第18話 「月明りの道標」(修正済み)
漫画として週刊誌で連載したいので、作画担当をしてくださる方を募集中です。
はぐれてしまったギリアと再会するため、ヤマトはいつもの洞窟へと向かう。
(どうしよう……もし洞窟にギリアがいたら……俺は仲直りして今まで通りあいつと2人で過ごすのかな……)
(いやまて──今まで通りって何だ……?一体俺は、いつからを過去にしたんだ……?もう全部清算したってか……?)
(──なわけねぇだろ……!!ホムラが言ってた……!!思い出させてくれた……!!俺は人間だ……!!俺には帰るべき場所がある……!!役割がある……!!──俺の仕事はまだ終わってねぇ……!!)
(わりぃギリア……俺のために死んでくれ……!!お前がいると、いや、お前といると、自分を見失っちまうんだ……これは中途半端でどっちつかずな俺の……原罪だ……今まで本当に……ありがとう……)
ヤマトは沈むような気持ちのまま、いつもの洞窟に辿り着いた。
「──ヤマト……?」
ギリアが物音のした方へ勢いよく振り向いた。
「あ、ギリア……」
ヤマトは未だに気持ちを切り替えれていない。目線が微妙に合わないのは罪悪感からだろうか。
「ヤマト……!!ヤマト……!ごめんね……!!私が悪かった……!!私が無神経なこといったからヤマトは怒ったんだよね……?ごめんね……もう絶対にあの話はしないから……だから……もう居なくならないで……」
ギリアが目に涙を浮かべてヤマトの方へ小走りで向かい、手を握った。
「ギリア……俺の方こそごめん……あの時はカッとなってひどいこと言ったけど、あれは本心じゃないんだ……ギリア……」
ヤマトが優しくギリアを抱きしめるが、ヤマトの顔はずっと浮かばれなかった。
「ヤマト……!!ヤマト……!!」
ギリアがヤマトを強く抱きしめる。
「ギリア……」
ヤマトがギリアを抱きしめながらそっと、ギリアのか細い首に手を回す。
あとは首を絞めるだけだったが、なかなか実行できない。無意識のうちに体がそれを拒んでいた。
(──駄目だ……!!できねぇ……!!)
(──なんでだよ……!今まで散々鬼を殺してきただろ……!?痛いくらい鬼に奪われただろ……!?俺にはもう失うものなんて……失うものなんて何も無いのに……!!)
(なのにどうして……!!──こんなにも……胸が苦しいんだ……!?)
あと一歩のところでためらってしまったヤマトはギリアを抱きしめたまま空を見上げる。
(教えてくれギリア……!!お前は一体……何者なんだ……?)
ヤマトは考える。ギリアと出会ってからのことを。出会ってからの全てを。共に過ごした3週間の出来事を。
(──ああ……そういうことか……ようやくわかったよギリア……)
(──俺はお前が好きなんだ。鬼とか人とか関係なく、ただ単純にお前のことが好きなんだ。最初はすげぇ気持ち悪く思ったよ……人間を助ける鬼だなんて……きっと何か裏があるんじゃないかって思ってた。だけどお前と過ごしていくうちにわかったんだ……)
(──助けたかったんだよな……?瀕死の俺を、人とか鬼とか関係なくただ純粋に、助けたかったんだよな……?)
(ずっと気づかないふりをしてた……ずっと自分に言い聞かせてた……『こいつは敵だ、騙されるな』って……)
(だけど違った。お前は本当に優しかったんだ。本当にただ俺を助けてくれただけなんだ……)
「ギリア……俺はお前が好きだ」
ヤマトがギリアを抱きしめながらそう耳元でささやいた。
「え……?」
ギリアはヤマトらしからぬ意外な発言に理解が追い付かなかった。
「その真っすぐで綺麗な髪も、雪のように白い肌も、太陽のように明るい笑顔も全部……!!──気づいたんだ……俺にはお前の、全てが愛おしく見えたんだ……」
「待ってヤマ──」
「──ギリア……」
「俺にやさしくしてくれてありがとう……俺に──お前の世界のことを教えてくれてありがとう……」
「──俺と、出逢ってくれてありがとう」
ギリアはヤマトの告白に対して何か言いたげだったが、ヤマトがそれを遮った。いつもと違う何かを感じたギリアは、ヤマトの言葉を遮ることができなかった。
「──お前の優しさが俺を救ったんだ……!!壊れかけていた体を……!!荒みかけていた心を……!!お前が俺を愛してくれたから……!!俺はここまで来れたんだ……!!だから……!!」
ヤマトの声が震える。
「すまねぇギリア……!!」
「──俺のために、死んでくれ……!!」
ついに覚悟を決めたヤマト。ギリアのか細い首を絞めて殺そうとするのは、ギリアの美しい姿を汚したくないからだ。
愛しい人が体温を失うその瞬間まで、ずっと肌に触れていたいからだ。
「え……?」
「な……何言って……ゲホッ……ゲホッ……!!」
ギリアが混乱と息ができない苦しみで藻掻くが、力の差でどうすることもできない。ギリアは咄嗟にヤマトの股間を握って抵抗する。
急所を握られて青ざめたヤマトは反射的に首を絞める手を放してしまった。
自身の急所を握るギリアの手首を思い切り握り握力を弱め、その一瞬のすきにヤマトは後ろに下がって距離を取った。
あくまで距離を取るだけで反撃に出ないのは、潜在的なギリアに対する想いのせいだろうか。
しかし、ギリアにはそんな余裕は一切なかった。
「ゲホッ……ゲホッ……!!──ばか……!」
ギリアが張り裂けるような声でヤマトに詰め寄った。
ギリアが泣き叫ぶ。幸せの絶頂から、一気にどん底に叩き落されたギリアの悲しみと怒りは計り知れない。
「なんで……?なんでこんなことするの……?今のヤマトいろいろおかしいよ……!!どうしちゃったの……!?何かあるなら教えてよ……!!」
痛みと混乱で涙が止まらない。
「何で……!?わかるだろ……!?俺達は一緒に居ちゃいけないんだ……!!」
ヤマトは反射的にそう答えた。ヤマトの脳内は、作戦が失敗したことによる混乱と、初めて見るギリアの強い侮蔑の眼差しで頭がうまく回らなかった。
「──どうして!!」
ギリアが張り裂けるような声で問いただす。顔は既に涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。
「──まだ戦争は終わっていないんだよッッ……!!」
覚悟を決めたはずのヤマトを惑わすギリアの涙に危機感を感じたヤマトは思わず、今までで一番強い語気になってしまった。ギリアが反射的に体をびくんと震わせた。
「──俺がここでギリアを殺して、死んでいった仲間の分まで役目を果たさないといけないんだ……!!」
しかしそれも一瞬、ギリアも負けじと反論する。
「だから何で……!!そんなの理由になってないよ!!今までずっと一緒にいたのに……どうしてそんなにひどいこと言うの!?私を一人にしないでよ……!!」
ギリアもヤマトも、お互い言いたいことを真正面から遠慮なしに言い合っていた。
「──何でって……!?お前それ本気で言ってんのか……!?」
「──んなもん、俺が人間で、お前が鬼だからに決まってんだろ……!!鬼は人間の敵で、この世に居ちゃいけない生き物なんだよ……!!俺は鬼に全てを奪われたんだよ!だからお前らを皆殺しにして、復讐するって言ってんだよ!!」
ギリアに呼応するように、ヤマトもずっと蓋をしていた感情を爆発させる。
「──うるさいバカ……!!復讐して何になるの……!?そんなことをしてあなたは満足するの……!?憎しみは憎しみしか生まない……虚しくなるだけだよ……!!」
ギリアもヤマトにつられて熱くなる。まるで親の仇を目の前にした時のようなまなざしでヤマトを睨む。それでも涙が止まらないのはきっと、それはヤマトにだけは向けたくなかった感情だったからだろう。
「知ったような口きいてんじゃねぇよ!悲しくて構わねぇ……!!虚しくて構わねぇ……!!殺したいから殺すんだよ……!復讐の理由なんて、それだけで十分なんだよ!!」
ヤマトの言葉がどんどん強くなる。
「嘘だ……!本当に殺したいと思ってるなら、なんで……」
「──なんでそんなに苦しそうな顔をしているの……?」
最も触れられたくないことに触れられたヤマトは思わず取り乱す。
「──ウゼェ……マジでなんなんだよお前ェはよォォォォォ!!」
ヤマトの怒りのボルテージはMAXに達した。どこか心の奥底に隠していた感情をギリアに触れられたヤマトの心のタガは完全に外れた。
開き直る思いで勢いよくギリアに詰め寄り胸ぐらをつかむ。
「鬼のくせして人間の俺を勝手に助けといて、殺されそうになったら『私を一人にしないで』って都合良すぎだろ!!もうほっといてくれよ!!人間の俺を勝手に助けたお前が悪ぃんだよ!!」
いつの間にか、ヤマトの頬にも涙が伝っていた。
「ヤマト……」
そんなヤマトを憐れむように、そんなヤマトに共鳴するかのように、ギリアも再び静かな涙を流した。
「なんで泣いてんだよ意味わかんねぇよ!!泣きたいのはこっちだよ!!」
「お前らに俺の仲間や家族がいったい何人殺されたと思ってんだよ!!これじゃまるで俺が鬼みたいじゃねェか!!!」
「お前らには一生かかっても理解できないだろうが教えといてやるよ!!誰かを失った悲しみや憎しみは、そう簡単に消えるものじゃねーんだよ!俺は鬼が憎い……!!だから俺はなるべくたくさんの鬼を殺して、このクソみたいな気持ちを少しでも紛らわしたいんだよ……!」
ヤマトの胸ぐらをつかむ手の動きが激しくなる。
「──憎しみは憎しみしか生まないよ!ヤマト……!」
「──あなたも本当はわかっていたんじゃないの……?わたしはあなたが好きだった……ずっと警戒していたあなたが私にあなたの世界のことを教えてくれた時、私は本当に嬉しかった……!」
「一緒に街に行った時も、私の作った料理をおいしいって言ってくれた時も、私とくだらないことで笑いあったときも、全部……!!本当に嬉しかった……!!ヤマトがニンゲンの兵士で、私たちを憎んでいることはなんとなく気づいてたよ……!!」
「──けど、そんなヤマトと一緒に笑って過ごせる時間が、本当に幸せだった……!!」
「──オニもニンゲンも一緒なんだ。私は間違ってなかったんだって思えたから……!!」
ギリアは崩壊しつつある自尊心の下で、必死に声を振り絞る。もはや独り言の様だった。
「──綺麗ごと言ってんじゃねぇよ!!あんなの全部嘘に決まってんだろ!俺は最初からお前も他のやつらも皆殺しにするつもりだったんだよ……!!」
そういってヤマトはナイフの切っ先をギリアに向ける。
それを見たギリアは涙を流しながら覚悟を決める。
「──もういいよ……私を殺したいなら殺せば……?」
ギリアが死を受け入れた時、涙さえ枯れ、萎れた花のように絶望していたギリアに異変が起こる。世界はまるで、終末を迎えるかのようだった。
「──わたしは私の正義を信じる!わたしは間違ってなんかいない!!間違っているのはこの世界の方よ!!」
ギリアの言葉に未練はなかった。息を吹き返したような怒涛の勢いでヤマトに最後の言葉をぶつける。
「みんな歩み寄ろうとしない、こんな悲しい世界も……!!何を言ってもわかってくれないヤマトも……!!──私は全部、大っ嫌いだ!!!!!!」
ギリアの悲痛な叫びが静かな洞窟に響き渡る。
その瞬間、空が一瞬だけ光り、空を覆う曇天から、轟音が鳴り響き森のどこかに落雷が落ちた。
『何か』を感じ取ったヤマトは地面にうずくまってしまう。
(グァァァァァァァァァァァァ……!!この衝撃は何だ……!?)
思わず地面に膝をついてしまったヤマト。何とか一命を取り留めたギリアは大声で泣きわめく。
(──クソォォ……!!なにやってんだよ俺ェェ……!!)
原因不明の衝撃で、ヤマトはただ地面にうずくまる事しかできなかった。
頭に霞がかかり、体が重くて動かない。
いつまでたってもギリアは泣き止まないし、自分がどうするべきか、答えも見つからない。
もうどうすればいいのかわからなくなったヤマトは、藁にも縋る思い出ギリアに最後の質問をする。
「──なあギリア。俺はどうすればいい……?」
もはやそこに感情はなかった。疲弊しきったヤマトは、ギリアのいかなる返答にも従う準備ができていた。
疲弊しきったヤマトを突き動かしていたのは、ただ一刻も早くこの空間から逃れたいというヤマトの逃走本能だった。
「──だから……!!だから何回も言ってるでしょ……!?私を一人にしないでって……!!もう過去のことは忘れて今を生きようって……!!」
憂鬱な気持ちに押しつぶされて抜け殻のようになっていたヤマトとは正反対に、ギリアは感情を抑えることができなかった。
「──わかった」
ヤマトはさっきまでの態度とは打って変わって、素直にギリアの意見を受け入れた。
地面に這いつくばったまま、目を合わせることなくそう言った。
「本当にわかったの……!?またさっきみたいにひどいこと言わないって約束できるの……!?」
ギリアがまた泣きだしそうな声でそう言った。
「──ああ、約束するよ。俺はこの世界で生きる。もう2度と君を1人にはしない」
心はこもっていなかったが、嘘ではなかった。不思議とその言葉を口にすることに抵抗はなかった。
まるで、運命がそうだと言っているように。
それを聞いたギリアは立ち上がってヤマトの方を向いた。
「ばか……!!」
ギリアが大粒の涙を流してヤマトに抱き着いた。
「絶対にっ……!!一生許さないから……!!」
「うあぁぁぁぁん!!」
ギリアが大声で泣いた。それを聞いたヤマトも静かに涙を流してギリアをより一層強く抱きしめた。不思議なことに、運命を受け入れた途端に世界が色づいて見えた。
「ギリア……ごめん……!!」
静かな洞窟の中で抱き合う2人。
沈むような曇天は、いつの間にか消えていた。
激しい口論の後、2人は夕食も食べずに疲れ果てて眠っていたがヤマトが先に目を覚ましてのそのそと起き上がった。空はすっかり暗くなっていた。
自分の横ですやすやと眠るギリア。そんなギリアの顔にかかる髪を指でそっとどかして、ヤマトは自分に問いただす。
(──嫌だな……もう愛し方さえ忘れたっていうのに……)
(──お前はどこまでも底なしに俺を求めてきやがる……)
とても静かな夜だった。心地よい風がヤマトの肌を撫でる。
(──俺はお前に何をすればいいんだ?どうすればお前は幸せなんだ……?教えてくれ──ギリア……)
答えが出ないまま、ヤマトは1人満月を見上げていた。
しばらくすると、目を覚ましたギリアが満月を見ながら黄昏ているヤマトに声をかけてきた。
「ヤマト……?」
「何してるの……?」
ヤマトが後ろから振り返る。
「──ギリア……起きてたのか」
「うん、さっき起きた」
「ああ、そっか」
月明かりのせいだろうか、不思議と2人の間にあるわだかまりは溶けてなくなっていた。2人とも、ついさっきまで大喧嘩をしていたとは思えないほどの落ち着いた様子で会話をしている。
「それでヤマト、あなたは一体、ここで何をしていたの?」
ギリアの質問にヤマトはうまく答えることができなかった。
「わからない……」
「──だけど怖いんだ……俺はギリアを失うのが怖い……ギリアがいなくなるのが怖い……」
ヤマトは思ったことを全て口にした。
「時々思うんだ……これは長い夢なんじゃないかって……目が覚めた時、傍にはギリアがいなくって、代わりに嫌な現実だけが俺をせせら笑うように待ち受けているんじゃないかって……!!」
ヤマトの顔がどんどん苦しくなる。
「もしそうだとすると、俺は……息が詰まりそうだ……!!」
ヤマトはやっとの思いで本音を吐き出す。しかし、ギリアの反応は違った。
「そっか」
「──意外と臆病なんだね」
「──え?」
ギリアの意外な言葉に、ヤマトはきょとんとした表情をしていた。
「──でもいいよ。私はそんなヤマトも好き」
「だからもう泣かないで……」
月下でもギリアは見逃さなかった。
「──私はどこにも行ったりしないから……」
ギリアの声はとても暖かい。
「──だからお願いヤマト……来て……」
ギリアのその言葉を聞いた途端、ヤマトの理性のタガは完全に外れた。
「ギリアッ……!!ギリア……!!」
ヤマトがギリアの体を貪るように抱き寄せる。
まるで、零れ落ちた砂をすくい上げるかのように。
「ヤマト……」
まるで赤子をあやすように、ギリアもヤマトを抱きしめる。
静かな夜とは対照的に、二人の鼓動はどんどん早くなる。
満月の夜、二人は一つになった。




