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ほしいもの

翔、中学三年。

十二月に入ると、風がいきなり冷たくなる。

経費削減だか何だか知らないが、「子供は風の子」なんてものをお題目に、教室に暖房なんてものは入った試しが無い。

それでも、それほど寒いと思わないのは、こんな狭い所に40人もの人間がひしめき合っているからだろう。


中三の冬。

いよいよ受験も本番と言う訳で、なんとなく教室には今までにない緊張感って奴が有る様な気もする。

しかし、俺―――― 春日井 翔の場合はそのことで頭を悩ましてる訳じゃない。

週末の金曜日。今日は多分…


「お~い、翔!」


ふっと考え込んでいた顔を上げると、そこにはそれこそ小学からの腐れ縁、何の因果か、ずーっと同じクラスに押し込まれちまった斉藤和也の顔が有る。

まあ、こんな風に俺に声を掛けて来る奴は、こいつ以外には居ないのだが…


「なんだ?」

「なんだじゃねえよ。しけた面して。金曜日。花の金曜だぜ? なあ、放課後、ちょっと寄って帰らないか?」

「何処へ」

「カラオケ」


ゲインッ!

その頭を思いっきり叩いてやる。


「いってーな~!! あにすんだよ~~!!」

「カラオケだ~? いい度胸じゃねえか、受験生。本番まであと二カ月ってこの時期にそーゆーとこで遊んでる余裕が有るってか?」

「うわ~~ん! 息抜きだよ息抜き!! 毎日毎日好きでもねー勉強勉強で息つまっちまったんだよ~」

「ほほう… 息がつまるほど頑張っていると… よーし、その旨、お前んトコのケイコさんにそのまま伝えちまってもいいんだな?」

「げっ!!」


ちなみにケイコさんと言うのはこいつの母親で―――― 本来なら、おばさんとかって呼ぶ所なんだろうけど『翔ちゃんから、おばさんなんて呼ばれたくない!』とのおたっしで、名前よびさせてもらってる。


「な…な…な… なんで、かーちゃんが出て来るんだ!」

「自治会の役員、申し訳ないが助けてもらう代わりにお前の見張りを頼まれた。すぐ抜け出して遊びに行っちまうって。どうあっても、俺と同じ高校に放り込んでくれと手を合わせてお願いされりゃーしょーがねぇ。今日から放課後毎日二時間、みっちりやるぞ。逃げるなよ」

「お前、友情を裏切るのか!!」

「この際、目先の友情より、一宿一飯の恩義だ」

「お、お、お、お前、一宿一飯って、いつの時代の人間だ!」

「間違っちゃいないだろうが。ちびの頃から今まで、ケイコさんにゃ、どれだけ助けてもらったか」


正直、あの頃、ケイコさんを始めご近所さんの温かい差し入れがなかったら、俺は生きていたのかどうか解らない―――― 恐ろしい事に真面目にだ。

それほどまでに、蓮と今は亡きじい様の家事能力は壊滅的だった…


「――― と言う訳で、放課後はおれんちに来るように。なにがなんでも、籐華へたたっ込んでやるから覚悟しろ」


籐華高校は、この辺ではランク上位に当たるとこだ。

まあ、俺がここを志望校にしたのは、ひとえに家から一番近い。それだけなんだが。


「なんだよ~~ そんなん無理に決まってるじゃんか~~」

「なせばなる」

「俺をお前と一緒にするな~~!!」


わーわーと泣きごとを喚き散らすカズを、もうほったらかして予定を算段する。

決してカズは出来ない奴ではないのだ、しないだけで。

勝算は、ある。

俺は、勝てない勝負はしない主義だ。

今日は金曜日だから、蓮は多分遅い筈だし… きっと、飲み会とやらで午前様に決まってる。腹は立つが、まだとめられるほどの立場じゃねぇからしかたねぇ。

飯は一人分。冷蔵庫に豚肉が有った筈だから、キャベツと炒めて… いや、いっそ、生姜焼きに…


「―――― 春日井君」


ぶつぶつ考え込んでいた俺は、掛けられた高い声に反応して顔を上げる。

椅子に座っている俺の前にわが校指定のセーラー服。おかっぱより、少し長めの髪が揺れる。同じクラスの高宮だ。


「なんだ? 今日、委員会でもあったか?」


今学期、同じ風紀委員になった間柄で、それ以来ちょくちょく話すようになった奴だ。

見かけを裏切りさっぱりした奴なので、実は女の中じゃ俺に取っちゃ話しやすい一人でもある。


「さっき、小耳にはさんだんだけど、今日、斉藤君とデートするって?」

「何がデートだ、何が。あのくそ頭に、これから二か月掛けて公式やら単語やらをたたっ込むだけだろうが」

「でも、いーなー。春日井君のお宅でやるんでしょ? よかったら、あたしも混ぜてくんない?」

「悪いが駄目。俺はカズにかかり切りになっちまうし、俺も一応受験生。落ちる訳にはいかねーんでな。暗くなってからお前を家まで送っていく余裕はねえ」

「あら、残念」


せっかく、春日井君の家、見たかったのに…

そう呟きながらもあっさりと引く所がおれをして、話しやすいと言わせる所以だ。


異性から、好意を持たれるってのが実は俺に取ったら結構うっとうしい。

小学の間はまだよかったが、中学に入り、かなりあからさまなアプローチって奴を受けるようになって一時期マジに、いっそ登校拒否ってやろうかと思った事が有る。

俺自身はよくわからないが、世間一般に見て、俺の顔ってのはとてつもなく整った、俗に言うイケメンと言う奴なんだそうだ。お陰で、靴箱の手紙から始まって、机の中、ロッカー、鞄…どうやって抉じ開けるんだか、それ自体で犯罪すれすれだと俺なんかは思うのだが。


いちいち一人一人にお断りって奴をやる余裕なんてこれっぽっちもなかったから(時間も気持ちも何もかもだ!)、恥を忍んで放送委員に掛けあって、『誰ともお付き合いをする気はない』と宣言してもらったのはもう、余りにも情けない語り草ではあるのだが。


どんなに顔がよくったって、たった一人ですら捕まえておけないんだ。

もっともっと…

もっともっと、俺は強くなんなきゃなんない。それも、一日でも早く。


「じゃあさ、皆で受験終わったら、クラスで御苦労さん会でもしない? 二月の…そーねー、終わりぐらいに」

「やる!やるやるやる!!」


話しかけられた俺より先に、力強く手を挙げたのはカズのやつだ。

そーか、そーか、立ち直ったか… ―――― 放課後が楽しみだ。


「二月って、また随分先の話だな」

「いいじゃん。ごほうびが有った方が皆、やる気が出るんじゃない?」


うんうんうん。

犬の様に首を振るカズ…

なんとなく聞き耳を立てていたらしい周りのやつらからも賛同の声が上がっている。


「―――― そんときに暇だったらな」


ガタン…と音を立てて椅子から立ち上がりながら俺は高宮にそう告げる。


「あれ、何処行くの?」

「トイレ、付いてくんなよ」


キャー!! 春日井君がトイレだって!!

だから、いちいち大騒ぎすんじゃねえ。

俺だって、トイレも行けば飯も食う。一人前に欲だって有る。


「あ、春日井君」

「なんだ?」


ドアのところで、もう一度呼び掛けられて振りかえる。


「その時、プレゼント交換とかって考えてるんだけど」


…なんだ? その段取りの早さは。


「そんで?」

「ちなみに、春日井君って、今、欲しいものある?」

「なんで、俺に聞くんだ?」

「まあ、参考までに」

「…なんで、俺が参考になるんだ?」

「いいからいいから。で、なにか、ある?」


欲しい物。


そう聞かれて、思わずじっと考え込む。


「……フライパン」

「「「は?」」」


おい… なんで、教室中でハモるんだ?


「今欲しいのって言ったら、フライパンだな。それも高くない千円以下の安い奴。もちろん、テフロン加工は必須だが、それ以外なら安い方が…」


いや、待て。

フライパンはまだ、もう少しもつか…

それより、ザルの網目がやばそうだったか?

この前テレビで見た、絞れるザルってのも興味あるし…


「……なんだ?」

「「「……」」」

「どうした、お前ら固まって」


ふと静かになった教室に違和感を感じて見回すと、なんだかあっけにとられた様な顔をして皆して俺の事を見て居やがった。


なんだ…?

…まあ、いいか。


「高宮、こんなんで、参考になったか?」

「…あ、ありがとう… お陰で、がんばれそうだわ…」


なんだか、顔が引きつっているのは気のせいか?

おっと、昼休み、時間ももう少しってとこか。

やることやって、次に備えとくか…


頭の中、次々段取りを考えてしまうのは、長年身に付いた習い性だ。

だが、どんだけ段取りを考えても、どんだけ思い通りにしようと思っても、どうしても出来ないものが一つある。


「ほしいもの…」


本当に、俺が欲しいモノ。

手に入れたい。

手に入れる。

何があってもあきらめない。


まだだ。まだまだその時は遠いけれど。

唯一つ、欲しい者は俺が俺の力で手に入れる。


必ず、俺の力で。


「…とりあえず、あと、十センチ伸ばさなきゃな…」


まず身長で追い付いて…


「…帰りに、牛乳買っていくか…」


ついでにフライパンも、やっぱり取り替えよう。

そう決心すると、俺はさっさとトイレに向かった。







――――― その後の教室…


「う~~ん… やっぱ、手ごわいわ…」

「アキちゃ~ん。どうしよう~~」

「…だから、言ったでしょ? あいつだけは止めとけって。実際何考えてるんだか… このあたしをして、読めないってのが悔しいったらありゃしない」

「…だって…春日井君、今月誕生日なんだもの… もうすぐ卒業だし、最後だから、何かプレゼントあげたかったのに~~」

「どうせ、受け取らないでしょ。もう一年の時から宣言してるじゃん」

「でも、あげたいの! それが、乙女心ってもんなの!」

「……フライパンだって。なんならあげてみたら? 案外真面目に喜ぶかもよ」

「絶対に、いや~~!!」




「…なあ、あれ…」

「ああ… あいつってば、あれ、マジだよな…」

「間違いなく、マジだ。…フライパン、焦がしちまったのか?」

「いや、たぶん、変え時なだけ」

「カズ、お前、今日翔ん家行ったら、ぜってー新しいフライパンが置いてあっぜ。なんだったら掛けてもいい」

「掛けになんねーよ!そんなもん!」





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