Phase1. 佐藤 勝(さとう まさる)
「あんた、告白なんかする前に全身鏡見た? 大体、そんな声で毎日ささやかれたら、体がいくつあっても持たないのよ!」
世界広しと言えど、こんな返事で女の子から振られたのは、オレくらいなもんだろう。
顔とかの外見については、オレもわかってるからまだしも、何で喋ったらいかんみたいなことを言われなきゃならんの?
そういったトラウマめいた事情もあり、普段から無口に徹することにしている。
おかげで、周りからは「何言ってんのか分かんねー」と笑われてきたのだが……。
オレは佐藤 勝。
現在、馬耳東風学園高校の二年B組にいる男子だ。
二年生になって半年が過ぎ、二学期に入っている。
オレの見た目はぽっちゃり系デブの冴えないブサメン。
自分で言うのもどうかと思うが、家族公認だ。
数少ない友達からもなぜか、「冴えない奴」と評判になっている。
――そんなオレの唯一の望み。
それはクラスの隅っこにいるモブとして静かに学校生活を送り、平穏なまま卒業することだ。
だから、普段は無口で目立たないよう生息しているんだ。
それに、オレは物心つく前から、両親に「デカい声の人間はクズだ」と教育され、育ってきた。
理由は定かではないが、多分両親が学生の頃、いじめてられいた奴の声がデカかったんだろう……。
よく聞いたことが無いから知らんけど。
だが、オレの体型と顔がそれを許さない。
必ずと言っていいほど、からかってくる奴が一定数存在する。
外見のことを悪く言われるのにはもう慣れたが、とにかくほっといてほしい。
オレの周りでガヤつかれることには、正直うんざりしている。
リア充したいならほかで好きにやってくれってわけ。
この学園には、オレとは対照的なイケメン王子がいる。
彼の名前は久我 颯真。
隣のA組にいる学校一のアイドル的存在だ。
オレと同い年なのに、あいつは漫画から出てきた王子様みたいな奴だ。
勉強は常に学年トップの成績。
運動はトップクラスで、どんな競技もこなせるらしい。
神様がいたらぶん殴ってやりたいほどの羨ましさだ。
高身長、顔は整いすぎ、髪型も常にサラサラ。
学園中の女は放っとかないし、常に取り巻きがいる。
それに、男たちからも羨望の眼差しで見られ、好感度が高い。
『笑顔一つでクラス全員を支配できる』とか、みんなから本気で言われていた。
要は、オレと颯真は正反対ってわけ。
すべてがまぶしすぎるから、普段から近づかないようにしている。
一度だけ、彼と口をきいたことがあった。
――あれはまだ一年生だったある日のこと。
掃除当番でゴミ捨てに行く時だったっけ。
廊下で取り巻き女子を従えた颯真に出くわした。
いつもなら、サッと隠れてやりすごすところだったのだが、なぜかその時だけ互いの目が合ってしまった。
気まずいと思って目を逸らした直後だった。
「何だ君は? どこのモブくん?」
颯真の方から口を開いた。
キラキラオーラを隠すこともなく、辺り一帯に振りまいていた。
「……」
オレは圧倒され、言葉すら出なかった。
彼は髪をかき上げ、オレを上から目線で見下して見せた。
「うわぁ、近年まれにみるブサメンだねぇ。君のような存在は、この世の中にいちゃいけなんだよ。知ってた?」
彼の言葉に取り巻きの女たちが同調して笑い出す。
――バカにしてるのか……?
そんなことがふと頭の中によぎったが、その気持ちをあえて無視した。
「……」
言い返す言葉も出ず、その時のオレは廊下の端に移動し、彼らに道を譲った。
「いい心がけだよ。どうやら心まではブサメンじゃなかったようだね。君、名前は?」
圧のこもった目で見つめられながら、オレは俯いてしまう。
「……」
「……そうか。名乗る価値もないってことだね。俺は久我颯真。覚えておくといい。『人は外見がすべて。それ以外は何の価値もない』ってね」
「……」
キラキラオーラ全開の彼の発言に、オレは何も言い返せなかった。
「つまり君は生きる価値もないってわけ。わかる?」
――その言葉が発せられた時だけ、オレの心はミシミシと音を立てて軋んだ。
「……ああ、覚えておくよ」
その瞬間だけ、ボソッと声が出た。
颯真はオレの返事に何かを感じ、反応したようだった。
一瞬だけ、場が凍り付いていた気がしたのを覚えている。
「ほう。君のこと、覚えておくよ。名前はあえて聞かないけどね」
彼はそう言うと、取り巻きの女たちを連れて颯爽と去っていった。
一人残されたオレは、忘れてくれと願ってやまなかった。
◇ ◇ ◇
今日、下校の帰り道。
空ははオレンジ色に染まろうとしていた。
用事が立て込み、ちょっとだけ、帰りが遅くなってしまった。
今日も無事に何事もなく一日が終わったなと思っていた。
だが、そんな日常が次の瞬間、突然崩れ去る。
公園の近くを通りかかった時、事件はすでに起きていた。
ふと公園に目が行くと、そこには颯真の姿があった。
だが、いつもの取り巻きたちの姿はなく、代わりに大の大人が三人ほど、彼を取り囲んでいる。
――かつてない異様で危険な雰囲気。
オレは大人たちが危険なチンピラかやくざだと直感した。
颯真は地面に膝をつき、彼らを見上げている。
どうやら殴られて、口元から血を滲ませているようだ。
普段のキラキラオーラも完璧スマイルも、なりを潜めていた。
「兄ちゃん、いい時計してんなぁ。ちょっと貸せよ」
「顔もいいし、いい所のお坊ちゃんなんだろ。金は持ってんだろうな?」
――その光景に、オレの頭の中で思考が閃きまくる。
うわ、完全にアウトなやつ。
関わっちゃ駄目だ。
オレとあいつは関係ない。
厄介ごとに巻き込まれたくない。
ここは逃げ一択だ。
そして、オレはそっとその場をやり過ごそうとした。
――その時。
パキッ――
足元の枝が折れる音。
やってしまったぁぁぁ!!!
心臓が跳ね、全身から脂汗が滲み出てくる。
だが、もう遅い。
一斉に視線がオレに向いてくる。
「……誰だ、子供か?」
冷や汗が流れる。
緊張で足が動かない。
チンピラの一人がこっちに向かって歩いてくる。
「なんだあんちゃん? 見世物じゃねーんだよ!」
その言葉は凶器のようにオレの心をフリーズさせる。
もうダメか……。
頭が白旗を上げたその瞬間。
なぜか口が勝手に動いた。
「……く、来んな」
小声で掠れたオレの声が、やけに響いた。
空気が一瞬凍りつく。チンピラも颯真も、驚いたように固まった。
その刹那だけ、フリーズから解放された。
オレは慌てて付け加える。
「け、警察が来るぞ!」
その声もまた、夕焼けの公園一帯に響き、辺りにこだました。
チンピラたちの表情が恐怖に変わるのがオレにもわかった。
「ちっ……!」
「やべ、逃げろ!」
チンピラたちが何を思ったかはわからないが、一目散に逃げだした。
静寂が戻り、その空間はオレと颯真だけになる。
残された彼は、呆然とした顔でオレを見つめていた。
「……本当に、ありがとう」
普段絶対に聞けないだろう、本音から漏れ出た言葉をオレは聞いた。
その後、口元の血を拭いながら俺に頭を下げた。
いつもは取り巻きに囲まれてキラキラ笑ってる王子様が、夕焼けの公園でひとり、こんな傷ついた顔をしてオレに礼を言うなんて……。
――あり得ない異様な光景に映った。
「いや、オレのウソを真に受けて勝手に逃げただけだろ……」
他人から礼なんて、ここ最近聞いたことが無かったから、照れ隠しに取り繕った。
そんなオレのたわごとですら、彼の目を引き寄せているように見えた。
「いやいや、あの声、効いたんだよ」
颯真が少し気を張った声で主張する。
そんな彼の唇の端から、また血が滲んでいた。
「……大丈夫か、血が出てるぞ」
「なぁに、このくらいの傷、どうってことないさ」
オレは考える前に、無意識に口にした。
「オレの家はこのすぐなんだ。手当だけでもしていけよ」
オレが発した言葉に、彼の目から一筋の涙が頬を伝った。
「……すまん」
それはいつものイケメン王子ではなく、ひとりの高校生の姿だった。
オレが手を差し伸べ立たせてやると、颯真は当然のように肩を預けてきた。
背は高いし、顔近いし、ブレスケアしてて息爽やかで助かった……しかもイケメン補正で妙に重々しい。
「……頼むよ」
低めの声で、オレの方を見て真正面から目を合わせられる。
少しキラキラオーラが復活してきたようで、何かまぶしかった。
◆◆◆
こうしてオレの家族も住む狭い小さな一軒家に、完璧王子様が転がり込む羽目になった。
親たちも颯真の異様な来訪に面食らっていたが、事態を察して手際よく通してくれた。
「……消毒するぞ」
「うん」
リビングで救急箱を用意したオレは、彼の手当てを始めた。
綿棒に薬を染み込ませて近づけると、颯真が身を引いた。
「ちょ、ちょっと怖いな」
「ガキかよ。じっとしてろ」
ボソッと呟いた声が部屋に響いた。
その瞬間、颯真の目が一瞬だけ見開かれる。
「っ……」
オレはその変化に気付かず、傷口にそっと綿棒を当てた。
「染みるぞ」
「……ああ」
消毒液の匂いの中で、颯真はオレのブサイクな顔をじっと見つめている。
少しの間、沈黙と消毒のやり取りが続いた。
「ほら、終わった。これで大丈夫だ」
「……すまんな」
気づけば、オレの家でイケメン王子がオレに感謝していた。
こんな話しても学校中の誰も信じないだろうな……
そんなことがふと頭によぎっていると、颯真が真剣な目で口を開いた。
「……お前、ヤバいな」
「は?」
「その声、癒されすぎて……俺、とろけそうだ」
「はああ?」
何言ってんだコイツ。
殴られてまだ頭が戻ってないのか?
俺は思わず顔をしかめる。
「……うるさい、終わったからもう帰れ」
「……ああ……今日はありがとうな」
親たちも陰でそっと見守る中、颯真が一礼して帰っていった。
「……ほんと、意味わかんねぇ」
見送った後、オレは呆れながらも、胸の奥がほんの少しだけざわつくのを感じた。
◇ ◇ ◇
翌日の午前中にそれは起きた。
授業終了のチャイムが鳴り、オレは教科書とノートを片付けていた。
「やあ! サトウマサルくん!」
突然の声に思わずノートを落としてしまった。
明らかに漂うキラキラオーラ。
顔を上げて見なくても、誰かは察しが付く。
「……何しに来た? なんでオレの名前を……」
ノートを拾いながら、思わず聞き返してしまっていた。
……そこには、取り巻きの女やクラスの女子たちを惹きつけた“久我颯真”が立っていた。
「ふふん。俺の情報網を舐めないでくれたまえ。その程度のこと、俺にとっては朝飯前さ」
颯真が髪をかき上げながら得意げに語る。
その言葉と仕草に、女子たちの黄色い声が飛び交った。
はいはい、モテモテなのはわかりました。
「で、何の用?」
オレは小声でボソッと聞いた。
颯真は再び髪をかき上げる所作をしてから、答えた。
「決まってるだろう、君に礼を言いに来た。そして、今までの非礼を詫びさせてくれ」
「はあ?」
何の間違いか知らないが、勝手に事を運ばないでほしい。
オレはお前に何もしちゃいないし、されてもいない。
……まぁ確かに、昨日は結果的に助けたことになるが、そのお礼ってことなのか?
「昨日のことならもう十分聞いた。ここまで来てしなくていい」
オレの言葉に彼は聞き入り、真剣な目を向けている。
いや、大したことは言ってないのだが……
「何て謙虚なんだ。ブサメンで体型のことまで卑下していた自分が恥ずかしいよ。本当に済まなかった」
そう言ってみんなの前で頭を下げた。
女子たちが騒然としていた。
「……いいよそういうの。みんなの前だし、もうやめてくれないか」
「そんな照れなくてもいい。俺は君のことを見誤っていた。これからは友達、いや、マブダチになってくれ」
颯真のその言葉と態度に女子たちが呆然となっていた。
オレはもう面倒くさくなって言い放った。
「だからもういいって。授業始まるし、帰ってくれ」
オレの言葉に彼はハッとした表情になり、返してきた。
「……そうだな。今日のところはこのくらいにしよう。休憩時間中の邪魔をしたな」
颯真はそう言うと、踵を返し、取り巻きの女子たちと共に教室を去っていった。
彼のキラキラオーラと残り香がクラスの女子たちを魅了していた。
「ふぅ、やっと帰ったか」
ため息を吐き、次の授業の準備に取りかかろうとした。
そんな時だった。
「ちょっと、さっきの横柄な態度は何? もっとちゃんとやってあげなさいよ」
そう言って立ちはだかるのは、クラスでもちょっとかわいい系の女子だった。
「……」
オレはまったく女子に免疫がなく、できれば会話したくなかった。
「颯真くんはこの学校の希望なのよ。それを無視するなんて……」
彼女がまくしたてる。
てか、彼の話、聞いてた?
「いや……、彼がこんな顔のオレなんかに話すこと自体が間違いだって思わないの?」
思わず聞き返していた。
直後、事件が起こる。
彼女が突然めまいのように床に倒れてしまったのだ。
クラス中が騒然とした。
――また、やっちまった……
オレは倒れた彼女の前に膝を折り、お姫様抱っこした。
そして何も言わず立ち上がり、教室を出て保健室にダッシュした。
すれ違う生徒たちの刺さる視線をやり過ごし、どうにか保健室にたどり着く。
保健の先生に事情を話し、ベッドに静かに寝かせる。
「あとは、お願いします」
そう言い残して教室へと戻ったのだった――。
◇ ◇ ◇
下校中に駅前を歩いていると、オレは妙に視線を感じた。
「……ちょっと、あんた」
振り向けば、大人かと思うハイヒールを鳴らして近づいてくる美人高校生。
高級ブランドの制服に巻き髪。
誰がどう見ても“華やかな女”。
――颯真の取り巻きによくいる奴、確か高橋美怜とかいったか……。
「なんであんたみたいブサメンが颯真くんと一緒にいるの?」
いきなり睨まれる。
「……知らん、彼に聞けばいいだろ」
オレは小声で反論した。
彼女は一瞬ひるんで固まったように見えたが、言葉を浴びせてきた。
「はあ? あんたみたいな冴えないブス、颯真くんの隣に立つ資格すらないでしょ!」
図星すぎて反論もできねぇ。
「そうだな。オレもそう思う。あんたからももう関わるなって言ってくれよ」
オレがそう言うと、彼女の表情が威嚇から変わっていくのがわかった。
「……な、何よそれ」
「……あんたの言う通りって言ったんだ」
気づけば、ぽつりと口をついて出た。
低く響くその声に、美怜さんがビクリと肩を震わせる。
「な、なによその言葉……あんた、反則過ぎる」
彼女はさらに頬を赤らめ、視線を逸らす。
「はぁ? 聞いてる?」
彼女の反応があまりに違い過ぎて、つい出てしまった。
「べ、別に、私は……颯真くんが好きなだけなんだから!」
自分に言い聞かせるように叫びながらも、耳まで真っ赤。
さっきまで威勢のよかった姿はどこにというくらい、別人になっている。
しおらしくなった彼女に、オレは首を傾げた。
「……は? 何言ってんの? 好きにすればいいだろ……」
「す、『好き』ですってえぇ!!」
急に興奮した様子で彼女が取り乱す。
両手で紅潮した顔を覆って隠してしまった。
――何か変なとこだけ切り取られた気がしますが……気のせいか。
美怜さんとそんなやり取りをしていると、どこからともなく、颯真が現れた。
「おーい、マサル!」
彼は無邪気に手を振り、当然のようにオレの肩に腕を回してきた。
図々しいし、暑苦しいんだが……。
「なっ……! ちょっと颯真くん!? その人、ただの冴えない男でしょ!?」
「違うよ、美怜。マサルは最高のマブダチなんだ! なっ!」
そう言ってさらにギュッとオレのぽっちゃり肩を強く抱いてくる。
「いてーよ。離れろ。そこに彼女がいるだろうが。抱き締める相手を間違ってるだろうが!」
「ああっ! いいねぇ、ズキュンと来た!」
オレたちのやり取りを見ていた美怜さんが叫ぶ。
「……っ! なんですってぇ!!」
彼女はオレと颯真を交互に見つめ――小さく呟いた。
「……ずるいよ、あんたの声……」
「知らんがな。見てないで彼を離すの手伝ってくれよ」
オレのお願いに反応して、美怜さんが颯真を引き離すのを手伝ってくれた。
そして、そのまま二人で帰っていった……。
――その背中は幸せに包まれ、何だかちょっと妬けてしまった。
◇ ◇ ◇
翌日のお昼休み。
オレは大型の弁当箱を開き、箸で卵焼きを掴んで食べようとしていた。
突然、校内放送開始のジングルが鳴り響いた。
はて、今日は放送なんてあったっけ?
そんなことを思いながら卵焼きをほおばった。
『全校生徒の皆さん、お休みのところ失礼します』
その声に、クラス中の女子たちが色めき立ち、黄色い声が沸き上がった。
それは、ほかのクラスからも起こるのが、後れて聞こえてきた。
そう、久我颯真の放送が始まったのだ。
ちなみに彼は生徒会長ではないし、普段放送をすることはない。
『久我颯真です。突然ですが、聞いてください。今日はこの俺から、皆さんにお知らせしたいことがあります』
キャーと教室から女子たちの歓声が沸いた。
『俺、久我颯真はこの時から、二年B組の佐藤勝君とマブダチになり、共に歩んでいくことをここに宣言します!』
その瞬間、オレは卵焼きを吹き出してしまった。
な、なんだってえええええ!!!
トンデモ爆弾発言が飛び出した。
クラス中が歓声ではなく、騒然となり、ざわめきに包まれた。
そりゃそうだろう。
誰だってそうなる。
あいつは一体何を考えているんだ?
そして、よりによってこのオレのことを全校生徒に知らせるなんて……神経を疑うってのは、このことだ。
『なお、今後彼のことをいじめたり、侮辱する者がいれば、それは俺に対する行為とみなし、それ相応の対処をさせてもらいます』
クラス中がさらにざわめき立った。
おい、マジで勘弁してくれ。
みんなからの視線が痛すぎる――。
『久我颯真から皆さんへの報告は以上です。なお、今日放送を聞いていない生徒もいるでしょうから、生徒会と職員の先生方を通したうえで、あらためて掲示板にて告知させてもらいます。俺からは以上です。お昼休みの貴重な時間をありがとう』
そう言い終わると、放送終了のジングルが校内中に流れた。
――大変なことになってしまった、と直感した。
だが、その日を境にオレはいじめに遭ったり、からかわれることはほぼ無くなった。
それはそれでよかったのだが……
オレの平穏な日々が守られたわけではなかったのだ。
――むしろ、その日から、オレの人生そのものが一変したのであった。
◇ ◇ ◇
放課後の校門前。
オレは颯真と美怜さんに左右を固められながら、ただただ縮こまって歩いていた。
「ほら、もっと堂々としろよ、マサル。お前は俺のマブダチなんだからな!」
颯真は肩に腕を回し、にかっと笑う。
そのキラキラオーラに、通りすがる女子たちがキャーキャー騒いでいる。
「やめてよ颯真くん! なんでそんなにマサルにべったりくっつくの!?」
美怜さんが颯真に向かって言い放つ。
「それはもう全校生徒が知っている事実さ」
「いや、美怜さんの言う通りだぞ、颯真。君には美怜さんたち女子を幸せにしてあげてだな……俺のことはほっとけ」
そう言って擁護すると、美怜さんが割り込んできて、オレの反対側の腕をぐいっと引っ張る。
「だって……その……私だって、あんたの声、ちょっと……」
言いかけて真っ赤になり、視線を逸らす。
「ふふん、だろ? マサルの声は一度聞いたら忘れられないんだ。――人間は外見じゃないんだ。そうだろ、マサル」
颯真はしたり顔でそう言って、美怜さんにわざと挑発的な視線を送る。
「ちょ、ちょっと! 颯真くんまで調子乗らないでよ! 私だって――」
「俺だって!」
二人の言い合いがヒートアップし、オレを真ん中に挟んで火花を散らす。
……み、美怜さん、なんか主旨が変わってません?
横目で通り過ぎる生徒たちのざわめきが一層大きくなる。
周りからの視線が痛すぎる。
「もう二人とも、いい加減にしてくれ!」
……ていうか、なんでオレが見世物みたいに注目浴びてんだ?
「マサル、最高だぜ!」
「はああああん!」
二人がオレの説教に感じ入ってしまったようだ……。
――こりゃ逆効果だったか。
……もぉ、どうすりゃいいんだ!
オレは心の中で頭を抱えた。
平穏、ただそれだけを望んでたのに。
「マサルは俺のものだ!」
「いいえ! マサルの声は、私にだって響いてるのよ!」
オレの両腕を掴んだまま、颯真と美怜さんが同時に叫ぶ。
その勢いに押され、ついに限界が来た。
「お、おい……」
堪えきれず、オレは叫んだ。
「――オレのことはほっといてくれよぉーーーっ!!!」
校門前にオレの声が響き渡る。
一瞬の静寂。
オレの隣でさらに感じ入る二人。
そして次の瞬間、颯真と美怜さんが顔を見合わせて――吹き出した。
「……あははっ! やっぱ最高だな、お前!」
「……くっ、悔しいけど……ずるいわよ、その声……!」
二人の笑い声と、周囲の生徒たちのざわめきに包まれながら、オレは頭を抱えて前を向いた。
――平穏な日々?
もしかしたら、それは戻ってこないかもしれない……
だけど。
「……ったく、なんでこうなるんだよ」
赤くなった顔を隠すようにため息を吐き、オレは二人に両脇をがっちり固められたまま校門をくぐったのだった。
Phase1. 佐藤 勝 ――完――
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
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何も言われず読んでもらうより、全然うれしいです。
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