時、思わず級友たちと鳥のバカさ加減を大笑いをしたものだが…




「起きろ」

「……」

「…起きろ」

「……」

「起きろってんだ!このあほう!何時まで此処に転がってるつもりだ、この酔っぱらい!!」


ゲイン!と音が出るほど頭をひっぱたき、体を揺さぶりまくって初めてそのまぶたがうっすらと開く。


「あれ~~? しょうだ~~~」

「あれーじゃない! 今何時だと思ってる!」

「う~ん、と~…」

「バカ正直に時計を見るんじゃねえ! …いいか? 今は夜中の十二時をとっくに過ぎた丑三つ時。健康的な皆さんはとっくの昔に眠りの国に入っていらっしゃるお時間だ。なのに、なんで、小学生の俺が、こんな時間にこんなとこで、突っ立ってなきゃいけないんだ?」

「…え~とね、…おやすみなさい…」

「おやすみなさいじゃねぇ! さあ立て!今立て!お前の寝床はあっちの奥だ!」

「…おく~~? …う~ん…とおいね~ ……ここでいいや、おやすみ…」

「だから、ここは玄関だ! こんなところでねるんじゃねぇ!」

「…だめ~~ むり~~~あるけな~い~~」

「こら!ばか!あっ!くつ脱げあほう!寝るな!寝るなって言ってんのに!!」


す――っ……


あんまりにも幸せそうな寝息にもう、ためいきって奴を付くしかない。

いちおう、おれはまだ、バリバリ未成年の小学生で、

いちおうこいつは、二十歳になって、働き出したばっかりとはいえ立派な社会人って奴なのに。


「おお、おお。蓮の奴、ま~たこんなとこで寝てんのか」

「じいさん… 起きてきたんなら、こいつ運んでやってよ」

「無理じゃ、むり。わしゃ~ぎっくりごしでの~~ 年寄りに夜更かしは禁物だでの~ 小用が近くて起きてきただけじゃ。あと頼んだぞ~い」


ほっほっほっ…と、どこぞのちりめん問屋のご隠居の様な笑い声を残してさっさと自分の部屋へ入っちまいやがった。


「くそじじい! どーすんだよ、このしまつ!」


無理だ。どうやったって無理だ。

おれ一人で蓮を部屋まで運んで行くなんて…!


「…しょーがねー…」


とりあえず、半分たたきへ落っこちていた蓮の足をよいしょっと持ち上げて、体全体をどうにか廊下へ押し上げる。


「…ほんとうに、しょーがねー…」


マジかよ…と思いながら、蓮の部屋から取ってきた毛布をもうすっかり寝こけているその体に掛けてやる。


社会人になって、蓮はこうやって酔っぱらって帰る事があるようになった。

『お酒って、本当に美味しいのよ~~』

その度にこいつとの年の差を思い知らされてがくぜんとなる。

『翔が、大人になったら、一緒に飲もうね~』

うれしそうにこいつは笑いながら言うけれど。


―――― その時が来るまであと八年。

こいつは待っていてくれるんだろうか。




インプリンティング。

あの日、薄暗いアパートの一室で、こいつを見あげた時におれの一生は決まってしまった。

鳥じゃねぇ。

一応人間のくせに、親をなくしたばかりの五歳児にそんな理屈なんて通用しなかった。


『一緒に来る?』


そう言って笑った蓮の顔だけが、いつまでもいつまでも頭の中から離れなくて。

こんな傍若無人の酒好きの酔っぱらいの、片付けも料理もからっきしなとんでもない女が、おれにとっては、何よりもはなれたくない、はなしたくない相手になってしまってる。


母親でもない、姉でもない。

おれが、蓮に向けるこの気持ちは何なんだろう…


「早く…」


出来るなら、早くおれを大人にしてやってくれ。

酔っぱらった蓮を部屋まで運んでやれるぐらい。

そうしたら―――― そうしたらきっと、答えが出る。

おれの気持ちに答えが出来る。



インプリンティング。


たとえそれが刷り込みでも。

今のおれにとって、蓮以上にきれいな女はいないから。




こちらの更新は久しぶりです。

過去話と言いつつ、これまでの状況説明も兼ねているかも…

初めて、じい様も登場。…やっぱりそのうち年表がいるかもしれません。

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