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015 大草原と麦畑と 2022年1月13日

──バレリア帝国南部、ベルクハイム領北部街道──


 晴れ渡った雲一つない青空。

 一面の枯れ草が風に靡いて波打っている。

 茶色い草原を貫く一筋の街道。


 乗合馬車の車輪が土埃を巻き上げながらガタゴトと音を立てて進んでいく。


「なぁ、あんた商人さんかい?」

 恰幅の良い年配の男が、暇そうにしているハンチング帽の男に話しかけた。


「あぁ、今年の麦は出来が良さそうだと聞いてな。観光がてら買付けの下見だよ」

「よく冷えたからなぁ。ここいらの麦は寒い方が良く育つもんでな。それに今も芋や葉物が良くできとるよ」


「そうか、それは期待出来そうだ。俺みたいに帝都から来る商人が増えているのか?」

「いんや、帝都よりエンハイムからの引き合いが増えとるな」


「へぇ。何でだろうな」

 ハンチング帽の男の目が細まる。


「大きな声では言えんが、何やら軍備を整えとるような話がある。根も葉もない噂だけんどな」


(きな臭い事この上ないな)


「そりゃ良いな。野菜の横に鎧兜も並べて売ってやるとするか」


 恰幅の良い男はハハっと笑い、他愛のない話を続ける。ハンチング帽の男、ダニーは適当に会話を流しながら外を眺めた。


 外の風景は茶色い草原から、青く芽吹いた麦畑に変わってる。

 馬車は間もなくレダニアの街に到着するようだ。




 ※※※


 バレリア帝国中央部、ベルクハイム公爵領『レダニア』


 バレリア帝国南部に広がる緩やかな丘陵地帯。見渡す限りの草原を抜けた先にあるレダニアの街。隣国との国境に近く、商人や旅人が盛んに行き来している。穀物や果物の栽培が盛んで、風光明媚な観光先としても人気が高い。


 ※※※




 街の東部入口にある露店街。色とりどりの野菜や果物、生活用品や骨董品、高級そうな衣類、実用的な武器に防具。あらゆる商品が並んでいる。


 屋台から客を引く声が響く。串焼きのタレが炭に落ちてジュウジュウと白煙をあげている。甘辛く香ばしい匂いを、これでもかと撒き散らすようだ。

 

 行き交う人々に紛れ、薄汚れた麻の服を身に纏った男が歩いている。


(ようやく辿り着いた……馬車に乗せてもらえて助かったな……)


 狼に襲われたフランツはその直後、今度は盗賊に襲われている馬車と商人を発見する。迷う事なく盗賊を撃退すると、泣いて感謝を伝えながらお礼がしたいと請われ、商人の目的地であったレダニアまで同乗させてもらったのだった。


 助けられた商人は、ボロボロの騎士服の見るからに怪しいフランツに何も聞く事はなかった。金貨の入った小袋を押し付けると何度もお辞儀をして去っていった。


(この金も有り難く使わせてもらうよ)


 騎士の装備は流石に目立つので、途中で立ち寄った川に泣く泣く沈めてきた。

 露店を軽く見回し、服を調達していく。

 店の奥の方に吊られた黒革のコートが気になり羽織ってみる。獣の脂臭が鼻につくが、柔軟で頑丈そうだ。


「兄ちゃん良い目利きしてるね。それは隣国のバルフォアって水牛の革製でな。水を弾くし並の刃物じゃ通らねぇ頑丈さだ」

 店主が気さくに声をかけてきた。


「気に入ったよ。買わせてもらう」

「毎度! 兄ちゃんもギルド目当てかい?」


「ああ、そうなんだが場所が分からなくてね。どこにあるか教えて貰えるか?」

「このまま進むと目立つ酒場が有る。その隣さ。看板があるから見ればすぐに分かる」


 店主が話しながらゴソゴソと箱を引っ張り出した。

「オマケだ! この靴も履いて行け」


「ありがとう。助かる!」

 フランツは早速貰った革のブーツに履き替えた。


「兄ちゃん頑張りなよっ!」


 笑顔で店主に手を振り、目的地に向けて歩き出した。




 ※※※


 自由職方組合『リーランズギルド』


 様々な仕事の斡旋を行う組織。元は職人の集まりであったが次第に規模が大きくなり、農作業などの簡単な依頼から害獣駆除、傭兵、騎士団の補佐、トレジャーハントに至るまで、多彩な仕事を扱う様になった。

 大陸全土の都市に本部又は支部が存在し、そのネットワークと勢力は侮れないものがある。

 加入にはギルド本部での適正検査を受ける必要があるが、年齢、性別、人種や犯罪歴の有無等に制限は無い。

 下級貴族の三男坊や前科持ちなど、様々な人間が利用していた。行くあてのない者や組織への所属を嫌う者達の重要な受け皿となっている。


 ※※※




 露店街を抜けると酒場が見つかった。白いタイル張りの外壁に金属製の赤い窓枠が印象的だ。酒場というよりお洒落なレストランの趣きで、これなら観光客も気軽に入るだろう。


 中は多くの人で賑わっていて騒がしい。奥の棚には色とりどりの酒瓶が並べられている。

 隣に目をやると、赤茶色のレンガ造りの建物があった。『バレリア帝国リーランズギルド ―レダニア本部―』と描かれた看板が掲げられている。


(手配書が回っているかもしれないが……その時はまた逃げ切ってやる)


 フランツは意を決する。


(ギルドに加入すれば当面の食い扶持と、情報も手に入るだろう。何年掛けてでも必ず見つけてやる。団長を殺したヤツを……必ず)


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