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再会 前編

お読みくださりありがとうございます!

少しでも面白い・続きが気になると思ってくれたらブックマーク・★を押してくれたらと……


更新の励みになります!!

 森を抜けた先、アウローラが辿り着いたのは巨大なクレーターだった。


 数キロ範囲にも渡って広がるそれは、まるで隕石でも落ちたかのようだ。

 だが、これは隕石による破壊ではない。

 10年前、『聖王』と『魔王』の戦いの後に残った爪痕だ。

 クレーターの中心部には直径50メートルはある大きな穴が開き、底に溜まった雨水が流れ落ちていく。

 その穴の底から、淡い光が夜の闇を照らしていた。


『魔王』の亡骸が封印された場所。

 そして、『聖王』がこの世を去った場所だ。


 アウローラは無意識に喉を鳴らす。

 恐れと同時に期待と懐かしさが胸を占める。


 ……あそこに、あの人がいる。


 そう思うと、もう足は止まらなかった。

 光を目指し、アウローラは大穴の中へと躊躇なく飛び降りる。


 高さにして30メートル以上はあるだろうが、卓越した魔術士である彼女にはなんの問題もない。

 重力に従って落下し、そのまま洞窟の底へと危なげなく着地する。


 そして、アウローラはそこにいた存在と対峙した。


「―――あら、早かったのね」


 人間離れした美貌。肩まで伸びた黄金の髪と瞳。


 10年前、最後に見た時と比べその容姿は大分幼くなっているが、仮初とはいえ彼女の契約者となったアウローラは即座にその少女が何者なのかを理解する。


「……アルカ」


「馴れ馴れしく呼ぶな」


 アウローラの言葉に、黄金の少女――アルカディアは不快感を隠そうともせず切り捨てた。


 研ぎ澄まされた抜き身の刃のような冷たい声と瞳。

 傲岸なその態度に思うところがないわけではなかったけれど、アウローラは即座に頭を下げる。


 名前は、大事なものだから。

 大切な人から名を貰った自分にはそれがよく解るから。


 不快だと言うのなら、自分に彼女をそう呼ぶ資格はないのだろう。


「失礼致しました。……『聖剣アルカディア』様」


「……………」


 アウローラの謝罪にアルカディアは応えない。

 ただこちらを冷め切った瞳で見据えるだけだった。


 だが、このままでは状況が進まないと判断したのか、やがてアルカは諦めたように諦めたように口を開く。


「……まあ、予想はしてたけど。そりゃ貴女が最初に来るわよね。曲がりなりにも聖剣(わたし)の所有権は今は貴女にある。私が顕現すれば貴女にはそれが分かる」


 肩を竦めてアルカが嘆息する。

 どこか芝居じみたその仕草に焦燥を滲ませつつ、アウローラは問いかけた。


「聖剣様。この10年、頑なに世界と関わろうとしなかった貴女がなぜ今になって姿を現したのですか?」


「別に。顕現しなかったのは単純にリソースが足りなかっただけよ。この10年で力は多少回復したけど、貴重なリソースをわざわざ貴女たちのために費やす気にならなかったし」


「……なぜこの場所に顕現を?」


「はっ、つまらないことを訊くのね。まさか忘れたわけではないでしょう? 私が顕現できるのは聖剣本体の傍にだけ。魔王との戦いで聖剣は二つに折られた。片方は貴女の中に。そしてもう片方はこの場所にある。私が貴女の側に姿を顕さない理由なんてそれこそ分かりきったことでしょうに」


 そう言って、アルカは心底くだらなそうに鼻を鳴らした。


 聖剣の名に相応しからぬ、暗い感情を帯びた瞳で。


 その言葉にアウローラの心がざわつくが、今は自身の感情など後回しだ。


「……ええ。貴女が私を嫌う理由は良く分かっています。私が訊きたいのはそんなことじゃない。はぐらかすのはやめてください」


「失礼ね。私が何をはぐらかしていると言うのかしら?」


「では単刀直入に。貴女がここに顕現したのは、()()()()()()()()()()()()?」


 アウローラの視線が洞窟の中心に封印された『魔王』の死骸――その奥へと向けられる。


 陰に隠れてアウローラの位置からは見えない。

 けれど、そこに誰かがいるのは最初から解っていた。


「答えてください。そこにいるのは、『あの人』なのですか?」


「だとしたら?」


「―――会わせて頂きます」


 返答は端的に。

 真紅の双眸はもはや聖霊を見ていなかった。


 アウローラは陰に向かって歩き出す。


 後ずさりそうになる心を堪えながら一歩ずつ足を進ませた。

 心臓はうるさいくらいに激しく脈打つのに、手足は妙に冷え切っている。


 まるで自分のものではないみたいだ。


 それでもアウローラは前に進む。

 どうしても確かめずにはいられなかったから。


 10年前に死んでしまったあの人がそこにいるのかを―――。



「痴れ者が」



 侮蔑の言葉と同時にアルカが、パチン、と指を鳴らす。


 次の瞬間、アウローラの身体を黄金の焔が呑み込んだ。


「……ッ!? ギ、アァァァアガァァァアッッ!?」


 全身を灼熱に包まれ、アウローラは絶叫を上げる。


 焔の発生源は彼女の左手からだった。

 黒の皮手袋に包まれた左手から濁流の勢いで焔が吹き荒れる。


「ああ。なんて聞くに堪えない悲鳴なのかしら」


 嘆息し、アルカは再び指を鳴らす。

 すると焔は跡形もなく消え去り、後には髪の一本すら燃えてはいない無傷の身体だけがあった。


「……はっ、はぁッ、っは!?」


 呼吸は千々に乱れ、滝のような汗を流しながらアウローラは反射的に左手を押さえつけた。

 心臓の鼓動は収まらず、それでもどうにか呼吸だけは整えようとする。


 アルカディアはそんなアウローラの姿を虫を見るような目で眺めていた。


「会わせて頂きます、ですって? 偉そうな物言いをするじゃない。まさか自分が要望を叶えられる立場にあると思っているの? それとも、頭の足りない貴女はもう忘れてしまったのかしら? 10年前、()()()()()()()()()()()()()()


 アルカディアの周囲に、チリ、と黄金の焔が迸った。

 抑えようとしたけど抑えきれなかった、そんな感情が漏れ出たように。


 膨大な魔力が渦を巻き、洞窟が鳴動。

 そして――爆発する。



「あの子を死に追いやった貴様が、どの口で会いたいなどと世迷言をほざくかッ!!!」



 最愛の人を奪った相手を前に―――聖剣アルカディアは、激怒した。




 怒号が洞窟内に響き渡り、そのただならぬ迫力にアウローラの身体が金縛りにあったかのように硬直する。


 ゴッ!! と鈍い音が響いた。

 アルカディアがアウローラの頭を踏みつけた音だ。


 鉄の味が口の中に広がる。

 アウローラは土を噛みしめながらくぐもった苦悶の声を漏らした。


「……最期まであの子はお前を恨みはしなかったけど、」


 地べたに這いつくばるアウローラを見下ろし、アルカは言葉を紡ぐ。


「アウローラ=ヴァン=エヴァーフレイム。弱冠14歳で魔術士の頂点『煌』の位へ至った天才。……確かに貴女は強かった。『災害級(ハザード)』を単独で撃破できるほどに。けど、だからこそ貴女、自分に酔っていたのでしょう? ああ、私はきっとあの人の力になれる! あの人を助けられるのは私しかいないと!」


「………ッ!」


 両手を広げ、まるで舞台女優のように高らかにアルカが唄う。


 その言葉に、アウローラは羞恥と後悔で死にたくなった。

 そう。

 アルカが言った言葉は紛れもなく、当時の彼女が抱いていた心情だったから。


「その思い上がりのせいであの子は命を落としたんでしょうがッ!!」


「がっ!?」


 アルカディアがアウローラの頭を蹴り飛ばす。

 抵抗もできずに、アウローラの体は洞窟の壁へと叩きつけられた。


 ……ああ、そうだ。

 本当に馬鹿な話。


 思い上がりの代償はあまりにも大きくて。

 けど、それを支払わされたのは愚かな自分ではなく、あの人だった。


 10年前、聖王と魔王との戦いに割って入り、力及ばず重症を負った。

 そんな役立たずの騎士を生かすために、あの人は『聖剣』の契約をアウローラへと移譲し、そして死んだのだ。


 全ては自分を生かすために。

 自分が、あの人を殺したのだ。


「この10年、ずっと貴女を見てきたわ」


 蹲るアウローラを見下ろしながら、アルカディアは言う。

 激情は凪ぎ、ただ冷たく侮蔑するような響き。


「自らを高めるわけでもなく、新しい人生を拓くわけでもなく。やってきたことと言えば、他人に言われるがままに『魔の森(ここ)』で雑魚を狩っていただけ。あの子が救った命をただ無駄に消費してきただけでしょう? そんな愚物が、あの子のために一体何ができるというのかしら」


 救えなかったくせに。

 護れなかったくせに。


 あの日から何一つ変わらず、ただ惰性で息をしていただけのお前が。



 今さら会いたいなどと、そんな虫のいいことをどうして口にできる?



「消えなさい、偽物。お前にあの子は会わせない。お前の助けも必要ない。せいぜい己の無力と罪悪感に苛まれて何処ぞで野垂れ死ぬといいわ」


 どこまでも冷淡に。

 一切の容赦なく、アルカディアは己の契約者を見限った。


 けれど、アウローラはその場を立ち去ろうとはしない。


 体勢を変え、手をつき額を地面に押し当てる。

 恥も外聞もありはしない。


 アウローラは目前の少女に対し、土下座をしていた。


「何のつもり?」


「あの人に、会わせてください」


「とうとう会話もできなくなったの? 会わせないといったはずよ」


「……それでも、会わせてください」


「――貴様、」


 アルカディアの声音に苛立ちが混じる。

 今のアウローラからは少女の顔は見えなかったけど、その表情が怒りに歪んでいるのは容易に想像ができた。


 それでも、アウローラは額を地面に擦り付けたまま言葉を止めない。


「聖剣様。貴女の怒りは当然で、貴女の言い分も尤もです。……私の助けが要らないというのも、きっとその通りです」



 カイラード=ロア=エイドラム=ヴァン=アルカディア。


 世界最強の英雄。

 本来ならあの人には誰の助けも必要なかった。


 結局のところ、あの人が死んだのは弱者を見捨てることの出来ないその優しさのせいだった。


 その優しさがなければ、あの人はきっと天寿を全うできた。


 世界さえも救った英雄が、自分一人を救えない道理などないのだから。


「でも、それでも私はあの人に会いたい。こんな私にもまだあの人のために出来ることがあるから」


「では再度問おう。アウローラ=ヴァン=エヴァーフレイム。偽りの契約者。あの子のために、お前に一体何が出来る?」


「――捧げます」


 一瞬の躊躇いもなくアウローラは断言した。


「心も、身体も、これから先の未来も。私が持っているすべてを捧げます。あの人の剣となり、盾となり、その障害となるものを排除します。私自身があの人の害となるようなら、すぐさまこの首を裂きます。それさえ遅いと判断したなら、貴女が私を灼き殺してくれていい」


「本当につまらない回答ね。その程度のことで私が貴女を赦すとでも?」


「思っていません。どんなに言葉を尽くしたところで、貴女は私を一生赦さないだろうし……赦さなくていい。ただ、あの人に会うことだけは許してほしい」


「会ってどうするの? あの子の前でもそうやって情に訴えて、赦しを乞うのかしら?」


「……わかりません。あの人に会って、赦してほしいのか、罰してほしいのか……それさえもよく解りません。それでも、私はもう一度あの人の前に立たなければならない」


「なぜ?」


 アウローラは一度だけ深く息を吸って、


「……私の罪を裁くのは、あの人であるべきだから」


 罪には罰が必要で、臣下に裁定を下すのは主君でなくてはならない。


 恨まれているかもしれない。憎まれているかもしれない。

 自分を助けたことを後悔しているかもしれない。


 アウローラは恐ろしかった。

 今自分を糾弾している少女が、ではない。


 これは、自分が犯した罪と向き合うことへの恐怖だ。


 心臓が冷たくなって、全身の血が引いていくようだった。

 呼吸が荒くなって、ひどく喉が渇く。


 会いたいという想いに反して、この場から逃げ出したくなる。


 けれど。

 どんなに無様だったとしても、この罪から逃げるわけにはいかなかった。


「お願いします。どうか……あの人に、兄様に会わせてください……ッ!!」


 アウローラは額を地につけたまま、涙ながらに懇願する。

 傍から見れば無様を通り越して哀れみさえ覚えるその姿をアルカディアは冷たく見下ろす。


 実際にはほんの十数秒。

 けれどアウローラにとってはとてつもなく永い時間。


 やがて、はぁ、と洞窟の中に嘆息が聞こえた。


「……消えろと言ったのは私なりの優しさのつもりだったんだけど」


 ぽつりと零す。


 誰に聞かせるでもない独り言。

 それゆえに、その声には何の熱も籠っていなかった。


 地を這う虫を睥睨するように無感動に。

 あるいは裁きを下す処刑人のように淡々と。



 アウローラに向け、その手を掲げた。



「もういい。面倒だ。――貴様はここで死ね」


 そう告げると、アルカディアの周囲に再び黄金の焔が解き放たれる。


 聖剣アルカディアが持つ、あらゆる魔を灼き祓う浄化の焔――『聖焔』。


 アウローラは反射的に距離を取ろうとするが、すぐに無駄だと悟る。


『聖焔』の発生源である『聖剣』は今アウローラの中にある。

 世界の裏側にいようと彼女の中に聖剣が在る限り、この焔から逃れる術はない。


「……ッ!」


 次の瞬間訪れるであろう痛みにアウローラは身構える。


 ――『聖焔』は物質ではなく『魔力』を灼く。


 本来の契約者ではないアウローラでは焔を制御するどころか触れるだけで激痛を伴う。

 その痛みは先程体感した通りだ。


 あれをあと数十秒でも続けられていたら、アウローラの精神は間違いなく焼き切れていただろう。


 それでも、アウローラは逃げない。

 たとえどれほどの苦痛に苛まれようと必ず耐え抜き、あの人の前に立ってみせる。


 死んでも退かない、不退転の覚悟。


 けれど。

 アウローラが想像したような痛みはいつまで経っても訪れず。


 代わりに耳に届いたのは、ひどく場違いな、幼い声。



「―――待て待て。それ以上は流石にやり過ぎだろ、アルカ」



 顔を上げる。


 アウローラが見たのは、黄金の少女の腕を掴む白髪の少年の姿だった。











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