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交渉成立

 アウローラがピタリと動きを止め、声の出所に目を向ける。

 同時にフェリシアもまた自身の胸元に顔を向けた。


 そこには、銀細工で形作られたブローチが輝いている。

 アウローラはブローチの先にいる相手に話しかけた。


「盗み聞きとは趣味が悪いな、セリア」


『どうにも雲行きが怪しかったんでな。万が一に備えて仕込んでいたまでだ』


 アウローラの悪態に、悪びれる様子もない答えが返ってくる。


 フェリシアのブローチは、身に着けた者同士であれば、遠く離れた場所であっても互いに会話が出来る魔具だ。


 会話の相手はフェリシアの主にしてラルクスを治める若き女領主。


「セリア様……」


 フェリシアの視線が申し訳なさそうに落ちる。

 主の手を煩わせることを恥じ入るような、そんな仕草。


 そんな従者に、セリアは気にするなと言葉をかけた。


『状況は把握しているよ。フェリ。……そこに、聖王陛下の生まれ変わりがいるんだな?』


「……確かに少年が一人おりますが。私にはその少年が聖王様の生まれ変わりだという判断はつきません」


 ブローチの向こうで、ふむ、と思案する気配が伝わってくる。


『どんな少年だ?』


「年齢は十歳前後。白髪ですが顔立ちや肌の色から察するに恐らくは東洋系です。衣服は身に着けておらず、襤褸に包まれ、今はアウローラ様に抱えられて眠っております」



 セリアの問いに、フェリシアは簡潔に答える。


 そんなフェリシアの報告に、セリアは「なるほど」と頷いた。


『つまり聖王陛下の生まれ変わりと断言できるような情報はないということか』


「はい。もっとも、アウローラ様は確信しているようですが」


「――ごちゃごちゃ相談しているところ悪いが」


 二人の会話にアウローラが割り込む。

 彼女はじとりとした視線をブローチへと向けた。


「このタイミングで止めに入ったということは私の要求は受け入れられたということでいいのかな、セリア」


『条件次第だ。まずはその物騒なのを納めろ。話はそれからだ』


 セリアの言葉に、アウローラは、はいはい、と『第九の剣軍(ザ・サウザンド)』に籠められた魔力を解く。


 フェリシアの周囲を囲んでいた剣軍はすぐさま跡形も無く霧散した。


『……素直だな。もう少し駄々を捏ねるかと思っていたが』


「一応お願いしている立場なのは自覚してるからね。要求が受け入れられるなら多少は譲歩するさ。何なら土下座でもしようか?」


『死んだ魚のような目をしてたお前が一人の人間のためにそこまでするか……聖王陛下の生まれ変わり。マジなのか?』


「なんだ、疑ってるのか?」


『普通はそうだろう。いくら聖剣のお墨付きとはいえ、生まれ変わりなんて話を簡単に信じられる方がどうかしている……が、お前や聖霊がそこまで入れ込んでいる少年には興味がある。一応訊くが、その少年の身柄を私に預ける気はあるか?』


「ありえないね。この人は私が護る。誰にも譲るつもりはない」


 アウローラが即答する。

 その声音に迷いは一切感じ取れない。


 予想通りの返答にセリアは肩を竦めた。


『だろうな。なら、お前の望みは何だ? 再会したかつての主の傍で、お前はこれから何を為す気でいる?』


「別に何も」


『なに?』


 アウローラの言葉に、セリアだけでなくフェリシアも訝しげな表情を浮かべた。

 2人の視線など気にした様子もなく、アウローラは続ける。


「私はただこの人の傍にいたいだけだ。少なくとも、この人をもう一度王に担ぎ上げようなんてことは考えてない。お前はそのゴタゴタにラルクスが巻き込まれることを心配してるんだろうけど、そもそも私はこの人の存在を喧伝する気もない。私はこの人と一緒にいることさえ出来るなら、それでいい」


 アウローラは少年の頭を優しく撫でる。


『なら、その少年がラルクスの外へ出ることを望んだらお前はどうする? 役目を放棄し、その少年と共にラルクスから去るか?』


 魔王の封印。

 そこから漏れ出る瘴気。その瘴気は常に周囲の魔獣を呼び寄せてしまう。

 瘴気を完全に浄化できるのは聖剣の焔だけだ。


 だからこそ、現在の所有者であるアウローラはラルクスから離れることを許されていない。


 けれど、もしも少年がラルクスを出て、外の世界へ行くことを望んだなら。


「――くふっ。その時はこの人を閉じ込めて出られないようにするしかないないかな」


 そう言って、アウローラは心底楽しそうに笑う。


 むしろそんな未来も悪くないかもしれないと昏い笑顔で。


 その回答にセリアは頭痛を堪えるように額を押さえた。


『……本気で言っていそうだな、このメンヘラが』


「失礼な。私は一途なだけだ」


『どうだか……』


 呆れた口調でセリアが呟く。


『……まあいい。今のところ、お前はラルクスを離れる気はないし、役目を放棄するつもりもないと。そういう理解でいいんだな?』


「ああ。この森の瘴気の浄化はこれからも私が請け負うよ。万が一、魔王が復活しようものなら被害はラルクスだけに収まらない。この人はきっとそれを放っておけないだろうから」


 別に世がどれだけ荒れようが知ったことじゃないけれど。

 彼が生きるこの世界を壊させるわけにはいかない。


 故に役目は果たす。


 どこまでも自分勝手で、利己的な愛情。


 それが今も昔も変わらない、彼女が戦う唯一の理由だった。




『……いいだろう。役目を果たし、かつラルクスに害を及ぼさない限りにおいてお前の要求は呑むし、その少年の生活も保障しよう』


「そう。よかった」


 アウローラがほっと息をつく。

 これで少なくとも、主を固い地面の上で眠らせることはなくなった。


 しかし、そんなアウローラの隙をつくようにセリアは言う。


『ただし、先ほど言ったように条件がある。聖王の生まれ変わりだというその少年。その少年と一対一で話をさせろ』


「……は? なぜ?」


 不穏な気配を察してアウローラの声が低くなる。

 そんな彼女に構わずセリアは続けた。


『お前のことを信用していないからに決まってるだろうが。聞こえの良いことを言っても、結局お前はその少年に依存しているだけだろう? 戦う理由を他者に預け、主のためという大義名分さえあれば10年来の知己であろうと軽々しく刃を向ける。そんな主体性のない馬鹿をどうして信用できる? それなら手綱を握っている方と話をするのは当然だろう』


「…………」


 セリアの指摘にアウローラは口をつぐむ。

 確かに彼女の意見にも一理ある。


 とはいえ、自分の与り知らないところで少年とセリアを二人きりにするのは不安があるし、何より面白くない。


 そんなアウローラの心情を見透かしたかのようにセリアが言う。


 その声音にはどこか面白がるような響きがあった。

 まるで試すような口調で彼女は続ける。


『まぁ、お前が納得できないなら、私も無理強いするつもりはないさ。けど、その少年が本当に聖王陛下の生まれ変わりだと言うのなら、お前が出しゃばるのも筋違いなんじゃないか?……それとも、お前もその少年のことを信用していないのかな、()()()?』


 瞬間、アウローラの気配が一変する。

 彼女の足元の地面が、急速に膨れ上がった魔力の圧に耐え切れず陥没した。


 次いで表出したのは冷たく重い、煉獄の殺意。


 その殺意に、フェリシアが顔を強張らせる。

 すぐそばにある命の危機に思考回路が停止しかけた。


 罅割れた地面の中心でアウローラはセリアへの敵意を隠すことなく告げる。


「お前が私を『アーラ』と呼ぶか。殺すぞ、セリア=クルス=アークレイ」 


『やってみろ、アウローラ=ヴァン=エヴァーフレイム。こちらにも切り札がないわけじゃない。返り討ちにしてやるよ』


 セリアもまたアウローラに敵意を返す。

 互いの敵意がぶつかり合い、重苦しい気配が周囲を満たす。


 一触即発の空気の中、アウローラがチラリと少年の方へと視線を向けた。


 少年は未だ穏やかな寝息を立てている。


 

 優先すべきは己の感情ではなく、己の主人。

 気に食わないが、現状アウローラが頼れるのはセリアしかいないのだ。

 自分一人ならラルクスを追われてもどうとでもなるが、この少年はそうではない。


 ひとまず条件さえ呑めば少年の生活は保障される。


 アウローラは顔を上げ、視線を向けた。


「話をしてどうする? その結果がお前の満足するものでなかったらこの人を街から追い出すのか?」


『そんなつもりはないさ。私はただ個人的に話をしてみたいだけ。その子が本当に聖王陛下の生まれ変わりだというのなら、色々と訊きたいこともあるしな』


 その言葉にアウローラは思案する。


 セリアの真意。自身の願い。そして何より――自らの主にとって最善の選択を。


「……いいだろう」


 それは彼女にとって不本意な、妥協に近い判断だったけれど。

 アウローラは頷く。

 彼女が護るべき、ただ一人の主のために。


「ただし一つ言わせろ。セリア。私たちの関係を依存だと言ったな」


「違うとでも?」


 小馬鹿にしたようにセリアが鼻で嗤う。

 しかし、アウローラはそれに激昂することなく肩を竦めるだけだった。


「いいや、合っているよ。お前の言う通り、これは依存だ。出会ってからずっと、私はこの人に依存している。この人のためなら死んでもいい。そう思えるほどの重い依存。だから――」


 瞬きの間に顕現された一振りの剣が、突如フェリシアへと飛来する。

 高速で撃ちだされた剣は、フェリシアに反応さえ許さず、胸元のブローチに着弾した。


「っ!?」


 フェリシアが息を呑む。

 剣はフェリシアの肌どころか服すら傷つけていない。ブローチのみを正確に貫いていた。


 ブローチの通信機能が完全に途切れる前に、告げる。


「忘れるな。私はこの人のためなら何だってする。この人に傷一つでもつけたら、その時はラルクスごとお前を滅ぼしてやるぞ」


 その言葉を最後に通信は切れた。


 アウローラはゆっくりと剣を消すと、フェリシアに顔を向ける。


 思わず後ずさるフェリシアに、アウローラは薄く酷薄に笑った。





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