自動車整備工場
墜落した機体は最寄りの自動車整備工場の敷地に一時保管され、乗客は病院、あるいは遺体安置所へと移された。
工場内の広大な空間に、ブルーシートが敷かれ、大破した第18便の機体が鎮座している。
機首となる前方部分は押し潰れるようにして原型を失い、機体の胴体である中央部分は、ある程度形を残しながらも大きく損壊して内部が見えている。
翼も形は残っているが、先の部分に擦ったような大きな傷跡をつけていた。遠浅のニストッカータに墜落した機体は、波に機体を傾けながら、海底の岩礁に右翼を引っ掛けるようにして完全停止したそうだ。
パイロットはひとたまりもなかっただろう。遺族の元には遺品しか帰らない。
スタッフルームの仕切りとして使っていたらしきカーテンが、損壊した機体の隙間からベロリと出ている。まるで舌を出して力尽きた化け物のような姿だ。
「これまで、大規模な航空事故を過去のニュース映像なんかでしか見たことがなくて、当時の俺は勝手に想像していたんだ。
飛行機の事故は機体もバラバラになるし、酷い事を言うと、乗っていた乗客も体がバラバラになって飛び散るから、何も残らないって。
でも、現実はもっと悲惨なものだった。」
当時、ペンデュラムには航空事故を専門的に扱う航空警察という部署が設置されていなかった為に、事故について地元の警察が捜査に当たっていた。
情報を提供するのは航空会社の事故担当に抜擢された社員であって、どちらも飛行機内部の専門的な知識は無い。
そこで、現場に駆けつけたセロリが、戦闘機に乗る空軍兵として勉強中であったこともあり、捜査に首を突っ込むことを許されたそうだ。
空軍兵の中には、自分の乗る戦闘機を自分で整備する者が少なくない。
「墜落した機体の惨状はもちろん、いくつかの現場写真を見せて貰ったよ。今思い出しても吐きそうなくらい、酷い有様だった。」
200人を超える乗客の命を両手に背負って操縦桿を握るパイロットは、安定しない機体をあらゆる手段で低空へ運び、なるべく低い高度からの着水を実現しようとしていた。
その甲斐あって機体は大破しながらも形ある部分を残していた為、乗客の多くは、着席した状態で発見されたという。
「息絶えた乗客がズラリと行儀良く席に座ってるんだ。みんな最後まで生きて帰れると信じていたから、機内に流れるアナウンスに従い、座席に自分の体をしっかり固定していた。
もちろんシートベルトもあるけど、腰に巻いていたベルトや鞄の肩紐や、あらゆる物を駆使して。せめて窓を割って放り出されて海にだけは落ちないようにと、みんな自分の体を自ら座席に縛りつけて亡くなっていたんだ。
凄い光景だ。機内はグチャグチャになって、誰かの体に誰かの荷物が乗っかっていても、推し潰れるように座席にグッタリ倒れ込んで動かないんだ。」
写真であっても事故の壮絶さが窺えただろう。子供が見たら精神的外傷を負いそうだ。大人が見てもそうだが。
「写真を見て涙も出ない。ただ、体のどこか奥底から、沸々と怒りが立ちのぼってくる感じだった。
こんなにたくさんの人が、最後まで生きたいと思って、生き残る事を信じて努力をすることが出来る人たちが、こんな酷い死に方をしたんだなって思った。
何が原因かはまだわからないけど、管制塔とのやり取りからパイロットの故意でもテロの犯行でもないことはわかっている。
宛所の無い怒りみたいなのが、どんどん煮え立たっていくんだ。」
そっと隣に立つセロリの背中に手を当てた。熱を持っている。
工場内は高い位置にある窓から外光が差し込んでいる。ペンデュラムはどこにいても光量が多くて、世界がどこか白っぽく見えた。
「先生、次は警察署に行こう。捜査会議だ。」