SF作家のアキバ事件簿265 ミユリのブログ 僕達は秋葉原を選んだ
ある日、聖都アキバに発生した"リアルの裂け目"!
異次元人、時空海賊、科学ギャングの侵略が始まる!
秋葉原の危機に立ち上がる美アラサーのスーパーヒロイン。
ヲタクの聖地、秋葉原を逝くスーパーヒロイン達の叙事詩。
ヲトナのジュブナイル第265話「ミユリのブログ 僕達は秋葉原を選んだ」。さて、今回は、いよいよ"リアルの裂け目"時空トンネルの起動編です。
時空トンネルを通り"母なる世界線"へ帰るチャンスは1度きり。起動まで残された時間は23時間と45分。しかし、直前に親友殺しの犯人が判明して…
お楽しみいただければ幸いです。
第1章 ミユリのブログ
ついに…ついによっ!
テリィたんとティル、結ばれちゃったみたい。
ああ、嫌だ。
あっ。つい口に出ちゃったわ。
まあ、いいか。
だってミユリ姉様が聞いたら、たぶん激ヲコ。
私は、何も知らないコトにしておいてね。
それから、アレクを殺した犯人。
やっぱり時空漂流者だったみたい。
もぉ大変。
でも、そんなことを気にしてたら、
秋葉原でヲタクはやってられないわ。
というわけで、ここからはスピアに代わり
私、マリレが説明するわね。
まずティル。
光の速さで妊娠しました。
ほんとに光の速さだったわ。
スーパーヒロインって、便利なのか不便なのか、
ホント、よくわからないわょね。
ところが、その赤ちゃんが大変なの。
今、死にかけてる。
この秋葉原の大気が、
どうも胎児には合わないらしいの。
私たちは、普通に呼吸してるのにね。
同じ秋葉原の空気なのに。
世界線が違うだけで、有毒大気なんて、
まったく迷惑な話だと思わない?
だから、赤ちゃんを助けるには…
私たちが生まれた"母なる世界線"へ
帰るしかないの。そう。帰ればいいのよ。
簡単でしょ?
…え?
どうやって帰るのかって?
そこなのよ。
実は私たち、それがわからない。
帰りたくても、帰れない。
まるで終電を逃した酔っ払いね。
ところが!
ついに!
とうとう!
わかったの!
"母なる世界線"へ帰る方法が見つかったのよ!
いやあ、長かった。
本当に長かったわ。
これで赤ちゃんも助かる。
みんな故郷へ帰れる。
season 2 も大団円だわ。
めでたし、めでたし。
…のはずだったけど
ひとつだけ問題があるの。
帰るためには。
私たちの誰かが、誰かを
裏切らなきゃいけないみたい。
まあ。
人生って、そういうこともあるわよね。
それじゃあ、始めましょう。
私たちの最後?の里帰りの物語。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
万世橋の地下。
超古代文明が残した"科学センター"の遺跡。
その最深部に、巨大な"時空トンネル"は眠る。
僕は、その前に立っている。
手には銀色のシリンダー。
「これを使えば、"時空トンネル"は
"母なる世界線"に向かって始動する」
僕は、シリンダーを掲げる。
「ただし」
みんなが僕を見る。
「始動してから離陸するまで、24時間だ」
ティルが僕を見上げる。
その瞬間。
僕の視線が、ティルの顔からゆっくり下へ落ちる。
…胸の谷間。深い。
いけない。
今は、世界線の話をしている場合であって、
谷間の地形調査をしている場合じゃない。
慌てて視線を戻す。
「それまでに、ここへ戻ってくるんだ」
僕は、続ける。
「"時空トンネル"を時空漂流に使えるのは、
1度きり。
つまり、"母なる世界線"へ帰るための
最初で最後のチャンスだ」
しんとする地下遺跡。
「みんな、気持ちの整理はついたか?」
エアリがポツリとつぶやく。
「あまりにも急すぎるわ」
「仕方ない」
帰る。その言葉だけが重く残る。
エアリが顔を上げる。
「でも、リアナはどうするの?」
「リアナ?」
「何も手を打たずに、放し飼いにしておくの?」
エアリの声が険しくなる。
「あいつは、アレクを殺した犯人なのよ。
秋葉原に残るスピアやカレルも
狙われるかもしれないわ」
僕は、答える。
「その前に、僕が片付ける」
言葉にしてから、自分でも驚く。
ずいぶん物騒なことを、口にしたものだ。
僕は一体、いつからこんな男に
なってしまったのだろう…そのとき。
ティルが、お腹を押さえる。
「…テリィたん」
弱々しい声。僕は振り返る。
ティルの手は、お腹に置かれている。
その中には、僕たちの子供がいる。
僕は、銀色のシリンダーを見る。
そして。
"時空トンネル"のコントロールパネルへ
差し込む。
カチッ。
シリンダーがパネルに吸い込まれる。
次の瞬間。
銀色の金属は、溶けるようにパネルと融合する。
「!」
閃光。地下遺跡が震える。
"時空トンネル"全体が、一斉に光り始める。
超古代文明の壁面に刻まれた無数の文字が、
次々と浮かび上がっては消えて逝く。
誰も言葉を発しない。ただ、光を見つめている。
そして、空中に、日時計が現れる。
【残り 24:00:00】
数字が刻まれる。
「始まった」
僕は、うめくようにつぶやく。
「時間は、あと23時間と59分」
みんなを見回す。1人ずつ。
「別れを告げてくるんだ」
アキバで出会った人たちに。
アキバで過ごした時間に。
「ちゃんと、さよならを言ってくるんだ」
光の中。
僕の隣にティルが立つ。
お腹を両手で包むようにしている。
僕はその横顔を見る。そして、ふと思う。
おや?なんだか、この構図は…
どこかで見た覚えがある。
巨大な光。その前に立つ僕たち。
そして、お腹を抱えたティル。
……そうだ。
初期スター・ウォーズのポスターだ。
だが、僕たちは、銀河を救う英雄ではない。
24時間後には、この世界線からいなくなる。
これから、故郷を捨てる者たちなのだ。
"時空トンネル"は、静かに光り続ける。
【残り 23:58:59】
第2章 ファイナルカウントダウン
マチガイダ・サンドウィッチズ。
カレルは、コーヒーをスプーンでかき混ぜながら、
空いたもう片方の手の指でテーブルを叩いている。
タン。
タン、タン。
タン、タン、タン。
ボサノバ…なのかな?
しかし、ものすごく妙なリズムだ。
「やめてよ、ション。そのイヤリング」
スピアが顔をしかめる。
「変よ」
「俺も、やめたほうがいいと思う」
カレルまで言う。
「うるさいな。黙ってろよ」
休憩中のミユリさんとスピアは、
メイド服にアンテナカチューシャという完全装備。
ミユリさんがションの耳元を見る。
「あら。かわいいじゃない?」
「ミユリ姉様!」
スピアが身を乗り出す。
「ちょっと待って。第三者の意見も聞きましょう」
そしてカレルを見る。
「どう思う?」
カレルは、イヤリングをじっと観察する。
「まるでゲイだな」
「黙れょ」
ションは、頭を抱える。
「そんなんじゃないぞ。
これだからヲタクは困るんだ」
「もうやめてよ」
スピアが言う。
「何を?」
カレルが怪訝な顔をする。
「あなたよ」
「俺?」
「さっきから指でテーブルを叩いてるじゃない」
「俺が?」
「ええ。変なリズムで」
ミユリさんが時計を見る。
「もう1時間くらいやってるわよ」
「…マジか?」
カレルは、自分の指を見る。
タン。
タン、タン。
タン、タン、タン。
まだ叩いている。
「おっと」
ションが店の入口を見る。
「スーパーヒロインの御一行が来たぞ。
カレル、俺たちはお邪魔虫だ」
立ち上がるション。
カレルも立ち上がる。
「じゃあな」
2人が席を離れる。
入れ替わるように、僕とマリレが腰を下ろす。
さっきまでの馬鹿話とは
異次元の真剣な顔をしている。
「ミユリさん」
「…はい」
僕は一度、息を吸う。
「2人で話したい」
ミユリさんの表情が変わる。
小さく溜め息。
「出来れば、だけど」
下手に出る。
「大事な話なんだ」
ミユリさんは、しばらく僕を見つめる。
それから、静かにうなずく。
僕とミユリさんは、席を立つ。
店の外へ出て逝く。
残されたマリレとスピア。
テーブルを挟んで向き合う。
スピアが先に口を開く。
「嫌よ」
「え?」
「また誰かが死んだ、なんて言わないでよ」
「違うって」
マリレが慌てて手を振る。
「じゃあ何よ?」
スピアが睨む。
マリレは少しだけ迷う。
そして…
「今夜、会って欲しいな」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
御屋敷のバックヤード。
僕は、ドアを閉める。
さっきまで店内にあった笑い声が
急に遠くなる。
「ミユリさん」
「はい」
僕は、少しだけ迷う。
「ミユリさんが正しかった」
ミユリさんの表情が変わる。
「アレクは…
やっぱり、時空漂流者に殺された」
沈黙。僕は続ける。
「僕は、そうじゃないことを願ってた。でも…
違った。何もかも僕の責任だ」
「テリィ様を責めるつもりはありません」
「それは、よくわかってる」
「それに…」
ミユリさんは、僕を見る。
「私は、テリィ様を失いたくありません」
「僕もだ」
2人の距離が縮まる。
けれど僕は、足を止めねばならない。
「ミユリさん」
「はい」
「リアナについて、わかったことを全部
僕に話してくれないか」
ミユリさんが眉を寄せる。
「どうして?」
「僕が解決する」
「解決するって…テリィ様が?」
ミユリさんの声が低くなる。
「どうするんですか?」
僕は、答えない。
答えられない。
自分でも、何をするつもりなのか
完全にはわかっていない。
ただ。
リアナをこのままにしておくわけにはいかない。
ミユリさんは、僕の顔を見つめる。
そして、すべてを悟ったように息を呑む。
「私も一緒に参ります」
「だめだ」
即答する。
ミユリさんの瞳が鋭くなる。
「なぜです?」
「危険だからだ」
「それなら、なおさらです」
「ミユリさん」
「言い出したのは私だから…」
声は、震えている。
でも、絶対引かなかい。
「アレクの仇を討ちたいのです。
超能力の消えたスーパーヒロインなんて
何のお役に立たないかもしれません」
ミユリさんは、僕をまっすぐ見つめる。
「でも、絶対に許さない」
僕は、何も言えない。
帰るための時間は、もう決まっている。
"母なる世界線"へ戻るための24時間。
その中で僕は、ティルと生まれてくる子供を
守らなければならない。
そしてミユリさんは…
アレクの死を背負ったまま、
このアキバに残ろうとしている。
「ミユリさん」
「はい」
「僕は、貴女を置いていきたくない」
ミユリさんの目が、一瞬だけ揺れる。
「私もです」
それだけだ。
抱きしめることもできない。
約束することもできない。
ただ2人は、互いの目を見つめる。
そして、僕は知る。
これが…
僕たちにとっての、別れなのだと。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
マチガイダ・サンドウィッチズ。
YUI店長が、カウンターの向こうでボヤく。
「さっきデジタル有線の勧誘があったんだ」
「デジタルなのに有線?」
「そもそも、無線なのに有線って、変だよな」
「…カラシがないわ」
エアリがつぶやく。
「だから電話で加入しちゃった。安いんだ」
「カラシある?」
「あ、切れてたか?」
「カラシがなくちゃ、エビトーストなんて
食べられたもんじゃないわ」
「それがね。ひどい番組があるんだ」
YUI店長は、話を続ける。
「政治討論会なんだけど、
議論する出演者が全員ビキニなんだ」
「ふーん」
エアリは、上の空だ。
「ねぇ、YUIさん」
「何?」
「カラシ、冷蔵庫に入ってるでしょ?」
YUI店長は、エアリの皿を見る。
「これで、もう充分辛いだろ?」
「そういう問題じゃないの」
エアリはエビトーストを見つめる。
いつもの味。
いつもの店。
いつもの、どうでもいい会話。
YUI店長が冷蔵庫を開ける。
「…あれ?」
慌てて、エアリは俯く。
1滴。頬を伝う。
「エアリ?」
YUI店長が振り返る。
「どうした?」
「なんでもないわ」
もう1滴落ちる。
「いや、泣いてるけど」
「泣いてない」
「泣いてるよ」
エアリは笑おうとする。
だが、笑えない。
カラシがない。
エビトーストが辛い。
デジタル有線が無線なのに有線。
政治討論会では、なぜか出演者がビキニ。
そんな話をしていられる時間が
もう、終わってしまう。
「…YUIさん」
「ん?」
「カラシ、マシマシで」
「海老トーストだぞ?」
「いいの」
涙を拭う。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ラギィのアパート。
ソファに横になり、お腹をさするティル。
ラギィは、キッチンから戻って来て
布巾を冷たい水に浸して、ぎゅっと絞る。
「ちょっと失礼」
ティルの額に、そっと布巾を当てる。
「ありがとう、ラギィ」
「気持ち良い?」
「うん」
ティルは、目を閉じたまま、微笑む。
ラギィは、しばらくティルを見つめている。
そして、静かに口を開く。
「ティル。言っておきたいことがあるの」
「なに?」
「もし…何かが失敗して、
"母なる世界線"へ帰れなかったら」
ラギィは、少しだけ間を置く。
「ずっと、この家に住みなさい」
ティルが目を開ける。
「この家に?」
「もちろん。お腹の子も一緒よ」
ラギィは、当たり前のように言う。
「今じゃ、貴女も家族の一員なんだから」
ティルは、黙ってラギィを見る。
「この子も、きっと助かるわ。
みんなで助け合って、
生きていく方法を考えましょう」
「ありがとう、ラギィ」
「何言ってるの」
ラギィは、笑う。
「家族なんだから」
「うん」
ティルは、小さく頷く。
ラギィは、立ち上がる。
「お湯、持ってくるわね」
「ありがとう」
ラギィは、キッチンへ向かう。
その背中を、ティルはじっと見ている。
そして。
「ママ」
ラギィの足が止まる。
振り返る。
ティルは、少し恥ずかしそうに笑っている。
「ママ?」
「うん」
ティルは、自分のお腹に手を置く。
「ママって呼ぶの、どんな感じかなって思って」
ラギィは、少し考える。
「どうだった?」
「…なんか、変な感じ」
「そうね」
ラギィも笑う。
「でも、そのうち慣れるわよ」
「そうかな」
「そうよ」
ラギィは、キッチンへ戻っていく。
ティルは、その背中を見送る。
笑顔が消える。
もう一度、自分のお腹に手を当てる。
「ママ」
今度は、誰にも聞こえない声だ。
ティルは、目を閉じる。
その時の表情は、何を意味していたのか。
今となっては、誰にもわからない。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
僕は、ケッテンクラートを急旋回させる。
向かった先は、アキバ工科大学。
メンテナンス用の通路。奥には、
《AUTHORIZED PERSONNEL ONLY》
と描かれたパネル。
「ここから入る」
「またダクトですか?」
僕とミユリさんは、学生寮の天井裏へ潜り込む。
狭いダクトを這って進む。
やがて、格子の向こうにリアナの部屋が見える。
リアナは、机に向かっている。
「何をするんです?」
まさか、女子大生の盗撮…」
「ガス爆発だ」
「はい?」
「リアナに反撃のチャンスを与えない。
爆発で一気に片付ける」
ミユリさんの顔から笑みが消える。
「それでは巻き添えが出ます」
「火が回らないようにする」
「いつもの慎重なテリィ様らしくありません」
「時間がないんだ」
「いくら私が超能力を失っているとはいえ…」
「痛っ!」
リアナが突然、指を口にくわえる。
裁縫をしていたらしい。
針で指を刺したのだ。
小さな赤い血が、指先に浮かぶ。
「…」
リアナはティッシュを取り、指先を押さえる。
「何か変です」
ミユリさんがつぶやく。
「ミユリさんは、外で待っていてくれ」
「テリィ様」
「頼む」
ミユリさんは、僕を見る。
「何か変だわ」
そう言って、ダクトの中を戻っていく。
お尻をふりふり。
意外と安産型…
いや、今はそれどころじゃない。
僕はもう一度、リアナの部屋を覗く。
リアナはまだ指を押さえている。
さっきの血。そして、ティッシュ。
そのとき。
「……!」
ダクトを戻っていたミユリさんが、
突然立ち止まる。
「ティッシュで血を拭いていた…」
何かを思い出したようだ。
「テリィ様!」
ミユリさんが振り返る。
「やめて!」
「ミユリさん?」
返事を待たず、ミユリさんはダクトを引き返す。
廊下へ飛び出す。
走る。
リアナの部屋のドアを開け放つ。
「危ないわ!」
リアナが振り返る。
「すぐにここから出て!」
「はぁ?貴女、誰?」
天井裏から、それを見ている僕。
何が起きている?
ミユリさんはリアナの机の上から、
血のついたティッシュを掴む。
「ちょっと! 何なのよ!」
金髪のリアナが叫ぶ。
「ドッキリカメラ?」
「違うわ!」
「じゃあ何なのよ!」
「…間違いだったわ。許して!」
ミユリさんは、それだけ言って走り去る。
僕も慌ててダクトから抜け出す。
外ではケッテンクラートが待っている。
ミユリさんが飛び乗る。
「ミユリさん!」
僕も運転席に乗り込む。
「なんで邪魔をした?」
ミユリさんの手には、血のついたティッシュ。
そして、僕を見る。
「テリィ様」
「なんだ?」
「彼女は」
1拍置く。
「時空漂流者ではありません」
僕はアクセルから足を離す。
「…何?」
ミユリさんは、血のついたティッシュを見る。
「リアナの血です」
「それが?」
「時空漂流者なら、こんな血の出方はしない」
「どういう意味だ?」
ミユリさんは首を振る。
「まだ、わかりません」
ケッテンクラートのエンジンが低く唸る。
「でも、ひとつだけ確かなことがあります」
ミユリさんは、リアナのいた学生寮を振り返る。
「私たちは、殺す相手を間違えてた」
僕は、何も言えない。
"母なる世界線"に帰るまで残された時間は僅か。
仲間たちには、別れを告げなければならない。
それなのに。
僕たちはまだ、誰が敵なのかも知らない。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
夜。裏アキバに広がる万貫森の外れ。
木々に囲まれた小さな墓地で、
エアリは一本のキャンドルに火を灯す。
柔らかな炎が、アレクの墓石を照らす。
「今、離れるなんて無理」
墓石に寄り添うように腰を下ろす。
「まだ秋葉原にいたいわ」
静かな風が吹く。
その風に混じって、聞き慣れた声がする。
「君は"母なる世界線"へ戻るのが怖いのか?」
墓石の上。
足をぶらぶらさせながら、アレクが座っている。
生前と変わらない、穏やかな笑顔だ。
エアリは、驚かない。
「そうね」
小さく笑う。
「その気持ちはわかるよ」
アレクは、夜空を見上げる。
「でも、行ってみれば案外悪くないカモ。
住む世界線が変わっても、
人の心まで一緒に変わるわけじゃない」
「あなたは」
エアリは苦笑する。
「私が勝手に作り出した妄想でしょう?」
「そうかもしれない」
アレクは肩をすくめる。
「でも、妄想だとしても、僕は君の心の声だ。
だから、君は帰るんだ。"母なる世界線"へ」
エアリは首を横に振る。
「"母なる世界線"って、何なの?」
アレクは、黙って聞いている。
「私は、あっちでは恋のためとはいえ、
家族を裏切った女だったらしい。
ひどい女。恐ろしい女。
そんな私が、ホントに帰る場所なのかしら」
キャンドルの炎が揺れる。
「それに…」
エアリは、墓石に手を添える。
「秋葉原だって、私の故郷なの。
ここで笑って、ここで泣いて、ここで…
あなたに出会った。
どっちが本当の故郷かなんて…
私には決められないわ」
アレクは、静かにうなずく。
「だから、心が揺れてる?」
「YES」
エアリは、長く息を吐く。
「コスプレ盆踊りの夜…」
ふっと笑う。
「あの夜が、1番幸せだったわ。
あなたと盆ダンスを踊った夜。
人生で、一番」
沈黙。
アレクはゆっくり立ち上がる、
そして、エアリに向かって右手を差し出す。
「お手をどうぞ」
エアリは、少しだけ照れたように笑う。
「もう一曲だけ?」
「最後だからね」
エアリは、その手を取る。
2人は、墓地の真ん中で向かい合う。
遠くで、誰もいない夏祭りの太鼓が聞こえてくる。
盆踊りの輪など、どこにもない。
だが、2人は踊る。墓場の盆踊り。
静かな夜だ。
キャンドルの灯だけが揺れている。
死者と、生者。
亡霊と、記憶。
あるいは、ただ1人の少女の妄想。
それでも、その盆ダンスは確かに存在する。
曲が終わる。
エアリが顔を上げると、アレクはいない。
キャンドルが墓前で静かに萌えている。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
夜。首都高をケッテンクラートが走る。
電気街の灯がガードレールを流れていく。
僕は、人気のない非常駐車帯へ車体を寄せ、
静かにエンジンを止める。
「なぜ止めるのですか、テリィ様」
ミユリさんが、不思議そうにこちらを見る。
しばらく黙ってから、僕は口を開く。
「話しておかなきゃいけないことがある」
夜風だけが吹いている。
「ティルのことだ」
ミユリさんは、小さく頷く。
「お付き合いされているのですよね?」
「それだけじゃない」
喉が詰まる。
「僕たちは、一夜を共にした」
沈黙。
ミユリさんの口が、
ゆっくり半開きになる。
「……うそ。」
僕は、視線を逸らさない。
「子どもができた」
その一言で、世界が止まる。
ミユリさんの瞳は、大きく見開かれる。
「…あなたの子?」
「YES」
返事は、それだけだ。
ミユリさんは、遠い夜景を見つめる。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
万世橋地下の"科学センター"遺跡。
時空トンネルは、青白い光を放ち、
24時間のカウントダウンは静かに時を刻む。
顕微鏡をのぞくミユリさんは、
小さく息を吐く。
「やっぱり」
プレパラートを僕に差し出す。
「もしリアナが時空漂流者なら、
針に糸を通すくらい超能力で一瞬です」
僕は、レンズをのぞき込む。
「裁縫道具なんて使う理由がありません」
ミユリさんは、ティッシュに付着した血液を指す。
「これは、普通の人間の血です」
「つまり、彼女は人間?」
「YES」
静かな肯定。
「無実の腐女子を犯人に仕立てようとした」
僕は、顕微鏡から顔を上げる。
「じゃあ、誰がアレクを殺したんだろう」
「わかりません」
「犯人は、いったい誰なんだ」
ミユリさんは、首を振る。
「だから、最初から全部考え直さないと…」
声が震える。
「これ以上、犠牲者が出る前に」
僕は、時計を見る。24時間。
いや、もう20時間も残っていない。
「ミユリさん、無理なんだ」
「どうして?」
「時間がないんだ」
「どういう意味ですか?」
僕は"時空トンネル"を見つめる。
「ティルのお腹には、僕の子どもがいる」
ミユリさんの顔色が変わる。
「それ、関係ないでしょ」
敬語が消える。
「この世界の大気じゃ、生きられないんだ」
「だから?」
「明日の朝、僕たちは"母なる世界線"へ帰る」
「明日の朝?」
彼女は、信じられないという顔をする。
「事件を放り出して?」
「"時空トンネル"は1度しか使えなくて」
「そんなの知らない!」
声が響く。
「無責任よ!」
「わかってる」
「わかってない!」
涙が滲む。
「殺人犯を野放しにして行くの?」
「そうするしかないんだ」
「子どものため?」
僕は、答えない。
「貴方がティルを妊娠させたりするからよ!」
その声は、怒りというより悲鳴だ。
「どうして…どうして、子どもなんか作ったの?」
言葉が出ない。
ミユリさんは、震えながら続ける。
「私は、貴方のために全てを捨てた。
ヲタ友にも嘘をついた。法律も破った。
他のスーパーヒロインと闘った。
音波銃で撃たれた事もあった。
命懸けで戦ってきたの」
1歩近づく。
「それなのに」
目に涙をためたまま、僕を睨む。
「貴方はティルと"母なる世界線"へ帰るの?
私を置いて」
その言葉に、僕の中でも何かが切れる。
「じゃあ教えてくれ」
ミユリさんが息を呑む。
「ミユリさんがカレルと寝たのも、
僕のためだったと言うのか」
一瞬。
風の音まで止まる。
ミユリさんは、ただ唇を噛む。
長い沈黙のあと、ひとこと。
「御屋敷へ送ってください」
それだけだ。
僕は、エンジンをかける。
ケッテンクラートは、再び夜の首都高へ滑り出す。
2人とも、1言も口を聞かない。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
夜。
マリレの部屋。
テーブルには白いクロス。
キャンドルが静かに揺れ、
その光にイタリア料理が並んでいる。
ドアベル。
マリレが扉を開けると、
スピアが立っている。
「…なにこれ?」
目を丸くする。
「イタリア料理、好きでしょ?」
マリレは、照れくさそうに笑う。
「"SNOOFY"のお皿も買ったの」
「何かのお祝い?」
「ううん」
少し間を置く。
「座って」
「でも…」
「いーから」
2人は、ソファに向かい合って腰を下ろす。
キャンドルの炎だけが、ゆっくり揺れている。
しばらく、沈黙。
やがて、マリレが口を開く。
「スピア」
「ん?」
「あなた、マジ良い子」
スピアは、肩をすくめる。
「知ってる」
思わず2人とも笑う。
その笑顔が消えると、
マリレは静かに続ける。
「あなたは、とても素直。
目を見れば、何を考えているか全部わかる。
怒らせたこともあった。
突き放したこともあった。
でも、それでもあなたは、私を見捨てなかった」
スピアは、小さくうなずく。
「私も、マリレのこと、ちゃんとわかってたよ」
マリレは、首を振る。
「ううん。貴女は、わかってなかった」
キャンドルを見つめる。
「あの日、ミユリ姉様はテリィたんとキスをして お互いの過去を見たと言っていた」
「そうそう。でも、私たちは何も見えなかった」
「見えなかったんじゃない。
見せなかったの」
スピアは、息を呑む。
「私の心は、ずっと昔で止まっていた。
1945年のベルリン。
炎。瓦礫。失った人たち。怒りと悲しみ。
そんなものばかり抱えて生きてきた」
声が震える。
「誰にも見せたくなかった。
いいえ。誰にも見られたくなかった」
長い沈黙。
そしてマリレは、
ゆっくり右手を差し出す。
「でも、今は違う」
スピアを見る。
「スピアになら。全部、見てほしい。
私の過去を。全部」
差し出された手。
スピアは、迷わずその手を重ねる。
その瞬間。
世界は、光に溶ける。
焼け落ちるベルリン。
崩れる石畳。
轟音。
未だ少女だったマリレ。
時空を越えて、秋葉原へ。
ミユリさんと出逢う。
そして、僕。
ヲタッキーズ。
笑い合った日々。泣いた夜。
光の海の中で振り返るマリレ。
そのすべてを見届けたスピアの頬を
涙が伝って逝く。
「マリレ…」
「話があるの」
マリレは、小さく微笑む。
しかし、スピアは首を振る。
「もういい」
立ち上がる。
そっと両手を伸ばす。
マリレも応える。
2人の距離は、静かに消える。
唇が重なる。
1度。もう1度。
何度も。
キャンドルだけが、
何も言わず2人を照らす。
テーブルの上のディナーは、
未だ誰の手もつけられていない。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
夜。
ティルの部屋。
ノックの音。
「入って良いかな?」
花束を抱えたカレルが顔をのぞかせる。
「どうぞ」
ティルはベッドにもたれ、
お腹をさすって微笑む。
「ラギィから聞いたょ」
カレルは、照れくさそうに頭をかく。
「子どもが出来たんだって?」
返事の代わりに、ティルは小さく笑う。
カレルは、そっと花束を差し出す。
「おめでとう!」
「ありがとう」
ティルは、花に顔を寄せ、静かに香りを吸い込む。
「カラダの調子は?」
「良くはないわ。でも、きっと大丈夫」
「そっか」
少し照れながら、お腹を軽く指でつつく。
「こいつも頑張れよ」
ティルは、思わず吹き出す。
「これだけは、言っておきたかったんだ」
カレルは、真面目な顔になる。
「俺にとってティルは…」
その瞬間。
部屋の隅。
壁にもたれる1人の青年。
アレク?
カレルの表情が固まる。
「……?」
瞬きする。
そこには、もう誰もいない。
「どうしたの?」
ティルが首を傾げる。
「いや……。」
カレルは苦笑。
「気のせいかな」
首を振る。
「変なこと言うけどさ」
照れ隠しに笑う。
「6才の時、お袋が家を出て行ってから、
家庭ってものが俺にはなかった」
ティルは、静かに聞いている。
「でも、君が家に来るようになって
毎日くだらない話をして
飯を食って
笑って
初めて、家族ってこういうものなのか
そう思えた」
照れ笑い。
「…湿っぽい話は終わりだ」
ティルは、ゆっくり立ち上がる。
「カレル」
そっと抱きしめる。
「私も同じ気持ち」
「おい」
カレルが笑う。
「苦しいって」
その瞬間。
また、見えた。
今度は入口。
立っているアレク。
こちらを見ている。
そして、静かに口を開く。
"君たちは"母なる世界線"の遺伝子と
この世界線の腐女子の遺伝子を…"
「!」
カレルの呼吸が止まる。
「どうしたの?」
ティルの声。
「アレクだ」
カレルは、入口を指差す。
「今、ここにいた」
ティルの笑顔が、一瞬だけ固まる。
「何言ってるの?」
「思い出した!」
カレルは、額を押さえる。
「アレクが死んだ日。
俺は…俺は、ここに来てた。
そうだ……。なんで忘れてたんだ!」
ティルは、首を振る。
「いいえ。貴方は来てないわ」
「いいや」
カレルの声が震える。
「確かに来てた。
ラギィに知らせなきゃ!」
立ち上がろうとする。
「待って」
ティルが腕を掴む。
「カレル…」
ティルは、目を閉じる。
ほんの一瞬だけ。
部屋の空気が静まり返る。
次の瞬間。
カレルは小さく首を振る。
「あれ……?」
眉をしかめる。
「俺、今…何を言おうとしてた?」
ティルは、ゆっくり目を開く。
優しく微笑む。
「これから寂しくなるって」
少しだけ寂しそうに言う。
「そうだった!」
カレルも笑う。
「そういう話だったね」
もう1度、2人は抱き合う。
その肩越し。
ティルの笑顔が、ホンのわずか揺らぐ。
安心したようにも。
怯えたようにも見える。
第3章 ミラーボールは回り続ける
御屋敷。
ミラーボールだけが静かに回り続けている。
色とりどりの光が、2人の間をゆっくり流れる。
僕は、ポケットから小さく畳まれた
白いハンカチを取り出す。
「いつか…」
息をつく。
「ミユリさんが御屋敷を卒業する日には、
指輪を贈ろうと思ってた」
少し笑う。
「結局、その約束は叶えられなかった」
白いハンカチを差し出す。
「だから代わりに、これを。
"母なる世界線"から持ってきたものらしい」
ミユリさんは、受け取り、静かに広げる。
少しだけ笑う。
「……これは、さよなら?」
目を上げる。
「今までの私たちは、一体何だったのかしら」
その視線から逃げられない。
だから、知りたい。
「ひとつだけ聞く。
ホントにカレルと寝たのか?」
ミユリさんは、黙ったまま小さく首を横に振る。
唇を噛む。
僕は、目を閉じる。
長い長い溜め息。
「そうか」
それだけで十分だ。
「何もかも」
僕は、遠くを見る。
「最初からやり直せたら良いのに。
もう1度。君と出会って。
もう1度、恋をして」
ミユリさんの瞳が揺れる。
1歩。また1歩。
互いに近づく。
唇が重なる。
静かなキス。互いの首へ手を回す。
ミユリさんの右手が、僕の頬へ伸びて…
途中で止まる。
その手は、宙をさまよう。
僕は、ゆっくりと唇を離す。
ミユリさんは、涙をこらえている。
「今度こそ。
永遠のお別れなのね」
少しだけ間を置く。
「教えて。
ティルを愛してる?」
僕は、すぐには答えない。
ティルの顔。
お腹の子。
"母なる世界線"。
すべてが胸をよぎる。
それでも。
答えは、1つだ。
ミユリさんを見つめる。
「僕が愛した女は、1人だけだ」
時間が止まる。
ミユリさんは、泣かない。
その笑顔は、少し震えている。
そっと指先で僕の唇を拭う。
「ずるいです」
小さく笑う。
「そんなこと、最後におっしゃるなんて」
踵を返す。
御屋敷の入口で1度だけ振り返る。
小さくうなずく。
そして、御屋敷の中に消える。
扉が閉まって
姿が見えなくなった時。
胸に溜まっていた息を吐く。
涙が溢れ出る。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
キャンドルの灯だけが揺れる部屋。
テーブルの料理は、手つかずだ。
マリレとスピアは、1枚の毛布にくるまり、
静かに寄り添っている。
「私たち」
マリレが微笑む。
「大宇宙の摂理に迫る大事件を
起こしちゃったわね」
スピアが吹き出す。
「そんな大げさ?」
「だって、スーパーヒロインと腐女子が初めて…
決して、大げさじゃないわ」
マリレは、真面目な顔だ。
「やっぱり、大宇宙の摂理…」
が、スピアは相手にしない。
「マリレ、愛してる」
「…私も」
短いキス。
マリレの笑顔が少し曇る。
「でも私たち、
"母なる世界線"へ帰らなくちゃいけない」
「わかってる」
スピアは、静かにうなずく。
「いつか、でしょ?」
「いいえ」
マリレは、首を振る。
「数時間後」
部屋の空気が止まる。
「そうするしかないの」
スピアは、目を閉じる。
涙は、流さない。
「でも」
小さく笑う。
「別れたくない。
ずっと、このままでいたい」
スピアが時計を見る。
「残された時間は?」
「あと1時間」
スピアは、マリレの胸へ顔を埋める。
「じゃあ、今から1時間…
ただ抱きしめて」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
エアリの部屋。
ベッドにうつ伏せになったまま
エアリは、泣いている。
ノックもせずに、僕は入る。
「もし」
エアリは、涙声で言う。
「私だけ秋葉原に残りたいって言ったら?」
僕は、少し笑った。
「アキバに来たばかりの頃さ。マリレとはぐれて
パーツ通りで2人きりになったね」
エアリが顔を上げる。
「あの時。不思議と寂しくなかった。
エアリがいたから」
沈黙。
「僕にとって故郷は…
アキバじゃない。
"母なる世界線"でもない」
エアリを見つめる。
「僕が帰りたい場所があるとしたら
それはエアリがいる場所だ」
エアリは、堪えていた涙をこぼす。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
午前3時。
ションの部屋。
静かなノック。
ドアを開けると、ミユリさんが立っている。
「朝の3時だぞ」
返事は、ない。
ゆっくり近づく。
そして突然、ションの胸へ顔を預ける。
ションは、驚いたまま動けない。
「ミユリ?」
震える声。
「ごめんなさい」
涙が落ちる。
「私、どうかしてる。
テリィ様と別れてから胸の中が空っぽなの。
誰かに抱きしめてもらわないと壊れそう」
ションは、黙って肩を抱く。
ミユリさんは、その腕の中で静かに泣く。
長い沈黙。
やがて、そっと離れる。
「ごめんなさい」
涙をぬぐって笑う。
「やっぱり違うわ。
私はまだ、前を向けないみたい」
ションは、苦笑する。
「いいさ。
そのくらい、最初からわかってた」
ミユリさんは、深く頭を下げる。
「ありがとう」
そして、静かに夜の秋葉原へ戻って逝く。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
御屋敷のバックヤード。
自撮り棒の先のスマホに話しかける。
録画スタート。
「YUI店長」
小さく息を吐く。
「僕たちが普通のヲタクじゃないこと
きっと気づいていたょね」
エアリが静かに続ける。
「私は、このマチガイダが大好きでした。
ここで笑って、泣いて、恋をした。
マチガイダで過ごした日々は、私の宝物です」
少しだけ微笑む。
「こんな別れ方になってしまって
ごめんなさい。でも、こうするしかないの。
出来ることなら、
永遠に秋葉原のヲタクでいたかった」
声が少し震える。
僕は、スマホを見つめる。
「YUIさんを尊敬しています。
そして、これから先も、ずっと。
ホントにありがとうございました」
「さようなら」
録画が終わる。
静寂。
僕は、スマートフォンの画面を閉じる。
「時間だ」
僕たちは、自撮り棒をしまい、
バックヤードの扉を開ける。
外へ出る直前。
エアリだけが振り返る。
御屋敷。いつもの看板。いつもの灯り。
その景色を胸に焼き付けるように見つめる。
そして、静かに扉を閉じる。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ティルの部屋。
僕が扉を開ける。
ティルは旅支度を終え、静かに立っている。
僕を見て、優しく微笑む。
「行きましょう」
「ああ」
ティルは、1歩近づく。
「テリィたん。
本当に、これで良いのね?」
迷いは、ない。
「ああ。これで良いんだ」
ティルは、安心したように微笑む。
その笑みは、どこか勝ち誇って見える。
「そう。なら、良かったわ。
もう、誰にも邪魔はされない」
そっと僕の頬に触れる。
just one kiss。
その瞬間。
ティルの表情がわずかに曇る。
「……ふふ。」
僕を見る。
「ミユリ姉様とキスしたのね」
僕は、黙っている。
ティルは、責めない。
ただ、少しだけ寂しそうに笑う。
「いいの。
どうせ"向こう"に着けば、全て終わる」
僕の胸に額を預ける。
「"母なる世界線"では
貴方は余計な思い出なんて
きっと忘れてしまうわ」
ゆっくり顔を上げる。
その瞳には、不思議な確信が宿る。
「だから大丈夫。
これからは、私だけを見ていて」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
神田佐久間河岸。
僕は、愛車ケッテンクラートの車体に、
小さな起爆装置を取り付けている。
「これで終わりか」
誰に言うでもなくつぶやく。
マリレが静かに手を上げる。
次の瞬間、エンジンが止まったはずの車体は
幽霊のようにゆっくりと動き出す。
ガラガラと音を立て
神田リバーに向かって進む。
僕たちは、黙って見送る。
ケッテンクラートは、一瞬止まる。そして…
**ドンッ!**
爆発。炎に包まれた車体は
神田リバーの川面の闇へ転げ落ちて逝く。
火の尾を引きながら、落下するその姿は、
まるで赤い彗星だ。
夜の秋葉原を一瞬だけ昼のように照らす。
僕は、目を離せない。
あれは、単なる乗り物じゃない。
初めて、秋葉原を走った日も、
仲間を迎えに行った夜も、
逃げた朝も、
戦った夕暮れも、
全部あの車と一緒なのだ。
萌えているのは、僕たちの時間そのものだ。
マリレがチップを差し出す。
「私たちが旅立ったあとで、
YUI店長の手に渡るようにして」
僕は、受け取ってうなずく。
「そうだね」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
万世橋。
地下には、超古代文明が残した地下遺跡がある。
そこへと続く入口の前。ラギィが立っている。
エアリが駆け寄り、強く抱きつく。
「ありがとう。さよなら、ラギィ」
ラギィは、何も言えず、
ただエアリの背を抱きしめる。
続いてティルが抱きつく。
「ありがとう、ママ」
「元気でね」
声が震えている。
続いて、僕の番だ。
「ミユリさんとスピアを守ってください」
ラギィは、僕の肩をつかみ、まっすぐ目を見る。
「任せて。命に代えても守ってみせるわ」
そして、小さく笑う。
「あなたたちと出会えたことを
私は生涯、誇りに思うから」
僕は、思わず彼女を抱きしめる。
ラギィの体温は、本当の家族みたいに温かい。
「さよなら、テリィたん」
僕は、うなずくことしか出来ない。
振り返ると、電気街のネオンが遠く瞬く。
あの街で笑い、泣き、恋をして、
裏切られ、許し合い、そして今日まで…
もう戻れない。
「行こう」
僕が言う。
ティルがそっと僕の腕を取る。
マリレとエアリも並ぶ。
僕たちはゆっくりと歩き出す。
地下遺跡へ続くトンネル。
湿った石壁。
遠くから聞こえる"時空トンネル"の低い唸り。
背後では、ラギィが1人、立ち尽くしている。
彼女の姿が闇に溶けて逝く。
そして僕たちは
光る時空トンネルへ向かって
静かに消えて逝く。
第4章 時空の彼方
「こんな結末、認められないわ!」
スピアの家。
夜更けのリビングでスピアが吠える。
ソファには、ミユリさんが横になっている。
「もう2度と、マリレに会えないなんて…」
「そうね」
ミユリさんは、ぼんやり天井を見ている。
「ホントに逝っちゃったのね」
「そうよっ!」
そのとき。
キッチンから、誰かの独り言が聞こえてくる。
「…みんな時空漂流者なのよ」
2人は、顔を見合わせる。
キッチンを覗きに逝く。
「スピアのママ?」
「嫌だ…また始まったわ」
ママは、夜更けのキッチンで、
シンクに向かって、ぶつぶつと呟いている。
「あれは一体、何者だったのかしら…」
そして突然。
「あの子たち、アレクとみんなを人質にして、
タイムマシンセンターに立てこもった」
ミユリさんの表情が変わる。
「立てこもった?」
ママは、続ける。
「そうよ。銃まで持っていたわ。
あの、ラッパみたいに開いた銃口の。
それを私の娘に突きつけたわ」
「気をつけて、ママ」
スピアが声をかける。
「どうしたの?」
ママが振り返る。
きょとんとした顔。
「スピア。まだ起きてたの?
こんな夜中に何をしているの?」
そして、ミユリさんに気づく。
「あら。ミユリ姉様までいるの?」
「ええ…お邪魔してます」
突然、ママはシンクに向き直る。
その指が、ステンレスの天板を叩く。
タン。
タン、タン。
タン、タン、タン。
一定のリズム。
ミユリさんが顔を上げる。
「そのリズム」
「え?」
ふいに、今朝の光景が蘇る。
マチガイダ・サンドウィッチズ。
「ねぇ、カレル。気になるから止めてょ」
カレルは、コーヒーを飲みながら、
無意識にテーブルを指で叩いている。
同じリズムだ。
そして、別の記憶。
今度はアレク。
ギターを抱え、演奏前に指でカウントを取る。
タン。
タン、タン。
タン、タン、タン。
スピアも気づく。
「これは…」
ミユリさんを見る。
「アレクのリズム?」
「そうだわ」
ミユリさんの顔から血の気が引く。
「アレクがギターでカウントを取るときの…
あのリズムよ」
スピアのママは、何も知らないように
まだ指を動かしている。
「悪いけど…」
その口が、勝手につぶやく。
「私は、嘘をつけないの…」
そして、感情のない目で天井を見上げる。
「だから、見逃すわけにはいかないわ…」
ミユリさんの脳内で、
これまでの出来事が1本に繋がって逝く。
アレクの死。
ティルの記憶。
カレルの不自然な証言。
そして――
精神を操られたように、
次々と変わって逝った仲間たち。
ミユリさんが息を呑む。
「そういうことだったのね」
「ミユリ姉様?」
「犯人は…」
一瞬、言葉が詰まる。
「ティルだわ」
スピアが目を見開く。
「…何?」
ミユリさんは立ち上がる。
「ティルがみんなを操っていたのよ」
「そんな…」
「だから、全部おかしかったのよ」
ミユリさんは、玄関へ走り出す。
「テリィ様が危ない!」
「待って、ミユリ姉様!」
「時間がないわ」
2人は、夜の電気街へ飛び出す。
明滅するネオンの、その先にみんながいる。
そして、戻れない夜が始まる。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「そんな馬鹿な…!」
ラギィのアパート。
カレルは、ソファに腰を落としたまま
口を尖らせる。
「マインドワープなんて…
僕は、脳を操られた覚えなんかないよ」
「覚えてないだけよ」
スピアが即答する。
「マインドワープされた人は、
自分が操られていたことそのものを忘れるの。
記憶も、自覚も残らない」
「じゃあ、いったいどうやって気づくんだ?」
「わからない」
ミユリさんが部屋を見回す。
「でも…記憶を取り戻す何かが
この部屋にあるのかもしれないわ」
「ミユリ姉様。何かって何だ?」
「よく見て」
カレルは、立ち上がる。
鏡を見る。
壁を見る。
窓を見る。
机を見る。
何もない。
「やっぱり何もないよ!」
そのとき。
タン。
指先がチェストを叩く。
タン、タン。
タン、タン、タン。
カレル自身も気づかない。
ミユリさんが息を呑む。
「また始まったわ」
「え?」
「そのリズムよ」
カレルは、眉をひそめる。
「僕が?僕は、何でこのリズムを…」
「そう。もっとよく見て」
「でも、何も、何も」
その瞬間。
手にしていたコップが床に落ちる。
ガシャーン!
砕け散るガラス。
カレルは、鏡を見ている。
じっと。鏡の中の自分を。
そして…
「…ティルだ」
声が変わる。
「君は、僕を操った」
スピアが立ち上がる。
「カレル?」
「何?どうしたの?」
「アレクだ。アレクは、死んだ日に、
この部屋に来ていたんだよ!」
鏡の中の景色が揺らぐ。
そこには、別の時間が映っている。
言い争うアレクとティル。
そして…
「落ち着いて!アレク」
ティルがアレクの肩に腕を回す。
「貴方は今、頭が混乱してるだけよ」
「違う!」
アレクが振り払おうとする。
「僕は、覚えてる!」
「大丈夫。マインドワープで今、
全て直してあげるから…」
その言葉に、カレルの顔が凍る。
「マインドワープ?」
映像の中のアレクが叫ぶ。
「2ヶ月もだぞ!」
「……!」
「"時空トンネル"の取扱説明書を
翻訳させるために、2ヶ月も僕の脳を操った!」
ティルの顔から笑みが消える。
「おかげで僕の脳は、もうめちゃくちゃだ!」
アレクは、頭を抱える。
「もう今さら謝ったって手遅れだよ!」
声が震える。
「僕の脳は…完全に壊れてしまったんだ!」
そのとき。ドアが開く。
入って来たのは…カレルだ。
「…アレク?」
アレクが振り返る。
「カレル!助けてくれ!」
「どうしたんだ?」
ティルが振り向く。その顔。
いつもの柔らかな笑顔ではない。
鬼のような形相。
「カレル!」
「え?」
「向こうへ行って!」
カレルが怯む。
「一体、何があったんだ?」
「いいから!」
ティルは、カレルを突き飛ばす。
「出て行って!」
その瞬間、アレクが絶叫した。
「もう死んだ方がマシだ!」
「アレク!」
「こんなことなら…もう死んでしまいたい」
カレルとティルが同時に駆け寄る。
「落ち着け、アレク」
「そうよ、アレク。大丈夫なの」
ティルが手を伸ばす。
「今、直してあげるわ」
「やめろ!」
アレクが後ずさる。
「僕の脳に触るな!」
「アレク…」
「マインドワープは、もうやめてくれ!」
絶叫が部屋いっぱいに響く。
「やめろ!」
そして…
「やめてくれぇぇぇっ!」
アレクは、その場に崩れ落ちる。
鏡の中の映像が消える。
静寂。
誰も口を開かなかった。
カレルは、震える手で自分の頭を押さえる。
「僕は…」
ミユリさんが静かに言う。
「思い出したのね?」
カレルはうなずく。
「アレクは…ティルに操られていた」
スピアが息を呑む。
「ということは」
ミユリさんが振り返る。
「アレクを殺したのは、ティルだわ」
一瞬。
誰も動かない。
次の瞬間、ミユリさんは玄関へ駆け出す。
「テリィ様!」
スピアも追う。
「ミユリ姉様、待って!」
「"時空トンネル"へ行かなきゃ!」
「でも、もう"離陸"の時間…」
「だから、急がなきゃ!」
ドアが開く。
夜の秋葉原へ飛び出す。
ネオン。
クラクション。
人の波。
その向こう。
万世橋の地下に眠る、超古代文明の遺跡。
そして、そのさらに奥には…
"母なる世界線"へと通じる"時空トンネル"。
ミユリさんは走る。
ただ走る。
「テリィ様…!」
スピアも必死に追う。
「間に合って…!」
その頃"時空トンネル"では、
既にカウントダウンが始まっている。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
夜。
ティルの部屋。
玄関から、黒い死体袋を運び出すカレル。
重い。
だが、カレルの表情には、
一切の感情が浮かんでいない。
ティルが車のドアを開ける。
「そこに入れて」
「わかった」
カレルは、死体袋を荷物のように持ち上げ、
後部座席へ放り込む。
ドサッ。
「荷物を積んだよ」
「そう。ありがとう」
ティルは、何でもないことのようにドアを閉める。
「俺も行こうか?」
「いいの」
ティルは、微笑む。
「あなたは、家で待ってて。
あとは…私1人でやれるわ」
「そうか」
カレルは素直に頷く。
車に背を向ける。
そして。
そのまま家の中へ戻っていく。
ドアが閉まる。
静寂。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
現在。
「おいおいおい。待てよ」
カレルは、突然立ち止まる。
「俺が…」
顔から血の気が引いていく。
「俺がアレクの死体を運んだのかよ?」
ミユリさんとスピアは、息を呑む。
「死体…?」
「そうだよ、死体だ!」
カレルは、頭を抱える。
「俺は、ただの荷物だと思ってたんだ…」
1つ1つ記憶が蘇っていく。
黒い袋。
車。
ティル。
「俺が車に積んだんだ」
震える声。
「アレクは…」
カレルが顔を上げる。
「ティルに殺されたんだ!」
ミユリさんの目が鋭くなる。
「やっぱり」
スピアも息を呑む。
「急がなきゃ」
「え?」
「テリィ様が危ない!」
3人が一斉に走り出す。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「そこに標識がある!」
赤いベンツ770Kが中央通りを疾駆する。
ハンドルを握るのはスピア。
助手席にはミユリさん。
後部座席ではカレルが身を乗り出す。
「あとどのくらい?」
「すぐそこ!」
「急いで!」
「わかってる!」
アクセルを踏み込む。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
万世橋の南東詰。川面を見下ろす窓が並ぶ。
その部屋に入る鉄扉は、厳重に施錠されている。
「こっちだ」
僕が先頭だ。
が、何の入口もない。
「ここなの?」
エアリが振り返る。
僕は、鉄扉に近づく。
「たぶん…」
手をかざす。その瞬間。
鉄扉の表面に、淡い光が走る。
そして…
手の形が浮かび上がる。
「手形……?」
僕は、その手形に自分の手を重ねる。
ピタリ。低い振動音。
ゴゴゴゴ……。
鉄扉が左右に割れていく。
現れたのは…
小さなゲート。
「え?」
マリレが目を丸くする。
「これ?」
エアリも呆気に取られる。
「なんか…」
苦笑する。
「学芸会のセットみたいね」
世界を隔てる超古代文明へのゲート…
その割には、妙に小さい。
僕が先に入る。
「文句を言ってる時間はないな」
「そうね」
中へ入っていく。
最後にエアリが振り返る。
その目に、再びアレクの記憶がよぎる。
「…アレク」
小さく呟く。そして、ゲートの中へ消える。
鉄扉が閉じる。
世界は、2つに分かれる。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
赤いベンツ770Kが万世橋で急停車する。
キキィィッ!
ドアが開く。
ミユリさん、スピア、カレルが一斉に飛び降りる。
「こっち!」
3人は、南東詰の謎の部屋に殺到する。
「ここよ!」
ミユリさんが岩に手を当てる。
しかし。
何も起こらない。
「…開かないわ」
もう1度、手を当てる。
やはり反応はない。
「どうして?」
カレルが岩壁を調べる。
「テリィたちは先に入ったんだ。間違いない」
「じゃあ…」
ミユリさんが岩壁を叩く。
「閉じたんだわ」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
"時空トンネル"。
地下深く。
超古代文明の遺跡に設置された巨大な装置は
ゆっくりと回転を始めている。
螺旋状の光が、トンネルの奥へ吸い込まれていく。
その入口に立つマリレとエアリ。
2人の前には、巨大な日時計。
針が動く。
カチリ。
また1目盛り。
カチリ。
時間だけが、容赦なく進んで逝く。
「始まったわ」
エアリが呟く。
マリレは日時計を見上げる。
「もう止められない」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「カレル!」
ミユリさんが振り返る。
「きっとここだわ!」
「でも、姉様。開かない!」
「テリィ様!」
ミユリさんは、鉄扉に両手をつく。
「テリィ様!」
返事はない。
「ここを開けて!」
拳で岩を叩く。
ドン!
「テリィ様!」
もう一度。
ドン!
「聞こえているんでしょう!」
スピアも岩壁に駆け寄る。
「テリィたん!」
カレルも叫ぶ。
「テリィ!」
3人の声が、鉄扉にぶつかり消えて逝く。
「扉を開けて!」
「ここを開けるんだ!」
しかし。
鉄扉は、沈黙したまま。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
"時空トンネル"。
螺旋の回転が、さらに速くなる。
ゴォォォォ……。
日時計の針が進む。
カチリ。
カチリ。
カチリ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ミユリさんは、鉄扉に額をつける。
「お願い」
声が震える。
「あと少しなのに…」
けれど、届かない。
「テリィ様!」
ミユリさんの叫びが、神田リバーの川面に響く。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「テリィたん…」
時空トンネルのエンジン音が、
次第に高くなって逝く。
ゴォォォォ……。
螺旋状の光が回転を速める。
僕は、コントロールパネルに手をかざしている。
「やっぱり…私は行かない」
マリレが、つぶやく。
「私、一緒に行けないわ」
僕は、エネルギーの注入を止める。
手を下ろす。
「…何?」
その隣で、エアリがマリレを見つめている。
驚くほど純真な目をしている。
まるで、移り気な妖精が
初めて自分の居場所を見つけたかのように。
マリレは、笑う。
「私、秋葉原に来てからずっと、
自分の居場所を探してた」
そして、ゆっくり僕を見る。
「やっとわかったわ。
私の"母なる世界線"は、ここなの」
「よりによってマリレが…
1番帰りたがってると思ったのにな」
僕は、苦笑する。
マリレに歩み寄る。
その横で、ティルがつまらなそうに顔をしかめる。
僕とマリレは向き合う。
そしてハグ。
「元気でいろよ、マリレ」
耳元で囁く。
「愛してる」
「私もよ」
マリレが僕の背中に腕を回す。
ティルが小さく舌打ちする。
マリレは、僕から離れるとエアリを見る。
「みんなを頼むわ」
エアリは、その視線を真正面から受け止める。
そして、僕を見る。
「エアリ」
「なに?」
「お前も秋葉原に残れ」
僕的には、かなり気の利いたセリフ。
ところが、エアリはアッサリ首を振る。
「私の故郷は、テリィたんだもの。
あなたと一緒に行くわ」
マリレとエアリがハグ。
ティルは、もう露骨にウンザリした顔だ。
「ねぇ」
2人に声をかける。
「行くなら急がないと」
日時計を見る。
「もう離陸の時間よ」
マリレは、振り返らない。
そのまま時空トンネルを出て逝く。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
万世橋の南東詰。
突然、鉄扉が左右に開き、
ゲートからマリレが姿を現す。
「マリレ!」
スピアが飛びつく。
「みんな?どうしたの?」
「犯人は、ティルだったのよ!」
マリレの顔が変わる。
「なんだって?」
「アレクを殺したのは、ティルよ!」
「急いで!」
全員がゲートへ雪崩れ込む。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
"時空トンネル"。
既に臨界直前。
螺旋状の光が激しく回転し
装置の周囲では火花が弾け始める。
エネルギーが充填されて逝く。
エアリは、呆然とそれを見ている。
その横で。
ティルだけが、余裕の笑みを浮かべている。
そこへ駆け込んで来るミユリさんたち!
「テリィ様!」
ミユリさんが叫ぶ。
「待って!」
僕が振り返る。
「ティルがアレクを殺したのよ!」
「…何?」
「アレクの脳を操って
"時空トンネル"の取扱説明書を解読させたの」
ミユリさんの声が響く。
「そして、すべてに気づいたアレクを…」
「殺したんだ」
カレルが続ける。
「俺が、この目で見た」
僕は、ティルを見る。
「ホントか?」
誰も、何も、答えない。
「カレル。なぜ、それを今まで黙ってた?」
「俺も操られていたんだ」
カレルは、ティルに歩み寄る。
「なぜなんだ、ティル」
その声は震えている。
「妹みたいに思ってたのに…」
ティルが振り返る。
僕を見上げる。
そして。
その表情から、柔らかな少女の顔が消える。
代わりに現れたのは、冷たい目をした女の顔だ。
「離陸まで、あと何分?」
マリレが日時計を見る。
「3分」
「みんな、ここから出るんだ!」
僕が叫ぶ。
「テリィ様?」
「早く!」
ミユリさんが僕を見る。
「ミユリさんも!」
全員が"時空トンネル"から離れる。
僕だけがティルの前に残る。
ゴォォォォ……。
"科学センター"の遺跡全体が唸る。
「君が殺したのか?」
「仕方なかったわ」
ティルは、淡々としている。
「もちろん、殺したくはなかった。
でも、あの時は、ああするしかなかった」
「なぜ?」
「ねぇ。もう時間がないわ」
ティルは"時空トンネル"を見る。
「早く乗らなきゃ」
「なぜアレクを殺した?」
ティルは、一瞬だけ目を伏せる。
「あなたに知られたくなかったのよ。
私のことを」
「口封じのためか?」
「だ・か・ら。殺すつもりなんてなかったの」
ティルの声に、初めてわずかな苛立ちが混じる。
「でも、彼の脳は思った以上に衰弱してた。
何度も何度もマインドワープを重ねて…
もう耐えられなくなっていたのね」
そして、肩をスボめる。
まるで、フランス人みたいに。
「でも、もうそんなこと
今さら、どうでもいいじゃない」
僕の顔が歪む。
「そんなこと?」
ティルが後ずさる。僕が追う。
"時空トンネル"の周囲を、2人がゆっくり回る。
「そんなことって何なんだ?
アレクの命は、君にとってそんなものなのか!」
「大事なのは」
ティルは"時空トンネル"を見上げる。
「"母なる世界線"に帰ることよ。
あなたは忘れてるけど、私にとっては、
あそこが故郷なの」
そして、僕を見る。
「それなのにあなたは…
あんなツルペタ女に気を取られて」
「ミユリさんをツルペタと言うのはやめろ」
即答する。
ティルの顔が歪む。
「ほら。そーやって、すぐミユリをかばう。
どうして私のことを
そんなふうに思ってくれないの?
私はあなたの妻なのよ」
お腹に手を当てる。
「この中には、あなたの子供だっている」
僕は、息を呑む。
「まさか、妊娠したのも…」
ティルを見る。
「"母なる世界線"へ帰るための作戦だった?」
ティルは、答えない。
「なぜ、そこまでして帰りたいんだ?
敵が待ち構えている故郷へ」
ティルは、微笑む。
「彼らは、私にとって敵じゃないわ」
そして"時空トンネル"を見上げる。
不敵な笑みが浮かぶ。
「キバアと取引したんだな?」
「いいえ」
ティルは、首を振る。
「取引したのはナセラ。
それも…40年も前にね」
「条件は何だ?…答えるんだ!」
ティルは、僕を見る。
「あなたの子供を連れて帰る」
堂々と1拍置く。
「そして、あなたたち3人をキバアに引き渡す」
僕の顔から血の気が引く。
「その後、僕たちはどうなる?」
ティルは唇を噛む。
答えない。
「君のような女を…」
僕は、天を仰ぐ。
「かつて愛し、妻にしていたとは…」
ティルの目が冷たくなる。
「あの頃のあなたは偉大な王だったわ。
だのに、今は…」
僕を見る。
「タダのキモいヲタクじゃないの」
「なんだって?」
ティルは、1歩下がる。
そして、お腹を抱える。
「私を殺せば」
僕を直視する。
「この子も死ぬわよ」
僕は、動きを止める。
日時計が進む。
カチリ。
「究極のリア充か」
「何とでも言えばいいわ」
ティルは"時空トンネル"へ向かう。
「行け」
僕は、道を開ける。
「でも」
ティルが振り返る。
「これで終わりだと思うな」
ティルは"時空トンネル"に入って逝く。
螺旋状の光が彼女を包む。
火花。閃光。
一瞬だけ、その姿が光の中に浮かぶ。
そして…消える。
僕は、ただ見上げている。
「ティル」
時空トンネルの回転が止まる。
静寂。
僕は、踵を返す。
地上へ続く階段を、一気に駆け上がって逝く。
その先にあるのは…アキバの夜空。
そして、まだ何も知らない夜明け前の電気街。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「テリィたん!」
エアリの叫び。
その瞬間…
ドォォォン!
"科学センター"の地下遺跡の奥から
爆発音とともに黒い煙が噴き出す。
「テリィたん!」
煙の中から、人影が飛び出す。
僕だ。全身真っ黒。髪も顔も煤だらけ。
「みんな、ここを離れろ!」
「テリィたん、大丈夫?」
「いいから!」
僕は、激しく咳き込みながら、立ち上がる。
「外でみんなが待ってる」
「行きましょう!」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
地上。みんなが一斉に振り返る。
「来た!」
「さぁ、行こう」
僕たちは、南東詰を離れる。
その直後、地面の下から、轟音が響く。
ゴゴゴゴゴ……。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
地下深く。
停止したはずの時空トンネルが
再び激しく螺旋を始めている。
日時計の針が動く。
カチリ。
カチリ。
ゼロへ近づいていく。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
地下。
ティルは1人"時空トンネル"に立つ。
「何なの?」
周囲を見回す。
光。
闇。
光。
闇。
そのすべてが、螺旋の中で交錯している。
「どうして……?」
そして。
"時空トンネル"が唸り声を上げる。
ゴォォォォォ……!
次の瞬間。
螺旋状の光が、天空へ向かって一気に伸びる。
地表を貫いて、成層圏を突き抜ける。
白い光の回廊。
だが、その先には。
何もない。
ガミラズの宇宙空母もいない。
ただ、広漠無辺の時空だけが広がる。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「こっちだ!」
僕が叫ぶ。
みんなが振り返る。
突如、万世橋が崩落。
地下遺跡への入口を推し潰す。
その向こうから。
カレル。
エアリ。
スピア。
マリレ。
そして僕。
最後にミユリさん。
6人が並ぶ。
誰も言葉を発しない。
ただ、空を見上げている。
天空へ伸びていく光の回廊。
それは夜明け前の暗い宙を突き抜け
どこまでも伸びて逝く。
僕の隣にミユリさん。
その少し後ろに、マリレとスピア。
2組のカップルが、奇妙なほど静かに並ぶ。
光を見送る。
やがて。
光の回廊は細くなり
一筋の白い雲へ変わって逝く。
まるで、何事もなかったように。
僕は、ミユリさんを見る。
「僕は、間違いを犯した」
ミユリさんは、黙っている。
「でも」
僕は、空を見る。
「君を推したことは、間違ってなかった」
ミユリさんを見る。
「そして、君と出逢ったことも」
一方、スピアの顔には、
勝ち誇ったような笑みが広がる。
「私のために残るつもりだったのね?」
マリレは、何も言わずに頷く。
風が吹く。
白い雲が流れて逝く。
僕たちはその場を離れる。
誰も振り返らない。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
夜明け前の昭和通り。
アキバは、まだ眠っている。
エアリが僕を見る。
「これから、どうするの?」
僕は、空を見上げる。
「息子を助けないと」
ミユリさんが僕を見る。
何も言わない。
ただ、隣に立っている。
風が吹く。
川面が静かに揺れる。
和泉橋の上。
僕たちはしばらく、黙って立っている。
夜と朝の境目。
やがて、電気街に、最初の光が差す。
僕はミユリさんを見る。
彼女も僕を見る。
そして。
2人とも、未だ何も言わない。
おしまい
今回は、海外ドラマによく登場する"故郷への帰還"をテーマに、限られた時間の中で、親友殺しの犯人探しも大盤を迎え、波瀾万丈なシーズン2の最終話となりました。今までに張った伏線を回収しながら、疾走感を出しながら描いたつもりですが、さて…
海外ドラマでよく舞台となるニューヨークの街並みを、夏休みインバウンドを迎え、ますます国際観光都市化が進む秋葉原に当てはめて展開してみました。
秋葉原を訪れる全ての人類が幸せになりますように。




