捜査本部
結果的にセロリは、ベルモニカとペンデュラムを往復しながら、実に4ヶ月もこの事故の捜査に関わっていた。
にもかかわらず、例の事故現場の写真を目にして以降、まともに食事が摂れなかったようだ。
「若いから出来てたんだろうなぁ。」
と、本人は呑気にしている。凄惨な事故の写真を見せられれば無理もない。
ペンデュラムには我が国のように精進料理というものが無いので、肉とトマトにソースをかけるか、魚とポテトにソースをかけるかしか選べなかったらしい。
「航空機の知識を貸す代わりに安い借家を紹介して貰って、しばらくそこで寝泊まりしていたんだ。主食は水。食べないと死んでしまうからハンバーガーも仕方なく買う。食欲があるわけじゃなくて、ルーティンワークのように毎日の食事をこなしていたんだよ。」
捜査会議を行うのは、警察署内の小さな一室。
長テーブルを一つ置くだけで、周りの捜査資料を収納している棚やホワイトボードと押し合ってしまうほど狭い。
そこにセロリと、現地警官が2名、航空会社の担当者と、機体を仮置きさせてくれている自動車整備工場の工場長が集まっていた。
旅客機の墜落事故を捜査するには、圧倒的人手不足だ。
それでも会議は始まった。
その様子を、部屋の隅から観察する。
窓にはブラインドが下ろされ、その隙間から僅かに入る夕陽が部屋をオレンジ色にしていた。この夕陽はニストッカータの海へと沈み、朝には再び姿を見せるが、墜落した第18便は二度と浮上することは無い。
「お集まり頂いた皆さん、捜査へのご協力に心から感謝致します。まずは、ペンデュラム航空第18便墜落事故の犠牲者に、黙祷を捧げましょう。」
当時のセロリがそうしたように、胸に手を当て目を閉じた。冷たい海に沈んだ乗客や乗務員たちが、暖かい場所へ帰り着くことを祈る。
世界中の悲しみを背負った気分だ。
「早く捜査が進んで、事故の全容が明らかになることを願うよ。俺は一般人だから捜査は出来ないし、墜落した第18便の乗客に知り合いもいないが、工場の一画を貸している身としてね。」
「乗り物の事故は初動捜査でいかに現場保存出来るかが第一じゃないですか。その点、メカニックの視点から見てどうでしょう。
海に突っ込んだ機体から事故の原因を掴めますかね?」
「整備不良なら、破損した部品の状態を見てわかりますよ。人的な操縦ミスなら、どうだろうな…。」
「自動車だって整備不良でエンストするんだから、飛行機だってそれと同じで…、いやそれ以上に精密なはずです。
写真のE-25番と、T-65番のやつを見てください。そう、エンジン部分と機体後部の小さい翼が映っているやつ。見えているだけでも部品が劣化しているでしょう?」
「水平尾翼を繋ぐこの部分。そうすると、事故の原因は機体の問題なのか?」
「整備工場が機械油を差し忘れたとでも? そんなミスが有り得ますか? 仮にも貴方も整備工じゃないか。
メディアはパイロットの操縦ミスを疑っていますが…。」
「まさか! パイロットのミスだけは有り得ません。飛行記録も管制塔とのやりとりも残っているんだ。テープを提出します。パイロットの起こした事故じゃない。
ただでさえ今の報道の取り上げ方を見ていて、遺族の気持ちを考えると…。」
「落ち着いてください。確かに、冤罪だけは避けなければなりません。200以上亡くなっている事故ですよ。滅多な事を言われては…。
責任の所在を一つ間違えれば、最悪の場合、人の人生を犠牲にします。」
「ふむ…。一理ありますな。」
「失礼しました。慎重に捜査しましょう。まずはその記録の確認から…。」
という具合で、捜査は当初、難航を見せていたようだ。
「と、まぁ…。こんな感じで長くなるんだ…。」
セロリに促され、捜査本部を後にする。航空事故は乗員乗客のみならず、多くの人の人生を巻き込むということを、胸に刻まれる光景だった。