006 疑問と決意と 2025年3月29日
二人の男が街道を走っている。
先を進んでいた馬車に追い付くと飛び乗り、荷台がギシっと軋む音を立てた。
「ダニー隊長、なんだよさっきのガキ共は! ありえねぇ‼」
「そりゃ俺が聞きたいっての。すげぇ突きだったな。当たりどころが悪けりゃビリー、お前死んでたわ! ハハハっ‼」
「笑い事じゃねぇよ。そっちだってヤバかったろ! 痛ってぇよぉ。あばらイってるわコレ‼」
背の高い男、ビリーは顔をゆがめながら脇腹をさすった。突きを受けた鎖帷子は歪んで穴が空きそうだ。斬撃を受けたダニーの短剣も大きく刃こぼれしている。
(どっちも術で強化してたんだがな)
「どう思う? ビリー」
「嘘は言ってねぇな。猫目石の話はカマかけのネタに使っただけだろ。調査漏れの『黒』の被害者だ。チッ……胸クソわりぃ」
ビリーは眉間にシワを寄せて顔を顰める。
「……そうだな。俺もそう思う」
「だけどよ、クセっ毛の石は気になるな。色は違うがアレは『本物』だった。『青』もあるなんて聞いてなかったぜ?」
(その通りだ。母親だけが何故殺された? やはり『青』も無関係とは到底思えない)
「気にはなるが一旦忘れろ。現時点で『黒』の情報は全て確認が完了した。予定通りこのまま目的地に向かう」
「了解」
男達は馬車に揺られながら、街道の先へと消えていった。
※※※
辛くも難を逃れた姉妹は暫くの間、その場で呆然としていた。
「お姉ちゃん! 何さっきの奴らッ! ありえないっ‼」
ようやく思考を取り戻したリーネが喚いた。
「ふふふ。私の方が聞きたいよ。リーネったら、自分から敵に挟まれに行っちゃダメだよ?」
「ぐぬっ。だってもう一人いるなんて全然気が付かなかったんだもん。お姉ちゃんがいなかったら死んでたね。えへへ」
笑い合い、緊張が緩まる。
(アイツら……。私の斬撃はともかく、お姉ちゃんの突きを受けて直ぐに立ち上がるなんて……)
「おいどうした! 何があった‼」
ダルドが駆け下りてきた。
激しい戦闘音に気づき、家から飛び出してきたようだ。
レーゼが見知らぬ男二人に襲われたと伝える。
「まだ近くに潜んでいるかもしれん。後は自警団に任せて今日は宿で休ませてもらえ」
姉妹はもう危険はないと感じていたが、素直にダルドの言葉に従った。
「うん……痛ッ!」
立ち上がろうとして地面についたリーネの左手首がズキンと痛む。ダルドに肩を貸してもらい、ふらつきながら立ち上がった。
※※※
周囲を警戒しながら山道を下り、町に戻った三人は宿屋の扉を開けた。ずぶ濡れで泥だらけのリーネとレーゼは入る事を躊躇する。しかし、ひと目見て顔色を変えたタチアナに引っ張り込まれてしまった。
まだ食堂にいた自警団三人組は青い顔をして唖然としている。何者かに襲われたと言うリーネ達を見て、完全に酔いが覚めてしまったようだ。
ダルドは三人を引っ掴んで自警団詰所へと走って行った。
「タチアナさん、ニナもありがとう。お店汚しちゃってゴメンね」
「いいのよ! そんな事は‼ 無事で良かった……」
涙を浮かべたタチアナが二人まとめて強く抱きしめた。ニナもわんわん泣いて抱きついてくる。
姉妹は人のぬくもりに身を委ねる。そして『生きている』という喜びを存分に噛み締めた。
アレクが乾いた毛布を持ってきて、バサっと被せた。抱きついて濡れてしまったニナもまとめて、柔らかい毛布に包まれる。
((あぁ……ほんとに、助かって良かった……))
ぬくもりを感じながらホッと一息つくと急激に眠気が襲ってきた。空きの客室に送ってもらい、借りた寝間着に着替えてベッドに倒れ込んだ。
((私は生きたい。絶対に、絶対に生きて必ず……))
そのまま、深い眠りへと落ちていった。




