第15話 「:ren また逢えたね」(修正済み)
漫画として週刊誌で連載したいので、作画担当をしてくださる方を募集中です。
目が覚めると傍には鬼の少女が。銀色の髪をした鬼の少女の目は薄紫色で、肌は雪のように白く、真っ白な巫女装束のようなものを身にまとっていた。見知らぬ洞窟で目が覚めたヤマトは、自身が置かれた状況に混乱する。
(な……なんだよこれどうなってんだよ……!俺は死んだんじゃなかったのかよ……!?てゆうかあいつらは……!?こいつ誰だよ……!?鬼……!?てゆうかここ洞窟……!?さっきまでの山道にこんなのなかったぞ……!?)
青白く薄暗い、薄霧のかかる森にある洞窟で寝ているヤマトに、さまざまな疑問が脳内を駆け巡る。
目が覚めたが混乱してうまく言葉が出ないヤマトに、鬼の少女が声を震わせながら声をかけた。
「……!よかった……!ずっと眠ってたんだよ……?」
(……?こいつ……何で泣いてんだ……?てゆうか俺ずっと眠ってたのか……!?)
その様子に混乱しながらも、視界に入る情報から徐々にこの現実を受け入れていくヤマト。
そして、思考が落ち着いてきたヤマトはふと思いついたように、自分と同じように仲間が一命を取り留めた可能性を期待して食い気味で鬼の少女に質問した。
(……!あいつらは……!)
「あいつらは……!あいつらはどうなんだよ……!」
勢いよく起き上がろうとしたヤマトに激痛が走る。
「あァア……!!」
全身に走る痛みに耐えられなかったヤマトは洞窟の床に打ちのめされる。
「大丈夫!?まだ動いちゃだめだよ……傷口が開くから安静にしてて……」
激痛に悶えるヤマトに鬼の少女が優しく声をかける。そして、ヤマトの質問に申し訳なさそうに答えた。
「それと……申し訳ないけどあなたの仲間はすでに……」
「……」
それを聞いたヤマトの目が熱くなる。一度本気で生きていると思った分、残酷な現実がヤマトの心を串刺しにした。
激痛で頬を伝う涙を拭うことすらできなかったヤマトの惨めな姿を見て、慈悲深い鬼の少女がヤマトの頬に手を添える。
「ごめんなさい……」
悲しみに暮れているヤマトに少しでも慰めになればと思い、どうしようもならなかったことではあるがヤマトに謝罪する。
そして、おそらく何もわからずに混乱してるであろうヤマトに、鬼の少女は自身に起きたありのままを話す。
「──私が散歩してたら、たまたま守り人の笛の音を聞いたの……滅多にこんなことないから、きっと何かあったんじゃないかって急いで音がした方へ寄ってみたの……」
鬼の少女は悪夢のような出来事を思い出して、陰鬱な表情でヤマトに説明した。
「そしたら、たくさん人が死んでいた……守り人も、見知らぬ恰好をした人たちもみんな死んでた……」
鬼の少女の声が震える。
「──でも、あなただけは何とか息をしていたの……!だから、せめてあなただけでもって……」
鬼の少女は涙声でそう呟いた。
「……ごめんなさい」
悲しみに暮れているヤマトを見て、鬼の少女が思わず謝罪する。
しかし、鬼の少女の言葉はヤマトには届かなかった。ヤマトは未だに泣いている。まるで、世界に自分しかいないかのように。
それからしばらくの陰鬱な沈黙が経過した後、泣きはらして落ち着いたヤマトが鬼の少女に声をかける。
「──なあ、俺の傷ってどのぐらいで完治するんだ……?」
ヤマトに急に声をかけられた鬼の少女は、ようやく会話ができる状態になったヤマトを見て少し嬉しさと緊張が入り混じった様子で答えた。
「……!こ、個人差はあるけど、最低でも全治3週間はかかると思う……」
「そっか…」
予想以上の状態に、ヤマトは少し驚いたような、残念そうな表情でそう呟いた。
(そっか……そりゃそうだよな……生きてることが奇跡みたいなもんだもんな……)
「てゆうかお前、医者か何かか……?」
何故か鬼が瀕死だった自分の看病をしてくれていることについて疑問に思ったヤマトは鬼の少女に質問する。
「えと……私自身はただの見習いなんだけど……一応見よう見まねでってゆうか……」
少したどたどしく答える姿に疑問を感じたヤマトはすかさず追及する。
「異邦者の俺が言うのもなんだけど……」
「──お前、俺のこと仲間に隠してるだろ」
「え……?」
鬼の少女が激しく動揺して下を向く。
「別にどうもしねーよ……それより聞きたいのはお前のことだ……一体どうして俺みたいなよそ者を助けたんだよ……お前、俺が怖くねーのかよ……」
ヤマトの問いに対し、鬼の少女は恐る恐る口を開く。
「正直ちょっとだけ怖い……だけど、それでもあなたのことを放っておけなかった……」
「……」
それを聞いたヤマトは返す言葉がなかった。重い沈黙が洞窟に漂う。
「言っとくけど……」
「あ、あの……!」
2人の言葉が被る。
「どうした……?」
「あ……えと、何でもない……先にどうぞ」
ヤマトが先に譲るが、鬼の少女は遠慮ぎみにそう言った。
「そっか……じゃあ言わしてもらうけど、俺に見返りは求めない方がいいぞ。助けてくれたことには感謝してるけど、俺は何も持ち合わせてないからな……なんならここで死ぬ覚悟してたぐらいだ……」
ヤマトはいたって真面目にそう言った。
しかし、鬼の少女の要求は意外なものだった。
「そのことなんだけど……お礼は別にいいの……ただ……ここで生活している間、もしよろしければなんだけど、あなたのことを教えて欲しいの……」
「その……どこから来たとか……」
「だ、だめ……かな……?」
そう言ってまた気まずそうに下を向く鬼の少女。
(まいったな……女とはいえ、俺たちの情報を鬼に教えちまってもいいのか……?まあ見た感じ、こいつは鬼の中でも変わり者っぽいけど……)
(──けどまあ少しくらいならいいか……助けておいてもらって何もしないってのも酷だし、こいつにも聞きたいことはいろいろあるしな……)
ヤマトは熟考の末、自身の実の内を明かすことにする。
「──まあ少しくらいならいいよ……」
「ほんと……!?」
鬼の少女は水を得た魚のように、一気に顔を上げて活力を取り戻した。
「少し、だぞ……」
そんな鬼の少女に釘をさすヤマトだったが、鬼の少女は気にする様子もなくヤマトに質問した。
「うん!じゃあ、早速教えて欲しいんだけど、あなたいったいどこから来たの……?見た感じ、この辺の人じゃないっぽいけど……それに、角もないみたいだし……」
「ああええと、それはだな……」
ヤマトは早速返答に困る。
(まいったな……これなんて言おうかな……俺も扉のことよくわかってねぇしな……まあいいや)
しかし、何も言わないわけにもいかなかったヤマトは、あいまいに濁しながら問いに答える。
「俺はここよりずっと遠いところから来たんだ。俺にもよくわからないけど、不思議な扉があってだな……」
「扉」という言葉に鬼の少女が反応した。
「と、扉から来たの……!?」
「あ、ああ……そうだけど……」
やけに食いつきのいい反応に、ヤマトは何か悟られたのではないかと肝を冷やす。
(やべ……何かやらかしたか……!?)
しかし、鬼の少女は純粋に疑問に思っていただけだった。
「扉の向こうってどうなってるの?開けたら何があるの……?」
(はぁ……助かった……こいつも何も知らないみてぇだな……話しやすくて助かるぜ……)
その反応を見たヤマトはそっと胸を撫でおろす。
「別に大したことねぇよ……ただ普通の世界が広がってるだけだ……まぁ、俺からしてみれば、だけど」
ほとんど何の説明にもなっていないが、なぜか納得した鬼の少女は、それ以上質問することはなかった。
「そうなんだ……私、『扉を開けてはいけない』って街の皆から小さいころからずっと言われてたから、すごく気になってて……」
そう言って自分の過去を打ち明ける鬼の少女にヤマトは違和感を覚えた。
「何で開けちゃいけないんだ……?」
ヤマトが恐る恐る質問する。
「詳しい理由はわからないけど、『あそこは戦士が立ち入る場所だ』って……『女子供は絶対に近寄っちゃダメだ』って、ずっと言われてたの……」
鬼の少女は正直に答えた。
「戦士が立ち入る場所……」
それを聞いたヤマトに、ある疑問が浮かび上がる。
(それってつまり……俺たちの世界に侵略してきたやつらのことか……?)
難しい顔をしているヤマトに、鬼の少女が声をかける。
「どうしたの……?」
ふと我に返ったヤマトは、話題を変えるため鬼の少女に食べ物を要求する。
「いやなんでもねぇ……」
「それよりわりぃんだけどさ、食べ物とかってあるか……?ずっと何も食べてないから腹がペコペコでさ……」
実際、ヤマトは鬼の世界へ来てからずっと何も食べておらずおなかはペコペコだった。
「わかった。ちょっと待っててね?何か食べ物を持ってくるから」
そう言って鬼の少女は洞窟を出て自分の住んでいる街に食べ物を取りに行った。
「ああ、助かる……」
「おまたせ……ごめんね、遅れちゃって」
しばらくすると、鬼の少女が食べ物を持って帰ってきた。
「いや、いいよありがとう」
ヤマトが傷だらけの体をゆっくりと起こす。
「いただきます」
ヤマトが蒸しパンのようなものをほお張る。
本能のままに、黙って食べ物にがっつくヤマトに鬼の少女が感想を求めた。
「こんなものしかなかったけど、どう?口に合うといいな……」
そこで初めてヤマトは食べ物の味に意識が向いた。
「うまい……」
食べれば食べるほど、この食べ物のおいしさが増していくように感じたヤマトは、久しぶりに食事を楽しむことができた。
(うまい……!マジかこれ……!配給の食料よりうめぇぞ……!!)
(やっぱ缶詰ってゴミだな……てゆうか、俺普通に暮らせるぞここで……!?鬼の世界って聞いたから地獄か何かを想像してけど、見た感じ俺たちの世界と変わんねぇなこれ……文明レベルは低いんだろうけど、あのボロボロの世界に比べたら、こっちの方が断然豊かだ……!)
「あの……」
(──もし俺たちがこの世界を征服すれば……)
「あの……!」
「ん……ああわりぃどうした……?」
食べることに意識が向きすぎたヤマトは思わず自分の世界に入り浸ってしまっていた。
そんなヤマトに、鬼の少女が嬉しい事実を伝える。
「おかわり、あるよ……?」
「そんなに好き?これ……」
鬼の少女は、平凡な蒸しパンをとてもおいしそうに貪り食うヤマトを珍しそうに見た。
ヤマトは本能のままに答える。
「あ、ああ……マジで?食べたい……好きだ、これ……おかわり……欲しいな」
思った鬼の少女は、どこか嬉しそうにしていた。
「えへへ……そうなんだ……じゃあいっぱい持ってくるね!」
「ありがとう……」
そう言ってまた一人洞窟に残されるヤマト。パンを食べ終えると、ヤマトはさっきの自分の危険な思想に少し恐怖を感じていた。
(やべぇ……俺何考えてんだ……鬼とは言え命の恩人だぞ……それに今は俺一人……孤立無援のこの状況で下手な手は絶対に打てない……!!今は怪我を治すことだけを考えろ……!!これからのことはその後だ……!)
一人になった途端、さっきまで特に何も感じていなかった鬼の少女に対する疑問が浮かび上がる。
(てゆうか、あいつホントに鬼なのか……?確かに角みたいなのは生えてるけど、ぱっと見普通の人間じゃねぇか……!俺たちが戦ってきた化け物とは到底似つかねぇ……!)
(──やべぇ……何かマジで頭おかしくなりそうだ……このままだとマズい……誰かほかの人間と会話しないと……感覚がどんどんおかしくなりそうだ……)
知らない世界で知らない人と同じ時を過ごしているヤマトは、自分を見失いつつあった。
そんなヤマトをあざ笑うように、辺りはすっかり夕日でオレンジ色に染まっていた。
鬼の少女が持ってきたパンを腹いっぱい食べたヤマトは焚火の傍で休憩する。
「はぁ……食った食った」
「なあ、今更なんだけどさ、その角ってみんな生えてんのか……?」
純粋に気になったヤマトは直接疑問をぶつける。ヤマトは腹を満たしたせいか、鬼の世界に対する緊張が少し緩和され、オープンな状態で会話をすることができるようになっていた。
「うん。あなたは生えてないみたいだけど、どうして……?」
鬼の少女もまた、ヤマトと同じように質問する。
「どうしてって言われてもな……俺たちはみんな生まれたときから生えてねぇよ」
ヤマトは何と説明していいかわからず、生まれた時からそうだったとしか言いようがなかった。
「そうなの!?」
その説明に鬼の少女は衝撃を受けた。
「ああ。ちなみに、その角って何に使うんだ?」
ヤマトが普段見慣れない角に対してさらに質問する。
「別に何にも使わないよ。ただ生えてるだけ」
しかし、鬼の少女の答えは意外なものだった。ヤマトは少しあきれた様子で納得した。
「……なるほど」
(なんじゃそりゃ……)
ヤマトは角についてさらに質問する。
「ヘルメット被る時とか大変なんじゃねぇの?」
しかし、鬼の少女は「ヘルメット」というものを知らなかった。
「ヘルメットって何?」
鬼の少女はきょとんとした様子で聞き返す。
「頭を守るやつだよ。兜みたいな」
ヤマトは身近そうなものに例える。
「ああ、それなら大丈夫だよ。ちゃんと穴をあけて作ってあるから」
幸い、それで鬼の少女には伝わった。
「へぇ」
「てゆうか、だいぶ暗くなってきたけどお前、門限とか大丈夫なのかよ」
辺りはすっかり日が沈んでいる。
「ああ、私なら平気。親居ないから」
鬼の少女は少し寂しそうにそう答えた。
「ごめん……悪いこと聞いたな……」
ヤマトは申し訳なさそうに謝った。
「大丈夫。あなたのご両親は何をしているの?」
鬼の少女は気にすることなく話を続ける。
「俺の両親は……もう死んだ……」
ヤマトは一瞬何かを言いかけたが、悩んだ末言うのをやめた。
「そっか……私と同じだね」
鬼の少女は少し安心した様子でそう言った。
「ああ……」
ヤマトは少し黄昏ているようだった。
不思議な感覚がヤマトに襲い掛かる。
(あれ……何で俺今コイツに気ぃ使った……?何で俺の両親はお前らに殺されたって言わなかったんだ……?)
「どうしたの……?」
鬼の少女に声をかけられて我に返るヤマトだったが、少し余韻を引きずっているようにも見えた。
「え、ああいや、何でもない……気にしないでくれ」
「うん……」
それを気にしているのか、鬼の少女は少し不安げな表情で返事をした。
話すことが尽きたのか、それからしばらくの間沈黙が続いた。薪がパチパチと音を立てて燃えている。
「──私、帰るね……」
辺りがすっかり暗くなった頃、鬼の少女が立ち上がってそう言った。
それを聞いたヤマトは目線を鬼の少女の方へ向ける。
「そっか、じゃあな」
ヤマトが別れの言葉を告げた時、鬼の少女が去り際に声を張り上げてこう言った。
「……あの!私の名前……まだ言ってなかったよね……?」
少し震える声はまるで、距離を縮めようとすることを恐れているかのようだった。
「え?」
全く予想していなかったヤマトは思わず声を漏らす。
しかし、鬼の少女は何か覚悟が決まっているような口ぶりで意外な言葉を口にした。
「──私の名前はギリア!」
「あなたの名前は……!?」
まるで今まで止まっていた時間が動き出したかのように、ヤマトに身に覚えのない不思議な感覚がどっと押し寄せる。
「お、俺の……名前……?」
なぜかうまく声が出ない。
(──こ、この気持ちはなんだ……?今コイツ……ギリアっていったのか……?でも急に何で……!?こんなヤツ……!こんなヤツ知らねーはずなのに……!)
(──どうして……どうしてこんなに心がざわめくんだ……?)
ヤマトの心拍数が上昇する。
「だ、大丈夫……?ご、ごめんね……!名乗りたくなかったら別にいいよ……!急にごめんね……」
瞳孔が開いたまま固まっているヤマトを心配するギリア。明るく振舞おうとしているが、自分の行き過ぎた言動を申し訳なく思ってか、さっきまでの覚悟が決まった表情から一転して少し落ち込んでいるような顔をしていた。
そんなギリアの反応で自身のしていることに気が付いたヤマトは急いでギリアの問いに答える。
「あ、ああ……わりぃ……大丈夫だ……」
「──俺はヤマト……藤原ヤマトだ……」
ヤマトがそう言って遠慮気味に名乗りを上げた瞬間、あたりの木々がざわめきだし、ヤマトが感じている奇妙な感覚は最高潮に達した。
「──ヤマト……それがあなたの名前……?」
「ああ……」
ギリアにもヤマトの緊張が伝わったのだろうか。さっきまで積極的にコミュニケーションをとっていたギリアも、ヤマトの名前を聞いてからどこか様子がおかしい。
何とも言えない、奇妙な沈黙が2人の間を満たす。
先に口を開いたのはギリアの方だった。
「急にごめんね……なんだか……とっても懐かしい気がして……」
そういってギリアが不意に流れた涙を拭う。
「ああ……そうだな……」
なぜか泣き出したギリア。しかし、それを見たヤマトの心は不思議とそれを受け入れていた。よくわからないが、奇妙な感覚に支配されたヤマトの心は、それを気にする余裕すらなかったのかもしれない。
「──今日はもう遅いし、また明日くるね……」
涙を拭いて目が赤くなったギリアが、そう言って別れを告げた。
「ああ……じゃあな」
ヤマトは霧のかかった頭を何とか動かし、ふもとの街へと帰っていくギリアと目を合わせることなくそう呟いて横になった。
その夜は、不思議と星がよく見えた。
薄れゆく意識の中、洞窟の外でギラギラ輝いている満天の星空に目を吸い込まれそうになりながら、ヤマトは一人心の中で呟いた。
(なんだよこれ……もうわけわかんねーよ……頭クラクラするし……もう……なんでもいいや……)
体が鉛のように重くなり、徐々に視界が暗くなる。
(──今はただ……眠りたい……)
そう言って死んだように眠るヤマト。
長い一日が幕を閉じた。




