020 意志と焔と 2022年4月17日
森の家の中、リンダがベッドに腰掛けたレーゼの右脚を診ている。
「よし、傷は完全に塞がっているね。痛むだろうけど少しずつ歩いて脚を慣らしていこうか」
リンダの背中から、恐る恐る覗き込むようにリーネが見つめている。
右脛の側面を深く切られ、傷は骨にまで達していた。傷跡は酷く残っているが、この短期間でここまで治癒したのは驚異的な事だった。
「少しずつ? 早く普通に歩いて走りたいのに」
当のレーゼ本人は不満そうだ。体が訛っていく不快さと焦りも有るのだろう。
(正直、切り落とす可能性も考慮したんだけどね。ホントに凄い子だ)
「リーネ、レーゼの横に座りな」
「はーい?」
リンダは座ったリーネの左手を手にとり、リーネの目の前まで持ち上げる。
「リーネの指輪の石の色、前より濃い青色になってるだろ?」
「うん。前はもっと薄かったよ? それになんか中に光の筋が見えるの」
「この石はね、とても珍しい青色の猫目石。貴重で価値が高い物なんだ。悪い奴らに目を付けられると危ないから、アンネが魔法で薄い青色のガラス玉に見えるようにしていたんだ」
「お母さんの魔法……」
「……時間が経って本来の色に戻ったんだね。あんまり人に見られると良くないから、ほら、これに通して服の下に隠しておくと良い」
そう言ってリンダは机の引き出しから銀鎖の首飾りを取り出し、リーネの指輪を通して首に掛けてあげた。
「わぁ! キレイな銀色!」
「そうだろう? 精霊銀って特別な金属を編んだ物でね。ちょっと遅くなったけどリーネ、誕生日のお祝いだ。受け取ってくれ」
「ありがとうリンダ! 嬉しい!」
そしてレーゼの左手を手にとって持ち上げる。
「レーゼの方はね、パッと見は普通の黒曜石だ。そのまま指に着けておいて大丈夫。じっくり見られると実は凄い宝石だって分かっちゃうから、そこは注意するんだよ?」
レーゼは黙って頷いた。
「そして! レーゼは今日がお誕生日だね。おめでとう!」
そう言うと、今度はレーゼの右足首に銀の足飾りを着けてあげた。
「これも精霊銀だ。早く怪我が治るように術を込めておいたからね」
「ありがとう! とっても嬉しい!」
二人はじっと眺めてみたり触ってみたりして大喜びだ。リンダは優しく微笑みながら二人を見つめている。
「レーゼの黒曜石の指輪。これはね、レーゼが産まれた時からずっと……ルドルフがずっと身に着けていたものだ」
「うん。お父さんがいつも大事そうにしてた。考え事をしてる時に触るクセがあったんだよ?」
「フフ。そうだったのか。ルドルフも意外と可愛い所があったんだねぇ。レーゼは黒曜石を象徴とする神様を知ってるか?」
「うん。オルディヌス様だよね」
「そう正解! 北玄神オルディヌス様。何を司る神様かも分かる?」
「確か……正義、裁定、守護だったっけ」
「偉いね正解だ! ルドルフとレーゼにピッタリの石だと思わないか?」
「お父さんとお姉ちゃんにピッタリ!」
リーネがニッコニコの笑顔で答えた。
「お父さんと私に……」
「そしてこっち。リーネの青色の猫目石の指輪。これはリーネが産まれた時からずっと、アンネが身に着けていたものだ」
「うん! お母さんも大事そうにしてた。指輪を見るといつもニコニコしてたんだよ!」
「ウンウン、そうだったね。それじゃあリーネも、猫目石を象徴とする神様が分かるかな?」
「分かる! ジルムディア様! でも司る? って分かんないや。えへへ」
「正解! 南朱神ジルムディア様。リーネもよく知ってたね。司るのは、慈愛、包容、成長」
「お母さんにもリーネにもピッタリな言葉ね!」
レーゼも直ぐに答えた。
「お母さんにはピッタリだけど、私もそうなのかな??」
「アタシも、リーネにピッタリだと思うよ」
リーネもとても嬉しそうにしている。
三人は暖かい思い出が胸に広がり、寂しい想いが上書きされて少しずつ薄れて行く様に感じていた。
「前に魔法は石の持つ力を借りて使うって教えてあげたね?」
「「うんうん」」
「自分にピッタリだと思う石ほど、大きな力を引き出せる。二人とも今まで以上に、その指輪を大切にしておくんだよ。それが魔導士になるための、大切な第一歩なんだ」
「「分かった!大切にする!!」」
(本当はもう魔法、使えてるんだけどね。それを知るのはまだ少しだけ早いんだ)
「フフフ。じゃあそろそろお昼ご飯にしよっか!」
「うーん。もう少し魔法のお話聞きたい」
「私もお勉強したい!」
「そうか? それじゃあもう少し続けようか。アタシの師匠から教わった魔導士の極意を教えてあげよう。とっておきだよ?」
「凄い! いいの?」
「かっこいい! 知りたい!」
リンダの瞳の輝きが鋭さを増す。
「魔導士の極意、それはね……」
思いは想いとなり、想いは意志となる
意志は焔となり、焔は人に刻まれ
人はまた思い始める
「……これを[ruby=ことわり]理[/ruby]と知れ。だそうよ」
「えー何それ。意味分かんない」
「ほむら? ほむらって何?」
「アタシもねぇ、意味分かんないんだなぁこれが。ウフフッ」
「ウフフじゃないでしょ。どこが極意なの?」
「リンダも分かってないじゃないか!」
「さぁ! ご飯にしよ!」
「「はーい」」
今日はレーゼの誕生日。リンダは特別な昼食を用意していた。
猟師のダルドに分けてもらった猪の大きなお肉。昨晩のうちにハーブと塩水に漬け込んで血と臭みを抜いた。そして朝から赤ワインとたっぷりのバター、香辛料を加えて煮込んでいる。
竈門の火にかけた鍋がグツグツと煮立ち、鼻をくすぐる芳香を放っている。そろそろ猪肉がホロホロに柔らかくなって食べ頃のはずだ。
精霊銀のアクセサリーを貰って大喜びの二人は跳ねるようにして席についた。




