診療所
ひと昔前にテレビ電話と言われていたものが、グループ通話も可能になって、オンライン会議が主流になる頃、精神科医の仕事も遂にリモートワークの時代を迎えていた。
これまで、実際に患者に会って悩み相談など受け付けていた仕事は、今やパソコン一台で片付けられるようになった。
海外の患者からの相談もSNSを通じて受け入れるようになり、言語は全て自動翻訳される。
人間が便利に生活する為に出来る事を増やすと、結果的に仕事も増える。これは便利にはなっているが、生活が豊かになっているかと問われると疑問だ。
「こんにちは、先生。会えて嬉しいよ。」
本日の診察対象は、ベルモニカという国で育った一人の兵士だ。ほとんど星の裏側との会話である。
ちなみにリモートは正確には『会えて』いるわけではない。この時代では認識の誤差程度の間違いだが。
「こんばんは。こっちは夜だ。体調はどうかな、セロリ。」
彼の名前はセロルド·リッチマン。ここは匿名性の高い診療所である為に、患者に簡単なニックネームをつけて呼ぶことは説明してある。
「問題ないよ、先生。今日も飛行機に乗る夢を見たんだ。空港でたくさん買い物をして、搭乗ゲートに向かう夢。」
患者の容態としては、まず彼には自分には無いはずの無数の『偽りの記憶』が存在している。そして、不意にデジャヴを起こしたり、似たような夢を繰り返し見るという症状らしい。
過酷な環境下での任務遂行や生存危機を強いられる兵士は、精神疾患を抱えやすい。
「珍しいことではないよ。過去の類似例を参考に、原因と解決の糸口を探そう。まずは、DMでも話していた、この症状の始まりと思われる体験について、もう一度聞かせてくれないか?」
この診療所を訪れる前、彼は217人の死者と精神同調を経験していた。
ちなみにリモートは正確には『訪れて』いない。この時代では認識の誤差程度の間違いだが。