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011 騎馬と銀の槍と 2022年1月3日

──バレリア帝国東部、エンハイム公爵領北部街道──


 深夜、雪の降り続く暗闇の街道を一頭の軍馬が駆けている。その吐息は白い霧となり闇に紛れて消えていく。馬の背には幼い少女が二人。


 レーゼは震えるリーネを前に抱えながら必死に手綱を握っている。血塗れの右脚は酷い傷で、止血出来ているのが不思議な程だ。 

 

「……お父さん……お母さん……」


 周囲に人の気配は無さそうだ。


(逃げ切れたの……かな……)


 馬を隠すのに丁度良い大きさの岩が見える。レーゼは馬から降りて休息を取る事にした。


「イイコね……ありがとう。あなたもお休みなさい……」


 長い時間を全力で駆け抜けてくれたのは、父の長年の相棒であった軍馬ルーク。その鼻をレーゼは優しく撫でた。

 

 思い出した様に傷が痛みだして顔をしかめる。痛みを気力で追いやり、ルークの隣に座る妹にそっと寄り添う。姉妹は雨混じりの雪が降る中で、言葉なくただ震えていた。


 リーネは黒い霧に包まれてからずっと、レーゼの体を掴んで祈る事しか出来なかった。


(死なないで! 生きていて! 死にたくない! 生きていたい!)

 

 しかし、一瞬でも掴む手を離してしまっていたなら二人の命運は潰えていただろう。姉妹は厳しい困難の中、最善の選択肢を選び続けたと言っていい。

 そしてリーネの必死の祈りとレーゼの強い意志は、密やかに指輪の『力』を引き出していた。


 彼女たちがそれに気付くのは、まだ少し先となる。無意識に助け、助けられ、生き延びた姉妹。二人で寄り添い合ったまま、いつの間にか気を失ってしまった。


 瞳に強い意志の焔を燈したままの、軍馬ルークに見守られながら。




 ※※※




 翌日の早朝、ハイブリスの自警団員が街道沿いに一頭の軍馬を発見する。爪で切り裂かれ牙で噛みつかれたのであろう傷だらけの軍馬を。軍馬に抱かれながら眠っている、幼い姉妹と共に。


 騒ぎを聞いて駆けつけた宿屋の夫妻は眠ったままの姉妹の保護を申し出た。宿に運ばれていく姉妹を見送った自警団員は、残された軍馬の手当てをしようと思ったのだが……。


 その軍馬は忽然と消え去っていた。




 ※※※




 その日、レーゼラニアは夢を見た


 見渡す限りの草原

 月明かりのない漆黒の夜空

 星の光が銀色に煌めき始め

 集まって形を成していく


 ──騎馬に跨った騎士の姿へと──


 騎士は誇らしげに、銀の槍をかかげていた


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