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023 修行と導師と 2022年5月5日

 張り詰めた鉄の弦が鳴ったかのように、リンダの言葉が響く。


「もう貴女達の事を子供だとは思わない。貴女達に必要な力、私が教える。私の総てを賭けて。これから私の事は導師(マスター)と呼びなさい」


「「はい!導師(マスター)‼」」

「今から修行を始める。時間はいくらあっても足りないと思いなさい」


 三人の纏う気配は、つい先程とまるで異なっている。

 仮初の母親と幼い姉妹の影は消え去っていた。


「二人に課題を与える。期日は七日後。合格すれば修行を続ける。不合格ならそこで終わり。魔力の経絡を断つ呪いをかけて一生魔法を使えない身体に変える。魔導士は諦めてコソコソ隠れながら生き続けるといい」


「「ッ!」」


「レーゼは脚を治せ。剣を持ち、全力の突きを放つ事が出来れば合格とする。リーネは精霊の力を借りてこい。私に幻を見せることが出来れば合格とする」


 そう言い放つとリンダは荷物をまとめ始めた。


「り……導師(マスター)?」

「……」


 無茶な課題とリンダの行動にリーネは戸惑っているようだ。


「私は家を出る。ここは預けるから二人で暮らせ。七日後に戻る。話は以上だ」

 リンダは二人に目もくれず足早に出て行ってしまった。


「リーネ、私は作業部屋を借りるわ」

 レーゼは一言告げると部屋に入っていった。


(お姉ちゃんはもう理解している。精霊の力……私はどうすれば……)


 途方に暮れたリーネは暫くの間立ち尽くしてしまった。



 ※※※




 リーネは考えながら、一先ず放置されたマグカップを片付けはじめた。


 外に出て井戸の水を桶に汲む。


 桶にカップを入れて汚れを濯ぐ。珈琲と紅茶の色が移り、水が少し汚れる。

(汚れたお水。土に染み込んで、長い時間をかけて、やっと綺麗に澄んだ水になる)


 水を地面に流して、もう一度水を桶に汲む。 

(澄んだ水。精霊ウンディーネ様。私、力を貸してもらえるのかな……)


 目を閉じ、両手を組んでお祈りする。

 タプタプと揺れる桶の水面には少女の顔が映っている。


 するとリーネの身体を淡い光が包み始めて……

 という様な事は無く、特に何も起きはしない。


 部屋に戻り、カップを布で丁寧に拭いて棚に戻す。


 横を見るとシチューの鍋が竈に乗ったままだった。

 薪が未だ燻って赤い炎が揺らいでいる。

(揺らめく火。火の精霊サラマンドラ様。火って何だろう。美味しいシチュー、苦い珈琲、良い香りの紅茶。火がないと作れない)

 

 目を閉じ、両手を組んでお祈りする。

 強く抱きしめるように熱が身体を包む。


 空の桶を持って外に出た。

 木の葉のかすれる音がサラサラと聞こえる。

(そよぐ風。風の精霊シルフィ様……。麦は穏やかな風に包まれて育つ。花は優しい風が香りを運んでまた咲く……)


 目を閉じ、両手を組んでお祈りする。

 そよそよと頬をくすぐりながら穏やかな風が通り抜ける。


 目を開けると畑が見えた。

 畝の間を歩いてみる。

(暖かい土。土の精霊ノルム様……。土は全てを包み込む。命は土から始まり土に終わり、また土から始まる……)


 目を閉じ、両手を組んでお祈りする。

 ふかふかに耕された土のぬくもりが足に伝わる。


 畑を通り過ぎ、森の中へ入る。


 どっしりと根を張って大きく育った楢の木々。

 一際大きな木を見上げて立ち止まる。

 手のひらよりも大きな葉がサワサワと揺れている。

 高く昇った陽を浴びて、その存在を一層際立たせている。

  

 緑の絨毯の上に、両膝をついてそっと座る。

 (大きな楢の木。いつからここにあるのかな。ずっと見守ってくれているみたい。あっ、一本切ってテーブルにしちゃってごめんなさい。大切に使います……)


 目を閉じ、両手を組んでお祈りする。


 鮮やかな草花と柔らかい土に全身が包まれる。

 その芳香が陽に暖められて昇り、風に乗って広がった。 

 大木の根から水を吸い上げる音が聞こえる。

 幾多に枝分かれ、数多に広がる葉の葉脈の先に至るまで昇り、行き渡る。 


(木の神様……精霊様。お名前知らなかったな……。お父さんとお母さんを、生きているならどうか、お守り下さい……)


 リーネはそのまま、ただ祈り続けた。


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