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022 二度寝と目覚めと 2022年5月5日

 静寂の森に山鳥の鳴き声が甲高く響き、目を覚ました太陽が新芽の隙間から顔を覗かせて煌めいている。森が深い呼吸をするかの様に活動し始めて、スヤスヤと眠っていた少女もようやく目を覚ますようだ。


「ちょ! 待って! ……んあ?」


 誰かを引き止めようとして手を伸ばしたリーネ。

 目を開くと斜めに丸木を組んだ、見慣れた天井が見えた。


「ばらん……私は、りん……リーネで……」

「どうしたの? リーネ」

 同じベッドで寄り添って寝ていたレーゼは、先に目覚めていたようだ。


「……うう〜ん? 何か夢見てたみたい。何だっけ。思い出せないや」

 夢の記憶が薄まり、思い出せなくなっていく。


「何か追いかけてたみたいだよ? 待ってよ~って」

「えー? そういえば……男の子、お話しの途中で消えて……」


「人を追いかける夢はね、希望が叶う前兆と努力の実りを表す吉夢。良い夢なんだって。ふぁ」

 レーゼは欠伸をしてまだ眠たそうだ。


「異性を追いかける夢は、恋の始まりって意味もあるけどねぇ。リーネはもう、そういうお年頃なのかな?」

 同じ部屋のベッドで寝ていたリンダも目を覚ましていた。


「えーっホントに? 誰! 教えてよリーネっ!」

「ちょ! 違うってば! いない、いないよっ?」


 リーネは顔を赤く染めて慌てている。


「フフフッ」

「えへへっ」


「もうちょっとだけ寝ようかな……」

「私もそうしよ……」


 リーネは毛布を被り直して丸くなると、レーゼの胸の辺りに頭を埋めてピトっと引っ付いた。レーゼもそっとリーネを抱き締めて目を閉じる。


(ホントに、母親の気分になっちゃうわね……コレは)


 溢れ出る愛おしさ。リンダは胸の内から止めどなく湧き上がる心地良いその感情に浸り、そして目を閉じる。


(アンネ……ルドルフ……アタシが、必ず守るからね……あんた達の、大切な……)


 やがて、すぅすぅと三人の寝息が聞こえ始めた。




 ※※※




 高く昇りきった陽の光が差し込んで、テーブルを照らしている。リーネはまだ眠り続けている。隣にレーゼは居らず、リンダも見当たらない。


(ウゥ……苦しい……助けて、苦しい……)


 仰向けのリーネが、酷くうなされている。


(ウゥ……重い……お腹が……ッ!)


 苦しさにたまらず目を覚ます。


「ニャ?」

「へっ?」


 お腹の上で灰色の獣が丸くなっている。ソコソコ大きくて結構重い。


「うわあっ!」

「ギニャア!」


 叫び声をあげたリーネに驚いた獣が飛び上がって逃げていった。

 ドタバタ! がっしゃーん!


「きゃあっ! 何ッ? 猫?」

「うわっ。どっから入ってきたこの猫!」


 レーゼとリンダの叫び声が聞こえる。寝室の外が騒がしい。走り回って何かをひっくり返したようだ。

 驚いて、未だ心臓がバクバク鳴っていたリーネは恐る恐る寝室の外を覗いてみる。

 灰色の猫がテーブルの下で身構えていた。レーゼとリンダは少し離れて様子を見ている。


「びっくりした。なんだ猫か」

 ホッとしたリーネはレーゼの隣に屈んだ。


「ふわふわしてる。見た事ない猫ね」

「綺麗な青い目。誰かの飼い猫かなぁ?」


 猫はテーブルの下で身構えたまま、ジリジリと壁際まで後ずさり警戒している。


「これ食べるかな。あげてみな」

 リンダが小さく千切った干し肉を持ってきてレーゼに手渡した。


「おいで。怖くないよ。ほら美味しいよ?」

 レーゼが優しく声をかけると、猫はゆっくりゆっくり前に進み始めた。

 鼻を近づけてフンフンと匂いを嗅ぐ。


「お! 食べるかも!」

 齧り付くぞと思った瞬間、


「フンッ」


 こんなのいらない、とでも言うかのように鼻を鳴らすと身を翻してテーブルに乗り、少し開いた窓からスルリと出て行ってしまった。


「行っちゃった」

「……」

「愛想の無い猫だねぇ」


 三人は顔を見合わせて、床にばら撒かれてしまった紅茶の葉を見ながら溜息をついた。


 床を掃除して片付けを終えた三人は、気を取り直してお昼ご飯の準備をし始めた。




※※※




 昼食後のテーブルには湯気を放つマグカップが三つ。苦い珈琲と爽やかな紅茶の香りが混じり合い漂っている。


 暫く無言の時が流れ、リーネが口を開いた。


「ねぇリンダ。私もっと魔法の事を知りたい。どうしたら魔導士になれるの?」


 いつになく真剣な表情で聞くリーネ。

 レーゼは無言でリーネを見つめている。


「……何故、魔導士になりたいんだ?」

 リンダは質問に答えず、聞き返した。


「私、何も知らなかった。魔法、宝石の持つ力、お父さんとお母さんの事、この珈琲と紅茶の事だって知らなかった。もっと知りたいの。色んな、私が知らない沢山の事を。もっとこの世界を知りたいの」


「それは魔導士にならなくても、知る方法が有るんじゃないか?」

 敢えてリンダは尋ねる。


「リンダは本当にそう思ってるの? リンダに沢山の事を教えてもらって、魔導士にしか知る事を許されない事が沢山有るって分かった。お父さんとお母さんは魔導士だった。私達が知ってはいけない事を沢山知ってたと思う」


 レーゼは無言のままどこか遠くを見つめ、リーネは話を続ける。


「私達も魔導士になれば、この世界の事をもっと知る事ができる。お父さんとお母さんの事をもっと知る事ができる。もっと近づけると思う……の。だから……魔導士に……」

 リーネは涙ぐんで俯いてしまった。


「リーネも私も、リンダが教えてくれなくっても必ずなる。魔導士に。そして必ず辿り着いてやるわ」 

 レーゼは睨みつける。遥か遠くの先を。


(もっとこの世界を知れ……師匠の口癖だったね)

「……不要な力を欲する者は、必ずその身を滅ぼすわ」


 リーネとレーゼは真っ直ぐな眼差しをリンダに向ける。

(ついさっきまでの、この子達とはまるで違う。刮目せよ……ね)


「もう貴女達の事を子供だとは思わない。貴女達に必要な力、私が教える。私の総てを賭けて。これから私の事は導師(マスター)と呼びなさい」


「「はい!導師(マスター)‼」」


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