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機内

 

 問題の整備工場に着くと、大声で作業を急かしている現場責任者をすぐに見つけることが出来た。

 スーツの上から青い作業着の上着を着ている。

「墜落した18便のことでお話しを伺いたいのですが…。」

 と警察に声をかけられると、表情が一転し、スッと青冷めたという。

 その整備工場はペンデュラムの空港に隣接しており、ニストッカータの海岸からはかなり離れた距離にあった。

 人生の成行きは人を思わぬほど遠き地へと運ぶ。

 警察官が他の作業員へ説明をしたり、航空会社の人間や、自動車整備工が工場内を精査していく。

 その間に軍人であるセロリは、男を別室へと案内した。

「あんた誰? 警察のひと?」

 国籍の違うセロリは、ペンデュラムの人間には見慣れない軍服を身に着けている。そのこともあってか、しきりに質問を投げられたそうだが、セロリは黙って廊下を歩いていた。

 その横顔を廊下の途中に立って見ている。

 工場の方から作業音が聞こえてくる。声を掛け合う作業員の声。

「長い間この事故について調べていると、私情を挟まないように気をつけていても、命を落とした人達に感情を寄せてしまう。

 彼らの無念を晴らそうと思う情熱はあるけど、そういう気持ちがあるほど感情を抑えなければいけないと理性が働いて、変に無口になっていたかな。」

 人払いして貰った工場の社員食堂を借りることになり、セロリはその扉を開いた。


 その瞬間、違和感を感じることとなる。


 食堂へ入ると、室内は真っ暗闇だった。暗幕を張って窓を塞いだかと思うほどだ。

 セロリの手は自然と壁に伸びて、電気のスイッチを探している。しかし、本来なら社員の休憩に使われる場所が、こんなにも光の無い空間であるはずはない。窓もあれば、当然ながら外光も入る空間だ。

 やがて、室内にはポツリポツリと人影が浮かび上がってきた。

 黒いシルエットだが人だとわかる。杜撰な仕事ぶりで大事故を招いた人間を迎えに来たのは、捜査員だけではなかった。

「壮観な光景だ。200人を超える人が食堂のテーブルに着席しているんだ。奥までびっしりだ。

 何故かみんな、シートベルトをしっかり締めて、他にも鞄の紐や腰のベルトやなんかで、体を座席に固定している。体の横で酸素マスクがブラブラしている。

 だけど誰も動かない。みんな自分の座席でグッタリとして、助けを呼ぶ泣き声も無い。」

 髪の長い女性が座席で誰かの荷物に押し潰されて亡くなっている。首はおかしな方向だ。最期の瞬間まで子供の無事を祈っていたことだろう。

 その子供は隣の座席に、縛りつけになったまま亡くなっている。お腹に乗せたぬいぐるみの目が飛び出して、かろうじて糸で布地と繋がっていた。

 墜落の衝撃に嘔吐した人もいるのだろう。異様な臭いが充満する中、スーツの男性が胸に差した万年筆のクリップがギラギラと光を放っている。

「機内か、あの時の…。」

 思わず口にしてしまったが、何を見ているのか、当時のセロリもすぐに理解しただろう。現場写真で一度見ている。

 それは、第18便と共に海に消えた217人の命の最期の瞬間の姿だった。

 沈黙する空間に、ジャボジャボと水音だけが響く。墜落した機体は、どこからか浸水しているようだ。

 辛うじて生き残った僅かな人達は、生きながらこの音に迫られて、どれだけの恐怖を感じたのだろう。

「この光景を直に見て、不思議と怖くはなかった。ただ単純に思ったんだ。『あぁ、みんなも来たんだな』って。あの海から。

 俺は、あれだけの事故を生み出す要因を作って声を上げずに隠れている人間が、どういう奴なのか、ここまで見に来た。みんなも来たんだなって思ったんだ。

 部隊の仲間が現場に駆け付けてくれた時みたいに、安心感すらあった。復讐するわけでも、何か訴えるわけでもなく、みんなもただ事故の原因を知りたいだけで、…いや、それだけのはずがないけど、…とりあえずここは理性的に、ただ『見に来た』んだって。」

 217人のうち、誰一人欠ける事無くやって来た。あの海から、ここまで。

 遠かっただろう。

「手前の座席に座る学生。彼女の名前はウェブラーチカ。不思議と彼女だけ名前がわかるんだ。

 空港でたくさん買い物をしているのを見た気がする。搭乗ゲートに向かう途中、彼女がパスポートを鞄にしまおうとゴソゴソしていて、小脇に挟んでいたピンク色のファーポーチを落とした。それを拾って渡したの、俺じゃなかった…?」

 隣でこれまで、冷静に客観的な実況を加えていたセロリが、頭を抑えて俯く。その手を慌てて握る。発症した。

 どこか遠くへ行ってしまいそうだ。あの海まで行ってしまいそう。

「セロリ、気をしっかり持ってくれ。」

「とにかく、彼らは仲間だ。いっそ俺も、あっち側に立って、いや座って、事故の要因を作った人間を責めてやりたいと思ったよ。

 そう考えていると、なんだか…、俺もあの日、18便の乗客だったような気がしてくるんだ…。」

 その日、離陸を待つ間、自分の席で手帳を見ていたセロリは、座席の横の通路を通り過ぎていく女学生に声をかけられた。

「あたしの名前はウェブラーチカ。さっきはありがとう、兵隊さん。」

 彼女はペンデュラムを照らす太陽のような眩しい笑顔で、異国の軍服を身に着けたセロリにそう言った。


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