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【短編小説】スーパー写真塾に進路を取れ

掲載日:2025/12/21

「お前、この成績でどうするんだ」

 テーブルを挟んで向き合う父親が、安い国産ウイスキーの水割りを飲みながら俺に尋いた。

 俺は視線を落として答えずに、早く酔って寝てくれないかと考えていた。

 モラトリアムとか執行猶予を使い果たした事は理解している。これは単なる悪あがきだ。

 カランと音を立てて四角い氷がグラスの中を転がる。氷は溶けていく。坂を転がる石は削れて小さくなっていく。

 父親はグラスを置いた。

 対応者である俺は次の言葉を待った。


「お前、このままだと就職か自衛隊くらいしか無いぞ」

 それが父親の言葉だった。

 それはそうだろう。

 自衛隊か、悪くないな。生き残れる気がしないだけで存在に使命とか意味を与えてくれるのなら一番かも知れない。

 就職か。それも同じだ。労働によって存在が裏打ちされるなら構わない。

 でもバスの運転手になるとカレーが食べられないとか、区役所勤めになるとミルクティーが飲めない。

 俺は自由が欲しい。

 でもアウトローにはなれない。


 窓の外は激しい雨が降っている。

 止まない雨は無いが降らない空も無い。


 俺は顔を上げて「ニートがその道のプロなら、ボンクラのプロってのは、無いのですか」と訊いた。

 父親は噛み潰した苦虫をウイスキーで飲み込んだ。

 あなたは何だって俺を一月なんかに産んだんだ?俺は重ねて訊こうとしたが、次に父親が噛み潰して飲み込む苦虫の味を想像したら吐きそうになってやめた。

 仕方ない。

 俺は流産寸前だった。産まれる前からせっかちだったんだ。自業自得だ。産まれる前からのカルマだ。

 


 沈黙が続き、間延びしたモラトリアムと執行猶予は削れながら小さくなっていく。

 やがて父親は眠り、立ち上がった俺は廊下を歩いて部屋に戻る。

 廊下は卵管で俺の部屋はコンクリートの子宮で、俺は何度でもそこで丸まって眠る。

「小説家になりたいんです」

 そんな事はどんな馬鹿にだって言える。

 だけどそれじゃ就職もできないし懸垂だって上がらない。

 そう言う事だ。


 俺は不安になり振り向く。そこには薄暗い未来が広がっている。

 覚束ない足でそちらに進む。

 俺が引き摺る影の中にはあの頃に欲しかったオモチャとか女子高生とか金とかがあって、その暗い影は未だに満たされ無い。

 俺の背骨は細く、俺の足は重たい。


「アローアロー」

 小麦色の肌をしたルーズソックスの女子校生が振る手の指先には長い付け爪があって、茶髪に金のメッシュが光っているのが見える。

 ブラウスの胸元にチェック柄のリボン。

 スクールバッグの落書きと日大武山のマーク。

 ロールアップしたスカートの女子校生が脱いだ紐パンの中からトミカが飛び出る。

 そしてトミカ専用のサーキットを走り回る。

 トミカの立体駐車場になった女子校生からは何台ものトミカが出てくる。

 フェラーリ、コルベット、カマロ、カブト。トミカが勢いよくカーブを曲がる。女子校生のトミカ捌きはなかなかのもので、俺は見惚れてしまう。


 でも松田聖子は速い車に乗っけられたらきっと泣いてしまうからダメだ。

 そこに乗っているのは俺と女子校生だ。

「でもそのままじゃダメだよ」

 女子校生が運転席で言う。

「なんでもいいから喋ってみなよ」

「あの雲の形は変だね。山はまだ緑色ですね。あの車は変な色ですね。お腹は空いていません。食べたいものは特にありません」

 俺は大嫌いだった父親とドライブしながら、話をさせられた。

 そこには苦痛があった。

 それは激しくない雨で、俺は早く東京に帰ってスーパー写真塾を読みたかった。

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