010 幼い姉妹と襲撃者と 2022年1月3日
蠟燭の火が照らす薄暗い部屋の中、寄り添って震える姉妹がいる。その姿は誰からも見えてはいない。
「出て来なさい。私が相手になるわ」
「────せ───────ろ──」
アンネと誰かの声が混じって聞こえてくる。姉妹は寄り添い、健気にじっと耐える。 地獄に居るとすら思える恐怖が脳内を這い回っている。それでも姉妹は母の言葉通りに、耐え忍んだ。
やがて外が静かになり、
ガチャリ……と音を立てて扉が開いた。
(お母様⁉ ……ッ!)
レーゼの淡い期待は、あっさりと砕かれる。入ってきたのはギラついた目の男性。錆びた鉄の匂いを纏い、全身を黒い霧が覆っている。大型の直剣を手に持ち、指輪が赤黒く光を放っている。
(黒い……猫目石……)
男は室内を見渡しながら睨めるように歩く。野菜の箱の中を見て、小麦の袋に触れる。
ドガッ
苛立ったかのようにワイン樽を蹴り飛ばし、流れ出した赤い液体が床を濡らした。
(危なかった……)
静かになる少し前、姉妹はドアの近くに移動していた。レーゼはなんとなく悪い予感がしたのだ。樽の後ろにいたままであれば見付かってしまっただろう。
男が入ってきたドアに向かって歩き出す。 そして外に出る瞬間、無造作に剣を振り払い──
(グゥッ……)
無情にもその切先は、レーゼの右脚を切り裂いた。
「……」
男は一瞬動きを止めて剣を見たが、すぐに外へと出ていった。深く切られた右脚の傷口と溢れ出る血液。レーゼ本人にすら、それは見えてはいない。
狂いそうになる程の激痛を堪え、
叫びそうになる口を塞ぎ、
袖を破って足に強く巻きつけ、止血する。
妹の姿も当然見えてはいない。しかし、寄り添い震えているのが確かに伝わってきた。
(リーネをこれ以上動揺させてはいけない! 落ち着け、落ち着くの……)
何事もなかったのだと無理矢理自分に言い聞かせる。呼吸を整え、震える妹の手を探り、掴み、開いたままの扉から外の様子を伺う。
家から離れた所に、先程の男が立っている。その傍らには母アンネが倒れ伏していた。
「……」
男が何かを呟いた次の瞬間、手に持つ剣をアンネに突き立てた──
(お母様ッ! お母様がッ‼)
それでもレーゼは歯を食いしばり、耐えた。妹を守るために。
(今しかない!)
妹の手を引いて歩き、何とか厩舎まで辿り着くことができた。優しく降り積もる雪が、姉妹の足跡を消してくれている。
馬に手を触れると、その姿も見えなくなっていった。音をたてないよう慎重に、手探りで馬の背に乗り、ゆっくり、ゆっくりと馬を歩かせる。外郭を出て暫く進み、後ろを振り返り追手がいない事を確認する。
そして見えない手綱を大きく振った。
ここからレーゼの記憶は途切れ途切れとなる。恐怖、悲しみ、怒り、困惑、あらゆる負の感情が体中を駆け巡るようだった。溢れ出そうになる涙を必死に堪え、朦朧とする意識を失わないように歯を食いしばる。
(リーネルシファ……妹だけは、必ず、私が……)
母のかけた魔法の効果が失われたのだろう、姉妹と馬の姿が現わになり、ついに堪えきれなくなったレーゼが叫ぶ。
「お母様!お母さん‼ アンネお母さァァァんッ‼」




