婚約破棄王子in土佐のオバチャン
「エステルを陥れ、殺害までしようとした悪女を王家に輿入れさせる訳にはいかない。よって、リィンフェル・アストロバークと、僕の婚約は破棄させてもらう!」
愛しい彼女をこの腕で抱きしめながら、そう高らかに宣言したその時、僕の頭の中で何かが弾けた。
ぐらりと世界が揺らぎ、今まで見えていた物が全て違うものにさえ見える。
僕が、何かに侵食されていく。
頭痛と違和感によろめき、愛しい彼女、いや、娘と同じくらいの年の女の子を腕から離す。
待て、娘とはなんだ。知らない知識が頭の中を駆け巡る。
なんだこれは、だれだ、これは一体、何が起きているんだ!?
「ぐぅっ……!」
「殿下!? どうしたんですか!?」
側近のランベールが慌てて近寄り体を支えてくれた。うーん、ちっくと筋肉不足やにゃあ。ウチの旦那の方がもうちょい胸筋あったがやけど。
いや、待て、違う、僕は一体何を?
「おのれリィンフェル、まさか殿下まで!?」
「も、元よりそんなことするわけがありませんわ!」
動揺してか、あの悪女の声が上擦っている。……悪女?
いやいやいや、浮気なんてモンは、した方が悪いに決まっちゅうやんか。頭、ちゃがまっちゃあせん?
いや、違う、僕は悪くない! 頭だって、おかしくなんてなってない!
「はっ、どうだかな! お前のような悪女が何も手を打っていないわけが無い!」
「そこまでして王妃の座が欲しいのか、卑しい魔女め!」
思考に追い打ちをかけるかのように側近達が口々に娘くらいの少女を罵る。
魔女とか悪女とか酷すぎんかよ?
この子がそんなに、わりことしにゃ見えんがやけど?
悪い子なんてそんな生易しいもんじゃない。この悪女はエステルを虐げ、孤立させ、暗殺さえしようとしたのだ!
思考が分裂したかのように、頭の中で知らない言葉と知らない考え方が過ぎっていく。
くそっ、なんなんだこれは……!
「そろそろ観念したらどうだ!」
「どうしてワタクシが? 貴族の子女として、伝統と誇りあるアストロバーグ家に泥を塗るなど有り得ません!」
「あぁーもぉー……! ギャーギャーほたえなや!!! ただでさえ混乱しちゅうになんながよ!!!」
必死になって状況を理解しようとしてるのに、どうしてこんなにもうるさいんだ君たちは!
「はっ?」
「は?」
えーと、えーと?
ぐるぐると巡る不可思議な感覚と、記憶。
頭の中がぐちゃぐちゃで、訳が分からない。
「……あの、殿下?」
「うるさいきちょっと黙っちょって」
「あ、はい」
ランベールを無視して思考に没頭する。
僕はこのクリスタリア国の王子、ライオネル・クリスタリア。
そして、そして。
記憶と記憶が同期され、視界と理解が相互され、クリアな思考が齎された。
自分は、たしか、あぁ、そうやった。
家で料理作りゆう時で、玉ねぎ切りよって、鍋が吹きよったから暫時ダシの素入れないかん! ゆう時に胸がいとうなって、ほんで、あー……死んだんかなぁ。
……つまり、急性心不全やろうか。ひとっちゃあ分からんけんど。
随分と訛りが酷くてイマイチよく分からないが、意味は理解出来るし情景も鮮明に思い出された。これはどうやらどこかの国のご婦人の記憶らしい。
家事をしていた所、突然の胸痛により死去してしまった『フミエ・タカハシ』というご婦人のようだ。
姓があることと生活水準から考えると、没落した貴族のご家庭なのかもしれない。
「あの、殿下、よろしいですか」
「かまんよ、言うてみぃや」
なんとか現状を理解して、その次にようやく落ち着いて物事を考えられるようになったその時、ランベールが僕に声をかけてきた。
「その……なんと仰っておられるのですか?」
……なんだと?
「おんしゃあ何を言いゆうがよ、ちゃあんと喋りゆろ?」
「申し訳ございませんが、何を仰りたいのか……」
「……………んん……? こりゃあいったいどういたことぞ?」
これはいったいどうしたというのだ、と言おうとして、全く違う言葉が口から飛び出てきた。
……え、なにこれ……。僕……めっちゃ訛ってる……。
書きたかったので書きました。見切り発車バンザイ( ᐛ )