第11話 ゼフィルの対日戦略
「さて、我々は現在日本国の近海に潜んでいるわけではあるが」
そう言うとユリウスは盤上に石を打つ。
乾いた音を立てて打たれる石をフェリウルは見据え、石に手を伸ばす。
「問題はこの国を敵と見なすか味方とみなすか、だね」
のほほんとした口調ながらもロングヘアをなびかせて鋭く盤上に石を打ち込む。
「我々と日本には現在直接利害の不一致があるわけではないが、現状アメリカと強い関係にある以上、最悪を想定しておく必要がある」
「研究は進めているよ。他の国と同じようにね」
ユリウスの傍らに置かれていた日本刀にちらりと目をやりながらのフェリウルの言葉にユリウスは頷く。
その後も石を打ちながらの談義は続く。
盤上は次第に白黒の石で覆われていく。
「日本はいわば浮沈空母、あるいは難攻不落の海上要塞、軍事的に攻め落とすのは容易ではない。だが政治面では強固とはいいがたい。
特に周辺国との関係は微妙だし、解決も容易ではない。
なので、まず外交で敵対関係を回避し、可能なら周辺国を懐柔、離反させ、最終的には孤立させる」
「つまり、後回しにするのが最善と」
フェリウルが石を打つ。
「日本が専守防衛に徹している限り直接攻めなければ、我々にとって日本が軍事的な脅威となりうる可能性は低い。外交的な影響も低いだろう。脅威はあくまでもアメリカの前進基地としての要素だな。
まあ、その方が我々にとっても都合がいいがな」
打とうとしていた石をくるくると手の中で弄ぶユリウス。
「でもさ、どうして日本の人はそこから抜け出さないのかな?」
フェリウルの指摘にユリウスは、石をもてあそんでいた手を止める。
「彼らにとって流血をもたらす武器や戦争は『穢れ』だからだろうな」
「……ふむふむ、それで?」
ユリウスの答えにフェリウルはうなずき、その先を促す。
「日本人は穢れを嫌い、清浄を尊ぶ。神社で神に会うために俗世で汚れた身を清める。それ自体は間違いではない、しかし」
「綺麗すぎる川には魚は住めない」
先回りしたフェリウルの言葉にユリウスは口元に笑みを浮かべる。
あまりにも綺麗すぎて微生物すらいない川ではそれを餌とする生き物も寄り付かない。
塩素で消毒された学校のプールのようなものである。
「そうだ。だから人は時に清濁併せ持つ必要がある」
「偽善ならぬ、偽悪か」
フェリウルの呟きにユリウスはうなずき石を打つ。
「しかも、そうした穢れを嫌う価値観は支配者側に都合がいい。民衆が武器を手にして支配者に逆らう事ができなくなるからな」
「それが狙い。だね」
石を打ちながらのフェリウルの言葉にユリウスがうなずく。
「ああ。それに支配する側が偉大な聖人君子であればなお良い。支配者が完全なる善ならそれに逆らう事は悪だからな」
そう言うとユリウスはにやりと笑う
「かつての敗戦の記憶、特に悲惨な戦争末期の体験と侵略戦争をしたという罪の意識を利用して武器を戦争を嫌悪する価値観を植え付ければ、彼らは武器と戦争を嫌悪し、政治や軍事、戦争に対して関心を持つことを悪とすることができる」
「国民が軍事や政治に対して無知であり、無垢であることが理想の統治システムか」
本質をついたフェリウルの言葉にユリウスがうなずく。
「漢字の『民』の文字の由来は人の目に針に刺す様から来ているそうだ」
ユリウスの言葉にフェリウルの表情が険しくなる。
「しかし、民主主義(democracy)はそういうわけにはいかない。市民には『我々』権力者が暴走した時、自己の権利を侵されないよう守る必要がある」
義兄の言葉にフェリウルはうなずく。
「民衆が内外の敵から自分達の権利を勝ち取り、守り維持するため、時に自らの手を汚す覚悟が民主主義国家の国民には求められる。
多くの国の国旗に赤が使われているのは独立を勝ち取るために流された血、だからね。
そうなると日本の人たちが今後どちらを選ぶか、興味深いね」
フェリウルはユリウスの考えを探るかのように言葉を選ぶ。
「彼らが自らを縛る枷を引きちぎって覚醒しないのなら、我々も同じ手を使って彼らを『武力を使わずに』ねじ伏せるしかあるまい」
「つまり、日本には引きこもりになってもらうわけだ」
その指摘にユリウスは首を振ってから笑みを浮かべて答える。
「いや、浦島太郎だ」
その答えにフェリウルは一瞬呆気にとられるも、
「なるほどー
でも、そーなるとこの極東アジアの問題にはあまり干渉しないと?」
「最悪、ロシア、中国、アメリカと3対1になるからな。向こうはこちらを引きずり込み、意のままにしたいだろうが、そうはいかん」
ユリウスが手にしていた石がひときわ強い音を立てて碁盤に打たれる。
彼の口から日本への言及がなかった事にフェリウルは気づいたが、それを指摘することはなかった。
「わたしたちを対立勢力の前に立たせて自分は高みの見物と言うわけか」
そう言って腕を組んで盤上を睨むフェリウル。
「人のことは言えない」
「確かに」
そう言って不敵な笑みを浮かべる二人。
それからしばらくは無言で二人は対局を進め、碁盤に黒白の石が並び始める。
やがて、フェリウルは表情を変えないまま腕を組んで考え始め、石を打つ。
そしてその間隔が徐々に広くなっていく。
その後、乾いた音の応酬がしばし続き
「参りました」
盤面にしばし視線を走らせた後、フェリウルは頭を下げる
「ふむ、腕をあげたな」
「ありがとうございます」
フェリウルはそう言って頭を下げるがにんまりとしていた。
その後、二人は調査の一環として傍受している日本の衛星テレビの放送をつける。
「あ、このシリーズまだやってるんだねー」
いくつかチャンネルを変えていたフェリウルはアニメを放送しているチャンネルでその手を止め、食い入るように見ている。
「ほどほどにしておけよ」
「は~い」
ユリウスの声にフェリウルはひらひらと手を振って応える。
フェリウルは初め、鼻唄混じりに見ていたが、やがて主役の女の子が変身し、敵と戦うバトルシーンになった瞬間、一挙手一投足を見逃すまいと視線が揺るがなくなる。
「全く」
ユリウスはフェリウルのそんな様を横目で見ると環境室を後にして執務室に戻る。




