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013 騎士と幸運の実と 2022年1月4日

 白く染まった森の簡素な猟師小屋。若干傾いてしまった柱が、雪の乗った屋根の重さに呻くように軋む。冷たい隙間風が鳴いて肌を刺すように通り過ぎていった。


 ボロボロの騎士服を身に纏ったフランツがうずくまっている。


 足跡を辿ってしつこく追いかけてくる衛兵達。森に飛び込んで逃げ、辿り着いた小屋で震えながら朝を迎えていた。


(どうする、俺はどうすればいい。誰か……教えてくれ……)


 なかなか思考が纏まらない。

 

(宮殿で団長が殺され、俺は罪を被せられた。敵は透明に……団長と剣や血までも透明にして、俺の前に置いた。……そんな事が、あり得るのか?)


 フランツにとっては想像もし得ない出来事だった。しかしそれは現実に起きた事である。


(情報を伝えなければ。誰に……伝えればいい? ……敵は俺の名を知ってた。内部に敵がいるとしか考えられない。クソッ‼)


 小屋の床を殴り、抑えきれない怒りをぶつけた。


(アンネさん達は無事だろうか。確認しに行くべきか? ……ダメだ、今行く事はできない。どうか無事でいてくれ……)

 

 顔を上げて窓の外、ベールズの方角を見つめる。


(とにかく今はここを離れなければ。ハイブリスに……いや、ベルクハイム……あそこには確か……行ってみるか……)


 行先を定めたフランツの瞳が輝きを増し始める。


(今の時期は狼が出るからな。頼むから襲ってこないでくれよ)


 治安維持のため奔走していたフランツは領内の地形をよく把握していた。ベルクハイム領へは海岸沿いの街道を南西に進むとたどり着く。追手と出くわさないように街道沿いの森の中を慌てずに進めばいい。

 

 立ち上がり周囲を警戒しながら小屋を出て、歩きだした。




 ※※※




 沈みかけた夕日が、森を橙色に染めている。


「あぁ……腹減ったな……」


 腹をさすりながら山道を登っている。昨日から何も食べていない腹は空っぽだった。


(この辺りだったよな)


 暫く登って横道に逸れると湖が見えてきた。その畔、橙色の実をたくさん付けた植物が雪に埋もれて生えている。


 冬に実を付けるシークソルンという珍しい植物だ。冬山で遭難しかけた旅人が発見し飢えを満たした逸話から、幸運の実と呼ばれて珍重されている。


(よかった。これで少しは腹がふくれる。リーネちゃんのおかげだな)

  

 ここは過去にリーネが見つけた群生地であり、ルドルフ一家と共に訪れた事があった。なぜ幼いリーネがこんな場所を見つけたのかは、また別のお話である。

 

 少しだけホッとした瞬間、


 ……グルルゥ


 低い唸り声が聴こえてきた。

(ふぅ。やっぱな……そうなると思ったよ。俺は運が無い)


 狼の唸り声だ。

(逃げられそうな場所は無いな)


 後ずさり、湖を背にして剣を抜く。


 ……グルルゥ ……グルル

(二頭……一頭は若い。子連れか)


 親の狼は正面から、若い狼は回り込むように、ジリジリと近づいてくる。左手を胸付近に上げ、右手に握る剣を引いて構え、親の狼を睨みつけた。


(来やがれッ‼)


 ザッ──若い狼が飛び掛かり、左手首に噛み付く。直後、親の狼がフランツの首元目掛けて飛ぶ──

 ザグッ──剣が咥内へ突き刺さり肉を裂く音と共に血なまぐさい獣臭が放たれる。雪が白煙を上げて親の狼が倒れた。

 剣を手離し、左手に噛み付いたままの若い狼に渾身の右フックを放つ──ギャンッ‼

 若い狼は悲鳴を上げて森の中へ逃げていった。親の方は動かない。一撃で絶命したようだ。


「痛ってぇ。貫通しなくて良かった」

 革の小手には狼の歯型がくっきりとついていた。


 狼の前に跪き、目を閉じて祈る。

(ごめんな……他の獣の血肉となってくれ)


 フランツは骸をその場に残し、周囲を警戒しながらシークソルンの実を集めだす。


「よし、行こう」


 よく熟した実を口と腰に下げた皮袋に放り込むと、休む事もなく歩き始めた。


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