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勇者は二度、魔王に恋をする

作者: よつ葉あき



──勇者レイヴが魔王を討ち、世界は平和になった。



それがこの国、アシリアの始まりであり、千年前に実際にあった出来事だ。

今では絵本や劇にもなっていて、子どもでも知らない者はいない。

……歴史の中の“伝説”ってやつだ。


王都アシリアの学院。

陽の光が差し込む教室で、俺──王太子レイヴノールは机に頬杖をついていた。

教師の声はまるで機械のように単調だ。


けれど、その日だけは違った。

ある一言が、心臓をえぐるように響いた。


「──初代王“レイヴ”の名は光を意味します。勇気の象徴として、現王太子殿下……あなたにも、その名が受け継がれているのです」


拍手が起こる。

勇者の名を継ぐ、誇り高い王子。

……のはずなのに。


(なんだ、この胸の痛みは……)


目の奥が熱くなった。視界が歪む。

息が詰まって、世界が揺らぐ。


──耳をつんざく金属音。焦げた空気の匂い。

剣を握る手の感触。燃え落ちる城。崩れ落ちる塔。血に濡れた黒い髪。


「……っ!」


気づけば、立ち上がっていた。

ふらつきながら教室を出る。

遠くで教師が俺を呼ぶ声がしたが、もう届かなかった。




目を開けると、寝台の上だった。

額には汗。心臓がドクドクと鳴っている。


(夢……じゃない。これは──記憶だ)


まぶたを閉じた瞬間、千年前の記憶が蘇った。

勇者レイヴとして生きていた、俺の記憶。



戦火の果て。

崩れかけた玉座の間。

その奥に、ひとつの影が立っていた。


『……来たか、勇者よ』


声は静かで、どこか悲しげだった。

紅い瞳が、まっすぐに俺を見つめる。

そこに、憎しみはなかった。


『お前は……世界を滅ぼす気なのか!』

『滅ぼす? 違う。人が自然を殺している。私は、それを止めたいだけだ』


理解できなかった。

戦うべき“魔”が、真実を語っているように見えたから。


それでも──俺は剣を振るった。

誰もが信じた正義のために。世界の平和のために。


光が迸り、影が崩れる。

紅の瞳が、かすかに細められた。


『……この世界を、守ってくれ。お前の手で……』


それは、祈りのような声だった。

そして、“マナの樹”が風もないのに揺れた。

──世界の均衡が崩れた、最初の瞬間。




「俺は……世界を救ったんじゃない。壊したんだ……」


頬を伝う涙が熱い。

窓の外では夕陽が沈みかけ、金色の光が部屋を包む。


「魔王は、悪なんかじゃなかった……」





──その夜。


王宮に急報が届いた。

隣国ヴェルドで反乱。王族は皆殺し。

唯一生き残った王女が、亡命の末に保護されたという。


謁見の間に現れた少女は、灰色のマントを深く被っていた。

だが、その隙間から覗いた黒髪と紅の瞳を見た瞬間──

俺の心臓が跳ねた。


「……あなたが、アシリアの王太子殿下?」


「そうだ。君が……?」


「セレーネ・ヴェルド。……いえ、もうヴェルドはありません。ただのセレーネです」


その声を聞いた瞬間、息が止まった。

懐かしいのに、初めて聞くような声。

紅の瞳がまっすぐに俺を射抜く。


その奥で、あの存在の面影がよぎった。

紅の光、静かな微笑み、そして──あの言葉。



『この世界を、守ってくれ』



耳の奥に、あの声が再び響いた。


「……また、会えたな」


「え?」


「いや、なんでもない」


思わず笑った俺に、セレーネも戸惑いながら微笑んだ。

その瞬間、胸の奥の凍りついた何かが、ゆっくりとほどけていく。


(そうだ。世界を救うことも、贖うことも、まだ終わっちゃいない)


金と紅の瞳が、再び交わる。


千年の時を越え、俺たちの物語が──再び動き出した。



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