ニストッカータ海岸
その日、ペンデュラム航空第18便が飛ぶ空は、眩しいほどの快晴だった。
眩しさに目を開けられないので、目を半分閉じたようにしながら、隣に立つ人物に目をやる。
セロリだ。白髪に赤いピアス。いくつか年上のはずだが、自分より幼く見える。童顔。華奢な体にココアブラウンの軍服を着用している。足下は黒い軍靴。
診察は、患者と共に記憶を振り返りながら行われる。
「ここはベルモニカの同盟国。ペンデュラムのニストッカータ海岸だ。」
これは予習していた。ニストッカータは現地の言葉で、「光を湛えた杯」の意味を持つ。
波の穏やかな海上では、反射した太陽光がキラキラしている。目前の海を、波止場から二人並んで眺める。
風も冷たく体感温度も低いが、幸い陽が当たっているので凍えるほどでもない。
「この輝きを抱く内海に、14時58分第18便は墜落した。」
正確にはパイロットの決死の努力と奮闘により、制御できない機体をどうにか着水させようとしたようだが、結果的にほぼ垂直の角度に機体は海へ突っ込んだという。
こうして乗員乗客合わせて240人のうち217人が亡くなるという大事故は発生した。
「丁度この頃、俺は所属していた陸軍を追い出されて、空軍の遊撃部隊に拾われた。戦闘機の訓練に向けて、飛行機の勉強をしていた頃だった。」
彼が所属するベルモニカ帝国軍は、隣国との停戦状態のなかで復興を進め、緊張状態が続く国政の中、経済成長の時代へと舵をきっていた。
終戦を目標に敵国の兵士と密かに交流をとっていた彼の所属していた陸軍諜報部隊は、存在を隠滅するかのように、停戦後間もなく名前を消されたのだそうだ。
「そんな最中にペンデュラムで大規模な航空事故が起きたと新聞で報じられて、俺はすぐに列車でこの海岸を目指したよ。
じっとしてられなかったんだ。当時の俺は、戦争で友人や大切な人を喪って荒んでた。」
そんなことを語りながら、彼は水平線を見つめていた。
傍を離れないようにしながらも、あえて口は挟まずに沈黙で先を促す。
「行こう、先生。ここにはもう、第18便も、その乗客もいないから。」
精神疾患の患者の診察は、話を聞くことが何よりも大切な過程だ。
小さな波が寄せて来て、足下でコンクリートの壁に当たって砕けた。