ETERNAL FLAME:鬼丸ハナビ外伝 第3話「狼煙を上げろ」(修正済み)
2016 4.14(4年前)
ハナビが守護警察に入隊してから6年、ハナビは首都京都の郊外「山科区」にある小さな町に配属されることが決定した。
「え……?山科区ですか?」
「どうした、何か問題か?」
あまり乗り気ではないハナビに守護警察将軍「戦国ゲンスイ」が質問する。
「いえ、滅相もありません……ただ、あそこは少し……」
ハナビは言葉に詰まる。
ハナビの心情を察したゲンスイは少し改まった態度でこう言った。
「──わかっている。だからお前を向かわせるのだ……」
──山科区。京都の最東端に位置しており、滋賀県大津市とも接している区域。しかし、2006年以来人類の活動領域は徐々に後退していき、最終的には首都である京都府の一部のみを塀で囲い、そこを人類最後の砦とするまでに追い込まれた。
残存総人口約100万人が生活する京都府内で最も塀に近い区域。これが何を意味するかは、火を見るよりも明らかだった──
(許せ鬼丸ハナビ……安心して民の命を任せることができるのは、そなたしかおらんのだ……)
守護警察の本部がある伏見から山科区まで、ハナビは物資運搬用の貨物列車に乗って向かう。
列車に揺られながらハナビは、ある考え事をする。
(山科区……地図でしか見たことがないが心配だ……)
(いくら塀があるって言ったってせいぜい5mくらいの鉄板だろ……?考えたくもないが、万が一鬼が侵入してきた場合、俺達だけで全員の命を守り切れる保証なんて何処にもないぞ……)
(大体……塀側に孤児や老人を住まわせようって魂胆が気に食わねぇ……)
(確かにその方が合理的かもしれないが……)
(──これじゃまるで、命に序列があるみたいじゃないか……)
ハナビは考えたくもなかった可能性に気が付いて顔を曇らせる。
ガタン、ゴトン。列車の無機質な音だけが曇天の空に響き渡った。
数十分電車に揺られて山科区に到着したハナビは町の意外な現状に驚かされる。
(な……何だここ……まるで普通じゃないか……!)
「塀に最も近い地域」というイメージしかなかったハナビは、山科区の静かだが生活感のある光景に驚かされた。
子供たちの笑い声が静かな町からうっすらと聞こえる。
(俺はてっきりスラムか何かと……)
山科区の意外なギャップに、ハナビは自分の薄暗い過去を思い出して気が滅入りそうになったが頬を叩いて雑念を振り払う。
(クソッ……任務に集中しろ……!!俺がここの人たちを護るんだろ!)
それを偶然見ていた中学生くらいの少年がハナビに声をかける。
「オッサン何してんの?」
後ろから自分を呼ぶような声が聞こえてきたのだが、どうも自分に掛けられた言葉とは思えなかったハナビは一度無視をして考える。
(え?こいつ今俺に『オッサン』ていったのか!?いやいや気のせいだろ俺はまだ24だ……オッサンじゃ……)
ハナビが頭を高速で回転させながら必死に自分は「オッサン」なのか考えていると、少年はハナビの背中を叩いて話しかけてきた。
「なあオッサン!聞こえなかったのかよ?オッサン!」
少年の無礼な態度に腹を立てたハナビは勢いよく振り返って怒鳴り散らかした。
「やかましい!!俺はまだ24だ!!第一、初対面の人に向かって……」
ハナビが次の言葉を言おうとしたその直後、少年の顔を見たハナビは「何か」を思い出した。忘却の彼方へと葬り去ったはずの幻が、交わることのなかった運命が、今、「交差」したのだ。
「え?」
ハナビは反射的に距離を置いた。体中から汗が流れ、心拍数が急上昇する。体がふらつき、視界が揺れる。
「オッサン……?おい!オッサン!!」
少年の声が遠くなったかと思えば、視界が暗転し、そこで意識が途絶えた。
それからしばらくした後、ハナビは知らないベットの上で目が覚める。
(ここは……ハッ!)
ハナビは、その直後にある「デジャヴ」を感じた。とっさに腹部に目をやったが、異常は何もない。強いて言うなら、先ほどまで装備していたはずの刀が壁に立てかけられていたことくらいだ。
それを見てひとまず安心したハナビはあたりを見渡すが、誰も居ない。
(ここはどこだ……俺は山科区に配属されることが決まっていて……いや、すでに山科区に到着していて……それで……そうだ!!あのガキだ!!間違いない!!
10年前、あの5次元空間で見た、全ての世界に存在していたガキだ!!)
(でもどうして……!まだ守護警察に入隊すらしていないのに……ここで出逢ったのは偶然なのか……?クソッ!わからん!とにかく、今はここから出ないと……)
ハナビがベットから起き上がり、あたりを探索していると、どこかから子供たちの声が聞こえてきた。
(ここは……孤児院か……?薄暗くてわかりづらかったが、言われてみれば生活感があるな……)
(配給の食料もある……出口はどこだ……?)
子供たちの声だけを頼りに、薄暗い孤児院の中を探索するハナビ。しばらく歩いていると、次第に声が大きくなってきた。
(近いぞ……もうすぐだ……)
段々と辺りが明るくなっていく。光の方へ向かってゆくと、1つの白いドアが。
ハナビは確信する。
(この先だ……)
少し緊張気味にドアを開けると、眩しい光が差し込んできた。
外では子供たちが芝生の上で元気に遊んでいた。
外の眩しさと騒がしさにハナビが息を吞んでいると、先ほどの少年が声をかけてきた。
「よっ!オッサン!」
ハナビは一瞬固まったが、すぐに言い返した。
「──俺はオッサンじゃない、鬼丸ハナビだ」
「そっか、ところでオッサン、さっきは大丈夫だったか?」
「……まあいい。大丈夫だ、問題ない……」
全く言うことを聞いていない少年にハナビは少しイラついたが、これ以上は面倒なので諦めることにした。
「オッサンって守護警察の人間だよな?こんなところまでどうしたんだ?」
少年の意外な質問にハナビは驚いた。
「どうしたもなにも、今日からここの管轄なんだよ……前のやつから聞いてなかったのか……?」
少年は衝撃の発言をする。
「前のやつ……?そんなやつ居ねぇぞ?」
「は?」
「居ないってどういうことだよ……?俺をからかってんのか……?ここの前任者だよ……!」
ハナビの剣幕に少年は少し怯えながらこう言った。
「だ、だから居ないんだって……急に怖い顔してどうしたんだよ……」
少年に自身の言い方を指摘されて、ハナビはふと我に返る。
「す、すまない……悪かった……ちょっと思い違いがあってだな……ここに電話ってあるか……?」
「確か先生の部屋にならあったと思うけど……」
「すまないが、案内してくれ……!」
「う……うん」
少年に案内されたハナビは、守護警察の本部に電話をかける。
「あのさ……ちなみになんだけどさ、誰に電話かけるつもりなんだ……?」
雰囲気の一変したハナビが誰に電話をかけるのか気になった少年は、恐る恐るハナビに質問する。
「上司さ…!」
ハナビは覚悟の決まった表情でそう言った。
「案内してくれてありがとう、長電話になるかもしれないから戻ってもいいぞ……」
「わかった……」
少年はそう言って部屋を出た。
(上司に電話するって言ってたけど、ホントかなぁ……?大体、あの雰囲気のまま電話するなんてことあるのか……?気になる……)
部屋から庭に戻るまでの道中、少年はハナビが本当に上司に電話をかけているのかと疑問に思い、電話を盗み聞きすることにした。
少年がそろりそろりと電話のある部屋に向かっていると、ハナビの大きな怒声が聞こえてきた。
「ふざけるな!!何度言ったらわかるんだ!!」
ものすごい剣幕の怒声を聞いた少年は、咄嗟にドアの裏に隠れた。
(あいつ……何であんなにキレてるんだ……?)
「合理とか利益とかの問題じゃない!!人として!!果たすべき義務があるだろう!!」
ハナビは、喉が擦り切れそうなほどの大声で必死に何かを訴えていた。
「この際だからはっきり言ってやる!!俺はお前らの考え方が大嫌いだ!!」
「事ある度に予算がどうの、優先順位がどうの……違うだろ!!一番大切なのは、救える命を救うことだ!!護れる命を護ることだ!!それができずして、一体何が守護警察だ!!」
(あいつ……)
ハナビが真剣に安全を訴えている姿を見た少年は、思わず心を打たれる。
「お前たちに鬼の恐怖がわかるか!?いつ壊されるかわからない塀の傍で暮らす人たちの気持ちが!!命を懸けて鬼と戦う兵士の気持ちが!!お前たちにわかるか!?安全な建物の中から指示を出すだけのお前たちに!俺たち弱者の気持ちがわかるのか!?」
ハナビの言葉を聞いて、既に蓋をしたはずの気持ちが溢れ出してきた少年の目に涙が浮かび上がる。
「最後にもう一度言うぞ……!!大至急、山科区に兵士を駐在させろ!!彼らの暮らしと命を護れるだけの数だ!!わかったな!!」
そう言ってハナビは勢いよく電話を切った。しばらくの沈黙の後、何かに気付いたハナビは扉の傍で優しくこう言った。
「──もう、大丈夫だから」
少年の目から大粒の涙が零れ落ちた。
しばらくした後、まだ泣いた跡が残っている顔のまま少年がハナビに話しかけてきた。
「あのさ、俺、藤原ヤマトっていうんだけどさ……」
「えと…… その……ハナビさん……もしよかったら……その……俺に、剣術を教えてください」
そう言ってヤマトはハナビに向かって頭を下げた。
今までのヤマトの言動からは想像できない態度で剣術を乞ってきたヤマトを見たハナビは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしたが、すぐに快く受け入れた。
「わかった。それと……ハナビでいいよ」
ハナビはどこか嬉しそうだった。
ハナビが山科区に駐在してから数か月。ハナビはすっかり街に溶け込み、ヤマトも少しずつだが、ハナビから剣の技を会得していった。そんなある日のことだった。ハナビは守護警察将軍戦国ゲンスイ直々に話があるから伏見に来いと言われ、数日間山科区を離れることに。そのことを町の皆に伝える時、任務だから仕方ないとはいえ、ハナビも少し寂しそうだった。
「すまないみんな……それにヤマト……実は、俺は任務で数日間伏見の方に行かないといけないんだ……」
「えぇー! 行かないでよー!」
「寂しいよぉー」
子供たちが嫌がるのはハナビが慕われている何よりの証拠だ。
ヤマトや孤児院の子供たち、周辺の町民は長い間ハナビが街にいる日々が当たり前だったので少し心細かったが、任務に向かうハナビを引き留めることはできないので名残惜しいが、それを受け入れるしかなかった。
「またかよハナビ……前も任務で長いことここを離れてたけど、今回は一体何の用事なんだ……?まさかまた鬼と戦うってんじゃないだろうな……?」
ヤマトはつい数週間前も野外任務に抜擢されたハナビを心配していた。
「不安にさせてごめん……だけど安心してくれ!今回は会議に参加するだけだ!それに、俺がいない間はほかの隊員がこの町を守ってくれるから!俺ほどじゃないが、みんな鍛え上げられた立派な兵士たちだ!!……俺ほどじゃないが!」
「……うるせぇ!調子乗んな!」
ヤマトがビシッとツッコむ。
「アハハハハハ!!」
さっきまでの憂う表情とは一変、子供たちが笑う。
「わかった… でも… ちゃんとご飯は食べてね…?」
ヤマトと同い年で孤児院で最年長の少女「織姫」が心配そうにそう言った。
彼女は過労気味のハナビを慮るが、ハナビは大丈夫だから心配するなという。
「それより織姫… お前はヤマトをちゃんと見張っておけよ?」
ハナビは冗談交じりにそういう。
「俺を子ども扱いすんな!」
「もう…」
「アハハハハハ!」
また子供たちが笑う。
「じゃあ… 行ってくる! お前ら!夜更かしせずにちゃんと寝ろよ!」
「ハナビもなー!」
ヤマトもいつの間にかハナビを快く送り出していた。
微笑ましい光景を背に、ハナビは伏見へと向かう。
伏見にある守護警察本部についたハナビは、守護警察最高権力者である「戦国ゲンスイ」と話をする。
「久しいな、鬼丸ハナビ」
久しぶりに見たゲンスイの見た目のインパクトと、以前よりも増した威圧的な風格にハナビは少し緊張して息を呑んだ。
「はい、直接お会いするのは4か月ぶりですね……」
「うむ……」
「先の作戦では随分と活躍したそうだな」
ハナビは大阪と京都の県境にある八幡市の領土拡張任務で著しい戦果を挙げて表彰されたばかりだった。
「いえ、滅相もありません」
ハナビは本心で否定している。強くなりたいという気持ちが原動力のハナビにとって、自分の力を認めるということはそこで成長が止まるということと同義であったため、ハナビは絶対に自分の強さを認めない。
「まあそう固くなるな」
「山科区での生活はどうだ?」
ゲンスイの問いにハナビは迷わず答える。
「私には身に余るほどの幸せです。子供たちの笑顔が、私に勇気を与えてくれます。」
「そうか、それはよかった」
「ところで、鬼丸ハナビ お前は今の生活に満足しているか? それは、山科区での生活ではなく、この国、延いてはこの世界の在り方、言うなれば、この世界そのものについてだ」
ゲンスイの予想外の質問にハナビは戸惑う。
(この世界そのもの……俺はどうしたいんだ……? いや、どうすればいいんだ……? この世界を変える力が俺にあったとして、俺はどうすればいいんだ……?)
ハナビは10年前に誓ったまつりとの約束「たくさんの人の命を救う」を思い出す。
しかし、そのために払う犠牲を考えたハナビは気軽にそれを口にしていいのか迷っていた。
そんな時、葛藤しているハナビにゲンスイが声をかける。
「自分に嘘をつくと後悔するぞ……これは上官としてではなく、ただの年寄りとしての忠告だ……」
ゲンスイの言葉で決心がついたハナビは、10年前から秘めていた想いと怒りをを漏らす。
「私は……鬼共を根絶やしにしたいです……!」
ハナビの表情は、山科区で生活しているときとは明らかに違っていた。
「よく言った。 いい顔になったじゃないか」
ゲンスイがにやりと笑った。
そして、牙を取り戻したハナビにゲンスイがある大規模な「作戦」を告げる。
「聞け!鬼丸ハナビよ!我々は最終的に日本を、世界を取り戻す! そのためには『負けない戦い』ではなく、『勝つ戦い』をせねばならん!」
「そこで、我々は「大阪」を取り戻すことにする!」
「大阪……ですか…?」
「そうだ!大阪を、梅田を取り戻せばたくさんの資源が回収できる!それらは食料や衣類などの消耗品だけではない!新幹線を修理すれば中国地方や九州にも行ける!我々は日本を取り戻すために、まずは大阪を取り戻すのだ!」
ゲンスイの言葉に胸が躍るハナビ
「それは… いつ頃から着手するおつもりでしょうか…?」
「無論!今日からだ!鬼丸ハナビ!我々にはお前の力が必要だ!」
ハナビの顔が使命感でいっぱいになる。
「ハッ!」
「ですが将軍……その前に山科区の子供たちに別れの挨拶を言いに行ってもよろしいでしょうか……? 自分の言葉で納得してもらいたいんです」
「ああ、そうするといい」
そうしてハナビは梅田奪還作戦のために、伏見に配属されることになった。
それから数日後、ハナビは山科区に戻ってきてヤマトたちに別れを告げる。
「あのさ、ヤマト、織姫… それにみんな 落ち着いて聞いてほしいんだが、俺、明日から伏見に配属されることになったんだ」
ハナビは申し訳なさそうにそう言ったが、言葉の裏には揺るぎない意志を宿していた。
「そんな……ハナビ……もう会えないの……?」
「そんなの嫌だよ……」
子供たちが泣きながら訴える。
「は……?なんでだよ……!俺に剣を教えてくれるって言ったじゃねーか……!まだ基礎しか教わってねぇよ……!勝手にいなくなんなよ……!!」
ヤマトも、尊敬しているハナビがいなくなる寂しさと約束を守ってくれなかった苛立ちで感情がグチャグチャになって、今にも泣きだしそうだ。
「すまない……任務なんだ……俺たちは大阪を取り戻すんために鬼と戦わないといけないんだ」
ハナビが申し訳なさそうに、だけどどこか淡白にそう言った。
「そんな……」
いつも明るい織姫も、今回ばかりは表情が曇っている。
「俺たちは日本を、世界を取り戻すんだ……今は京都でみんな暮らしてるけど、正直、このままじゃだいぶ生活が厳しい……鬼たちから土地を取り返して居住区域を広げないと……」
ハナビの顔が使命感でキリキリと力む。
「でも……!」
ヤマトは退かない。
「すまないが、この後も任務があるんだ」
「もう行かないと」
これ以上話しても埒が明かないと思ったハナビは、涼しい表情でそう告げて山科区を背にした。
「……嘘つき! もう俺に話しかけるな!」
ヤマトはそう言ってどこかへ行ってしまった。
「待ってヤマト……!」
織姫がヤマトを追いかける
(すまないヤマト……でもわかってくれ……俺達にはもう、時間がないんだ……!)
ハナビは心の中でそう呟いた。
ハナビが伏見に異動してから2年。守護警察は着々と大阪奪還に向けて準備をしていた。
大阪奪還までのの手順は大きく分けて3つあり、まずは京都から梅田までの安全なルートを確保するための地道な領土拡張。そして次に、大阪駅を始めとした梅田周辺の一斉攻撃による梅田の奪還。通称「梅田奪還作戦」。そして最後に、守護警察のほぼすべての戦力を投入して新大阪駅周辺の奪還をする「新大阪決戦」。これら3つを守護警察の最重要目標とし、来るべき決戦の日に向けて物資や人材を育成していたのだ。ハナビも自身の剣の腕前を活かし、下司官として人材を育成する立場になっていた。
ハナビが部下を持つようになり、守護警察内での存在感も増してきたある日のことだった。山科区の塀が突破されて鬼が街に侵入してきたという報告が入ったハナビは、着手していた任務を中断して急いで孤児院に向う。
「鬼丸曹長!大変です!!山科区の塀が突破され、鬼が数匹町に入り込んだとのことで救助要請が!!」
新兵が慌てふためいた様子でハナビに報告をする。
「なんだと!?それで、死傷者は!?」
「今現在確認できるだけで、軽く100人は超えているそうです……」
新兵は絶望気味にそう言った。
「クソッ……!!」
ハナビが勢いよく壁を殴る。
「それと……我々守護警察以外の、町の不良か何かと思われる集団が数名、鬼の対処に当たっているようで……」
「!」
ハナビは何となくだが察しが付いた。脳裏には2年前の出来事が。
しかし、すぐに切り替えて兵に指示を出す。
「──そうか……すぐに出撃の用意をしろ!!今から10分後にここを出る……!!」
「了解!」
新兵が退出し、一人静かにオフィスに残されたハナビは最悪の状況を想定してヤマトの安否を憂いた。
(頼むぞヤマト……!!無茶だけはしないでくれ……!!)
ハナビ率いる守護警察の部隊十数人が山科区に到着すると、ハナビは大急ぎで指示を出す。
「各員、なるべく鬼との戦闘は避け負傷者の救護を優先しろ!!鬼の討伐は俺がやる!!時間がない……!行くぞ!!」
「了解!」
そう言って守護警察の隊員たちは一斉に散り散りになる。
建物はほぼ全て倒壊しており、ところどころに鬼に襲われたと思われる人々の死体と血が付着していて、とても目を向けられる光景ではなかった。
(クソッ……!!思ってたよりも酷いな……)
(最悪だ……!!最も恐れていたことが現実になった……!!でも一体どうして……??辺りは山で囲まれていて、人の気配は全く感じないはずだ……!!それに、もし仮に鬼がここの存在に気が付いたとして、あの鉄板を破壊できるとは思えない……!!今までの鬼とは違う、特別な存在がいるとでもいうのか……!?ダメだ……!!今は目の前のことに集中しろ……!!俺がみんなを護るんだろ……!!)
ものすごい勢いで町を走り回って、生き残った鬼が居ないか確認して回るハナビだったが、不思議なことに、まるで鬼が見つからない。
(おかしい……救助要請が出てから俺たちがここまで来るのに少し時間がかかったとはいえ、鬼がここまで居ないのは不自然だ……)
(第一、ここの配属のやつらだけじゃ手に負えないくらいの事態だったから救難要請を出したわけだろ……?それがこの数十分でこの静かさだ……守護警察でこんなことできるのは、将軍と俺と……)
そう言いかけた時、ハナビは自分の剣を教えた少年のことを思い出す。
(ハッ……まさか……ヤマト……全部お前がやったのか……?)
(だとしてもだ……あいつだって人間だ……不死身じゃない……!ヤマトはどこだ……!)
ハナビはヤマトが負傷していないか心配になり、大声でヤマトを探し出す。
「ヤマト!!どこだ!!いたら返事してくれ!!もう大丈夫だ!!俺だ!!ハナビだ!!」
ハナビが大声でヤマトを探し回ること数分。ハナビの後ろからどこか聞き覚えのあるような声が聞こえてきた。
「ハナビ……?」
「ヤマト……か……?」
以前あった時よりも背が伸び、目つきも冷たくなったヤマトを見て一瞬誰かわからなかったハナビだったが、こんなことができる男はヤマトしかいないと確信しヤマトに歩み寄る。
返り血なのか自身の血なのかわからないくらいに汚れた姿のヤマトをハナビが心配する。
「おいヤマト……!大丈夫なのか?」
ハナビがヤマトの体に触れたその瞬間、なぜかヤマトがナイフでハナビの喉仏を刺そうとする。反射的にハナビが左腕で防御するが、ナイフはあっけなく左腕の肉を突き刺した。血があっという間に流れ出る。
「ヤマ……ト……?」
理解が追い付かなかったハナビに、ヤマトは冷たい言葉を投げかける。
「よう、裏切り者……!」
「な……んで……!」
ハナビは地面にうずくまり、ヤマトを見上げてそう言った。そんなハナビに、ヤマトは容赦なく怒りをぶつける。
「何で……?お前本気で言ってんのか……!?ここはもうお前の居ていい場所じゃねぇんだよ!!」
「俺たちがどんな思いで過ごしてきたと思ってんだよ……!毎日毎日毎日毎日!鬼の恐怖に怯え、自分の無力さに嘆き……!一体俺たちがどれほど助けを求めたか……!お前にはわかんねぇよな!?」
「お前は俺たちを見捨てたんだろ……!? なのになんでここに来て心配してるふりなんかしてんだよ畜生……!!」
「違う……!!俺はお前たちを見捨ててなんかいない……!!俺があの日ここを離れたのは、土地を取り返して今よりもっと豊かな暮らしができるようにするためだ……!!お前ならわかるだろ……?ヤマト……」
「黙れ!!お前のせいで織姫は死んだんだ!!お前が俺たちを裏切ったから……!!」
ヤマトの目から涙が零れ落ちる。
それを聞いたハナビは一瞬言葉を失うが、心を切り替えて隙をつき、ヤマトのみぞおちを殴って地面に落ちたナイフを遠くへ蹴り飛ばす。
「ガハァ……!!」
ヤマトが苦しそうに地面に倒れ込む。そんなヤマトを蹴り飛ばし、馬乗りになってハナビがこう言った。
「そうかヤマト……いい機会だから教えてやるよ……」
ハナビは少し言葉にするのをためらったが、今後のことを思い、あえて残酷な本音を伝える。
「お前が……! お前が大切な人を護れないのも……! お前が俺に勝てないのも……! お前が……! そうやって泣いてるのも全部! お前が弱いからだよ!!」
それを聞いたヤマトはものすごい勢いで抵抗するが、ハナビがそれを必死に取り押さえて話を続ける。
「聞け!!ヤマト!!この際はっきり言ってやる……!ヤマト……! 世界は残酷なんだよ……! いつだってそうさ……! 理不尽に命を奪われ、弱い奴は無様に搾取される……! 救える命は限られているんだよ……! でも……!それでも!そうやって死んでいった人たちの分まで!生きて!生きて戦うのが俺たちの役目だろ!!生きるのを諦めたら、死んでいった人たちの命はどうなる!?お前がすべきことは、この世界に嘆くことなんかじゃない……!!少しでも良くするために……!少しでも幸せになるために……!明日のために生きることだ!!だからヤマト……生きろ……!!ずるいと思うかもしれないが……それでも生きろ!!」
ハナビの声は少し震えている。
「なんでだよ…!ずりぃよ…! 俺だって必死に生きてんだよ…!強くなるために努力してんだよ…!でも… 今の俺じゃまだ届かないんだ…! 誰の命も守れないんだ…!それを嘆いて何が悪いんだよ……」
「あんたと俺は違う……! あんたには他人の命を守り切れるだけの力がある……! それだけの力を持っていてなんで……! なんでどこかへ行っちまうんだよ……! 俺だって……! 俺だってこんな世界いやだよ……! どこかへ逃げ出したいよ……! でも……逃げる覚悟も力もないからこうやって無様に這いつくばってんだよ……! 俺は弱いんだ……! 今だけは……弱音を吐いたっていいだろ……!?」
そういって地面にうつ伏せるヤマトの姿を見て自身の過去を思い出すハナビ。今の自信を作ったのは、間違いなく過去に悔し涙を流したからだ。未来ばかり見ていたハナビは、そんな当たり前のことも忘れてしまっていたのだ。それを思い出したハナビは涙を流してヤマトに謝罪する。
「俺は14の時……! 自分の過ちで初恋の人を殺してしまった……! そして18の時……! 同じ部隊の仲間を護り切れなくて全員死なせてしまった……! 22の時は、鬼が出たとき……仲間も女も子供もみんな……! みんな死なせちまった…!」
「ヤマト……! ごめんな……! 俺は弱い……! 今回もそうだ……! もう少し早く駆けつけていれば……! ごめん……!」
初めて見るハナビの涙と弱音にヤマトの怒りは完全に消沈した。
鬼によって奪われた命は戻らない。しかし、これ以上犠牲を出さないように努力することはできる。
ヤマトは、もう2度と大切な人を失わないために強くなることを決意した。
(俺も守護警察に入ろう……俺も、ハナビみたいに強くなって、もうこれ以上俺みたいな人を増やさないようにするんだ……!!)
それから2年後、成人したヤマトは守護警察に入隊する。
──全ては、よりよい未来のために。
現在公開可能な情報 領土編
首都京都 残存総人口約100万人
守護警察統治領度の周囲を5メートルくらいの塀で囲って鬼の侵入を防いでいるが、都市部とは違い、山を背にする山科区は塀の警備をおろそかにし、ほぼ放置気味にしていた。そのため、今回のような悲劇が起きた。




