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飛行機整備工場

 

 画面を通して会話しているセロリに、資料をよく見えるように掲げる。

「これは事故当日の第18便の搭乗記録だ。事故の後、身元がすぐに確認出来ないほど損傷した遺体や、連絡の取れない遺族もいた為、ペンデュラム航空が公開したものだ。

 ここに君の名前は無いよ。セロリ。気をしっかり持ってくれ。」

「あぁ…。そうだったかな…。」

 頭を抱えて苦悩する。

 セロリの精神は、強めの同情か、感情移入によって、217人の死者と同調していた。



 それほどまでに死者に近い精神状態にあって、それでもセロリは現実に帰って来た。

 叫んだのだ。

 隣に立つ、セロリに連行されてきた飛行機整備工場の責任者が。第18便墜落事故が起きる要因を作ったと見られる男が。

 叫んだ。

「うわあぁあ!?」

 同じモノを見たのだろう。そして、事前に現場写真で同じ光景を見ていたセロリに一拍遅れて、目の前の惨状の意味を理解した。

 それは第18便と共に最期を迎えた人々の死の間際の姿であり、渾身の訴えであること。その姿がここに現れた理由は、他ならぬ自分を『見に来た』のだと理解した。

 今から思えばセロリを含む事故の捜査チームは、ずっと霊たちの監視の中にいたのかもしれない。

 217名の死者が、この場所に辿り着く為に。

「嫌だああぁ!」

 引きずり込まれるとでも思ったのだろうか。男は背を向け全速力で廊下を駆け戻っていく。その青い作業着の上着を、セロリが言葉も無く追い始める。

 猫みたいだ。素早い。動く物に俊敏に反応し、決して逃さないハンターの動きだ。

「なんて感情の無い目で、お前…。」

「待て」とも「止まれ」とも言わず、無心で逃げた男を追っていくセロリは、能面のような虚無の表情をしていた。

 そこを突っ込むと、苦笑が返ってくる。

「罪を犯して逃げる奴を優しく呼び止めるという考えが無かった。俺も軍人だから、逃げられたら追う性分なんだ。

 二人してバタバタ廊下を走って行くと、事情の説明を終えた警官や工場内を視察していた他の調査員も集まってきて、あっという間に大捕物になった。」

 実に見事な逮捕劇だ。

 セロリ以外はその男が何から逃げようとしていたのか、本当の理由を知らないので、追及を恐れて逃げようとしたのだと誤認したことだろう。

「そいつ!逃げた!捕まえて!」

 という無意識に叫んだであろうセロリからの指示に、

「こん畜生が!」

「逃げられると思うな!」

 それぞれ罵声を浴びせて男に飛び掛かる。そこからはもう、もみくちゃの大騒ぎだ。

「逃げるってことは、認めるんだな!? 18便の整備を怠ったことを!」

「満足に油も差さずに空港へ返しやがった! そうだな!?」

「ごめんよ…ごめんよぉ!みんな、あんな風に死んでいくと思わなかったんだ!」

「あんな風って、どんな風だかわかってるのか!? お前にわかってたまるかよ!」

「そんな言い訳で済むと思うなよ!」

 警官二人が抑え込んだところに、空港からの調査員まで乗っかって、圧死させるかというギリギリのところで逮捕となった。

 怒りを抱いていたはずのセロリすら、乗るのを遠慮して横で見ていたほどだ。

 その様子を、廊下の隅から離れて見守る。

 隣に立つセロリは、この捕物をどこか悲痛な視線で見つめていた。当時少年兵であったセロリも、同じような表情なのだろう。

 ここからは背中しか見えないが、ここまで連れて来た怒りの熱を、この捕物に免じて冷まそうとしているように見えた。



 事故の原因が明確になると、報道に公開される情報が一気に増えた。せき止められていたものが押し流されるように、事態は大きく動き出していく。

 工場の人員削減により浮いたはずの人件費の行方や、整備されていない機体が空港へ戻されるまでの一連の流れ。

 そこに関与していたと思われる整備工場や空港の関係者が次々にメディアに名指しされ、数カ月に渡り世間を騒がせた。

 その度に遺族が辛い心境を打ち明け、整備工場と空港の間に入れる第三者設立を急ぐ声が上がり、パイロットのミスを騒いでいた報道局が謝罪の会見を開き、海岸に機体の一部らしき物体が打ち上がる度に警察が回収に向かう。野次馬が海岸線を埋め尽くし、夕方には花束の葬列に変わる。

 事故の影響と、217人の命の喪失は、いつまでも波紋を生み続けた。その中で、セロリはベルモニカに戻る決意を固めたそうだ。

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