森の攻防③
紅い雷が迸った直後、魔弓使いの前方に百を超える大剣が一瞬にして現出した。
紅い剣身のそれら一本一本には『中位』級の魔獣を一撃で屠れるだけの魔力が籠められている。
整然と隊列を組むその姿は正に『群』ではなく、『軍』。
アウローラの命令の下、統率された剣軍たちは一斉に魔弓使いへと襲い掛かった。
「――点ではなく、物量による面制圧に切り替えたか」
彼女の射程ではこの距離は中てられないと判断し、即座に攻め方を変えてきた。
元よりそれこそが『第九の剣軍』の基本戦術ではあるが。
しかし、どれだけの物量だろうと距離が開けば開くほどその攻撃範囲は当然限定される。
『第九の剣軍』の展開範囲は本体からおよそ200メートル前後。
この広大な森で包囲を敷くにはあまりにも狭く、故に迎撃は容易い。
魔弓使いは弓弦を引いた。
そして膨大な魔力が圧縮された矢を一切の淀みなく射放つ。
放たれた矢はまさに流星だった。
風を裂き、深緑の軌跡を残しながら疾る魔力矢は途中で枝分かれし、それぞれが剣軍を正確に射抜いていく。
―――ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドォォォォォォンッッ!!!!!
連続する爆発音が『魔の森』に轟く。
巻き上がる土煙によって視界は不良。
しかし魔弓使いの双眸は爆風の中、なおも前進する紅い影を捉えていた。
(――舐めるな。この程度で見失うとでも!)
正面からは向かってこない。
アウローラは射線を逃れるように、斜め前方へと走り出していた。
恐らくこちらを中心に渦巻に疾走しながら徐々に距離を詰めてくる。
加えて――二度目の雷鳴が轟いた。
先ほどとほぼ同数の剣軍が再度展開される。
(円状に走りながら剣軍を展開することで包囲網を作る気か)
ならば包囲網が完成する前に潰すまでのこと。
いかに速くとも、アウローラ自身の居場所は彼女自身が常に教えてくれる。
展開の起点となる紅い雷の発生源――アウローラは必ずそこにいる――!
「ギアを上げるぞ。躱せるものなら躱し続けてみせろ」
魔弓使いは再び弓弦を引いた。
収束する膨大な魔力が嵐のような風を巻き起こす。
そして放たれた一矢が散り、流星となって剣軍とアウローラへと襲い掛かる。
轟音と共に剣軍が次々と爆ぜ砕けていく。
しかし、魔弓使いは攻撃の手を緩めない。
一射だけでも『第九の剣軍』数十本相当の魔力矢をさらに間断なく連射していく。
まるで隕石が降り注ぐかのような破壊の嵐。
周囲は無数の魔力矢が着弾した事によって吹き荒ぶ爆風に晒される。
アウローラはそれを右へ左へと縫うように回避していた。
迫り来る無数の凶星を、紙一重のところで躱し続ける。
しかし―――
ドガァァァァァァァァァァァン―――ッ!!
流星の一つが一本の樹木に命中した。
大きく幹を抉られ、傾く巨木がアウローラの進路を妨害する。
『――――――ッ!!』
アウローラの前方に立ち塞がったのは樹齢数百年の大木。
避ければ速度が落ちる。
跳べば空中で格好の的になる。
しかし――
バチチィィッ!!
凄烈な炸裂音と共にアウローラの全身に雷が爆ぜた。
一筋の雷光と化したアウローラは倒れる大木へと真っすぐに突っ込んでいく。
そして勢いのままに大木を発射台として一気に駆け上り加速、空中へ飛び出した。
「――間抜け。いい的だ」
宙を舞う肢体。
紅い稲妻を纏ったアウローラに魔弓使いが狙いを定める。
空中での回避など不可能。
最高点に到達した後はただ落ちるだけ。
身動き一つさえ、碌に取ることも出来やしない。
(……幕切れなど所詮こんなものか)
失望感が、魔弓使いの注意を微かに鈍らせる。
しかし、刹那。
その隙を突くようにアウローラは左手に掴んだ『何か』を魔弓使いに向かってぶん投げてきた。
「悪足掻き。いや、まさか……ッ」
あまりにも非人道的な光景に、魔弓使いは目を疑った。
投擲された『何か』――それは死体だった。
アウローラを襲撃した暗殺者たちの死体。
その内の一体をアウローラは攻撃を回避しながら回収し、そのまま魔弓使い目掛けて投げつけてきたのだ。
「外道が……ッ!」
飛距離と速度。
回避そのものは容易い……が、躱せば隙が生じる。
魔弓使いは弓を構え直し、死体に向けてやむなく魔力矢を放った。
爆散する死体。
魔弓使いの前方で赤黒い血飛沫が花火のように散る。
――そして、すぐさま訪れる二度目の衝撃。
血飛沫を斬り裂き、数十もの剣刃が迫ってきたのである。
「クッ―――!?」
今度こそ迎撃は間に合わない。
そう判断した瞬間、魔弓使いは真横へ跳んでいた。
足場を確認する余裕などない。
ほんの一瞬前まで魔弓使いがいた丘は粉々に吹き飛ばされる。
だが、その光景を一瞥する暇もなく、魔弓使いはいつの間にか眼の前に現れたアウローラに意識を奪われた。
「―――なっ!?」
いつの間に接近されていたのか。
死体をブラインドにした剣軍による攻撃。
あれでアウローラから目を離してしまったのは事実だが、それでもまだ1km以上は離れていたはず。
ましてや、足場の無い空中でどうやってここまで近づいたというのか――!?
(いや、違う。この女……ッ、具現化した剣を足場にしたのか……!)
空に咲いた血花火は魔弓使いの死角を作った。
その僅かな隙にアウローラはこちらへ向かうルート上に複数の剣を展開したのだ。
標的に向かって飛ばすことが出来るのならば、その場に留まらせることも当然可能。
アウローラはそれを利用した。
空中に浮かぶ『第九の剣軍』を足場とすることで、一瞬にして魔弓使いとの距離を詰めたのである。
「チッ――!」
アウローラは死体を棄て空いた左手で握った剣を既に振りかぶっている。
眼前の女が放った斬撃を寸でのところで魔弓で受け止めた。
大剣と弓が激突する甲高い音とともに、魔弓使いの身体が吹っ飛ばされる。
しかし、地面に激突する寸前、魔弓使いは態勢を立て直し、水飛沫を上げながら着地した。
冷たい水の感触がブーツの中に染み込んでくる。
どうやら水辺に落ちたらしい。
近くからは微かに川のせせらぎが聞こえた。
「――こんにちは。どこの誰かは知らないけど、随分舐めた真似をしてくれたわね」
そして、響く声は背後から。
魔弓使いはゆっくりと振り返る。
そこには、深紅の髪を揺らす女が妖しく嗤い、立っていた。




