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わたしが番をやめるまで  作者: 片山絢森


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7/7

7.エピローグ・その後


    ***

    ***


(何が起こっているのだろう……)


 あれから少しずつ、胸の中の違和感は強くなっていった。


「愛しているわ、アルマン様」

「俺もだ、マリー」


 抱きしめ合っても、いつものように盛り上がらない。

 それどころか、「これは違う」という気持ちが日に日に強くなっていく。

 一体どうしてしまったのか。愛しいマリーリアがそばにいるのに。


 ふと気づくと、琥珀色の瞳がよみがえる。

 ひたすらアルマンを見つめていた、けなげな光を浮かべる瞳。

 今思えば、あの色は決して悪くなかった。淡く輝く金髪もだ。自分の名前を呼ぶ声も、なかなか心地いいものだった。


 リーゼ。エルフィリーゼ。アルマンの番だった娘。


「ねえ、何を考えているの? 最近はいつも上の空ね」

「ああ……いや、なんでもない」


 ふと気づくと、リーゼの事を考えている。


 アルマンは知らなかった。

 番を感じない獣人はいるが、愛せない獣人は稀だ。そこにはからくりが存在する。

 クリューガーの言った通り、彼らの体質には秘密があった。


 獣人が番に目覚めると、同時に愛しさも湧き起こる。それが通常の反応だ。だがごく稀に、それが一致しない獣人がいる。

 体格や年齢は関係ない。番に目覚めても、愛する部分が発達しない。番と認識できるのに、愛しさが眠ったままなのだ。


 だが、それは永遠ではない。


 長い時間を経て、彼らもやがて番に目覚める。それが遅れているだけだ。

 番を愛せないのではなく、「まだ」愛していないだけなのだ。


 けれど、普通ならそれほど問題はない。

 たとえ好みとは違っても、番を傷つけたい獣人はいない。

 獣人は番を大切にする。それは当然の事であり、彼らの責務でもある。

 彼らは番を大切にしたい。それは獣人の本能に刻み込まれている。


 アルマンにはそこが欠けていた。


 彼は番を手に入れる利益は享受しても、与える事は拒んだ。

 リーゼを番と認めたのはアルマンだ。そして婚約を申し入れた。

 だとすれば、番として扱う義務が生じるはずだ。だがアルマンはそうしなかった。


 リーゼを番の座に据えつつ、彼女をないがしろにし続けた。与えられる幸運を受け取り、能力を目覚めさせ、それでもリーゼには冷たかった。


 愛せないのは仕方ない。だが、大切にしないのは話が別だ。いつか番を愛した時には、取り返しのつかない事になっている。

 クリューガーは折に触れそれをアルマンに伝えたが、アルマンはまったく聞き入れなかった。


 ここに、とある言い伝えが残っている。

 番に目覚めるのが遅い獣人ほど、目覚めた時の反動はすさまじい。番無しではいられないほど番を愛し、執着する。今までの淡泊さなど消え、目の色を変えて求めるのだ。


 通常の関係を築いていれば、番はそれを受け入れる。

 だが、そうでないならば。

 そしてそこには、もうひとつの言い伝えが存在する。



 ――番からの愛が薄れた時こそ、ようやく番に目覚めるのだ、と。



 この日を境に、彼のマリーリアへの愛情は急速に冷めていき、逆にリーゼに対する愛しさが増していく事になるのだが、どちらもそれには気づかなかった。






    ***

    ***






 それから長い時間が過ぎた。


 途中、人間の国にアルマンが押しかけてきたり、捨てられたマリーリアが暴れたりしたものの、大きな騒ぎにはならなかった。


 その騒ぎの最中、マリーリアにも番が見つかった。彼女は狂喜乱舞したが、相手は人間で番が分からず、おまけに人間の恋人がいた。彼の恋人はリーゼの知り合いで、彼女がリーゼにした仕打ちを知っていた。



 ――君は本当にそんなことをしたの? 番が何よりも大切だと知っていたのに?



 マリーリアには当時番がいなかった。見つかる保証もなかったため、アルマンは最良の相手だった。

 邪魔なのは番のリーゼだけ。追い落とす事など造作もなかった。

 だがそれを、まさか自分の番に知られるなんて。



 ――誰かの大切な人を奪って、踏みつけにして。それなのに、自分は番を求めるの?



 言葉だけでなく、彼の目は雄弁に己の内心を物語っていた。

 マリーリアは息を呑んだ。天使のような顔が青ざめ、唇が細かく震え始める。

 番に拒絶される絶望と痛みを、彼女は初めて体験したのだ。


 後悔してももう遅い。彼はマリーリアを見つめていた。番に見られる喜びと、番から向けられる視線の意味。


 そこで初めて、自らがリーゼにしでかした事を思い知ったらしい。だが、時すでに遅かった。

 彼はマリーリアの前から去っていき、以降、一度も親交はない。


 クリューガーは粛々としてすべてに対処した。それはもう驚くほど仕事が早かったと、当時の同僚が述べるほどだった。

 アルマンはリーゼへの愛に目覚め、当然のように復縁を願ったが、リーゼの心は動かなかった。

 番なのに!? と驚愕する彼に、リーゼは言った。



 ――今は、クリューガーの番ですから。



 番が見つからない獣人は、番以外と婚姻を結ぶ。クリューガーの番は見つからないままだったので、リーゼと結ばれる事は問題なかった。


 それに、彼はなぜだか絶対の自信を持って、

「今後もリーゼ以外の番は現れない」

 と断言していたので、信じる気持ちもあったと思う。


 アルマンは愕然としていたが、リーゼの気持ちは変わらなかった。

 今でもリーゼの胸は痛むが、ほとんど分からなくなっていた。


「久々にゲームをしませんか?」

「ええ、いいわ」


 明日には夫となる婚約者に、リーゼは笑いかける。


「あなたの凛々しいところが好きよ。誰が来ても動じない」

「リーゼの強い瞳が好きです。あの告白にはしびれました」


「たまに意地悪なところも好き。今まで猫をかぶっていたわね?」

「リーゼのふくれた顔が好きです。ものすごく可愛い」


「敵には容赦ないけれど、少しだけ手加減してくれた。あれは私のためでしょう?」

「せっかくの結婚に、ケチをつけたくないですから」


「意地っ張りなところも好き」

「それはお互い様でしょう?」


 やさしい瞳に、リーゼは少し目を伏せた。


「……ありがとう、クリューガー。そのやさしさが、好きよ、私」

「俺だってずっと愛してる」


 目を上げると、クリューガーが見つめていた。

 その顔が近づき、吐息がかかる。

 リーゼはおとなしく目を閉じた。

 唇が重なり、何かがすうっと解けていく。

 誰にも気づかれぬまま、かすかに残る痛みが消えた。


お読みいただきありがとうございました! 末永くお幸せに。


*一途な黒豹が最後の最後でかっさらいました。純愛最強。


*******


≪お知らせ≫

*別のお話で恐縮ですが、『暴君な姉に捨てられたら、公爵閣下に拾われました』のコミカライズ版第2巻が発売中です。おいしい食べ物と距離感バグった閣下が出てくるので、よかったらチェックしてみてくださいね。


(個人的には第8話(電子版だと第13話?)の「半分くらいですか?」から「理解したな(凄み)」の部分がめっちゃ好きです。面白かった!)

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